マーガレット・A.ニューマンの看護理論:健康のモデル

『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』(サイオ出版)より転載。
今回はマーガレット・ニューマンの看護理論「健康のモデル」について解説します。

 

日隈ふみ子
佛教大学保健医療技術学部看護学科 元教授

 

 

Point
  • ニューマンの看護理論は、「全体性」の世界観をもとに、これまでの伝統的な健康概念からのパラダイムの転換を要求するものである。
  • ニューマンの看護理論は、健康の理論である。「健康」とは、病気と病気ではない状態を統合したものであり、それは意識の拡張である。
  • ニューマンの看護理論の概念は、パターン、パターン認識、意識である。
  • ニューマンの看護理論は、人間の一生をより高次のレベルの意識としての存在に進化成長するプロセスそのものであるととらえる。
  • 看護学の視点とは、疾病をも包含した生命過程全体として人間をとらえ、環境との相互作用のなかで自己を再組織する潜在的能力をもつものとしてとらえることである。
  • 看護師の役割とは、人生の混乱と不確かさの時期にある患者とパートナーシップを築くことである。
  • 看護師は人的環境として患者にかかわるなかで自らも成長できる存在である。
  • ニューマンは、目標を設定して問題解決をはかるという「看護過程」を支持しない。

 

 

マーガレット・ニューマンの看護理論

看護学の祖といわれるフローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale)は、看護は医学とは異なる分野であることを述べているが、看護学は長い間、医学のものの見方、つまり分析的に現象をとらえる見方の影響から抜け出ることができずにいる。

 

ニューマン理論は、自らの介護体験をベースに、医学とは違う看護学独自のものの見方・視点を追及した理論である。

 

また、彼女の理論は、患者とともに看護師もまた成長することができるという理論である。この理論を学ぶ者にとっては、そのことが魅力的である。

 

 

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ニューマン理論の世界観

ニューマン理論を理解するには、彼女のものの見方や考え方であるパラダイム、あるいは世界観を理解することが重要である。それは、「全体性(wholeness)」の世界観である。

 

全体性とは部分の総和ではなく、それ以上のものといわれる。

 

つまり、人間全体というだけでなく、その人間を家族や地域といった環境から切り離すことはできないし、病気になったとしてもその人間の身の内であって切り離しては考えられない。

 

また、1人の人間の健康な状態と、病気になった状態とに分けてとらえることはしない。健康な状態のときだけでなく、病気のときも含めて「その人」なのである。

 

ニューマン理論は、物事を部分に分けて分析的にとらえるのではなく、「すべてが繋がっている全体」というとらえ方で、「全体の間の関係」を重要視する、全体性の世界観によって貫かれている理論なのである。

 

 

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ニューマン理論の中心概念

ニューマン理論の最も特徴的で中心的な概念は、「健康」である。

 

伝統的には、疾病がないことが健康な状態であるととらえられている。

 

しかし彼女は、疾病とその対局にある非疾病を弁証法的に1つに合わせた新しい健康概念を提唱している。

 

つまり、疾病も非疾病も健康とみる、新しい概念の創出である。ニューマン理論の前提は、以下のとおりである。

 

  1. 1健康とは疾病と非疾病を包含した、全体の統一したパターンである。
  2. 2パターンは、進化する人間─環境プロセスを識別し、意味によって特徴づけられる。
  3. 3意識とは、全体の情報能力であり、全体の進化したパターンのなかに現れる。

 

そして、「健康とは意識の拡張である」。これがニューマン理論の中心的な命題である。

 

さらに、ニューマン理論を理解するためには、「パターン」「パターン認識」「意識」という重要な概念の理解が求められる。

 

 

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ニューマン理論の重要概念

1パターン

パターン(pattern)とは、全体すなわちすべての関係の意味を即時に描き出す情報である。

 

つまり、人間を部分部分としてとらえるのではなく、1人の人間がほかならぬその人として確認されるところのものなのである。

 

もう少し具体的にみてみよう。

 

