アイモジン・M. キングの看護理論:目標達成理論

『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』(サイオ出版)より転載。
今回はアイモジン・M. キングの看護理論「目標達成理論」について解説します。

 

藤原聡子
長野県看護大学看護学部 教授

 

 

Point
  • 力動的相互作用システム(相互に力動的な相互作用を行うシステム)の枠組みは、個人、個人間、社会という相互に作用し合うシステムから構成されている。
  • 目標達成理論は、①成長と発達、②知覚、③自己概念、④身体像、⑤時間、⑥空間、⑦コミュニケーション、⑧役割、⑨ストレス、⑩相互行為、⑪相互浸透行為からなっている。

 

 

キングの看護理論

目標達成理論とは

目標達成理論は、健康維持、またはその回復のために、ヘルスケア・システム(いわゆる看護の臨床の現場)に特定された二者間(主に看護師と患者)の相互行為を行う過程の要素を明らかにしたものである。

 

理論

概念の集合。実践方法を記述ないし説明すべく、はっきりした相互関係にまで展開させられるような定義を用いて概念を関連づける方法

 

相互行為の過程とは、個人が、自身のかかわる他者とその置かれている状況を、コミュニケーションを通じて知覚し、目標を設定して目標達成の方策をみつける過程のことである。

 

 

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力動的相互作用システム

目標達成理論を導く概念枠組みである『力動的相互作用システム(個人システム・個人間システム・社会システム)』について考える。

 

概念枠組み

相互に関係のある概念のグループ。キングは定義づけてはいないが、テキストのなかではほぼこの意味で使われている。

 

看護のさまざまな現象は、3つの力動的な相互作用をしているシステム内で起こっている。それは図1のようなシステムで表される。

 

図1力動的相互作用システム

出典:ジュリア・B.ジョージ編、南裕子ら訳:看護理論集─より高度な看護実践のために、増補改訂版、p.210、日本看護協会出版会、1998より改変

 

 

1個人システム

1人の人間である個人のこと。キングは、人間を「環境と交流する解放システム」であると見なし、これを個人システムと称している。

 

 

2個人間システム

二者間、三者間の間で相互行為がなされるシステムである。

 

 

3社会システム

個人・個人間システムを包含し、それに影響を与え、その環境をつくり変えていく家族、宗教団体、教育体制、労働組織などの、社会的役割・慣行・行動からなる組織的な体系である。なお、その種類には、フォーマルなものとインフォーマルなものがある。

 

この3つは、相互に力動的な相互作用を行う解放システムである。

 

キングの目標達成理論は、3つの力動的相互作用システムのなかの個人間システム(interpersonal system)の概念枠組みから導き出された。

 

キングは、「看護師と患者の二者関係は、個人間システムのなかの1つのタイプである」と述べている。

 

複数の個人間でつくられた個人間システムは支える主要概念は、そのまま個人システムの概念を包含する。そしてそれは、目標達成理論の主要概念になる。

 

すなわち、①成長と発達、②知覚、③自己概念、④身体像、⑤時間、⑥空間である。

 

また、社会システムからも「役割」という概念が、目標達成理論に組み込まれている。個人間システムを人間関係の側面からとらえれば、社会システムの概念もまた、目標達成理論の主要概念になっている。

 

これには、⑦コミュニケーション、⑧役割、⑨ストレス、⑩相互行為、⑪相互浸透行為などがある。

 

 

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目標達成理論の主要概念

1成長と発達

人の活動の細胞レベル、分子レベル、そして行動レベルにおける継続的な変化であり、個人が成熟へと向かうのを助ける。

 

 

2知覚

個人的・主観的なもので、感覚ならびに記憶からの情報を組織し、解釈された過程である。その人間(個人)の「環境」に関する解釈ともいえる。

 

 

3自己概念

その人間の完全な主観的環境であり、経験とその意味を判別する中心になる自己である。

 

 

4身体像

成長と発達の段階で身体像はその一部をなしているが、身体についての知覚であり、かつ自身や自分の外観に対する他者の反応によって形成されている。

 

 

5時間

時間は、将来に向かって進んでいく出来事の連鎖であると定義される。

 

ここでいう時間とは、各個人が1回かぎり経験する出来事と、次の出来事との間の期間である。

 

 

