タスク・シフティング、できることは全てやった|医師の「働き方改革」

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満武里奈=日経メディカル

 

「医師の働き方改革」における重要な論点の1つである「タスク・シフティング」に先駆的に取り組んでいることで知られる近森病院。同病院のタスク・シフティングの実情について、病院長の近森正幸氏に聞いた。

 

近森病院の建物の写真。

近森病院は2006年ごろに本格的なタスク・シフティングに着手した。

 

 

――「タスク・シフティング」に積極的に取り組むようになったきっかけは?

ちかもりまさゆき氏の写真。1972年大阪医科大卒。大阪医科大、癌研究会付属病院などを経て、 1978年に近森病院外科科長に着任。1984年に同病院院長・理事長、2006年に社会福祉法人ファミーユ高知の理事長、2007年に医療法人松田会の理事長に就任し、今に至る。

 

近森 2006年ごろから、高齢患者が目に見えて多くなり、入院患者の質が変わったのを受けて、業務分担の見直しを始めた。2010年に増床してスタッフを増員したときに、チーム医療と情報共有のあり方を見直し、それが結果的に「タスク・シフティング」を加速させることになった。

 

まず行ったのは「タスク・シフティング」できる業務の洗い出しだ。医療はよく「複雑系」だといわれるが、単に「業務」の連なりでしかない。一つひとつの業務にまで分解できれば、標準化できる業務を委譲すればいい。

 

近森のタスク・シフティングの特徴は単に事務作業だけでなく、医師、看護師の標準化できる周辺業務をすべて多職種にルーチン業務として委譲し、医師、看護師しかできないコア業務、医師では「診断、治療、手術」、看護師は「看護」に絞り込んでいる点と多職種の医療専門職の専門性の高さにある。

 

一方で、委譲できない業務もある。それは医師や看護師のプロフェッショナル業務で標準化できないマネジメント業務であり、医師、看護師のコア業務だけはタスク・シフティングできない。

 

ここで当院のタスク・シフティング体制を表す「病棟常駐型チーム医療」について説明する(図1)。ピンク色の部分は医師や看護師でないとできないマネジメント業務だ。オレンジ色の医療専門職は医師、看護師から委譲された標準化できるルーチン業務を行っている。

 

医師・看護師は、ルーチン業務を他の医療専門職に代替してもらうことで、コア業務(ピンク色)に専念でき、多職種は膨大な業務を安全、確実にできるルーチン業務を行うことで医師、看護師を支えている。

 

患者は入院すると「フレーム」という乗物にのって個々の患者が必要とするサービスを受けつつ退院することになる。医療が高度化し高齢患者が増え、業務量が非常に多い急性期病院ではこういったやり方で対応せざるを得ない。

 

近森病院のタスク・シフティング体制を表す「病棟常駐型チーム医療」の概念図

図1 近森病院のタスク・シフティング体制を表す「病棟常駐型チーム医療」の概念図

 

タスク・シフティングすべき業務を洗い出したら、次に各病棟に医療専門職を常駐させる。当院では、薬剤師、リハスタッフ、管理栄養士、MSW、臨床工学技士など、各医療専門職を2013年に全病棟に配置した。

 

病棟ごとに各医療専門職が常駐していることで、自然と多職種間で患者情報が共有できるようになる。気に掛かったことはその場で互いに報告しやすくなるし、リアルタイムで患者に介入することができる。多職種がそれぞれの視点で患者を診て、判断し、介入する、自律、自働しているのでスタッフの専門性も高くなり、一言二言の情報交換や電子カルテにのせるだけで情報共有することができ、日々のカンファレンスは短時間で終わることになる。

 

心臓血管外科で毎朝行うカンファレンスは15分ほどだ。カンファレンスで情報をすり合わせ、時間をかけて情報共有することのみがチーム医療だと勘違いしている向きもあるが、そうではない。

 

病棟に各医療専門職を配置した上で重要なことは、医師が多職種の専門性を理解し、医師以外の専門職種の「自律、自働」を認めることだ。医師の指示だけで動いていると、指示待ち族となり、仕事はなかなか終わらない。

 

例えば、患者の栄養管理の計画を立てる際、医師が「うーん」とうなりながら本で調べながら作成するよりも、それを専門にしている管理栄養士に栄養管理計画をお願いするのが最善だろう。医師は計画書を確認し、承認し、食事箋を出すという流れになる。リハビリテーションの計画書についても同じことだ。

 

医師が診断、治療をくりかえすように、各医療専門職も患者を診て、判断し、介入することで経験値(暗黙知)を蓄えている。こういったやり取りを続けることで、各職種の専門性も向上するし、医師の業務負荷も減ることになる。

 

――「タスク・シフティング」は全ての科で実施したのか。

 

近森 そうだ。ただし、診療科によって状況は異なる。タスク・シフティングが最も進んでいる部署は心臓血管外科や透析室だ。これらの科では、先ほど紹介した「病棟常駐型チーム医療」が浸透している。一方で、感染症発生など不確定要素が多い診療科、例えば血液内科や泌尿器科ではあまり発達していない。

