『なんで救急車で来たん?』ー救急医がそれでも思う「不適切利用」を決める難しさ

 

みなさま、日々の業務お疲れ様です。連載2回目です。

ちょっと過ぎてしまいましたが、9月9日は救急の日でした。今回は救急車の話をしてみたいと思います。

 

 

救急車の不適切利用の線引きは難しい

読んでいただいているみなさんの中で、救急車対応にかかわっている方はどのくらいいらっしゃるでしょうか? 

 

看護師として一度も救急車対応したことない人もいらっしゃるかもしれません。そうした方々には申し訳ないのですが、救急車の話をする前に、まずは救急車対応している看護師さんであれば一度は抱いたことがあるだろう想いを、ここで共有したいと思います。
それではご唱和ください。

 

「なんで救急車で来たん?」

 

そりゃ呼びたい時に呼べるシステムですし、消防に電話すれば迅速に来てくれるシステムです。「救急車が必要だと判断したから」救急車で来たのです。
それ以上でもそれ以下でもなく、そういうことです。

 

しかし、昨今は出動件数が増え、救急車の到着までの時間は延びに延び、病院も需要の高まりから、いつでも応需できるような状態ではなくなってしまっており、救急隊の搬送先選定にも時間を要する事態となっているのが現状です。

 

コロナ禍では都心部で救急車の出動が制限されることもありました。119に電話がつながらないというのは、危機的状況です。

 

このような状況になると、「救急車を呼ばなくてもよかったのではないか」という、いわゆる救急車の不適切利用をなんとかしたいと思うのは当然の流れとなります。

 

ところが、救急車の利用が適切か不適切かという線引きは、実は難しいのです。

 

例えば、以下のような場合には救急車じゃなくてもよかろうと僕も思いますが、「行政サービス(救急車)を提供するのは不適切である」と線引きする文言を考えるのは苦慮します。

 

救急車,不適切利用

 

あえて褒めておきますけど、こうした方々は本当に神経図太いですよね。

 

病院に電話して患者の要請理由を伝える救急隊がかわいそうになるレベルのこともたびたび経験しました。救急車じゃなくてもいいような軽症なのに救急車を呼んでしまう事態を前に、一時は「救“急”車」じゃなくて「救“命”車」に名前を変えた方が良いのではないかと思ったりもしたものです。

 

ただ、やはり不適切利用の線引きは難しいのです。

 

例えば、「帰宅可能なら不適切」と線引きしたとしましょう。アレルギー喘息発作など、早く救急車を呼んで早く治療して入院せずに済んだ人たちに、不適切利用の烙印を押すのはためらわれます。
不適切の線引きは現場の判断次第、もっと言ってしまえばその時のムードという部分もあるかもしれません。

 

実は医療者も救急車を「不適切利用」している!?

しかし、そんな現場の人、つまり医療従事者も救急車を不適切に利用していることがあります。

 

そんなバカなと思った人もいるかもしれませんが、転院搬送はどうでしょうか?。当たり前のように、転院の際に消防にお願いする施設が多いかもしれませんが、実は転院搬送は消防の本来業務ではありません。地域によっては、転院搬送が多く、本来業務の妨げにつながりかねないことも起こっています。

 

このため、2015年に消防庁と厚生労働省の検討会でこの点が議論になり、2018年3月31日に消防庁と厚生労働省から「転院搬送における救急車の適正利用の推進について」の通知が出されたのです。

 

この通知では、各地域で転院搬送に救急車を用いるためのガイドラインを作成して、ルールを定めて上手にやってくださいとお願いされています。その上で、参照事項として一つの判断基準が提示されています。

 

原則は、次の条件に合う人が救急車での転院搬送の適応です。

 

救急車,転院搬送

文献1)より

 

緊急手術を行う必要があるような患者さんを、迅速に治療可能な施設に転院させるときには特に問題ありません。出血とか、大動脈解離とか、腸管穿孔とか。 ただ、もし緊急で処置がいらないなら、救急車利用は不適切と判断されても仕方ないです。