6空間

あらゆる方向に存在すると定義され、所属した文化や状況にも影響を受ける。物理的領域では「縄張り」として占有されることもある。

 

個人的な知覚に依拠しているが、看護師と患者が相互に作用し合う環境でもある。

 

 

7コミュニケーション

対面して1対1で、あるいは電話、テレビ、書き言葉をとおして、直接的・間接的に情報が人から人へと伝えられる過程のことである。

 

コミュニケーションは、個人間システムを構成する看護師と患者の双方向の主要な行為であり、言語・非言語・表象などで表される。

 

看護師が患者の行動を観察し、知覚の正しさを確証するには、看護師自身が研鑚を積んで得たコミュニケーション知識に拠ることを期待されている。

 

 

8役割

一定の社会システム内のある地位に関連して期待される行動の総体である。

 

また組織内のある地位に関するために相互に作用し合っている複数の人々の関係である。

 

看護師は、それぞれの状況で目標を確認し、目標を達成するよう援助し、その知識、技能、価値を駆使してその期待された役割を果たさなければならない。

 

 

9ストレス

人が他者や環境のかかわる際のエネルギー要因である。

 

もともとストレスは人の生命を破壊する力とは考えられていない。

 

人が成長し生きていくうえでさまざまな対策を身につけるためには、不可欠なものである。

 

看護師は、達成すべき作用目標を展開する際に、その過程として起きる(あるいは行動パターン、およびその対処能力の査察ができることが前提になっている。

 

 

10相互行為

相互行為的で相互依存的な行為であり、相互に関係している複数の人間で繰り広げられ、観察できる行動である。

 

看護では、相互作用は、看護師─患者間で行われる。

 

 

11相互浸透行為

価値あるいくつかの目標を達するために、人間が外界(他者や環境)とコミュニケーションをはかる相互行為である。

 

看護への適用は、ヘルスケア・システムのなかで起こる看護状況で、患者と相互に設定した目標を達成するために、看護師と患者の間で起こる相互行為の最終的な段階として分析される行為である(図2)。

 

 

図2相互行為

出典:ジュリア・B.ジョージ編、南裕子ら訳:看護理論集─より高度な看護実践のために、増補改訂版、p.216、日本看護協会出版会、1998より改変

 

 

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キングの看護理論から得るもの

患者と看護師は、最初は見知らぬ者同士である。その見知らぬ者同士が1つの目標をもって必然的に出会い、一緒に助け合って目標を達成するための方法を探す旅に出る。

 

そのため、両者は互いにコミュニケーションをとり、それぞれが相手を理解し合わなければならない。

 

キングの看護理論によれば、患者の目標を達成するには、患者自身が目標設定に参加することが必要である。

 

それによってケアに対する患者の満足度が大きくなるからである。同じように、患者も目標が達成されることで、看護師自身が抱えるストレスや不安も軽減されるのである。

 

キングの看護理論は、「看護師を燃え尽き症候群から救う理論」と称されることがある。目標が達成できないという挫折感から看護師を救い、背中を押してくれる考えなのである。

 

臨床の場でキングの看護理論を使うには、患者が参加し、看護師との相互浸透行為が行われやすい環境が重大になる。

 

とくに、プライマリ・ナーシングを実践するときには、その利点を最大限に生かすことができるだろう。

 

 

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看護理論のメタパラダイム(4つの概念)

1人間

人間は、環境と交流する開放システムである。

 

 

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2環境

キングは、環境については明確に定義していない。

 

 

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3健康および病気

健康とは、1人の人間のダイナミックな人生体験である。

 

また、病気とは正常から逸脱した状態であり、その人の生物的構造における不均衡状態、心理的構造における不均衡状態、心理的構造における不安定状態、社会関係における葛藤状態を意味する。

 

 

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4看護

看護とは、看護師と患者が、看護状況のなかで双方が知覚した情報を共有し合う、行為、対応、相互作用の一連の過程である。

 

 

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看護理論に基づく事例展開

キングと看護過程

目標達成理論は、先述したとおり、個人間システムから導き出されたもので、個人が自身のかかわる他者と、その他者の置かれている状況について、コミュニケーションを通じて問題を査定し、他者とともに目標を設定し、それに同意し合い、目標達成の方策をみつける相互浸透行為を行う過程を前提としている。

 