たとえば、体温37.5℃、脈拍80、血圧122/80mmHg…と、身体的な観察値だけを分析的にとらえても、ほかならぬその人であることは確認しにくい。

 

しかし、バイタルサインの経過表や、隣のベッドの患者に気兼ねしている、面会者も少なく窓の外の木々に目をやっていることが多い、入院によって職場に迷惑をかけていることを心配している……、といった情報が得られると、その人全体、その人と環境が相互作用し合う様子の一部が開示されてくる。

 

パターンとは、全体について理解を与える情報なのであり、即座にすべての関係性に意味を与えてくれるものである。

 

また、パターンは経時的に進化するものなので、1つの固定したパターンとして記述することはできない。

 

少なくとも経時的な連続パターンとして、パターンの変化のプロセスを示す必要がある。パターンには、何らかの意味があるのである。

 

 

2パターン認識

ただし、パターンは目にみえることだけではないし、すぐにはわからないこともある。

 

たとえば、1日に1度だけ体温測定をした結果が「異常」であったとする。

 

しかし、時間の枠を広げてみると、単に正常周期のピークかもしれないし、治癒過程の転換点を示しているのかもしれない。

 

これはほかの現象でも同じことで、起こったときは破壊的と思われた現象が、時間の枠組みを拡張してみれば、より高いレベルの組織化に先立つ再組織活動であることがわかる。

 

つまり、より大きなパターンの観点から全体を理解したとき、部分についての知識が意味をなすということである。

 

 

パターン認識(pattern recognition)は、観察者の内部から生まれる。

 

自分のパターンをより認識するには、自分自身のなかに入っていき、自分のパターンに触れ、また自分と環境が相互に作用し合っている人々とのパターンに触れるときに生まれる。

 

自分のパターンを認識するとは、自分自身の存在やこれまでの生きてきた人生の意味を自らがつかむことができる体験(たとえば、病気になること)のなかで、自分の人生や自分自身を発見する、そして自分のパターンに意味を見出すことであり、その瞬間が「パターン認識」である。

 

ただ、進化するパターンが明らかになるのに先立ってみられる不確かさと曖昧さに耐えることができなければならない。

 

パターン認識とは、人間の進化における転換点なのである。

 

看護師として患者から引き出さなければならないのは、彼らの人生で最も意味のある出来事や、意味のある人のことである。意味とは、パターンである。

 

 

3意識

ニューマンは、人間─環境の進化するパターンは、拡張する意識の過程とみなすことができるという。

 

「意識(consciousness)とはシステムの情報である」と定義し、意識とは環境と相互作用するシステムの能力であるという。

 

システム

複数の要素が有機的に関係し合い、全体としてまとまった機能を発揮している要素の集合体のこと。

 

人間の情報能力には、思考、感情といった私たちが普通意識に結びつけるすべての事柄だけでなく、神経系、内分泌系、免疫系、遺伝コードなどに深く埋め込まれている情報もすべて含まれる。

 

人間が成長するにつれて、意識は成長し、拡張する。

 

意識は、すべての事物の本質である。人間は意識をもっているのではない。人間そのものが意識なのである。

 

そして、生命は常に意識のより高い方向に向けられているのである。

 

もう少しわかりやすくすると、ここでの意識とは感情や認識という大脳の機能としての概念よりも、もっと広い概念なのである。

 

意識とは、環境と相互作用するすべての能力であり、人間としての全存在なのである。

 

そして、その全存在としての意識は、環境との相互作用のなかでより高いレベルに広がるのである。つまり、全存在として進化を遂げていく人間の能力全体ということである。

 

ここでいう環境には、人間だけでなく植物や動物といった自然環境すべてが含まれる。自然と対話して和歌を詠む人などは、高いレベルの意識そのものということができる。

 

ニューマン理論では、人間の一生はより高いレベルの意識としての存在に進化成長するプロセスであるととらえている。

 

たとえ病気であれ、また死が迫っていたとしても、全体としての意識(患者)は環境(看護師)との相互交流をとおして拡張(人間としての進化成長)するのである。

 

