入院患者の不穏行動をAIで予知して防ぐ|手首装着型センサーを使ったシステムの開発が進展中
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点滴やドレーンを抜去したり、暴言を吐いて暴れたりする――。こうした入院患者の不穏行動は医療者側の大きな負担となっている。予兆を検知し、不穏が生じる前に介入することで医療者側の負担を軽減するため、患者のバイタルデータを使って不穏行動の予兆を検知するシステムの開発が進められている。事前介入によって不穏行動を防ぐことはできるのか、現状を探った。
医療現場の悩みの種の1つが、患者の不穏行動だ。東京都八王子市で北原国際病院などを経営する医療法人社団KNI(理事長:北原茂実氏)が、医療スタッフの業務時間配分を調査したところ、全体の26%を不穏などの患者の問題行動への対応に費やしていることが分かった。
さらに同調査では、入院患者のうち34%が不穏行動を起こしており、不穏行動を起こした患者はそうでない患者に比べて約19日間入院期間が長くなることが明らかになった。これは、不穏行動を起こした患者の受け入れが難しい医療機関があるため、転院先の選択肢が少なくなってしまうからだ。病院経営の観点からも、病床回転率が下がることが懸念される。
こうした不穏行動は、「予兆を検知して適切な看護ケアをすることで防ぐことができる」と北原国際病院看護科統括の森口真由美氏は話す。
実際、北原国際病院では、看護師が患者の様子を見て不穏行動の予兆を察知している。表情が硬くなったり感情表現が乏しくなったり、どこか一点を見つめていたりと「顔の印象が変わることが多い」と森口氏は話す。
口数が減ったり、「ダメ」や「嫌だ」などと断定的な言葉遣いが増えたりすることも不穏行動の予兆であるという。
ただし、経験が少ない新人看護師では患者の表情や口調から予兆を捉えることが難しく、24時間同じ患者を見ているわけではないことから、予兆を見落とす可能性もある。
皮膚温度や心拍数で予兆検知
こうした課題を解決するためにKNIは、バイタルデータを使って不穏行動の予兆を検知するシステムの開発をNECと共同で進めている。
患者のバイタルデータをAI(人工知能)で分析し、不穏行動の予兆が検知されたらスタッフにアラートを通知する仕組みだ。アラートはスマートフォンやタブレット端末に表示することを検討している(図1)。
現在は、北原国際病院の脳神経外科の入院患者を対象に、手首に装着するセンサーでバイタルデータを測定し(写真1)、予兆を高精度に検知する方法をNECが検討している段階だ。2018年秋には、予兆検知システムを院内に試験導入する予定だ。
図1 不穏予兆検知システムの概要 手首に装着したセンサー(写真1)でバイタルデータを測定し、不穏行動の予兆を検知した段階でアラートを出すシステムを開発中。 |
写真1 バイタルデータ測定デバイスを手首に装着した様子(左)と内部に搭載するセンサー(右) |
両者が2017年10月に開催した記者会見では、約40分前に71%の精度で予兆を検知できるとしていたが、詳しい精度の求め方などは明らかにしていない。バイタルデータの測定項目としては、皮膚温度と心拍数、呼吸回数のみ公表している。
予兆さえ検知できれば折り紙一枚でも不穏は防げる
予兆を捉えられれば、看護ケアによって「患者が抱えている不安を取り除いたり不満を解消したりすることで、不穏行動を防げる」と森口氏は言う。
例えば、森口氏が病室を回っていたところ、ある患者が何度も引き出しを出し入れしていたことがあった。声を掛けると、患者が「折り紙……」とつぶやいたので折り紙を渡したところ、引き出しの出し入れは収まり、不穏行動が起きなかったという。
恐らく、折り紙がないことで不安になっていたわけではないだろうが、何らかの不安を「引き出しを出し入れすることで表していたのだろう」と森口氏は分析する。
このように、不安の根源が分からなくても、気持ちを落ち着かせたり、興味や関心を別のことにそらしたりできれば、不穏行動を防げるというわけだ。
一点をじっと凝視している患者も、不穏行動を起こす可能性が高い。こういう患者は脳疾患などから幻視が見えていることが多いという。その場合は、「カーテンを閉めて空間を遮ったり、部屋を移動させたりして対応している」と森口氏は話す。
夜間であれば、患者の不安や不満に対応することに加えて、足浴やアロマテラピーなどのケアを行うことによって、入眠を促している。眠ることができれば不穏行動は起こらないからだ。
このほか、予兆のアラートが通知されることで、徘徊の予防も可能になると期待される。アラートが通知されるようになれば、不穏行動の予兆が出たタイミングで、看護師が患者のそばを歩くようにしたり、「そろそろお茶でも飲みませんか」と声を掛けて休息を促したりできる。ずっと監視しなくても、不穏行動を防げる可能性があるのだ。
予兆検知は、医師にもメリットがある。患者が不穏行動を起こせば、看護師は医師の指示を仰ぐために昼夜を問わず連絡をしなくてはいけないが、予兆の段階で不穏行動を防ぐことができればこうした連絡が減るだろう。
アラートによって負担は「増えない」
アラートを通知することで、看護師の負担は増えないのだろうか。もともと、看護師は記録業務以外のほとんどの時間を訪室に使っているため、「負担は増えない」と森口氏は断言する。予兆の有無によって訪室の順番や回数を決められるようになれば、むしろ業務効率化が期待できるともいう。
また、不穏行動が起きるのは夜間が多い。夜間せん妄も含めると、全110床の北原国際病院では、ほぼ毎晩1人か2人の患者が不穏状態になるという。そうなると、1~2人の看護師がその患者に付き添う必要が生じ、他の患者への対応が遅れてしまう懸念がある。予兆の段階で不穏行動を防げれば、看護師が付きっきりになることなく、こうした課題を解消できる可能性がある。
同じケアを行うにしても「不穏行動に対処するのと予防するのでは、看護師の精神的負担が大きく違う」と森口氏は強調する。不穏行動を起こしてしまった場合は、患者の興奮を抑制するために、体を拘束したり強い薬を投与したりする場合もあり、看護師にとってはマイナスイメージが強く、積極的に関わりたくないものだ。
一方、ケアで不穏行動を防ぐことができれば、看護の本領を発揮できるものとして看護師の満足度は高いという。
KNIはNECと共同で、将来的には、不穏行動を予防するためのケアの記録をAIに学習させ、適切なケアの方法をアドバイスする機能も搭載したい考えだ。今秋の病院への導入で大きな成果を上げられれば、不穏行動を防ぐ特効薬として他の医療機関での活用も進みそうだ。
<掲載元>
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