この一連の過程をまとめると、2人の個人の行為、対応、障害(問題)→知覚した情報の共有→共同目標の設定→目標達成の手段の検索→目標達成の手段に対する同意→相互浸透行為→目標達成になる。

 

そして、個人の情報の査定は、目標達成理論を構成するすべての概念が対象になる。

 

また、他者を患者に個人を看護師に置き換え、その二者間で知覚し共有し合うべき情報を要素別にまとめると、以下のように、患者の側から考えることができる。

 

  1. 1患者の成長と発達の状態
  2. 2患者自身の現在の知覚に影響を与えるもの(感覚機能、年齢、発達、教育、使われる薬、食事)
  3. 3患者の自己概念
  4. 4患者の自身に対するボディイメージ
  5. 56患者の現在の時間への感覚、空間への知覚、現在の環境に対するイメージなど
  6. 7患者のコミュニケーションのスタイル
  7. 8患者の社会的役割
  8. 9患者の現在のストレスとストレス対処能力

 

なお、「②知覚」は、その知覚感覚機能も問題になるが、それ以外の患者自身の自己に関する認識を検証する基礎になるものである。

 

同じように、それを査定する看護師自身の知覚も当然重要である。

 

その情報の詳細は、患者との相互行為による相互作用があって初めて知覚されるものである。

 

また、「⑦コミュニケーション」は、相互行為の基礎になるものである。

 

①〜⑨」の情報を得るための面接過程上で発揮される看護師自身の面接技法、コミュニケーション・スキルが、その査定には重要な影響を及ぼす。

 

このように、目標達成理論は、その要素になる概念同士が関連し、また患者─看護師の二者間に関連づけるものである。

 

 

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看護過程への適用(プロセスレコード用いる)

看護とは、看護師と患者が、双方で知覚した情報を共有し合う行為・対応・相互作用の一連の過程である、とキングは定義している。

 

したがって、看護過程の構成要素は、行為・対応・相互作用だが、それらは後にキングが目標達成理論の看護の適用として目標志向的看護記録(GONR)を取り上げ、操作的なものとした。

 

ここでは、キングがとくに個人間システムの相互作用としてコミュニケーションを強調した点に注目し、相互行為が行われる場面のプロセスレコードによる分析を展開することによって、目標達成理論の看護過程を理解してみよう。

 

なお、一連の看護過程は以下のように展開される。

 

 

1アセスメント

キングは、たとえ幼児や意識のない患者であっても、コミュニケーション(言語的・非言語的なもの双方を含む)をとおしたアセスメントを行うことの重要性を強調し、そのような対象との間でも看護師が相互作用を行うことができるとしている。

 

今回は、異文化の社会のなかで出産を迎えた在日外国人の産婦と助産師を題材にし、コミュニケーションを通じてどのように理解し、それを活用できるかを検討する。

 

 

2看護診断

障害の発見として言い表されている。

 

 

3計画

共働目標の設定・手段の探索・手段への同意と表現される。

 

 

4実施

目標達成に向けて相互浸透行為がなされているかどうかをみる。

 

 

5評価

目標を達成したかどうかをみる。

 

 

事例

産婦Aさん、32歳。中国東北部の農村出身の漢民族。9年前に中国で3800gの男児出産。その後、2017年3月、現在の夫(日本人。東北地方出身で、実家の果樹園を受け継ぎ経営している。48歳)と再婚して来日する。
日本語は、日常生活語を片言で話す。家族構成は本人、夫、夫の両親。来日してからは家事と農業を手伝っていた。
同地域に同郷の在日中国人女性が数人おり、その勧めで当該施設を出産場所に選んでいる。

 

2017年12月12日朝7時、破水したため夫につき添われ入院、妊娠週数40週と4日で身長167cm。体重78㎏。妊娠中の体重20㎏増加。1週間前の外来健診では児の推定体重が3900〜4000gで巨大児の出生が予測されている。
内診所見はsp−1、子宮口2cm開大。羊水の流出が肉眼で確認された。7分おきに陣痛が来ており、児心音は問題なし。LDR室に入室になる。
入院時、夜勤の助産師から、翻訳表を使って浣腸の説明があるが、「うん?」と困ったような顔をした。(場面①)
中国語を学習している臨床経験7年目の助産師Bが当日の分娩係になり、抗生剤の入った点滴の説明を行った。(場面②)

 

