リディア・E.ホールの看護理論:ケア、コア、キュアのモデル

『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』(サイオ出版)より転載。
今回はリディア・E.ホールの看護理論「ケア、コア、キュアのモデル」について解説します。

 

阿部芳江
関西福祉大学大学院看護学研究科/看護学部 元教授

 

 

 

Point
  • ホールの看護理論は、看護の哲学とよばれるものである。
  • ホールのモデルは、相互に連関する3つのサークル、すなわちケア・サークル、コア・サークル、キュア・サークルから成り立っている。各サークルは、それぞれ看護の一側面を表している。
  • ホールによれば、サークルごとに看護の役割は異なっている。
  • 各サークルは互いに関連し合っており、全人的なアプローチが必要である。各サークルの大きさと重要度は、患者の状況に応じて変化する。

 

 

ホールの看護理論

ホールの看護理論は、医学的治療を重視する当時の医療界のなかで、看護の果たすべき役割を提示したという意味で非常に画期的なものであった。

 

ホールは、急性期を脱した成人の患者を対象に自らの看護理論を展開しており、その理論の対象は「急性期を過ぎて回復期を迎えた成人」ということができる。

 

このことから、成人以外の年齢の患者や急性期の患者への応用は難しいという指摘があるが、その後、理論の検証がなされ、高齢患者への適応もされている。

 

 

目次に戻る

ケア・コア・キュア

ホールの理論は、ケア(care)・コア(core)・キュア(cure)という3つの主要概念からなっている。

 

  • ケア:看護の身体的なケア。安楽、食事、入浴などの直接的なもの
  • コア:患者とのコミュニケーションをとるときに、自己を治療的に活用する看護の側面
  • キュア:医療面でのケア。与薬や治療の際の看護の側面

 

ホールは、これらのケア、コア、キュアのサークルを描くことで、自分の看護理論をより理解しやすいものとした(図1)。

 

図1ケア・コア・キュアのモデル

出典:アン・マリナー・トメイほか編著、都留伸子監訳:看護理論家とその業績、第3版、p.145、医学書院、2004より改変

 

 

1ケア・サークル

ケア・サークルは、看護の重要な要素であるケアを取り上げ、看護独自の領域を示している。

 

このなかには、患者を安楽にすることをめざした身体的ケアや、患者に対する教育・指導や学習のための活動が含まれている。

 

身体的ケアは、患者の日常的生活援助(食事、排泄、清潔、活動など)であり、基本的ニードの充足につながる。

 

教育・指導-学習活動は、患者とよいコミュニケーションをはかり、患者の状態に合った教育・指導を行うことで、両者の相互作用を発展させていく。

 

両者の相互作用は、次第によい人間関係を保持・増進することにつながり、互いに感情を表出し合い、共有できるようになる。

 

このような場面を重ねることで、看護師と患者の教育・指導-学習関係は、促進されていくのである。

 

看護者がこのケア・サークルを用いる場合、自然科学と生物学の理論を拠りどころとする。

 

看護を展開する場合に、関連領域の理論的根拠を明らかにしながら、科学的な看護にする必要があると考えられる。

 

また、患者との相互関係においても、すでに立証された患者-看護師関係の理論を活用することにより、専門的ケアのできる専門職になりえると述べている。

 

 

2コア・サークル

コア・サークルは、社会科学を基盤とし、患者自身が自己の治療的活用をはかるものである。

 

自己の治療的活用(therapeutic use of self)

まだ表面に現れていない概念または問題を考えるよう働きかけることで、患者が自分の感情について考え、自らの目標を見出し、行動できるようになること

 

このサークルでは、看護師は患者とのよい人間関係を構築し、発展させることが重要になる。

 

なぜなら、この関係の度合いによって患者が自分の気持ちを表現する内容や程度が決定づけられるからである。

 

したがって、看護師は患者が病気や病気から生じた諸問題についての感情を表現できるように援助する。

 

このような働きは、患者が抱いていた感情を表現させることができ、これをとおして患者は自分を見つめ直し、自己同一性を高め、成熟していくことが可能になるのである。

 

またこのサークルは看護師だけでなく、ほかの専門職(精神科医、カウンセラー、ソーシャルワーカーなど)とともにヘルスチームを組んで協働するものである。

 

さらに、看護師は患者が無意識に表現している言語的・非言語的なものの意味や、どこからその発想が生まれたのか、どのような思いで表現したのかを、自ら気づくように患者を援助する必要がある。

