マデリン・M. レイニンガーの看護理論:文化的ケア理論
『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』(サイオ出版)より転載。
今回はマデリン・M.レイニンガーの看護理論「文化的ケア理論」について解説します。
城ヶ端初子
聖泉大学大学院看護学研究科 教授
- レイニンガーは、文化を越えた看護学(超文化看護学、民族看護学)の基礎を築いた人である。
- 文化的ケアは、多様性と普遍性の両面を合わせもっている。
- 看護行為には、文化的ケアの保存/維持、文化的ケアの容認/交渉、文化的ケアの再パターン化/再構築、という3つの様式がある。
- レイニンガーは、彼女の看護理論(文化的ケア理論)を説明するために、サンライズ・モデルを提示し、発展させた。
- 対象に適した看護援助は、その人の文化によって異なる。
- 人間は、他者や集団に対してケアを提供するとともに、他者の健康や良好な状態および生存について配慮できる存在である。
レイニンガーの看護理論
レイニンガーの看護理論「文化的ケア理論」について説明したい。
1978年にレイニンガーは初めて彼女の理論を発表し、1985年と1988年にこの理論をさらに発展させた。
とくに1999年の発表では、文化、文化的ケア、文化的ケアの多様性と普遍性、看護、世界観、文化的・社会的構造範囲、環境的要素、民族的歴史、一般的ケアシステム、専門的ケアシステム、文化的ケアの容認/交渉、文化的ケアの再パターン化/再構築、文化的ケアの再パターン、などの概念に関する定義づけを行った。
さらに彼女は、異なる文化のなかで、違った方法で見たり聞いたりして得た知識をもとにケアを実行するわけだが、あらゆる文化にはケアに共通したものがある、としている。
文化には、ケアに共通である普遍性と、ケアの認識、知識、実践のほうが異なるという多様性の2方向があることを示した。
このように、レイニンガーの看護理論の基本的な要素は、文化やケア、文化的ケア、世界観および健康や良好な状態に関する、民間的なシステムであるといえる。
レイニンガー理論の理解を深めるために、文化的ケアについて触れることにする。
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文化的ケア─多様性と普遍性
1文化
レイニンガーによれば、文化は人々によって学習され、共有され、伝承されて、ある特定の集団における価値観や信条、規範や生活習慣になっている、と述べている。
2ケア
レイニンガーは、人々の健康を保持・増進させたり、死や障害に直面する人々を援助し、支持し、能力を高めるようなことを、ケアととらえていた。
そして、ケアがそれぞれの人々のなかに、価値観や信念として形づくられていく。
それは、生活様式のなかに込められていることが多く、とらえどころのない現象でもある。
しかし、このとらえどころのない現象が、看護にはきわめて重要なものであり、必要不可欠なものである。
それが、レイニンガーをして「看護の本質はケアであり、ケアは看護の中心をなす独特で、必要不可欠な現象である」と言わしめたのである。
つまり、「ケア」とは、個人あるいは集団に対して援助的行動、支持的行動あるいは能力を高める行動に関係する現象なのである。
3文化的ケア
ある文化のなかにおけるケアの考え方や行為は、異なるものである。
人間は、必ずある文化のなかで育ち、生活していくなかで病気になったり、健康を回復したりしながら一生を終えていく。
こうした経験は、その文化のなかにおける人々にとって重要な意味をもつことなのである。
したがって、人を理解するためには、文化的ケアに影響するその文化の特質の社会的背景(価値観や信念、世界観、宗教)を理解することが重要である。
その文化のなかにいる人々に、文化的に矛盾しない看護ケアを提供していくことが、レイニンガーの文化的ケア理論の目標なのである。
文化的ケアには、多様な面と普遍的な面がある。
多様な面についていえば、健康や良好な状態に向けて、あるいは生活様式を高めるために、あるいは死と向き合わせるために、文化的に導き出されるケアの意味や、パターン、価値観、信念、シンボルなどについての考えが、文化によって異なるということである。
普遍的な面では、健康や良好な状態に向けて、あるいは生活様式を高めるために、あるいは死と向き合うために、文化が異なっても文化的に導き出せるケアの意味や、パターン、価値や信条、シンボルとして、多くの文化に共通性や類似性がみられるのである。