 

また、タスク・シフティングを実施するに当たっては、私は大きな方向性を示すだけにとどめ、各診療科の部長と医療専門職の所属長が中心となって取り組んでもらった。それゆえ、所属長のリーダーシップによって、タスク・シフティングの浸透スピードはかなり異なっている。

 

――「タスク・シフティング」の具体的な取り組み内容について教えてほしい。

 

近森 まず、ICUのケースを紹介したい。術後1日目には、それまで医師が行っていたドレーン動脈ライン、膀胱バルーンなどの抜去や、末梢ヘパロック、点滴テーパリングは院内で認定しているエキスパートナースが個別、具体的指示の下、実施している(写真1)。当院にはICU担当のエキスパートナースは10人ほどいる。

 

エキスパートナース2人によるドレーン抜去の様子

写真1 エキスパートナース2人によるドレーン抜去の様子

 

術後の患者のリハビリは理学療法士作業療法士言語聴覚士に全面的に任せ、手術当日からの超早期の周術期リハビリを実施している。

 

例えば心臓手術の術後2時間後には、理学療法士のもと、適応患者の8割が立ち上がり、言語聴覚士のもとで飲水テストを実施する。患者の多くは手術翌日には馬蹄型ウォーカーを使ってスタッフステーションの周りを歩行練習する(写真2)。

 

スタッフステーションの周りがちょうど50mほどなので、午前、午後にそれぞれ10周ずつ、合計1kmを歩行してもらう。術後早期のリハビリ介入で1週間後には多くの患者が退院できている。

 

PTによる周術期超早期のリハビリの様子

写真2 PTによる周術期超早期のリハビリの様子
スタッフステーションの周り(50m)を歩いている。

 

薬剤師にも、それまで医師が行なっていた薬剤業務を委譲した。薬剤師は2007年から降圧薬や糖尿病薬、喘息治療薬、腎機能注意薬、麻薬などに関して薬物療法を専門医と相談して標準化し、非専門医の多くの医師に提案している。

 

2008年からは薬剤師が抗菌薬の投与管理を担うようになった。保険薬局からの疑義照会には、医師ではなく薬剤師がそのほとんどを対応している。

 

2012年には薬剤師による周術期の血糖コントロールを開始。HbA1c6.5%以上の患者を抽出し、薬物療法のプランを作成するようになった。糖尿病専門医にプランの承認を受けた後に主治医に報告し、指示を出してもらうという流れだ。さらに癌化学療法では、薬剤師が副作用コントロールを管理する役割を担っている。

 

薬剤師による医師への処方提案は、採用率が9割以上と非常に高く、薬剤師による処方提案がいかに的確であるかが分かる(図2)。

 

病院薬剤師から医師に対する処方提案を表した円グラフ

図2 病院薬剤師から医師に対する処方提案

 

臨床工学技士は、2007年に業務を拡張。機器のことはできる限り、臨床工学技士に任せるという方針の下、ERや手術室、集中治療室の生命維持装置の管理業務を行うようになった。

 

臨床工学技士は現在40人ほどおり、ICUなどで勤務する急性期チームのほか、透析室で勤務する血液浄化チームなど6チームに分かれている。急性期チームは人工呼吸器やIABP、人工心肺などを24時間体制で管理しており、外科医は術後、落ち着けば帰宅できるようになっている。

 

また、看護師とともに人工呼吸器の離脱(ウィニング)などの作業も行う。臨床工学技士と看護師で協働してウィニングを行うことで、効率よく抜管できるようになった。

 

管理栄養士には、栄養サポート業務を全面的に委譲している。担当看護師によるアセスメントで1項目でも該当項目がある場合、管理栄養士が介入する。管理栄養士は毎日、入院患者をみて栄養状態をアセスメントし、電子カルテに入力。栄養管理計画表を作成して主治医に提案する(表1)。

 

2008年から1病棟に1人以上の管理栄養士を常駐させ、2013年には集中治療室に管理栄養士を5人以上常駐させる体制にした。私が週2回の教育カンファレンスで患者の診方を教え、屋根瓦方式で先輩が後輩に実務を教え“臨床管理栄養士”に育てている。

 

栄養を熟知する管理栄養士に栄養管理というコア業務に専念してもらうことで、より効率的・効果的に栄養サポートを提供することができる。管理栄養士の介入症例数は年々増加し、今では年間4400件以上となった。他の病院でも管理栄養士が栄養サポートの主役になることで、アウトカムは劇的に変化していくと思う。

 

栄養管理計画表

表1 栄養管理計画表

 

――最近では、透析業務のタスク・シフティングに成功したと聞いた。

 

近森 そうだ。透析医が国内留学で留守をしたのを機に、私が10年振りに透析現場に復帰し、2017年夏から検討を開始し、タスク・シフティングを徹底した。透析室は全40床で、透析患者は100人、うち30人から35人は急性期の入院透析患者だ。年間350人ほどの透析患者が他院から紹介されている。