 

この援助によって、患者は自分の感情に気づくと同時に、感情の発生源や動機などを見つめ直し、無意識にではなく意識的に意思決定をすることが可能になるのである。

 

つまり、このサークルで中心になるのは患者であり、患者こそが病気の治癒に必要な力をもっているのである。

 

あくまでヘルスチームは、専門的立場から患者の治療の好転に向けて患者を援助するものなのである。

 

 

3キュア・サークル

キュア・サークルでは、看護師は病理学や治療学に関連した学問的知識に基づいてヘルスチームの一員として実践活動を行うものである。

 

看護師は、医師の指示による内科的・外科的処置、およびリハビリテーションの方法を用いて患者や家族を援助するのである。

 

また、このサークルで特筆すべき点は、看護師の役割は前出のケア・サークルの場合と異なることである。

 

キュア・サークルでは、看護師は病理学や治療学に関連した学問的知識に基づいてヘルスチームの一員として実践活動を行うものである。

 

看護師は、医師の指示による内科的・外科的処置、およびリハビリテーションの方法を用いて患者や家族を援助するのである。

 

また、ケア・サークルでの看護師の働きは、患者の安楽・安全をめざして援助することであった。

 

しかし、キュア・サークルでの看護師は、治療のためとはいえ患者に苦痛を与える立場になるのである。

 

たとえば、治療に必要な注射や、痛みを伴う処置をすることに該当するが、どれも治療のためではあっても患者に苦痛をもたらす材料になる。

 

患者にとって看護師は、「いつも安楽を守ってくれる人」から「苦痛を与える人」という方向に変化することになるのである。

 

 

目次に戻る

連結した3つのサークル

看護は、患者を描く3つのサークルが連結するなかで、異なる動きをする。

 

キュアの側面は医師により、コアは精神科医やカウンセラー、ソーシャルワーカーなどにより、そしてケアはほとんど看護師によって行われるものとした。

 

この3つの局面は、それぞれが別々に働くのではなく、相互に関連し合って機能しているととらえることが重要なのである。

 

そしてホールは、回復期にある患者に対して、看護師は最も治療的に機能すると述べている。すなわち、回復期はケアとコアが重要なのであり、キュアの局面は重要性も軽いものなのである。

 

また、各サークルの大きさと重要度は、患者の状況に応じて変化するものだとしている。

 

さらに、ホールは全面的専門看護(wholly professional nursing)の重要性についても述べている。

 

全面的専門看護(wholly professional nursing)

患者のケアに責任をもち、実践できる能力のある看護師によるケア

 

全面的専門看護とは、患者のケアを実施し、その責任を負うことができる、専門の看護師によってのみ行うことができる看護を指す。

 

この概念には、治癒を促すための役割(看護・教育・指示)が含まれるとされる。

 

 

目次に戻る

ホールの看護理論の限界

ホールの看護理論は、理解しやすいとの評価を得ている一方で、一般性を得るまでには至っていないという指摘もある。

 

それは、彼女の看護理論が、成人の、しかも回復期でリハビリテーションを行う患者を対象に限定されている理論であることが背景にあると考えられる。

 

また、ホールの看護理論における患者ケアの家族的側面については、キュアのサークルのなかで述べられているだけで、看護師と家族の相互作用についてはほとんど触れられておらず、限界と考えられるところがある。

 

 

目次に戻る

ホールの看護理論から得るもの

ホールの看護理論は、私たちに多くのことを教えてくれる。

 

まず、看護師は、他の専門職と協働しながら看護ケアを発展させることが可能であり、それによって看護の役割も明確に知ることができる点である。

 

看護師は患者の身体、病気、人格のすべての側面にかかわりをもち、他の職業と役割を共有する。

 

たとえば、患者の病的状態では、医学的ケアをとおして患者とかかわることになるので、医師と協働する(キュア)。

 

人格の側面では社会科学系の専門職であるカウンセラーやソーシャルワーカーと協働する(コア)。

 

また、食事、排泄、清潔など身体への直接的なケアは、看護師によって行われる(ケア)。このケアの領域は、看護独自のものである。

 

現代の総合保健医療の発想のもと患者を中心にしてそれぞれの専門職がチームを組んで行う「チーム医療」の活動にも合致している。

 

さらにそのなかで、看護師とほかの専門職の役割と協働、および看護独自の領域を明確にできるのである。

 

 

