在宅で手を洗わせてもらえない。どうする?
【日経メディカルAナーシング Pick up!】
亀田総合病院地域感染症疫学・予防センターの古谷直子氏に聞く
患者の自宅を訪問し、限られた時間で診察・処置をする在宅医療の現場では、つい感染対策のガードは緩みがちになる。一方で在宅医療に携わる医療者は、患者家族の考え方や理解、協力をどこまで得られるかを考慮しながらの対応が求められる。在宅医療における感染対策の実情と問題点について、亀田総合病院地域感染症疫学・予防センターで感染管理看護師(ICN)の古谷直子氏に解説してもらった。
聞き手:加納亜子=日経メディカル
古谷直子●ふるや なおこ氏 1995年3月に亀田看護専門学校卒業、同年4月に亀田総合病院CCU勤務。2001年に日本看護協会看護研修学校 認定看護師教育専門課程感染管理学科入学、2002年に感染管理看護師(ICN)を取得、2016年特定行為研修終了、現職。
在宅医療における感染対策は、求めるレベルが病院とは異なります。あくまで患者家族の考え方や理解、協力をどこまで得られるかを考えながら、ケースバイケースで現場で取り組める形に調整することが求められます。
また医療者の中には、患者宅で感染対策として防護具を使うと、患者さんやご家族の方が“ばい菌扱い”されていると捉えてしまうのではないか、と心配する声もあります。しかし、在宅医療の現場でも侵襲的処置を行うことはあります。患者への感染予防と同時に医療者への感染予防を実践することも必要になるのです。ですから、私は在宅医療に関わる医療者、スタッフ、家族には、自分自身が感染しないためにも、基本的な標準予防策を徹底することを求めています。
標準予防策として具体的に取り組むことは、手指衛生や手袋、マスクの着用など、非常に単純です。それでも、限られた時間で診察・処置をする診療現場では、手袋やマスクを着けたり外したり、手指衛生をするタイミングを行動の中に落とし込むのは案外難しいものです。だからこそ、医療機関で患者に薬剤を投与するときの「患者情報と薬剤名を確認して…」といった決められた業務手順と同じ要領で実践できるよう、感染対策を習慣として身に付ける必要があるのだと思っています。
血液や体液が手に付きそうであれば手袋を使い、ユニホームや身体へ飛んできそうであればエプロンやガウンを着け、顔に飛んでくる可能性があればマスクやシールドを着ける――。感染対策に使う防護具は、こうした観点でその場その場で適切に選べるようになるべきだというのが私の考えです。
褥瘡の処置にもプロテクション着用を
在宅医療で脇が甘くなりやすいのは、創部が深かったり、広範囲にわたる褥瘡のある患者さんの処置をする際です。傷の状態を確認したり、創部を洗浄するときに、医療者は「遠目だと分かりにくいから」と患部に顔を近づけます。そのときに、マスクやフェイスガードを着けていない医療者を見ると、せめて処置をするときくらいはしっかりとプロテクションすべきではないか、と思ってしまいます。
痰を吸引するときも同様です。患者が咳込めば、そのしぶきがスタッフに向かって飛んできます。本来、標準予防策という概念でいくと、痰を取るような作業のときは、在宅でもエプロンやマスクを着けることを一考してもよいのではないかと思います。
このように、感染対策を指導する立場としては、現場を見れば見るほど様々なことを指摘したくなってしまいます。しかし、そうは言っても、環境によって取り組める感染対策のレベルは様々です。最低限必要な手指衛生をするにも、流しすら借りられないお宅もあります。
流しを使えなければアルコールで
手指衛生の基本は、目に見える汚れが手に付いている場合は流水と石けんで洗浄。それがなければアルコールでの消毒です。迷ったときは流水と石けんでの洗浄。それをしようと思っても、流しが借りられなければ、また別の手段を考える必要があります。
こうしたお宅では、在宅医療を始める際に、医療的処置を行うときには手指消毒が必要であることを患者のご家族にしっかりと説明すべきでしょう。とはいえ説明をしても、ご家族に「使われると嫌だわ」と言われてしまえば、患者宅の流しは使えません。そうした場合は、近隣に水道があればそういったところを利用したり、それすら難しい場合には手袋とアルコールフォームをうまく使って、手の直接の汚染を最大限避けるようにしています。
ディスポ製品の使い方について考えることも
その他、病院での対応と異なることといえば、痰吸引などに使うチューブの管理などでしょうか。胃瘻の道具も同様ですね。病院であれば、チューブは毎回廃棄するといったことが多いと思いますが、在宅医療の現場では病院ではディスポーザブルに使われている道具を繰り返して使うことが多く、どう消毒すればよいかを迷うことがあります。
在宅では、定期的に煮沸もしくは塩素系消毒薬(キッチンハイターなど)で消毒をして、風の通るところで乾燥させられれば、その手順を説明して複数回使用することが多いです。ただし、ものによっては熱に弱い素材だったりするので注意は必要になります。できること・できないことは、ご家族や訪問看護師の方々と相談をしながら無理のない範囲で決めるようにしています。
過剰に感染症を怖がる介護スタッフには具体策を
「感染症」と聞くだけで介護スタッフが過剰に怖がるケースも見かけます。その場合、感染症の知識のある医師や看護師には、どのように対処すればよいかを的確に指導することが求められます。
多剤耐性菌が検出された患者さんや、疥癬の患者を介護スタッフが必要以上に怖がったり、どう対応すればよいかが分からないといった理由で「担当したくない」と言われてしまうこともあります。そうしたときには、たとえ耐性菌を保菌している患者や、疥癬を発症している患者でも、治療が適切に行われていれば、過剰に心配することはないということをまず伝えています。
そして、血液などの体液に触れる処置をするときに、どのように防護すればよいのかということを伝えるようにしています。
具体的には、訪問する順序を変更するといった対処のほか、入浴介助をする際に短い手袋ではなく長い手袋を使うといった、防護具の使い分けについてもアドバイスします。使用する防護具を、一緒に選んだりすることもあります。
このように、介護スタッフが抱いている不安や疑問に一つずつ対応策を説明することで、個々のスタッフが何ができて、どんなことが難しいのかということが見えてきます。すると、初めは入浴介助を拒んでいた介護スタッフも、理解して取り組んでいただけることがあります。
ゴールの見えない在宅医療の感染管理
現場にアドバイスする立場から見て、現時点で難しいのは、在宅医療における感染対策のゴールがはっきりと見えていないことでしょうか。
病院であれば、医療関連感染を起こさないために、サーベイランスを行いながら感染対策を実践しています。一方で、在宅医療ではサーベイランスに基づく感染対策を実践していません。そのため、どこまで厳密に感染対策に取り組めばよいかが明らかになっていないと考えています。
だからこそ現時点では「少なくとも標準予防策をしっかりと実践する」というところに落ち着くのではないかと私は考えています。特に侵襲的な処置を行う医師や看護師にはできる限り遵守していただきたいですね。
とはいえ、全ての医師や訪問看護師が、感染対策について熟知しているわけではありません。介護者や患者家族へのアドバイスをするとき、感染対策を考えるとき、判断に迷うこともあると思います。感染対策について、サポートが必要なときには抱え込まず、地域の拠点病院にいる感染管理の認定看護師(ICN)に相談をしていただければ嬉しいです。
ICNは、感染症が起こらないように、また、拡がらないようにするための役割を担っています。そして、医療施設の中だけではなく地域の中でも同様の活動をすることができます。在宅医療の現場の医師や訪問看護師の負担を減らす意味でも、うまくICNを活用いただければと思っています。
<掲載元>
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