12日の昼、子宮6cm開大。子宮頚部の展退60%。児心音は良好。陣痛周期は2〜3分おき、発作は次第に強さを増したが、児の下降が進まず2時間ほどsp+1のままである。

 

午後2時30分、7cm開大、子宮頚管に浮腫がみられ、陣痛の強さは変わらないが児頭下降がない。医師からオキシトシンによる陣痛増強の指示があった。この点滴施行後から陣痛発作のたびに悲鳴をあげるようになり、状態を説明する医師の話や、夫の話にもだんだんを貸さなくなった。午後4時に陣痛も強くなってきたため、内診して全開大を確認した。
その後1時間経過し、医師が報告するためにLDR室を5分中座した助産師Bが戻ってくると、産婦が中国語で「おなかを切って児を出して」と訴えていた。(場面③④)

 

 

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プロセスレコード

プロセスレコードは、夜勤助産師と当日担当助産師Bがとっている。

 

場面①

夜勤看護師:(日本語で)「本日はまだお通じはないですね」

産婦A:(日本語で)「わかりません」

*夜勤助産師の思い:「お通じ」という単語はAさんにはわからないかもしれない。それなら文字で説明しよう

夜勤助産師:「こういう漢字ですがわかりますか。(日中の翻訳表をみせながら)大便のことです。本日はありましたか?」

産婦A:「ないです」

夜勤助産師:「浣腸します。浣腸するとお産が早く進むからね」

産婦A:(困ったような表情で)「……うん?」

*夜勤助産師の思い:根本的に浣腸の意味を知らなくて戸惑っているのか、翻訳が間違っていて浣腸が理解できないかがわからない。でも落ち着いた感じの人だし、とりあえずやってみよう

浣腸施行後、反応便あり。夜勤助産師は申し送りの際にこのエピソードを助産師Bに伝える。

 

場面②

助産師B:(中国語で)「Aさん、私のしゃべる中国語わかりますか」

産婦A:(目を大きく見開いて、中国語で話す)「わかる」

助産師B:(ネームを見せながら)「私はBです。お産のときにお手伝いしますが、よろしいですか」

産婦A:(Bに笑いかける)「ええ。中国語、いつ勉強したの?」

助産師B:「いま、テレビで勉強しているところです。10年前には留学もしました」

産婦A:(じっとBをみつめる)「どこに留学したのですか」

助産師B:「吉林省です」

産婦A:「私はそこの出身よ」

助産師B:「まあ、どおりで私もよく聞き取れます。私は中国語の聞き取りがまあまあ、しゃべるのが少しですが、Aさんのお産のときは私がつきます。どうかよろしくお願いします。Aさん、あなたは破水しているので、点滴のお薬をすることになりました。陣痛の状態をみながら子宮収縮薬の点滴も行うかもしれないので、お産の間は点滴をずっと行う可能性があります」

産婦A:「それはどうしてもしないとだめですか」

助産師B:「赤ちゃんに悪い菌が感染する危険があるのでね」

産婦A:「わかりました」

助産師B:「ご主人はお産に立ち会いますか」

産婦A:「わからない」

助産師B:「それでは、お産のときまでに決めておいてくださいね。赤ちゃんが大きいようですが、前のお子さんも大きかったのですか」

産婦A:「大きかった。でも中国ではふつうですよ」

 

場面③

助産師Bが医師に報告するために、5分ほど分娩室から離れていて戻ってきた後、産婦Aの形相が一変して苦痛に顔をゆがめ、陣痛のたびに「痛いよー」と日本語で叫んでいるのをみた。怒りの表情も交えている。

産婦A:(中国語で叫ぶように)「もう辛抱できない。おなかを切って」

産婦Aは、発作時に助産師Bの手を引き寄せて強く握りしめる。

:(日本語で、妻の腕を押さえながら)「おい、じっとしてないと、点滴が外れて分娩台から落ちちゃうよ」

Aは夫の声を無視し、陣痛間歇(かんけつ)の間はタオルに顔を埋めている。

 

場面④(場面③の直後)

*助産師Bの思い:陣痛の痛みで大きな声をあげても、また帝王切開の訴えにも、いたずらに過剰に反応してはいけない。こっちも辛抱しよう。それにAさんはしがみつく力は強いけれど、私を傷つけないように爪を立てないで手を握っている。ちゃんと冷静なところもある。