次に、全面的専門看護は、回復を促すということである。

 

ホールは、看護師は精神的・身体的・社会的に、さまざまな問題をもつ患者に、必要に合わせて効果的な指導や教育を行いながらケアをする存在であると考えている。

 

このような指導や教育は、患者の状態をよく知り、ベッドサイドにある看護師にこそふさわしいものであるというのである。

 

ここでホールのいう看護師とは、専門的な教育を受け、責任をもち、ケアを実践できる人、ということになる。

 

同時にそれは、複雑な問題をもつ患者ケアを、十分に教育を受けていない人々に担当させるチームナーシングを批判していると読むこともできる。

 

このように、患者をあらゆる面から観察し、情報を収集し、看護過程を展開している看護の行う全面的専門看護は、患者の回復を促すことにもつながるということである。

 

さらに、患者の状態によって、ケア・コア・キュアの必要度は異なるという指摘である。

 

これは、看護師であれば日常的に体験していることだろう。急性期の患者であれば、医師によるキュアが中心になるものの、回復するにしたがって、コアやケアの必要性が増してくる。

 

専門的な看護ケアや看護教育、指導が必要とされるのである。

 

このように、患者の状態によって、看護師がかかわる割合が変化することを明確に提示していることは、私たちの日々の看護実践を明らかにするうえで有用である。

 

最後に、患者の身体、病気、人格の側面にかかわりをもつ看護師は、医師やソーシャルワーカー、カウンセラーなどの専門職と協働する立場にある。

 

このような複雑な役割を果たす専門職としての看護師は、患者のあらゆる面における治療のコーディネーターであり、看護におけるコンサルタントとしての役割を果たすものである。

 

 

目次に戻る

看護理論のメタパラダイム(4つの概念)

1人間

人間について、ホールは明確に定義していない。しかし、患者は身体、病気、人格からなると考えている。

 

人間の行動は、知識に基づくのではなく感情によるものである。学習できたかどうかは、ある種の行動を起こした結果起きた変化によって判断できるのである。

 

この行動は、知識を学習した結果起きるものではなく、感情(自覚されたものと自覚されないもの)と連動して起きるものである。

 

自覚された感情に基づく行動は意思のままにならず、感情のままに行動することになってしまうのである。

 

患者は、学習することで潜在能力を最大限に発揮する。このことからホールは、最も必要な治療法は教育であると考えた。

 

リハビリテーションは、さまざまな制約のなかでいかに生きるかを学ぶ過程である。

 

身体的な技能の学習も必要だが、人間としての自己に関する学習や感情、行動の自覚、動機づけの明確化は、必要不可欠なことである。

 

ホールは、こうした一連の過程を援助できるのは、専門的な教育を受けた看護師であるとしている。そして、看護は人間の自然治癒力に働きかけるようなケアを提供するのである。

 

自然治癒力

人間に本来備わっている自然に治ろうとする力

 

 

目次に戻る

2環境

ホールは環境の概念について論じてはいるが、明確には定義していない。

 

ホールは、当時の病院の環境が不適切であると感じていた。

 

病院の環境は、医師や管理者が仕事をしやすいなどの理由ではなく、患者ケアのためにこそ必要であると考えていた。

 

ロエブ看護センターの設立は、ホールの考える看護を実践するためのものであった。

 

また、環境は人間にとって受身的に影響を受けるものなので、信頼がなければ安心して住むことができない状況になる。

 

このことから、ホールは感情と相互作用する環境に主眼を置いている。

 

そして、環境に関して行われる看護行動は、患者が自分の目標を達成するために役立つものでなければならないと、とらえている。

 

 

目次に戻る

3健康

ホールは、健康という概念について論じてはいるものの、明確には定義していない。

 

ただ、病気は人間の自己認識に影響を受ける行動であると述べている。すなわち、病気になることも1つの行動であるというのである。

 

病気は前出の「自覚されない感情」によるものであるため、これが適応するうえでの障害をきたす根底にあるといえる。

 

ホールの述べる健康は、自己認識の1つの状態で、自らが有益と思う行動を意識的に選択できることを示している。

 

したがって、自己認識の方向に向かって援助することによって、病気回復を促進するということが可能になるのである。

 

看護が何をどのように援助するのか、方向性がみえてくるといえるだろう。

 

看護は、患者が自己の行動について考え、問題を認識・克服し、目標に向かって健康増進に努めることができるように支援することである。

 

 