そして、この拡張するプロセスこそが「健康」なのである。したがって、意識の進化過程とは健康の過程なのである。

 

 

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ニューマン理論における生命過程

ニューマンは、イリヤ・プリゴジンのエネルギーの散逸構造論に描かれた過程を用いて、人間の生命過程を説明する。

 

イリヤ・プリゴジン

イリヤ・プリゴジン(Ilya Prigogine、1917〜2003)、ベルギーの物理・化学者。1977年にノーベル化学賞を受賞

 

散逸構造論

エネルギーと物質の流れが存在する非平衡状態において形成される秩序と構造を示す物理学用語

 

図1のらせん状の線は、人間の一生を示している。

 

図1プリゴジンの理論を用いて説明される人間の生命過程

プリゴジンの理論を用いて説明される人間の生命過程を表した図版。正常な予測ができる揺らぎが混乱、予測不能、不確かさの時期を経て、より高いレベルの組織での新しい秩序の創発につながる様子を表している

出典:マーガレット・A.ニューマン、手島恵訳:マーガレット・ニューマン看護論─拡張する意識としての健康、p.32、医学書院、1995より改変

 

通常、人間の生活はある程度秩序立っている(正常な予測ができる揺らぎ)。

 

しかし、病気になる(予測せぬ出来事・大きな揺らぎ)と、大きな困難に直面し窮地に陥り、人間は混乱状態になって無秩序の状況になる(無秩序・予測不能・不確かさの時期)。

 

この無秩序の状況についてニューマンは、その人が病気を得た現実のなかで自分の新しい秩序を想像している時期、すなわち無秩序に陥った人間というシステムが再び新しい秩序を想像している時期、とみなしている。

 

そして、それをとおり過ぎたときには、その人はいままでとは別の価値観に培われた、より高い意識としての人間に進化成長しているということを、図1は表現している。

 

これが拡張した意識であり、この現象をニューマンは「健康」という。

 

混沌とした状態のなかから、自ずと秩序や構造が生まれるという生物細胞でみられる自己組織力という現象は、社会組織や宇宙の構造形成でも観察されるプロセスである。

 

重要なことは、人間にもこの自己を再組織する潜在能力が、あらかじめ備わっているということである。

 

 

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患者─看護師関係の過程

ニューマンの理論による看護介入は、①出会い、②共有された意識の形成(2つの場の相互的浸透)、③別れ、の大きく3つの段階からなる。

 

看護師は、患者とのパートナーシップ関係を築くにあたって、「自分が患者のパートナーであり環境であること、患者には自己再組織をする潜在能力があって、肉体的にはどのような状態であってもより高いレベルの意識に拡張するということ、患者のパートナーである自分自身にも新たな発見をして拡張するということを、心にとどめておくこと」が重要である。

 

患者の行動の潜在能力を助長させる過程には、①パートナーシップの時期、②対話の進展、③パターンの認識、④限界の拡張、⑤絆の増強が明らかになっている。

 

 

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患者─看護師関係のダイナミックな相互作用

ニューマンは、患者─看護師関係のダイナミックな相互作用について、イツァク・ベントフの波の干渉パターンを用いて説明している(図2)。

 

イツァク・ベントフ

イツァク・ベントフ(Itzhak Bentov、1923〜1979)、チェコの生物・物理学者。「ベントフ氏の超意識の物理学入門」などを著す。

 

図2患者─看護師の相互作用パターン

患者ー看護師間の相互作用パターンの図式。二人の人間の周りを取り巻く円が互いに影響しあっている

出典:マーガレット・A.ニューマン、手島恵訳:マーガレット・ニューマン看護論─拡張する意識としての健康、医学書院、p.91、1995より改変

 

池の中に2つの小石を投げると、2つの波紋ができる。

 

2つの波紋は大きく輪を描いて広がっていく。と同時に、ぶつかり合った両者の波紋の間には、波紋が重なり合って新しい何かが生まれる。

 

これと同様に、患者と看護師が接触することによって2人は影響し合い、1つの全体の相互浸透的な様相を示す。

 