つまり、レイニンガーによれば、文化的ケアとは他者(あるいは集団)が良好な状態を維持し、健康状態を改善し、あるいは死に立ち向かえるように援助・支持し、その力を育成し発揮できることをめざしたケアのことを指している。
4世界観
世界あるいは宇宙の見方に基づく人間あるいは集団の見方をいう。それは社会構造と環境的コンテクスト(文脈)から構成されている。
社会構造とは、宗教、経済、教育など、ある文化を形成する要因やその要因がどのように文化に意味と秩序を与えているのかということを示す。
また、環境的コンテクスト(文脈)とは、人間の表現に意味を与える事象、状況、経験、社会的な相互作用、感情、または物理的要素などの全体をいう。
5民間的ケアと専門的ケア
レイニンガーは、その文化のなかにある特有な意味をもつケアや慣習のことを民間的ケアとよんだ。
これは、その文化のなかで人々によって学習され、伝承されてきた伝統的な知識と技能のことで、非専門的なものである。
このように育てられたケアや慣習は、家庭や地域社会で人々の治療や援助をするために行われる。
その「民間的ケア」とは反対の位置に、「専門的ケア」がある。
専門的ケアは、教育機関で学習し、習得されて用いられる専門的な知識や技能のことである。
その両者は、相互に補い合う関係にある。レイニンガーは、この2つのケアを活用して看護ケアをしようと考えている。
また、看護では情報を収集し、看護の必要性を判断して展開されていく(看護行為)。レイニンガーは看護行為を次の3つの様式で提示している。
①文化的ケアの保存/維持
ある文化に属する対象が健康を保持し、病気から回復し、死に立ち向かうことができるように援助するために行われる専門家による意思決定と活動のことである。
②文化的ケアの容認/交渉
ある文化に属する対象が健康状態や死に立ち向かう状態について話し合ったり、その状態に合うように専門家が援助する行動や意思決定のことである。
③文化的ケアの再パターン化/再構築
対象がその人のライフスタイルを再構築したり変更したりして、文化的に意義のある、あるいは健康生活に役立つ新しいパターンを習得できるように専門家による活動や意思決定のことである。
看護師は、以上に示した3つの行動様式を活用して、その人と話し合い協力しながら、その文化に適したケアを行うことが大切なのである。
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レイニンガーの看護理論から得るもの
看護も国際化時代になった。わが国でも外国から来た人々に看護師としてかかわる機会が増えている。
しかしその際に、文化、習慣の違いや言葉が通じないなどにより、さまざまな問題を抱えることが多い。
文化の異なる対象に対してどのように看護するかは、いまこそ私たちに問われているものである。そんなとき、レイニンガーの看護理論は有効である。じっくり理論を検討し、活用してほしい。
看護師の役割は、その人に適したケアを提供することである。「適したケア」とは、その人の属する文化に合ったものでなければならない。
その人に合った文化的ケアをみつけるためには、民族看護学を活用すればよいのである。
異文化を理解するとともに、異なる文化で育った対象に最も適したケアを提供することは、私たち看護師の大きな課題でもある。
世界の人々が、どこにいても自分に合ったケアを受けられること。この、ごく当然であると思われることを、確実にする方向をめざしたい。
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サンライズ・モデル
サンライズ・モデル(sunrise model)は、文化的ケアにどのような文化的・社会的要因が影響しているのか、看護ケアの位置づけおよび文化に適したケアの発生を過程にまとめたものである(図1)。
このモデルは、レイニンガーが理論の基本的な構成要素を説明するために開発している。
サンライズ・モデルは、その名のとおり「昇る太陽」を表したものである。
円の上半分にある「環境」と「言語」が、下半分に示された「民間的システム」「看護ケア」「専門的システム」とうまく調和したときに、「完全な太陽」が完成する。
これは、看護職が人間のケアと健康を評価する際に考慮すべき宇宙を示している。
サンライズ・モデルは、4つのレベルで構成されている。第1〜第3までのレベルは、ある文化のなかにいる人々に、文化的に矛盾しない看護ケアを提供するうえでの知識基盤となる。
第1レベル
第1レベルは、世界観および社会システムである。すなわち、円の上半分は「環境」と「言語」をとおしてケアと健康に影響する要因として世界観と文化的・社会的構造が表されている。
2つの要因は、その下部に示した「民間的システム」「看護ケア」「専門的システム」に影響を及ぼす。