 

脳出血でも手術適応がなく、保存的に治療しようかというときを考えてみましょう。
降圧薬の投与などできることをやりつつも、病床の調整ができなかったり、対応した医師が管理に難渋したりといった場合は転院を考える場面はあり得ます。

 

この場合、専門医療等の必要性はあるかもしれませんが、緊急性は乏しいので、救急車での転送は不適切ということになります。
じゃあどうするのか。民間の救急車サービスを用いたり、タクシー会社に搬送してもらったりということになります。

 

ただし、結構値は張ります。「転院になるなら、なんで受けたん!?」とか、「なんで金払って転院せなあかんねん!?」みたいに責められることもあることを考えれば、「転院となりそうな人は受けられません」という対応が増えるのではないかと思います。すると、地域の救急医療が円滑に回らなくなる事態は十分考えられます。

 

このため、地域の実情に応じて、転院前提の応需をした場合には積極的に転院を行うこととしたり、夜間のタクシーサービスが乏しい地域などでは、多少救急車利用のハードルを下げたりといった調整をして、救急医療体制の維持と、適正利用のためのガイドラインを作成してくださいとされているのです。

 

それぞれの地域で、無理のない運用方針ができることを願うばかりです。

 

 

「救急車は有料化すればいい」でいいの?

さて、そんな不適切利用ですが、無料サービスだから何でもかんでも救急車を呼ぶのだという声もあり、有料化してはどうかという意見もあります。

 

個人的にはこの議論はあまり好きではありません。前提条件がおかしいので不毛な議論に見えてしまいます。

 

まず、「救急車が無料」という発想がおかしいです。
税金で賄っているので、全くもって無料ではないのですが、窓口支払いがないという意味で日本では「無料」という言葉が使われます。救急隊は無償でサービス提供しているわけではなく、きちんと対価をもらっています。対価が一切発生しない、提供側の無償奉仕だけが、真に「無料」と言えるのではないかと個人的には考えています。よく、小児の医療費無料化とか議論になりますが、ちょっと違うんじゃないかなと言ったところです。

 

というわけで、救急車は無料がいいか有料がいいか、医療は無料がいいか有料がいいかという議論をしている時点で、どうもタダ働きを強要されているような嫌な気持ちになります。

 

とはいえ、どうにかしなくては現状のサービス維持も困難ですので、有料化(要するに都度支払い有りの制度)も真剣に検討しなくてはならない状況にはなっています。

 

「呼べば来てくれる、利用料を請求されることはない」、この素晴らしいシステムを維持するためには高いモラルが要求されます。まずは初等教育の段階から市民サービスの利用方法みたいなことを学ぶ機会を持ったり、心肺蘇生の講習会などの際に、適切な救急車利用についてのお話を聞く機会を設けたりしてみてはどうかと思います。

 

安易に有料化するよりやることがあるのではないかと提言しておきます。

 

というわけで、救急車を有料化するべきか、やったらどんないいことがあって、どんな弊害が生じるのかということまで今回お話しようかと思いましたが、それを書くには余白が足りないので、次回、救急車の有料化について考えてみたいと思います。

 

 

執筆

薬師寺慈恵病院院長薬師寺泰匡

富山大学卒。初期臨床研修中に日本の救急医療の課題や限界に触れつつ、救急医療の面白さに目覚め、福岡徳洲会病院ERで年間1万件を超える救急車の対応に勤しむ。2013年から岸和田徳洲会病院の救命救急センターで集中治療にも触れ、2020年から薬師寺慈恵病院に職場を移し、2021年1月からは院長として地方二次救急病院の発展を目指している。週1回岡山大学の高度救命救急センターに出入りして、身も心もどっぷり救急に浸かっている。呼ばれればどこにでも現れるフットワークの軽さが武器だが、47都道府県の中で山梨県だけ行ったことがない。

 

編集:林 美紀(看護roo!編集部)

 

 

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