助産師B:(中国語で)「このバーを握ってみて。もっと力が出るよ。私のいうとおり、1回だけいきんだらすぐそこだよ。おなかを切らなくても赤ちゃんに会えるよ」

産婦A:(中国語で)「がまんできないよ。いきめないよ。快要死了(死んでしまうよ)」

*助産師Bの思い:児が大きいから、苦しいのは当たり前だ。『死ぬ』というのも、彼女がつらいときに私が少し席を外したから、私に対しても怒っているのかもしれない。とにかく最後まで一緒にずっといることをきちんと話そう。マックロバーツ体位で努責をかければ、経産婦だし、いまのところ児心音もよいし、たぶんちゃんと産める。でも分娩台からずり落ちてくるし、足を固定したほうがいいかな。私が片足を抱え、ご主人にもう片足を抱えてもらって、一度努責させよう

助産師B:(中国語で)「Aさん、疲れたね。つらいよね。つらいから痛いときは大きい声出しても大丈夫よ。どんどん声を出しちゃおう。私がお手伝いして足をもっているからね。ご主人にも足をもってもらうからね。このままいきもうね。

私はずっとAさんと一緒にいるよ。もうAさんから離れないよ。でもAさんががんばらないと、赤ちゃんが生まれてこないよ。さあ、1回だけ足をおなかに近づけて、そのままいきんでいよう」

産婦Aは、腕は助産師Bにしがみついていたが、太腿は声かけに誘導されて胸に近づけマックロバーツの体位をとり、努責をかけはじめた。

 

1アセスメント(助産師Bが行ったもの)

①産婦の成長と発達の状態

すでに分娩と子育てを経験している30歳代の中国人女性。日本人の夫と再婚し、今回は言葉があまり通じない異文化のなかで分娩を迎えている。

 

②産婦自身の現在の知覚に影響をあたえるもの
  • 感覚機能:分娩第2期の強い子宮収縮が来ているが、児が大きいため分娩が遷延している。疲労感が強く、疼痛も激しい。早くこの痛みがなくなるといいと思っている。また、帝王切開という手段が、この痛みを終わらせてくれる1つの方法であることも知っている。
  • 年齢:32歳、1回経産
  • 教育:中国東北部の都市近郊の農村出身、中学校卒業、日本語は日常生活語を片言で話す。夫との間は片言の日本語で意思を通じ合っている。
  • 用いられる薬:破水のための抗生剤、分娩が進行しないため子宮収縮薬、鎮静薬
  • 食事:中国式の分娩産褥の処置で、冷たい水などを飲んではいけないと思っている。また中国東北部の食習慣で、産後は粥と卵を中心にしようと決めている。

 

③産婦の自己概念

1回お産をしているが、その内容は児の体重以外は不明。現在の夫との間に、まるまるとした大きい息子がほしいと思っており、母親になることを楽しみにしている。きちんと子育てをするために、中国式の産褥の送り方をしたい(あるいはしなければならない)と思っている。

 

④産婦自身のボディイメージ

何度か助産師外来で体重の増えすぎやカロリー制限などを指摘されているが、とくに気をつけないまま体重が増加した。

 

現在体重が増えていることには、特別感慨をもたないようである。

 

⑤⑥産婦の現在の時間への感覚・空間への知覚。現在の環境に対するイメージなど

この病院については、近隣に住む同郷の中国人の主婦から、親切な病院であると聞いている。また、個室で産褥の生活ができるとも聞いている。

 

現在の時間に対しては、絶え間ない痛みと疲労をもたらす陣痛によって、その経過を長くつらいものと感じ、早く終わらせたいものと望んでいる。

 

一方、陣痛間歇は、唯一の休息として受け取っている。

 

⑦産婦のコミュニケーションのスタイル

日本人とは日本語で話すが、妊娠・分娩・産褥に関する専門的な用語はもちろんわからない。

 

また、ほとんど通院経験もないので、浣腸などの言葉のみならず、生活のなかでの実体験も伴わないから、イメージができない。

 

近隣には、同郷出身で日本人と結婚している中国人女性がいる。友人関係にあり、この友人とは電話でよくおしゃべりをする。

 

⑧産婦の社会的役割

30歳代の果樹園農家の嫁。農業の継承と、後継ぎの出産を期待されている。

 

