「女子の減点理解できる」医師は非常識!|谷口恭の「梅田のGPがどうしても伝えたいこと」
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谷口恭(太融寺町谷口医院)
「医者には社会的常識のない人が多い」というのは過去の首相の”迷言”だが、案外当たっているのでは?と思うこともある。
医学部生の頃から「医師の常識は社会の非常識、社会の常識は医師の非常識」という言葉を何度か聞き、それに頷いたことも何度もある。
ただ、医学部入学前に社会人経験のある僕が同僚にこれを言えば「上から目線」あるいは「自慢話」のようになってしまうので、極力こういったことは言わないようにしてきたつもりだ。
だが、ときには限度を超えることがある。最近、一連のメディアの報道をみて驚きを通り越し「怒り」を自覚するようになった。
東京医科大学の入試不正事件である。
事件の詳細については各メディアが細かく報じているのでここでは取り上げないが、これは決して小さな事件ではない。
BBC(Tokyo Medical University 'changed female exam scores')やCNN(Japanese medical school allegedly rigged exams to keep women out)といった世界的メディアも大きく取り上げ、記事には「差別(discrimination)」という文字が繰り返し登場する。
さらにBBCでは、東京医大を「最も名声のある医学部(most prestigious medical universities)の1つ」と表現しており、これは痛烈なアイロニーと解釈すべきだろう。
あからさまな「女性差別」に世界は驚愕したわけだが、僕にはもっと驚いたことがある。
朝日新聞(医師65%「女子減点理解できる」人材会社ネット調査)によれば、なんと医師の65%が「女子減点理解できる」と考えているというのだ。65%、つまり3人に2人である。
今、僕は自然に「なんと」という言葉を使ったが、3人に2人がそう思っているならそちらの方がマジョリティであり、「『なんと』などという言葉を使うお前の方が少数派だ」と言われることになる。
その後似たような調査が複数の媒体で行われたが、やはり結果は同じようなもので、女性差別に寛容な回答が多数を占めているようだ。
「理解できる」と答える医師たちは「女性医師はすぐに辞めるから人手が足りなくなる」と考えているらしい。
「女性が働きやすい職場をつくることを考えるのが先決であり、女性がすぐに辞めるから定員を減らすという考えはおかしい」という意見はたぶん誰かが言っているであろうからここでは取り上げない。僕にはもっと強く主張したいことがある。
それは、受験の合否判定に性差や年齢が影響するのは社会の原理原則に反するではないか、ということだ。
日本国憲法というものを持ち出すとややこしくなるかもしれないが、学問の自由は誰もが平等に保障されているのではなかったのか。
ちなみに50歳くらいで医学部に入学するのは是か非かという議論がときどき行われることがあるので、これについてもいずれ取り上げたい。
「女子医大」があるんだから男性有利の医学部があってもいいのではないか、という意見があるようだが、これは筋が通っていないのは明らかだ。女子医大は初めから女性しか募集していないのだから。
では「女子医大」の存在自体が男性差別ではないか、という意見についてはどうだろう。ある意味で“逆差別”と言えなくもないが、女性が不利であるという歴然とした事実があるんだからそれを解消するためにも女子医大はあるべき、というのが僕の考えだ。
「女子医大に男性が入学できないのはおかしい」という議論が出てくる頃にようやく平等に近づいたと言えるのではないか。米国の幾つかの名門大学で設けられている人種別入学枠も人種差別がなくなる日がくれば撤廃されるだろう。
お茶の水女子大は2020年度からトランスジェンダーを受け入れることを決めたが、これは今述べている女性差別とは別の観点から考察すべきだろう。
ところで多様性やダイバーシティといった言葉が最近よく聞かれるが医療界にはあまり浸透していないようだ。実際、医療者はセクシャルマイノリティ(LGBT)に優しくない。これは稿を改めて論じることにする。
話を戻そう。医学部入学の適・不適が論じられるときによく忘れられるのが、医学部入学希望者の全員が医師を目指しているわけではない、という基本的事実だ。
「医師を養成するのに高い税金を使って……」という意見があるが、それを言うなら医学部に入学すれば絶対に医師にならなければならないことになり、途中で他の道を選択できなくなってしまう。
医師になることを約束して医学部に入学するわけではないのに。
実際、僕は、医学部入学時には医師になるつもりはなく研究がしたかった。
この僕の「方向転換」については医療者のみならず一般の人たちからもよく聞かれるので、これについてもいずれ自己紹介の一環として取り上げてみたい。