目次に戻る

4看護

看護師は専門職である。患者のケアは、ケアと教育・指導の全面的な責任がもてる看護師が行う必要があることを強調している。

 

ホールによれば、看護師が最も治療的に機能を発揮できるのは、患者の状態が急性期ではなく回復期あるいは慢性期にあるときだと述べている。

 

急性期の患者は、医学的・生物学的にみて危機状態にあり、この場面では医師が主導的に患者にかかわり、看護師は医師の協力的役割をとることになる。

 

しかし、患者が回復期状態に移行すれば、医師よりもむしろ看護師が患者教育・指導および自立に向けての看護を行うなど、主導的な役割を担うことになり、成果をあげうるからである。

 

このように看護師は、患者の状態に合わせて、治療的機能を発揮していく。

 

病的状態にある患者は、さまざまな問題をもち、心身ともに病み、社会的にも役割を果たせない状態にある。

 

現在治療中の病気に関する不安や焦り、病気からひき起こされるさまざまな問題、仕事や学業の中断、家庭や地域社会における役割が果たせないところから起こる問題など、複雑に絡み合った問題を抱えているのである。

 

このような患者にかかわる看護師もまた、1人の人間である。臨床場面で患者と出会い、患者の教育・指導をとおして患者とかかわり、一方で患者は学習をとおして回復方向をたどるのである。

 

そのなかで患者は、指導と学習の過程で看護師とかかわり、お互いに相互作用を及ぼし合う。

 

この相互作用の過程で、看護師の活動は患者を中心に展開されていく。

 

看護は、身体・病気・人格からなる人間にかかわるので、病状など患者の状態に合わせて看護内容を調整しながらケアすることをはじめ、人格に合わせた対応が求められるのである。

 

回復期の患者は、ホールの看護理論の対象として考えられているが、リハビリテーションは生きることを学ぶプロセスである。

 

ホールは、このプロセスを学ぶことを支援するために適しているのは、コミュニケーション能力に優れた看護師であると考えていた。

 

当時、医師が患者の目標を定めることが多く、効果的な指導や学習ができるためにも、患者が自ら定めた目標にしたがってリハビリテーションを行うことが大切であると考えたのである。

 

看護師は、患者の潜在能力を活かすうえで、患者自身が目標を設定できるよう支援する必要がある。

 

 

目次に戻る

看護理論に基づく事例展開

ホールは、看護を対人関係過程とみなし、とくに患者に焦点をあてている。

 

患者は看護師との相互関係をとおして学習し、成長・成熟を促進していく。

 

また、この相互関係によって両者は感情を共有し、信頼度を高めていくのである。

 

 

目次に戻る

ホールと看護過程

ホールの看護理論でみる看護過程では、医師や看護師ではなく、病気の患者に焦点がおかれる。

 

すなわち、患者が目標を決定し、達成に向けて前進するものであり、看護師はより効果を上げられるように援助する役割であると述べている。

 

この過程で患者は、看護師との相互作用をとおして互いに信頼して感情を共有しながら、看護師は患者自身の学習を援助し、成長・成熟を促進できるようにしていくのである。

 

 

1アセスメント

患者の現在の健康状態に関する情報を収集する過程である。

 

情報収集は対人関係をとおして行われるが、看護師は患者自身が自己の健康状態に関する認識やニード、感情に気づけるように配慮するとともに、自己の行動(言語的、非言語的)も認識できるように援助する。

 

このような看護師の援助が重要なのは、患者が自分の健康状態やニード、感情、認識が高まるほど、患者がもつ自己治癒力が高まるからである。

 

 

2看護診断

収集した情報を解釈し、看護診断を導き出す過程である。患者のもつニードや問題を明らかにしていく。

 

ただし、この段階で看護師が自らの役割をどのようにとらえているのかによって、決定する看護診断に違いが生じてくる。

 

たとえば、「患者は自己治癒力をもってともに目標を設定して実行する人である」ととらえる場合と、「治癒を促進するのはあくまで医師や看護師である」と考える場合とでは、看護診断は自ずと異なってくるのである。

 

 

3計画立案

患者とともに目標を設定し、優先順位も考えながら計画を立案する過程である。

 

この段階で看護師は、あくまでも患者を中心に考え、目標や優先順位は患者に決定させる方向で援助するのである。

 

また、この目標は、医学的処方と合致したものを決定するのはいうまでもない。

 

 