さらに、下部に看護サブシステムを示している。このサブシステムは、3タイプの看護ケア行為(文化的ケアの保存/維持、文化的ケアの容認/交渉、文化的ケアの再パターン化/再構築)をとおして、民間的システムにつながりをもつのである。
第2レベル
異なるヘルス・システムにある個人・家族・グループ・施設について、情報を提供することが目標になる。
看護者となる個人・家族・グループ・施設の人々に、健康で良好な状態にするために影響を与えるものである。
第3レベル
文化のなかで民族的・専門的システムについて情報を提供する。
第4レベル
看護行為のレベルであり、看護提供のレベルである。また、ある文化のなかにいる人々に、文化的に矛盾しない看護ケアを提供して発展させるレベルである。
結局このモデルは、人間が文化的背景や社会構造から切り離して存在できないことを示している。
このようにサンライズ・モデルは、半円の上方からみると、文化的・社会的構造から、一般的・専門的および看護ケアシステムにおける個人、家族、グループ・施設をとおして看護ケアの意思決定を行い、行動していくことを示しているのである。
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超文化看護学
レイニンガーは、超文化看護学(transcultural nursing)を次のように定義している。
「看護の学問上の下位分野、または学派である看護や健康・持病のケア、信条、価値に関する比較研究や文化の分析を行うものである。この学派がめざすものは、人々との文化的価値や健康・病気の背景に合わせて、看護ケアサービスをきちんと、しかも効果的に提供することである」(1969)
超文化看護学という言葉は、今日新しい分野の研究や実践に関して用いられている。
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民族看護学
レイニンガーは、民族看護学(ethno nursing)を次のように定義している。
「看護ケアの信条、価値および実践に関する学問である。この信条・価値・実践は、直接的な経験や信条および価値体験をとおして明確に認識されているものである」(1969)
民族看護学は、直接研究・調査する者が文化のなかに入ることで、人々と生活して経験や観察をしたり、あるいは直接経験した人から得られた情報(データ)を重要視するところに特徴がある。
こうして得られたデータのうち、研究・調査者自らが直接経験や観察をしたことから得られたものを、「イーミック・データ(emic data)」という。
反対に、研究・調査者が何らかのものから得たデータは、「エティック・データ(etic data)」という。
これは1つの状況を2つの側面から観察したり、比較したりして総合的にみることになり、客観性を高めることになる。「イーミック・データ」は、看護職のケアの重要な基礎になるものである。
レイニンガーは、著書『レイニンガー看護論-文化ケアの多様性と普遍性』の冒頭で、次のように述べている。この理論の未来に向けての展望として印象深いので掲載しておきたい。
「いつの日か世界のすべての人々が、文化を超えた看護を学び、『文化ケア』理論から得られた研究結果を用いる専門看護師によるサービスを受けるようになろう」(稲岡文昭監訳:レイニンガー看護論、p.254、医学書院、1995より引用)
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看護理論のメタパラダイム(4つの概念)
4つの概念のほかに、ケアリングについても付記した。
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1人間
とくに明確な定義づけはしていないが、レイニンガーの理論から導き出すことができる。
レイニンガーは、人間(human being)と表現しており、とくに理論の前提によく登場する。
人間は他者にケアを提供し、他者に配慮できる能力をもつ者であると考えており、他者のニーズや生存あるいは安楽について気遣う傾向にある存在としている。
人間は、さまざまな環境や多様な見方をするが、そのような状況のなかで、時間・場所・文化を越えてすべての人々のケアをしてきた。
つまり、人間は異なる文化や環境およびニーズに合った多様な方法や普遍的なケアを提供し、ケアリングを行う存在なのである。
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2環境(社会)