 

具体的には新規透析依頼のフローを変更した。それまでは透析医が、受付から条件設定、ルート確保、オーダー入力まで全部行なっていた。これを、除水量の決定と透析スケジュールを指示する業務のみに絞り込んだ。

 

代わりに、臨床工学技士が新規透析を受けつけ、臨床工学技士と看護師が透析医のオーダーを入力する。夜間、休日の設定については透析医ではなく標準化されたマニュアルで臨床工学技士が助言し主治医が決定する。透析医はそれまで1日8時間ほど透析室にこもりっきりだったが、タスク・シフティング後は透析室での仕事は午前中の2時間だけとなった。

 

血圧脈拍体重の測定、問診などの業務は、医療クラークが行なっている。測定結果は自動的に電子カルテに情報が転送される仕組みとなっているため、誤記などの心配もない。

 

――「タスク・シフティング」の取り組みの中で、特に大変だった点は?

 

近森 労働生産性が低い(稼ぎが悪い)といわれる管理栄養士や医療ソーシャルワーカーをどのように増員させていくかという点で苦心した。これら職種のスタッフを大量に雇ってしまうと、赤字になったときに所属長の責任となってしまう。そのため、増員には躊躇しがちだ。

 

医療ソーシャルワーカーは1997年は4人体制だったが、2012年には14人体制にし、ICU入室時から患者・家族に介入することを開始。翌2013年はこの14人の医療ソーシャルワーカーを全病棟に配置した。そのうち、ICUに配置された医療ソーシャルワーカーは入室当日から24時間以内の患者・家族に介入する取り組みを開始。これを365日体制で行えるようにした。医療ソーシャルワーカーが入院早期から介入することは、在院日数の短縮に大きく貢献している。

 

さらに院内には9人の「ポーター」も配置。患者だけでなく、検体や書類などの搬送業務を主にやってもらっている。これで医療専門職の負担が大きく減っている。

 

――医師の働き方改革については、厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」が2019年3月末までに結論を示す予定だ。国の議論に対して思うことは?

 

近森 医師の労働時間の管理をすることが検討されているが、田舎の救命救急センターでは、そんなことをしたら間違いなく救急機能が停止するだろう。各月の下旬ごろになると、各診療科の医師の時間外労働時間が規定を超えたからという理由で、「心臓血管外科の急患受け入れストップ!」「整形外科、ストップ!」「緊急手術のため県外にドクターヘリで搬送」といったことになりかねない。

 

専門性の高い医師は都会に集中しており、田舎では不足している。田舎の病院では残された医師が必死に救命救急医療を担っている。もちろん、労働者として医師の勤務時間を管理し医師を守ってあげることは大切だ。だが、救急医療を担える医師が限られている中で時間外労働時間を制限となれば、当然ながら救急医療は崩壊することになる。

 

さらに近森では、既に医師にしかできない仕事(コア業務)に絞り込んでおり、事務的な業務もすべて委譲し、タスク・シフティングは十分に行っている。もうこれ以上にできることはない。今のままの形で医師の働き方改革が進めば、本当に救急患者を受け入れられなくなるだろう。「やれるものならやってみろ」の心境だ。

 

――1人当たりの時間外労働を減らすために医師数を増やす予定は?

 

近森 高知県から専門医が年々減っているのが現状だ。新幹線の駅から遠く、南海トラフの大地震の危険が高い、田舎の病院には専門医はなかなか集まらない。

 

――現状、各科の時間外労働時間は長いのか。

 

近森 ERは2交代制でやっており、そこまで時間外労働時間は長くない。問題となるのは専門医の救急対応が必要とされている科だろう。

 

例えば、骨折患者が搬送された際、昔ならば外科医が牽引したものだが、今は専門医が対応しないと訴訟リスクが高まるとされている。骨折や靭帯損傷の患者が搬送されたら、整形外科専門医が診ざるを得ない。また、心臓血管外科の手術も長時間掛かるため、夜中の緊急手術だけで結構な時間外労働時間になってしまう。

 

現在、心臓血管外科専門医が4人、整形外科専門医は6人ほどいるが、こういった替えのきかない診療科の医師の時間外労働が長く、月80時間を超えている医師も数名いる。でも、そのおかげで質の高い医療を提供できている。

 

当院では、長時間労働を防ぐために、当直後は必ず休むよう指導している。医師の場合、時間外労働時間を単純に制限するのではなく、勤務終了から勤務開始までの時間を一定時間確保する「勤務間インターバル」の形で対応するのが現実的ではないかと考えている。

 

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

Aナーシングは、医学メディアとして40年の歴史を持つ「日経メディカル」がプロデュースする看護師向け情報サイト。会員登録(無料)すると、臨床からキャリアまで、多くのニュースやコラムをご覧いただけます。Aナーシングサイトはこちら

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