それぞれが自分自身のなかに入り、自分のパターンに触れ、またそれを通じて互いに作用し合っている人のパターンに触れるとき、パターン認識が生まれる。

 

自分自身の内なる情報を信じ、自分自身を深く感知することができればできるほど、互いに他者を理解できることになる。

 

そのためには、看護師は患者に十分に付き添い、そのパターンの意味が洞察できるのを待つべきなのである。

 

 

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ニューマン理論から得るもの

ニューマンは健康の概念について、全体のパターンとしての健康を理解することは、二分化された実在としてではなく、人間─環境の相互作用の進化したパターンの開示として病気を理解することであるとし、健康概念のパラダイムの転換を迫っている。

 

それは、症状の治療からパターンの探求への転換であり、病気や混乱を否定的にとらえる見方から、より高いレベルの意識へと自己組織化する1つのプロセスととらえる見方への転換である。

 

また、痛みと疾病を全面的に否定的なものととらえる見方から、より大きな場につながる力動的なエネルギーの場とみなす見方への転換などである。

 

看護師の役割としては、医学モデルに基づいた疾病志向のケアから人間志向のケアへの転換、マネジメント=管理からパートナーシップへの転換などである。

 

 

これら以外にも、パラダイムの転換の例について論じている。

 

パラダイムの転換というのは、古い知識を捨てさせることではなく、別の視点からそれをみることによって、その古い知識を変容させることにある。

 

ニューマン理論は、「私たちは看護史の転換期にいる」のであり、古いパラダイムから自由になって、未来に向けて羽ばたこうと呼びかけているようでもある。

 

彼女の理論を学ぶ者は、看護学の未来へのエールを受け取るに違いない。

 

 

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看護理論のメタパラダイム(4つの概念)

ニューマンの看護理論では、看護のメタパラダイムである4つの概念は、それとして明確には述べられていない。彼女の理論で論じられているなかから、4つの構成要素を導き出した。

 

 

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1人間

ロジャーズの人間観と同様に、人間を部分としてではなく統一的存在として、つまり、疾病をもつ人間全体としてとらえる。

 

しかも、人間と環境とは切り離すことはできず、相互依存関係にある存在である。

 

さらに、人間には自己を立て直すことができる潜在的能力が備わっているという。

 

つまり、人間は環境との相互依存的関係のなかで、困難や苦悩の体験をとおして、それを乗り越え進化成長することができる存在であるというとらえ方である。

 

 

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2環境

ニューマンは、環境という概念を独立したものとして定義はしない。人間と環境は分けることはできないのである。人間と環境は常に相互作用し合うもの、分割不可能なものとしてとらえる。

 

さらに、人間にとっての環境とは、その人間と相互作用し合えるすべてのものである。

 

つまり、その人間を取り巻く人的環境だけではなく、植物、鉱物や動物、天候といったすべての自然環境が含まれる。人間が真に向き合って対話できるすべてのものが環境である。

 

 

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3健康

ニューマンの中心的な概念は、「健康」である。

 

彼女は、疾病も非疾病も健康ととらえる新しい健康の概念を打ち出した。たとえ病気になっても、その人間全体が環境との相互依存的関係のなかで、新たな自己との出会い、進化成長することができれば、それは健康なのであるととらえる。

 

つまり、人間は苦しい病気体験に苦悩・混乱するが、環境との相互作用のなかでやがてその状態を認識し、そこから抜け出すことができれば、高いレベルの意識で自己を再組織する力を発揮する。

 

このように意識としての患者全体が拡張できたこと、そのことが健康なのである。すなわち、「健康とは意識の拡張」なのである。

 

 

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4看護

ニューマンは、医学の視点と看護の視点の違いを明確にしている。

 

つまり看護の視点とは、疾病や障害を取り除いたり、歳をとることや死ぬことをなるべく避けるべきものとネガティブにとらえることなく、むしろそれらを包み込んでいる生命過程全体をとらえる見方なのである。

 

たとえ病魔に冒されていても、人間はその困難な状態のなかから「意識としての拡張」ができるとする見方が、看護の視点、看護としてのとらえ方である。

 