レイニンガーの看護理論では明確な定義はされていないが、「環境」という言葉ではなく、世界観、社会構造および環境的な表現(出来事、状況、経験の全体的なもの)として示している。
文化の概念に密接につながりがある。
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3健康
良好な状態である。これは文化的に定義され、関係する価値や慣習も文化的に決定され、実践されるものである。
また健康は、毎日の日常的な役割を実行する個人または集団の能力を反映するものである。
あらゆる文化に普遍的なものであるが、その文化の価値観と信条を反映して定義される。すべての文化には、人々はヘルス・システム、ヘルスケアの習慣をもっており、健康を保持・増進させるものである。
どのような文化にも、ケアを受ける人々と専門的なケアを与える人の間に、文化的な類似性と相違性がある。
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4看護
看護専門職のケアを受ける人に対して、心理的・心理文化的・社会的に保健行動や疾病の回復・促進を維持することをめざして行う個別的ケアである。
それは、この個別的ケアの現象や行動やプロセスに焦点をあてたヒューマンなアートであり、科学であり、学習によって習得できるものである。
対象の文化に適した方法でケアするために、文化的ケアの保存/維持、文化的ケアの容認/交渉、文化的ケアの再パターン化/再構築の3方法(第4レベル)を活用する。
また、レイニンガーの看護理論では、対象を中心としてどのような看護システムを活用し、看護ケアを提供するかを意思決定して看護を展開するものである。
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5ケアリング
「ケアリング」は、個人あるいは集団を援助したり、支援したり、能力を高めることをめざして行う行為および活動である。
また、「ケアリング」は、教育機関で学習によって得た専門的ケア知識であり、実践技術である、ということもできる。
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看護理論に基づく事例展開
レイニンガーと看護過程
レイニンガーは「看護問題」や「看護介入」という言葉を意図的に使っていない。
「看護問題」はクライアントその人の問題をあげることは少なく、「看護介入」はある種の文化をもつ情報提供者に対して、その文化が健康阻害原因だと伝えることになりやすい、などの理由による。
ここでは、レイニンガーの看護理論をもとに考えた看護過程について述べたい。
看護過程は、ほかの看護理論家と同様、アセスメント(目標を含む)、看護診断、看護計画立案、実施、評価の5段階で構成した。
1アセスメント
サンライズ・モデルの第1〜第3レベルに対応するものである。
- 第1レベル:対象の社会構造、世界観、言語、環境状況に関する情報を収集し、理解を深める。
- 第2レベル:対象が個人か家族か、あるいはグループか施設に関する情報を収集する。
- 第3レベル:対象のヘルス・システム(民族的システムと専門的システム)に関する情報を収集する。
アセスメントでは、文化的ケアの多様性と普遍性を認識する必要がある。
2看護診断
対象の文化的ケアの多様性と普遍性に関する問題を明確にし、それをとおして診断する。
3看護計画立案
サンライズ・モデルの第4レベルに対応する。対象のニーズを充足するために、文化的ケアの保存/維持、文化的ケアの容認/交渉、文化的ケアの再パターン化/再構築のうち、どの看護行為に様式を活用するのか判断して計画を立案する。
4実施
計画立案した看護行為を実行に移す。
5評価
レイニンガーの看護理論ではとくに取り上げられてないが、文化的な多様性、普遍性が充足されたかどうかを評価する。
腎機能障害で入院治療をする外国人女性の事例
Aさん、32歳、中国人の女性。2年前に単身で中国から日本に来て会社に勤めている。
家族は長男(3歳)と実母(65歳)。夫とは3年前に死別。実母は中国広州で生活しており、長男の世話をしている。家族の生活費は、Aさんが毎月実家に送金している。
今春Aさんは、会社の健康診断で重度の腎機能障害と診断され、1か月の入院治療を受けている。しかし、Aさんは主治医から病状の説明を受け、看護師からも安静と食事療法を守るようにいわれているにもかかわらず実行できない。そのうえ無断外出を繰り返す。そのたびに注意されるが、「すみません」はいうものの、また外出している。
また、看護師に隠れて煎じ薬を飲んでいる。治療についての説明が正確に理解できているのか、問題が残る。