もう一度繰り返すが、学問に「差別」は許されない。これは「社会の常識」であり、医師もその常識に従わねばならないのは当然だ。
さて、話をもう一歩進めてみたい。入試で「差別」があることが明らかとなり、医師(報道からは調査に答えた男女比は不明)の3分の2がその差別を認めているとなると、医学部に入学してから、あるいは医師になってからは「差別」を受けていないのだろうか。
朝日新聞は「研修医時代に妊娠して『だらしない』といわれ、切迫流産で休むと『流れてしまえばいい』とまでいわれた」「どうせ教えても無駄になるから、女には何も教える気にならないと言われた」という女性医師の声を取り上げている。
ただし、こういった「声」を強調するのはメディアの得意とするところであるから、このような対応をする医師ばかりではないのもまた自明である。
歴史を振り返ろう。日本で初めて医師国家試験に合格した女性医師は荻野吟子である。
自分の夫からうつされた淋病に生涯苦しめられ、診察を受けたときの悔しさから医師を目指し見事達成したその半生は素晴らしいが、医師までの道のりは相当険しいものであった。
医学部入学がなかなか認められず、吟子の生涯を綴った渡辺淳一の『花埋み』によると、入学後も男性の医学生から「帰れ」と言われ、凄惨なイジメを受け、セクハラという言葉では済まされない凌辱を受けている。
男子学生から集団レイプされそうになるシーンは読み続けることができないほどである。
世間は女性医師を求めている、かも
女性医師に対する世間の見方はどうであろうか。
高齢者が女性医師の治療を受けると、男性医師に受けた場合と比べて死亡率も再入院率も低くなるという米国の研究がある。
日本では性差とアウトカムの関係を調べた研究は僕の知る限りないが、女性医師を希望する患者が増えているような印象がある。
外国人の女性からは「産婦人科医は女性にしてほしい」と言われることも多い。
N数が少なくエビデンスからほど遠い見解であるが、当院に見学に来る医学生や研修医はおしなべて言えば女性の方が優秀な気がする。初診の外国人患者に予診を取らせても女性の研修医の方がよくできる。
もちろんこういったことは「科」によるだろうし、僕は何も男性医師がダメと言っているわけではないし、男性を逆差別するつもりもない。
東京医大の女性差別入試の報道を受けて声明を発表したグループもあるが、今のところ大きなムーブメントにはなっていないような気がする(注)。
患者に平等に接するという考えに異論を唱える医師はまずいないだろうし、障がい者に対する差別をさんざん見てきているのが医師であるのだから、医師は「差別」に敏感なはずだ。
ならば、男性医師からも東京医大の差別を糾弾しようとする声が上がってもよさそうなものだが、そういった話もほとんど聞かない。
もっとも、全医師の3分の2が女性差別を認めているのならそれも当然なのかもしれないが。
もしもこのままこういった体制、つまり差別を容認するしきたりが変わらなかったとすれば何が起こるだろうか。
行きつく先は医師を目指す優秀な女性たちが日本を見切って海外の医学部に流れていくかもしれない。
そうなるとますます日本の医学部は男性が合格しやすいということになり、いつまでも旧態依然の男性優位社会が変わらないことになる……。
変わらなければいけない。間違っていることには「NO」と言おうではないか。入試での差別は許されることではなく学問の自由に反するのだ。
それだけではない。少なくとも総合診療(GP)の現場では女性が活躍できる場面はいくらでもあるし、先述したように女性医師に診てもらいたいと言う患者も少なくない(その逆もあるが)。
日本の医師の3分の2が女性差別を黙認しているということを僕は外国人に、それは医療者のみならず一般の人達に対しても恥ずかしくて言えない。
「梅田のGPがどうしても伝えたいこと」としてこの連載で最も述べたいのは、GPの面白さであり、僕の望みはGPを目指す若い医師が増えてほしいということだ。
しかし、残念ながら怒らねばならないことが次々と現れ、次回はまた別の「怒り」について述べることにする。なんだか僕はいつも怒っているみたいだ。本当はおだやかな性格なんだけどなぁ…。
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注:調べた範囲では下記の団体が今回の女性差別に対して声明を発表していました。
全国医師ユニオン「東京医科大学における女性受験生差別問題に関する声明」
日本女性医療者連合「東京医科大学医学部医学科一般入学試験における女子受験者得点への恣意的操作に対する日本女性医療者連合(JAMP)からの声明」
全国保険医団体連合会「東京医科大入試の女性減点調整に関する声明」
<掲載元>
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