看護の本質は、患者が困難な状況から抜け出して新たな生き方が見出せるように、自己再組織のプロセスを促進させることができるように、豊かな人的環境として、患者に寄り添うことである。

 

看護とは、「人間が健康を経験していることへのケアリングである」。

 

 

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看護理論に基づく事例展開

マーガレット・ニューマンの看護過程

ニューマンの看護理論は、看護過程を支持しない。

 

なぜならば、健康とは病気をも含んだ分割できない全体性のなかでの意識の拡張である、とする彼女の理論では、意識の拡張がどのようなかたちをとるのかは予測できないことだからである。

 

したがって、目標を設定し、計画を立て、計画を実施して目標が達成され、それを評価する、という考え方を支持しない。

 

むしろ計画を実施して、看護師のあるべき方向へ患者を指導する(つまりコントロールしてしまう)ことに注意を払うべきで、看護師による「コントロールの慎重な放棄」が望まれることを強調している。

 

 

1パートナーシップの開始時期の準備

患者に混乱する出来事が生じたときに、患者との関係性を築く。患者との関係を築き始めるタイミングが重要である。

 

しかし、看護師がその後の結果を予測することはできない。

 

 

2実施

 

パートナーシップの開始:混乱している患者の意識の過程のなかに入り、そこから離れず、それに注意を傾け、ともにあることである。「あなたの人生で最も意味のある人、あるいは出来事について話してください」という、簡単で自由回答式の質問をすることから開始する。

 

対話の進展:かかわり(対話)の局面を経時的な順序に整理し、図(視覚的な表現)にして、次のかかわり(対話)に臨む。

 

パターンの認識:対話の過程で「偶発の発露」としてパターンの認識が生じる。しかし、パターン認識が起きないこともあるし、起きるまでにはもっと時間を要するかもしれない。

 

限界の拡張:パターンの認識の後に、このままの自分でいることはできない自分への気づきから、これからのことを考えられるようになる。

 

これらの過程のなかで、患者と看護師との絆の増強が感じられ、パートナーシップは終結となるが、終結の時期の決定は重要である。

 

 

3評価(あえて評価するとすれば)

  • 患者も看護師も高いレベルの意識の自覚ができたか。
  • 患者との関係を終わりにする時期の準備ができたか。

 

 

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ダウン症児を出産した女性の事例

 

事例

Kさん、32歳、女性、専業主婦である。夫、33歳は大手企業の会社員。夫は長男で、義父母は初孫の誕生を心待ちにしている。3年間の結婚生活後初めての出産であった。出産は経腟分娩で、2635gの女児。Ap9点。
児の顔つきは父親に似ているようであるが、医療従事者にはダウン症顔貌であることが認められた。母子異室のため、出産後間もなく、児は新生児室に寝かされた。会陰切開・縫合による痛みはあるが、無事出産を終えたことに安堵の表情のKさんであった。夫とその両親も喜んでいる。次の日、先天性心疾患も判明して保育器収容になり、夫にだけ児についての説明があった。夫は元気をなくしてしまう。Kさんは何となく周囲の様子がおかしいことを察している。

 

 

1パートナーシップの開始(入院中)

出産の次の日、夫には児がダウン症である可能性が強いことの説明があったが、Kさんには心臓が少し悪いので保育器内での点滴管理とだけ知らされた。

 

しかし、当日は喜んでくれていた義父母の面会がないこと、これまで紳士然としていた夫は面会に来ても、どことなくうつむき加減で話が弾まないことなどから、Kさんは周囲の様子がおかしいことに気づいている様子である。

 

Kさんは、年齢的にもしっかりしており、とくに自分から夫の様子の変化について口にすることはなかった。

 

医師の方針は、染色体の検査結果が出るまでは母親への説明はしないというものであった。

 

この段階で、Kさんに明らかな混乱はみられていないが、看護師は確定診断が下されるまではKさんとの関係性を築くことにした。

 