4実施

計画を実際に実行に移す過程である。この段階で、ケア・コアの局面では、看護師は患者のニード充足と患者の安楽を促進するために、患者の身体に対するケアを提供する。

 

キュアの局面での看護師は、患者や家族と協力し、医学的処方に関する計画を理解したうえで、実行に移すように援助していく。

 

この段階における看護師の役割は、患者が自分の感情を表現できるように助けること、必要な情報の提供ならびに患者の決定を支持することである。

 

 

5評価

目標を患者がどこまで達成したのかを評価する過程である。達成度の評価は難しい点もあるが、ホールの看護理論で示されている評価のポイントが参考になる。

 

  • 患者は自分をいかにとらえているか。
  • 看護師は自己の感情を理解し、表現方法を学んだか。
  • 看護師は、患者が自己の動機を明確にできるように援助したか。
  • 患者の目的は医療の目的と合致したか。
  • 患者は身体的に安楽になったか。

 

患者の行動がどのように変化したのかを観察し、収集した情報をとおして、自己認知力がどこまで高められたかを評価するのである。

 

 

事例

Aさん、78歳、女性。脳卒中後遺症で入院中だが、糖尿病でもあるため食事療法が必要である。
2か月前に脳卒中を発症して薬物治療を受けたが、右半身に麻痺が残り、身のまわりのことが自分だけではできなくなった。
ADLの拡大のためにもリハビリテーションの必要な時期であるが、Aさんがあまり熱心に取り組まないため、医師や看護師、理学療法士は困っている。看護師は、リハビリテーションに熱心でない事情をAさんに確認する必要性を感じているが、確認することでAさんがどのような反応を示すか予測できないため、Aさんにリハビリテーションを促すことができない。
Aさんは、夫を亡くして1人暮らしである。娘が1人いるが夫の転勤で県外に居住しており、孫も幼いため面会は入院したときのみであった。
Aさんは、あまり自分のことを話したがらない。看護師は、Aさんがリハビリテーションに真剣に取り組まない理由に何かあるのではないかと考え、Aさんと面接を行うことにした。

*今回事例では、成人の事例ではなく高齢者の事例を取り上げた。

 

 

目次に戻る

Aさんがリハビリに消極的な理由

看護師はホールの看護理論を活用して、Aさんの面接を行った。

 

Aさんがリハビリテーションに取り組むために、まずリハビリテーションに積極的ではない原因を知ることは非常に重要なことである。

 

看護師は面接にあたって静かな個室を準備し、Aさんが話しやすい環境を整えた。

 

看護師は、決してAさんの話を遮ることなく、「反射」の方法を活用しながら、自らが発した言葉から考えを明確化できるように、非指示的な態度で接した。

 

Aさんは、「私は、リハビリをしても、もう前のような生活はできないと思うんです」と話し、徐々に自分の気持ちを話すことにより、自分の気持ちを明確にし、整理していった。

 

看護師がAさんと面接をした結果、気にかかっていることがいくつもあることが明らかになった。

 

  1. 1麻痺のある半身の回復に対する自信がない。
  2. 21人暮らしなので、退院しても自宅で生活できる自信がない。
  3. 3病院で生活しているうちに同室の友人もできた。家に帰っても1人なので、家に帰りたくなくなった。
  4. 4糖尿病ということもあり、自宅での炊事は大変である。
  5. 5娘夫婦や孫のことが心配だが、連絡がとれない。心配であるとともに、寂しさを感じている。
  6. 6リハビリテーションをしなければと思っても、同じことを繰り返すのは昔から嫌いである。
  7. 7昔から何かしようと思っても不器用である。日常生活で食事などにも不自由さを感じている。右腕は利き腕であった。
  8. 8内気であり、日頃から自分の意見をあまりいわない。

 

そこで看護師は、Aさんの現在の状況について、ケア・コア・キュアのモデルから分析してみることにした(図2)。

 

図2Aさんのケア・コア・キュアのモデル

 

 

目次に戻る

Aさんのその後

Aさんに対して、ケア・コア・キュアの面を意識して面接を行うことにより、Aさんの問題点が明らかになった。

 

正しく状況が把握できることによって、適切な対策が考えられる。

 

医師、看護師、理学療法士が協力し、Aさんの疑問に対して話し合うようにしたところ、Aさんの心配は解消し、自分で目標を決め、意欲的にリハビリテーションを取り組むようになってきた。

 

自宅へ帰ることに対する不安に関しては家族と相談し、いきなり自宅へ帰るのではなく、中間施設を利用することとなった。

 