この病棟では、外国人の患者の入院は初めてであり、対応に苦慮している。中国語がわかる職員はいない。
看護師は、「言葉が通じないから、うまく伝えられない」「患者は何を考えているのかわからない」「話は聞いているみたいだけれど、ほとんど通じていない様子」「生活習慣も違うし、1日中安静にといっても、じっとしていない」といっている。
そこで、どのようにすればAさんに適したケアができるのか、カンファレンスで検討することになった。
そのなかで、以下のような方向性を得て、異文化で育った人々にとっての文化的ケアの多様性と普遍性について学習することになった。
- 1自分たちはAさんに対し、患者であれば当然守るべきことであると考え対応してきた。しかし、それがAさんの求めるケアであったか否か。
- 2入院生活のなかで、守らなければならない服薬、安静、食事療法を指導してきたが、Aさんがこれらの意味をきちんと理解できるようにしてきたとは思えない。むしろ、押しつけだったのではないだろうか。
- 3本当にAさんが求めるケアをするためには、どうすればよいか。
レイニンガーの看護論のなかにある「中国系米国人の文化における文化ケアの意味と行為の様式」をみると、次のようにあげられていた。
文化ケアの意味と行為の様式
- 1他者への奉仕(セルフケアではなく)
- 2権威や老人の尊重
- 3権威、老人、政府役人への従順(子どもをそのように教育する)
- 4監督:傍らで、また遠方から見守る
- 5薬草治療、民間療法(鍼治療など)への依存
- 6他者に対する地域全体での援助
- 7勤勉な労働と社会への貢献
ここに示された結果は、レイニンガーが過去5年以上米国に住んでいる中国人を対象に調査したものである(1983〜1991)。
また、レイニンガーは中国でも同様の調査をし、同じ結果を得た(1983)。
ここにあげられている項目を検討していくなかで、看護師たちは多くのことに気づいた。
- 1病気のことが気がかりだろう。どの程度理解できているのか知る必要がある。治療についても疑問が多いのではないか。病気の理解ができれば、治療や入院生活で大事なことが何なのか、Aさんも理解でき、守れるのではないか。
- 2中国にいる実母と長男のことが気がかりだろう。看護師には家族のことをひと言もいわない。看護師をどのようにとらえているのか。
- 3Aさんの不安な気もちを聞いて支えられるようにならなければ、心を開いてくれないだろう。
- 4Aさんの話をゆっくり聞き、できるかぎりコミュニケーションをとるように努力していく。
- 5中国語がわかる人に来てもらうと同時に、看護師も中国語を少しでも理解できるよう努力する。
このような内容を一つひとつ解決をはかりながら、かかわることをとおして、Aさんと看護師の関係はよい方向に向かい、Aさんも自分から話をするようになった。
その結果Aさんの思いは、次のようであることがわかった。
- 1病気のことはよくわからない。いつまで入院しなければならないのか。将来どうなるのか不安である。入院1か月経過しても少しもよくなっていない。焦っている。誰にも相談できず、悩んでいた。
- 2仕事も続けられるか否か見通しが立たない。
- 3母と長男のことが心配である。中国に帰ることも不可能であるという。どうすればよいのかわからない。
- 4主治医も看護師も、何もしてもやってはいけないと禁止するばかりで、どうすればよいのかを教えてはくれない。叱られても謝るしかない。これまでの生活を、なぜ変えなければならないのかわからない。
- 5家族の生活費や自分の医療費、さまざまな経費など、経済面が心配である。
看護診断:日本における入院に関連したノンコンプライアンス
看護目標:希望を取り入れた治療や入院生活に、Aさん自身が前向きに参加できる。
看護計画:
必要時、通訳の協力を得ながら次のように行う。
- 1日本語が不自由であることを考慮し、ゆっくりと話が聞けるようにして十分なコミュニケーションをとる。
- 2家族や友人と交流(手紙・電話・面会)できるようにする。
- 3食事療法、安静など看護師からAさんによくわかるよう通訳もまじえて説明する機会を増やす。
- 4食事療法は栄養士とも相談し、Aさんの理解を深める機会を増やす。
- 5将来のことについては主治医から説明し、理解を求める。
- 6経済面に関する具体的な対策などを立てて実行(日本における身元引受人、会社など)。
レイニンガーは、彼女の理論のなかで、「文化の違いによってケアに違いがあることを理解しない看護師は、対象者に合ったケアを提供することはできない」と述べている。私たちはそのことを、体験や事例をとおして理解することができる。