また、夫は明らかに混乱をきたしていたため、看護師は夫とも関係性を築くことにした。

 

 

2実施(入院中〜母親の退院後4か月まで)

対話の進展(夫):病棟から新生児室にいく間のわずかの時間ではあったが、改まった場所よりも本音が聞けるのではないかと判断し、歩きながら夫にいまの心境について話してもらう。

 

夫は、実母から「ダウン症はうちの家系ではない」と責められていること、自分の社会的立場もあること、妻には声がかけられず、どうしたらよいものかと時折、涙をにじませて話す。

 

その後も夫は、実母と妻の間で子どもを今後どのように育てていくかなどの明確な意思表示をすることもなく、子どもへの面会回数も減っていった。

 

対話の進展(妻):Kさんは、子どもの確定診断を冷静に受け止めているようであった。

 

夫は優しい人であったが、子どもが生まれてから自信をなくしているようだと夫を気遣う様子をみせる。

 

「義母からダウン症はKの家の家系だといわれた」と寂しそうに話すが、自分の退院後は、子どもへの1日1回のミルク授乳を楽しみにほぼ毎日来院している。

 

夫は実母の考え方に押されているようで、子どもの育児方針について夫との話し合いは進まないと話す。

 

その後、何回かの面接が進められた。夫のことは話題になることもあるが、触れられないこともある。

 

この間、看護師は「何でも話していいですよ」というメッセージは送り続けていたが、Kさんの気持ちを無理に聞き出すかかわりはしなかった。

 

そんななか、子どもの症状の安定に伴い、大学病院側から転院の話が持ち上がる。

 

パターン認識:転院の話もきっかけになったのか、Kさんは何回かの面接後、夫の優柔不断さに対する怒りと、これまでの夫との関係性も含めたもやもやとした気持ちを表出するようになり、現在の夫の生き方や考え方への揺らぎの気持ちが明らかになってきた。

 

同時に、この子を守るのは自分しかいないとの気持ちが湧いている。

 

児の退院を機に、Kさんは夫との離婚を決意する。転院によって看護師とのかかわりは終了した。

 

 

3評価

妊娠出産までは比較的順調な生活を送っていたように思われた夫婦生活であった(正常な予測ができる揺らぎ)。

 

しかし、ダウン症の子どもの出産という、思ってもみなかった事態(大きな揺らぎ)に、夫婦ともに混乱状態になった。

 

夫の混乱ぶりのほうが大きかったためか、Kさんはかえって冷静に受け止めている感じではあった。しかし、過去の夫婦関係も含めた複雑な思いのなかに陥る(無秩序のパターン)。

 

子どもの転院というきっかけと、看護師との対話のなかでパターンを認識できたKさんは、1人で子どもを育てるという大きな決断に至る(高いレベルでの自己との出会い)。

 

この間、看護師はKさんの心の揺れに寄り添うかかわりを続けた。

 

そして看護師は、嫁として、妻として、母親として、女性として、1人の人間としてのKさんと対話するなかで、病児の子育てと経済的自立の困難さもあるKさんが真に自立しようとしている姿に、人としての強さを見出している。

 

上記の事例は、ニューマン理論で展開したわけではなく、過去の事例をこの理論に沿って再検討を試みたものである。

 

したがって、「あなたの人生でもっとも意味のある人あるいは出来事について話してください」という介入や、無秩序状態のKさんに図式化(整理)して、次のかかわり(対話)をもつという介入方法を取ったわけではない。

 

 

ニューマンについて(詳しく見る) ニューマンについて

マーガレット・A.ニューマン(Margaret A.Newman)の看護との出会いは、母メアリーの介護をとおしてであった。

 

9年間にわたるメアリーの筋萎縮性側索硬化症(ALS)による闘病生活のうち、メアリーが亡くなる前の5年間をともに過ごした体験が、ニューマンにとって看護が自分にとっての天職であるという気持ちを湧き上がらせている。

 

看護の道に進む決意をした彼女は、メアリーが亡くなって2週間もしないうちに、テネシー大学の看護学部に入学している。

 

 