糖尿病の食事については退院後も配食サービスを利用するなどの方法があることが説明された。

 

糖尿病や全身倦怠感には、自覚症状だけでなく検査データの確認をすることにし、Aさんには、症状のあるときには必ず医療従事者に話すようにと説明された。

 

 

目次に戻る

評価

Aさんの心配は、ケア・コア・キュアのすべての側面にかかわっており、そのなかでもコアの側面に関する援助がいちばん必要と思われた。

 

Aさんは、入院後、内気な性格もあり、誰にも相談せず、心配や気になることを、1人で抱え込んでしまうようになっていた。

 

つまり、Aさんの3つのサークルは、十分に機能していなかったということになる。

 

このケースに対しては、よくアセスメントし、問題を明確にし、医療チームが協力して対応したことが、Aさんが自分の目標を見いだすことによりリハビリテーションに積極的になり、中間施設を経由して自宅へ帰ることにつながったものと考えられる。

 

 

ホールについてて(詳しく見る) ホールについて

リディア・E.ホール(Lydia Eloise Hall、1906〜1969)は、ペンシルベニア州ヨークのヨーク病院看護学校で学んだ後、コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで、理学士号(公衆衛生看護)、文学修士号(自然科学)を取得した。

 

ホールは、ヨーク病院看護学校、フォーダム病院看護学校、コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで教育に携わり、ニューヨークのモンテフィオーレ病院で看護部長を務めた。

 

亡くなる2年前(1967年)には、コロンビア大学から看護功労賞を受賞している。

 

ホールは、モンテフィオーレ病院に、看護とリハビリテーションを目的とした「ロエブ看護センター」を設置し、彼女の理論を実践した。

 

ホールの理論は、プライマリケアの概念と似ているといわれる。

 

また、看護実践における患者および社会に対する責任についても触れており、今日の看護にも十分通用するものと考えられている。

 

彼女の理論には、いくつかの問題点が指摘されているが、ホールの概念は今日の看護にも多くの示唆を与えている。

 

 

理論の根底にあるもの

ホールは心理学者であり、「クライエント中心療法」を提唱したカール・ロジャーズ(C.R.Rogers)をはじめ、精神疾患は対人関係の障害によるという対人関係論やパーソナリティ理論などを表した精神分析医ハリー・スタック・サリバン(H.S.Sullivan)、20世紀前半を代表する教育学者にして哲学者、社会思想家でもあるジョン・デューイ(J.Dewey)などの影響を受けている。

 

とくにロジャーズから受けた影響は大きく、ホールは彼の「患者は学習過程をとおして、もてる力を最大限に発揮する」という考えを取り入れた。

 

またホールは、ロジャーズの示した「反射」という治療法も取り入れている。

 

これは患者が悩み迷いながら話す言葉を受け、その言葉の一部を医療者が返すという非支持的な方法である。

 

このことで、患者は自分の気もちをよく確かめ、自分で整理することにつながるのである。

 

 

看護理論の芽生え

ホールが活躍していた当時、一般に病院医療では2つの段階を踏んで進むと考えられていた。

 

第1段階は、急性期といわれる時期である。身体的な苦痛が大きく、診断のための検査や治療が大きな割合を占める。

 

期間は、数日から1週間程度続くといわれる。看護は医療の補助的役割を担う。

 

第2段階は、急性期から脱出した時期(回復期)である。このときは、患者の身体的苦痛は比較的緩和している。

 

モンテフィオーレ病院で看護部長を務めていたホールは、第2段階の患者の看護を充実させることに焦点をあてた。

 

第2段階の患者に対し、ロエブ看護センターに入院させて看護を行い、従来の病棟に入院中の患者との比較を行ったのである。

 

その結果、ロエブ看護センターに入院している患者のほうが、回復が早かった。このことによってホールは「看護治療が治療率を高める」という確信を得たのである。

 

ロエブ看護センターの患者は、モンテフィオーレ病院に入院中の患者に比べて入院期間の短縮、再入院率の減少、医療費の軽減などの特徴がみられた。

 

また、患者だけでなく、勤務する看護師にとっての満足度も高かったとされている。

 

 

目次に戻る


 

本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

> Amazonで見る   > 楽天で見る

 

 

[出典] 『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』 編著/城ヶ端初子/2018年11月刊行/ サイオ出版

SNSシェア

看護ケアトップへ