視覚のメカニズム――眼|感じる・考える(3)
解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、神経系についてのお話の3回目です。
[前回の内容]
解剖生理学の面白さを知るため、情報を分析、伝達する中枢神経と末梢神経について知りました。
今回は、視覚(眼)のメカニズムの世界を探検することに……。
増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授
感覚と神経についておおまかな理解ができたところで、ここからは、それぞれの感覚器の構造とメカニズムについて詳しく見て行きましょう
で、どこから行きますか?
そうね、まずは眼から見て行きましょう。なにせ、感覚受容器の70%は眼にあるといわれているほどですからね
よーし、光になったつもり、ですね
視覚のメカニズムを知る──眼(図1)
眼球って、近くで見るとけっこう大きいですね
成人だと、だいたい直径2.5cm。外から見えているのは、眼球全体の6分の1くらいしかないの
見えない部分は、どうなっているんだろう?
洞窟のような眼窩に収まっていて、周囲を骨や脂肪がおおっています
ちゃんと守られているんだ
図1眼の構造
眼球と外眼筋
眼球には、6本の外眼筋が付着しています。外眼筋は眼球を動かして、視線の向きを変えたり、頭の動きとは逆の方向に眼球を動かして、視界のブレを防ぐ働きをしています(図2)。
図2外眼筋とその作用
眼窩(がんか)の中にはもう1本、まぶたを動かす筋肉(上眼瞼挙筋)もあり、眼球近くには合計7本の筋肉と、計3本の神経が入り込んでいます。
眼球には、白い部分と黒い部分がありますよね。これってどう違うんですか?
角膜があるのが黒い部分。白く見える部分は、透明な結膜でおおわれていて、その下にある強膜の白が透けて見えているの
ということは、角膜は黒いんですか?
いえいえ、そうじゃないの。角膜は、網膜に光を通すために透明になっています。光が奥で吸収されてはね返ってこないから、黒く見えるだけなのよ
角膜の透明性
身体の細胞はほとんど例外なく、血液を通して酸素の供給を受けています。しかし、角膜には血管がありません。透明性を保つために、血管はどうしても邪魔なのです。その代わり、角膜の上皮細胞は、涙の層を介して空気から直接、酸素を取り入れています。
眼球とカメラの関係
眼球のずっと奥のほう、壁の内側に広がっているのが網膜(もうまく)です。網膜は、光を感じる場所です。眼球は、この網膜というフィルムの上に像を結ぶためのカメラのようなものです(図3)。
図3眼球とカメラの関係
厚さ1mmほどの角膜を通った光はまず、その奥にある水晶体へと向かいます。水晶体はカメラでいうレンズ。毛様体とよばれる筋肉の伸縮に合わせて厚くなったり、薄くなったりします。レンズが厚くなると光の屈折は大きくなり、その分、近くのものに焦点が合います。反対に薄くなると、光の屈折は小さくなり、遠くのものに焦点が合います。
カメラの絞りにあたるのは、虹彩(こうさい)です。虹彩は、瞳孔(どうこう)を縮小したり、散大したりすることで、入ってくる光の量を調節します。
水晶体と網膜の間にある、透明なゼリー状の物質は硝子体(しょうしたい)といいます
なんのためにあるんですか?
硝子体は、おもに眼球の形状を保つのに役立っています。それと、毛様体からは眼房水という液体がしみ出していて、角膜と水晶体を潤し、栄養を与えています
光と色の情報を神経の信号に変える網膜
網膜には、光や色を感じる特殊な細胞があります。この細胞は、光を感じる突起を細胞の先端から伸ばしていて、突起の形には杆状体(かんじょうたい)(杆体)と錐状体(すいじょうたい)(錐体)の2種類があります。微妙な光の強弱(明暗)を検知するのは杆状体で、色を検知するのは錐状体です。
これらの細胞がキャッチした光と色の情報は、デジタルな電気信号に置き換えられて視神経に伝わり、脳の視床へと送られます(その際、両眼の視神経の内側半分は途中で互いに交叉します)。脳の視床に到達した信号は、最終的には大脳皮質の視覚野に達し、そこで光と色が合体した像となって結ばれます(図4)。
私たちがものを「見る」のは、まさにこの瞬間です。
図4視神経の情報伝達
ただ単にものを見るだけでも、たくさんの細胞と神経が働いているんですね
そうよ。ものを見るためには眼球が正常に働くだけでは不十分。網膜からの信号を受け取って、それを視床から脳へと伝える神経が正常に機能しないといけないの
ところで、話に出てきた大脳皮質の視覚野ってなんのことですか?
