トランス脂肪酸はなぜアメリカで禁止に?―日本人が注意すべき食事リスク
マーガリンなどに多く含まれるトランス脂肪酸。心臓病のリスク上昇が懸念されることから、アメリカでは2018年6月から食品への添加禁止が決まりました。また諸外国では規制が広がる一方で、日本では何も規制がありません。
心臓病以外にも様々な病気との関連が指摘されるトランス脂肪酸とはどのようなものなのでしょうか?
【目次】
トランス脂肪酸とは
トランス脂肪酸とは、不飽和脂肪酸と呼ばれる油の一種です。牛や羊の体内で作られて肉や乳に微量に含まれる天然由来のものと、人工的に作られる工業由来のものにわけられます。
工業由来のものは、さらに「硬化油」と「食用植物油」にわけられます。食用植物油は、ドレッシングなどを精製する過程で作られるもの。硬化油はマーガリンなどを作る時に、水素を加えて植物油を固める際にできるものです。アメリカが使用を制限したのは、正確にはトランス脂肪酸のうち「硬化油」のことです。
心疾患、喘息やアレルギー、不妊への影響も
トランス脂肪酸を摂りすぎると、血液中の悪玉コレステロール(LDLコレステロール)が増えて、反対に善玉コレステロール(HDLコレステロール)が減少します。その結果、動脈硬化や心筋梗塞、狭心症などの心臓疾患のリスクが高まります。
諸外国のデータでは心疾患のほか、喘息やアレルギー性鼻炎などのアレルギー疾患、妊産婦への影響(不妊や流産、胎児の体重減少等)など、さまざまな健康被害と関連があることが示唆されています。
特にアメリカ人の死因トップは心臓疾患で、トランス脂肪酸の摂り過ぎがその原因の一つと考えられています。そのため諸外国に先がけて規制が行われたのです。
もともとはヘルシー食材として市場に登場したマーガリン
トランス脂肪酸を含む代表的な食品は、マーガリンです。クッキーやパン、ケーキ、ドーナツ、ポテトチップスなどのスナック菓子、マヨネーズ、コーヒークリームなどにも多くのトランス脂肪酸が含まれています。
おもしろいことにそもそもマーガリンは、バターよりも健康的であるとして、当初は広く売り出されたものでした。動物性脂肪であるバターよりもヘルシーだとして、20世紀初めに市場に出されたのです。ところが20世紀終わりになると、トランス脂肪酸の摂取は心疾患のリスクを高めるとの研究報告が発表され始めます。
看護師8万5000人を対象にした研究
代表的な研究の1つに、女性看護師の疫学研究で有名なハーバード大学のウィレット教授の研究があります。1993年の報告で、およそ8万5000人の看護師を対象に8年間に渡って食事データを追跡調査したところ、マーガリンを多く摂取するグループではそうでないグループより、心臓病のリスクが6割以上高い結果となりました。
1990年代に入って、このようにトランス脂肪酸による心臓病リスクなどを指摘する研究報告が出され始めると同時に、アメリカではあちこちで訴訟が始まりました。
2003年にはナビスコ社の「オレオ」に対し、「子供が食べるのは危険」という訴訟が起こりました。この訴訟はナビスコ社がトランス脂肪酸の排除を確約し、取り下げとなっています。同じ年にはマクドナルド社に対しても訴えが起こされ、マクドナルド社はトランス脂肪酸の普及啓発活動に多額の寄付をすることで決着しています。
こうした経緯を経てアメリカでは、2018年6月から原則として食品への添加を禁止することになりました。現在ではイギリスやニュージーランド、オランダ、デンマークなどの各国も、含有量の規制や自主規制が行われています。
日本では「リスクが小さい」
日本での対応はどうかというと、09年に厚労省と農林水産省など複数の省庁からなる検討会が立ち上げられました。その後、11年には自主的表示のための指針がまとまり、12年には食品安全委員会が「現状の食生活ではリスクは小さい」との報告書をまとめました。
動脈硬化学会は表示義務求める
しかし、後述するように若年層を中心にスナック菓子やパン類を多く食べることから、日本動脈硬化学会などは日本人に対してもトランス脂肪酸のリスクを周知すべきとしています。
同学会は「過剰摂取が動脈硬化性疾患を増加させる脂質にコレステロール、飽和脂肪酸、トランス型不飽和脂肪酸(トランス脂肪酸)が挙げられる」とし、これらの表示義務化を求める声明をまとめています。
メーカーの自主規制で含有量は減少傾向
また、国による規制を待たずして、安全性を求める消費者の声にこたえる形で、メーカーによる自主的な取り組みも進んでいます。
食品安全委員会の報告書によれば、マーガリン100g当たりのトランス脂肪酸含有量は、06年には平均して5.28gだったものが、10年には3.13gにまで減っています。
アメリカでは使用禁止なのに日本では関心が低い理由
諸外国の大半で何らかの規制がなされているトランス脂肪酸ですが、なぜ日本では対応が遅れているのでしょうか。それは、トランス脂肪酸の摂取量の違い、およびそれに起因する各国の死因の違いが原因です。
WHOによれば、健康に影響を及ぼさないトランス脂肪酸の摂取量は、総エネルギー摂取量の1%未満。これに対してアメリカ人の平均摂取量は2%、イギリス人は1%で、日本人は0.3%~0.6%と諸外国と比べて低い傾向にあります。
死因1位、日本は「がん」でアメリカは「心臓病」
またトランス脂肪酸の摂取量と心疾患の患者数には大きな関係がありますが、日本では死因トップは「がん」(30%)で、2位が「心疾患」(15.9%)、3位が「脳血管疾患」(11.1%)と、がんによる死亡が最も多くなっています。(2008年・厚生労働省)
反対にアメリカの死因トップは「心疾患」(31.6%)、2位が「がん」(23.3%)、3位が「慢性下気道疾患」(5.6%)と、「心疾患」が1位。「心疾患」と「がん」で全死因の半数以上を占めています(2010年・アメリカ疾病対策センター)。
日本ではがんが国民病といわれますが、アメリカではまさに心臓病が国民病といえます。そのため、心臓病のリスクを上昇させるトランス脂肪酸への対策も、強く求められているのです。
アメリカの医薬食品局(FDA)は、トランス脂肪酸の規制が広まることで「年間数千件にのぼる致死性の心臓発作を防ぐことができる」と見通しています。
日本人の食生活では「塩分」リスクのほうが高い
農林水産省は、トランス脂肪酸の健康への悪影響については認めているものの、「日本人の食生活の傾向から考えると、トランス脂肪酸のリスクよりも塩分のリスクの方が高い」としていて、「脂質の取りすぎ」と同時に「塩分の取りすぎ」に十分注意するよう呼びかけています。
このように摂取量の低さから、日本では健康への影響が見過ごされてきたトランス脂肪酸ですが、近年、若い人を中心に摂取量がじわじわと上昇しています。
30~40代女性は4人に1人が基準値超え
特に都市部を中心に、30~40代の女性では4人に1人がWHOの基準値を超えてトランス脂肪酸を摂取しているとのデータも出ています。これにはスナック菓子などを頻繁に食べる食生活が影響していると考えられています。
30~40代の働く女性を中心に、摂取量が増えているトランス脂肪酸。「減塩」「減コレステロール」などと同様に、いずれは「減トランス脂肪酸」が当たり前、となるのかもしれません。
(参考)
すぐにわかるトランス脂肪酸(農林水産省)
「食品に含まれるトランス脂肪酸」評価書に関する Q&A(食品安全委員会)
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