看護への詔命

メアリーの病気の初期症状が始まったのは、ニューマンが高校を終える頃であった。

 

しかし彼女自身は、まだ50年代初期当時に支配的だった女性の理想的な生き方である「思慮深く、献身的な妻になる」という価値観にとらわれていた。

 

一方で、家政学や英語学を専門とする大学の3年生のとき、絶え間ない呵責に似た感情が彼女を襲い、長い間消えなかった。その感情とは、自分は看護師になるべきだというものであった。

 

 

母メアリーの闘病生活のなかで

身体を動かす機能を全く失ってしまったメアリーの闘病生活のなかで、ニューマンや家族は、一部の専門的な援助を受けることができた。

 

しかし、受けることができなかった専門的援助や、彼女たち家族が行わなければならなかった意思決定に対する苦悩、メアリーの病気によって彼女たち家族の生活に生じたフラストレーションなど、さまざまな介護の実体験をしている。

 

これらの体験についてニューマンは、「ある意味では困難で疲れる窮屈な日々であった。でも、ほかの意味では緊張し、愛情に満ちた拡張的な日々でもあった」と表現しており、そこから母親との相互作用の深い関係を感じ取ることができる。

 

 

看護の探求

身体的依存状態になった母親から、身体は動けずとも全体的存在としての人間であることに変わりがないことを学び、その母親に寄り添うという深い体験が、彼女がその後看護の独自性について追及するきっかけになった。

 

健康と病気の過程を理解し、それによって人々が健康上の危機を乗り切れるような援助ができるようになることが、彼女が看護に進む理由であったと述べている。

 

専門職看護師としての役割を果たすために、彼女はまず医学的ケアの一部である技術を学び、その技術を熟練する努力もしている。

 

だが、テネシー大学(1962年に看護学学士号を取得)、カリフォルニア大学(1964年に看護学修士号を取得)と進むなかで、彼女は看護師について、「このような道具的な医学の仕事から自らを解き放ち、看護実践に取りかかるべきだ」と、看護の本質に関する論文を書いている。

 

その後、ニューヨーク大学博士課程でのマーサ・E.ロジャーズ(Martha E.Rogers)との出会いによって、彼女は看護理論を追及していくことになる。

 

なお、ニューヨーク大学では、1971年に看護科学およびリハビリテーション看護で博士号を取得した。

 

 

看護理論家としての行動

ニューマンは、テネシー大学、ニューヨーク大学、ペンシルバニア大学、ミネソタ大学での教職に加えて、テネシー大学臨床研究センターの看護部長やニューヨーク大学、ペンシルバニア大学の研究部門教授としても活躍している。

 

彼女は、1975年にテネシー大学から、1984年にはニューヨーク大学から「優秀卒業生賞」を受賞している。

 

その後、看護学者として数多くの栄誉に輝くことになる。

 

『Nursing Research』をはじめとした数多くの看護の学術雑誌の編集委員をし、1978年以来、北米看護診断協会(North American Nursing Diagnosis Association: NANDA)の看護理論実行委員である。

 

さらに、アメリカ看護学士院の会員であり、1983年には「アメリカ女性名鑑」(Who’s Who in American Women)にも選ばれている。

 

また、わが国をはじめとしたアメリカ以外の国々でもワークショップやカンファレンスを主催し、研究活動を行うなど積極的な活動をしている看護学者である。

 

彼女の理論は、1979年『Theory Development in Nursing』(『看護における理論構築』)や1986年『Health as Expanding Consciousness』(『拡張する意識としての健康』)など多数の著書・研究論文にまとめられている。

 

ニューマンの看護理論は、ロジャーズから大きな影響を受けている。

 

また、以前から東洋思想をも含んだニューサイエンス・生物・物理学者・哲学者達の世界観に強く共感していた。

 

それに加え、長期にわたる母メアリーとの深い相互作用の体験が、ニューマン独自の理論形成に反映されているといえる。

 

 

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本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

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[出典] 『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』 編著/城ヶ端初子/2018年11月刊行/ サイオ出版

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