人間特有の高次脳神経機能の多くは、脳の大脳皮質で処理されていて、視覚野、聴覚野、運動野など、部位によって役割分担が決まっているの。感覚器と脳は密接に関係しているから、ここでいったん、脳の説明をしておきましょうね
脳の構造
脳は大きく、終脳、間脳(視床、視床下部)、中脳、橋(きょう)、小脳、延髄(えんずい)に区分されます。終脳は大脳ともいい、左右の大脳半球からなっています。
このうち、中脳、橋、延髄は合わせて脳幹とよばれ、呼吸や循環など生命維持の基本をつかさどる中枢が集まっています。脳幹が損傷されると、私たちはもはや生きてはいけません。生命の根幹をなす神経細胞群がここにある、といえます。
ホルモンや自律神経などホメオスタシスに関係するのは、間脳にある視床下部です。体温や食欲などの調節も、この視床下部が担っています。
視床はいわば視覚などの感覚情報の中継地点で、小脳は運動を統率して、身体のバランスをとるために働いています。水中を泳ぐ魚や、空を飛ぶ鳥ではとくに、この小脳が発達しています。
脳の中で、最も人間らしい部分を担っているのは大脳です。大脳の表層は大脳皮質とよばれる灰白質(かいはくしつ)でおおわれ、深部は髄質とよばれる白質でできています。内側にある旧皮質は、性行動や不快感などの原始的な本能の中枢であり、視床下部とも深い関係があります。したがって、それらと大脳を合わせて辺縁(へんえん)系とよぶこともあります(図5)。
図5脳の構造
大脳皮質のうち、外側にある新皮質は考えたり、モノを創造するといった知能的で高度な活動を処理しています。大脳皮質はさらに、前頭葉、頭頂葉、後頭葉、側頭葉に分けることができ、創造や判断はおもに前頭葉が担っています。
このように、脳の構造をよく見ていくと、脊髄のような1本の管だった神経細胞の集まりが、進化するほどだんだん上へ上へと伸びて行き、また、前へ前へと膨らんでいった軌跡がわかります(図6)。
図6神経管の分化と発育
なるほど。これで、マンガに出てくる宇宙人の額が大きい理由もわかりました。前頭葉がより膨らんで、進化していることを想定しているからだったんですね
宇宙人ねぇ……、いわれてみればそうね
それに、おもしろいことにも気がつきました。よく見ると、大脳皮質の役割って、後方は視覚や聴覚などの入力で、前方が運動や創造などの出力に関係していませんか?
実はそのとおり。大脳皮質は中心溝を境にして前頭葉は効果器への出力を、頭頂葉、後頭葉、側頭葉は受容器からの入力を担当しているのよ(図7)
図7大脳皮質にある機能局在
コラム大脳の機能局在と最新の研究成果
皮膚に何かが触れたことを脳に伝えるインパルスは、それ以外の部位、たとえば「胃が痛む」などの情報は伝えません。風景を見たときに感じた「視覚情報」と、音楽を聴いたときに感じる「聴覚情報」のインパルスは同じですが、信号の到達する場所が異なるため、異なった内容として認識できます。
つまり、神経を流れるインパルスは常に同じですが、それを受け取る脳の場所が違うので、私たちは情報の質の違いを認識することができます。
実際、身体のどこかに何がしかの感覚を感じる「体性感覚野」や、モノを見る「視覚野」、音を聞く「聴覚野」など、脳は高度に分業しながら働いています。これを大脳皮質の「機能局在」とよんでいます(図8)。
図8感覚野の大脳皮質での担当領域
最近は、この脳の局在性に関しても研究が進み、新たなことがわかってきました。機能局在の考え方に従えば、脳梗塞などで脳の一部に障害が出たとき、それが言語野であれば言語障害が起こりますし、運動野であれば、運動障害が起こります。そして、それは2度と回復することはありません。
ところが、現実にはこうした障害が起きても、適切なリハビリテーションを受ければ、徐々に身体の機能は回復していきます。これは、壊されてしまった脳の機能を他の場所が代行するためだ、と考えられます。
したがって、脳の機能局在は生まれつき備わったものや固定したものではなく、条件や必要に迫られて割り振られていくもの。人間では多くの場合、なんらかの理由でそれがほぼ一致するだけだ、という考え方が強くなっています。
コラム連合野って、何するところ?
大脳皮質には、運動野や視覚野、聴覚野といった感覚野のほかに、広い領域を占める連合野と呼ばれる部分が存在します。連合野とはいったい、どんな働きをする場所なのでしょうか。これに関する最初の症例が、アメリカで報告されているので紹介しましょう。
事故は1848年、鉄道建設作業中に起きました。けがをしたのは、現場監督をしていたフィニアス・ゲージという男性です。仕掛けたダイナマイトが爆発しないため、ゲージが鉄の棒(太さ約3センチメートル、長さ1メートル)でダイナマイトをつついた瞬間、ダイナマイトが爆発し、鉄の棒が彼の下顎から頭を貫通しました。幸い、事故後も彼は意識があり、医師の治療を受けて約10週間で退院します。しかし、問題はその後でした。有能な現場監督だったゲージは精神的にもバランスがとれた優れた人物でしたが、事故後はすっかり気まぐれで傲慢(ごうまん)な性格になり、現場監督の仕事ができなくなりました。
後に科学者たちが残されていた彼の骨を詳しく調べたところ、ゲージは前頭連合野が損傷されていたことがわかりました。
前頭連合野は、さまざまな感覚情報を統合し、認識、記憶、学習、判断など、人間を最も人間らしい存在にしている領域だ、と考えられています。ドイツの解剖学者フランツ・ジョセフ・ガル(1758~1828)はかつて、その場所を「知能の座」と表現しました。
連合野の損傷に関する研究はほかにもあり、運動性言語野(ブローカ中枢)が損傷されると、言葉を聞いたり読んだりすることはできるのに、話すことはできなくなることがわかっています(運動性失語症)。また、頭頂連合野は体性感覚と視覚情報を受け入れ、自分の周囲の空間を認知する、つまり自分と対象物との位置関係を知る上で重要な役目を果たしていますが、ここが損傷されると、物体間の距離、遠近、上下左右の判断ができなくなります。
側頭連合野は音の感覚と他の機能を統合する場所で、感覚性言語野があります。ここが障害されると、話の内容が理解できなくなる感覚性失語症になります。
[次回]
本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版