⑨産婦のストレス対処能力

強い陣痛に直面しており、帝王切開にしてほしいという希望を述べている。

 

陣痛に対しては、それが児が生まれてくるために必要であるととらえる感覚は希薄である。痛いときに大きな声を出すこと、痛みを「痛い」と素直に表現することに関しては、恥ずかしいこととは思わず、問題ないと考えている。

 

 

2看護診断

 

  • 巨大児のため分娩進行が遅れる可能性がある
  • 強い陣痛に直面して、対処ができていない。

 

 

3計画立案・実施

発語面では、痛みを自由に表出させる。

 

また陣痛間歇があって、その間に必ず休息があることを実感させる。苦痛を訴える声が大きくても、日本人にとっての常識的な呼吸法を無理に押しつけない。

 

苦痛は声の大きさだけで判断せず、自分なりのやり方で対処できているかどうかを陣痛間歇時の筋肉の弛緩の程度から判断する。

 

冷たい水は、分娩・産褥期はいけないと思っているので、それに代わるもので水分は補給する。

 

夫は、陣痛が強まるうち、次第に怒りの対象になっているようなので、分娩経過の間、助産師自身ができるだけ付き添う。

 

介入を説明するためのコミュニケーションを絶やさない。同時に、陣痛の痛みと立ち向かえる方策を探す。

 

それは体位かもしれないし、努責に工夫することかもしれないが、それをすることによって、確実に進歩があったと本人が自信を抱けるようにする。

 

巨大児の肩甲難産の対策として、恥骨弓角が拳上して産道が広がるような体位にする。

 

 

4評価

 

  • 実施した内容を評価していく。
  • 分娩第2期開始から1時間半ほどで、努責がうまくかかるようになり、アプガースコア9点で分娩できた。

 

 

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事例をとおしていえること

正常分娩に臨んでいる産婦に対しては、看護師による温かい励ましや、水の提供、冷たいタオルによる顔の清拭、腰部マッサージなどによって、休むことなく支え続けなければならない。

 

このような言語・非言語を含めて長時間の暖かい肌同士の触れ合いは、ケアする者とされる者に特別な関係を生じさせる。

 

この状況では、キングのいう相互作用が、看護師─患者間に発現されやすくなりうる。

 

分娩第1〜2期を経験する産婦の苦痛の表現は、日本人に常識的な日常規範のそれから解放されたものであればあるほど、経験の少ない看護師にとっては脅威になり、そのまま看護師自身が直面する強いストレスになる。

 

そして、このストレスが問題を複雑にし、相互行為への障害となりうる。

 

しかし、このストレスは、キングの主要概念にあるように、看護師もまた解放システムである人間だからこそ、それが契機になり自身を成長させるエネルギーになりうる。

 

この産婦は、場面④にあるように、結局帝王切開になることはなかったが、それは看護師の言葉を信頼して従ったためであった。

 

看護師が、外国人である産婦の母国語を理解したことが原因ではなく、それは単なるきっかけであったにすぎない。

 

むしろ看護師が強いストレスを受けている産婦に共通してみられる非言語的表現に精通し、よく気持ちをわかってくれたと産婦が感じ取ったことにあり、彼女のコミュニケーションの技術の成果といえるだろう。

 

 

キングについて(詳しく見る) キングについて

アイモジン・M.キング(Imogene M.King)は1945年、アメリカ、ミズーリ州のセントルイスにあるセントジョン病院付属の看護学校で看護師免許を取得した。

 

その後1948年に学士号を、1957年にセントルイス大学で修士号を取得し、1961年にはニューヨーク州のコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで教育学博士号を取得した。

 

キングは、看護管理者・教育者、そして実践者としての経歴を合わせもっている。

 

キングは、1971年に出した自著『Toward a theory for Nursing』(『看護の理論化』)のなかで、看護に携わる学生、教師、研究者、実践家に対して新たな看護の概念枠組みを提示した。

 

その概念枠組みは、後にシステム理論の1つとみなされ、看護実践に応用できるものとして、高く評価された。

 

その後10年かけて、キングはこの著書で述べた看護のための概念枠組み─「力動的相互行為システム」─を基盤にする目標達成理論を完成させた。

 

 

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本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

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[出典] 『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』 編著/城ヶ端初子/2018年11月刊行/ サイオ出版

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