「看護の本質はケアである」
マデリン・M.レイニンガー(Madeleine M.Leininger)は、ケア、ケアリングを大切にした文化的ケアの看護理論を構築した人である。
また、「人類学」を基礎として現地に入り、人々と生活をともにするなかで、ケアの共通性や普遍性を導き出した人でもある。
レイニンガーは、アメリカ、ネブラスカ州のサタンで生まれた。デンバー市のアンソニー看護学校で基礎教育を受け、1948年に卒業し、看護師資格を取得した。
彼女は看護師として業務に携わりながら、1950年にカンザス州アチソン市のベネディクト大学で生物学の理学士号を取得している。
卒業後は、スタッフナース、インストラクター、ヘッドナース(内科・外科病棟)を経験している。後に、精神科で看護部長になり、精神科病棟を開設した。
看護教育分野では、ネブラスカ州のクレイトン大学で看護、看護管理、看護教育、看護カリキュラムなどの研究に携わっている。
1954年には、ワシントンD.C.にあるアメリカ・カトリック大学で看護学修士号(精神看護学)を取得する。
その後、オハイオ州のシンシナティ大学に移って、アメリカ最初の小児精神看護、クリニカル・スペシャリストのための修士課程や、精神保健看護学修士課程を創設した。
さらに1960年には、「基礎精神看護学」の概論(Basic Psychiatry Nursing Concepts)を共同執筆で出版する。
この書は、最初の基礎精神科看護学テキストの1つとして、世界各国で翻訳され、活用されている。
1965年には、シアトル市のワシントン大学から博士号(文化人類学)を贈られている。1966年、コロラド大学で初めて超文化看護学の講座を開き、超文化看護学の基礎をつくった。
子どもたちとの出会いから
1950年代半ばごろ、レイニンガーは小児生活指導ホーム(Child guidance home)に勤務していた。
ここでは、さまざまな国の子どもが入院していたものの、看護師がさまざまな文化的背景をもつ子どもたちの文化的要因を理解できていないことに気づいた。
子どもたちは、それぞれ育った国が違うのである。ならば、文化的背景も異なるはずであるのに、看護師は子どもたちの欲求に応じていないと気づいたのである。
そこで、文化が異なれば、日常の行動にも違いが出てくるのではないかと考えた。
看護師が子どもの行動を理解して対応しているかどうかによって、子どもの精神面に与える影響に差が出る、と思ったのである。
こうしてレイニンガーは、文化の異なる人に対しては、その文化の特徴に合わせた看護対応が必要であることを確信した。
さらに、博士課程在学中、文化的ケアについての論文のために、ニューギニアのガッドサップ族を対象に、現地でじかに体験しながら研究に取り組み、東洋とそれ以外の地域の文化による健康習慣の違いなども知ることができた。
1950年代にレイニンガーは、看護学と人類学に共通する領域を明らかにする。
1970年には『Nursing and Anthropology.Two worlds to Blend』(看護と人類学−2つの世界の融合)を執筆した。本書は、文化を越えた看護に関する初めての著作である。
以来、研究活動を続け、文化ケアの多様性と普遍性を構築していったのである。
また、長年にわたる研究をもとに、1978年に『Transcultural nursing:Concepts, theories and practices』(文化を越えた看護─概論・理論・実践)、1985年には『Nursing and Health Care』誌に掲載された『Transcultural care diversity and universality:A theory of nursing』(超文化的ケアの多様性と普遍性)で、自分の理論を発表した。
1988年には、『Nursing Science Quarterly』誌に『Leininger's theory of nursing:Cultural care diversity and universality』(『レイニンガー看護論 文化ケアの多様性と普遍性』)を著す。
本書では、彼女の看護理論が詳細に説明されている。
レイニンガーは、看護学における超文化の下位分野(transcultural subfield)の創始者だといえる。
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本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』 編著/城ヶ端初子/2018年11月刊行/ サイオ出版