がまんする側の人|Dr.ヤンデルのちょっとお茶でも(2)

タイトルイラスト

 

Q.「自分が軽~くがまんすることで、なんだかうまくいったというご経験は、ありますか?」

 

このように質問すると、だいたい2通りの回答が寄せられます。

 

A1. 「あるある! たまにあるよ!」

A2. 「いや……、がまんしたら損じゃん」

 

さて、あなたは、どちらでしょうか。

 

 

焼き鳥かピザか

ある日のことです。私は学会に出席しました。セッションが一通り終了し、会場で会った懐かしい人たちと、晩ご飯でも食べに行こうという話になりました。

 

この日の私は、なぜかわかりませんが、口の中が完全に焼き鳥モードになっていました。

 

あぁー焼き鳥食いてぇなぁー、晩飯は居酒屋がいいなぁー、まずは鳥串、ナンコツあたりでビールを流し込んで、軽くきゅうりかトンテキあたりを挟みつつ、タレの利いたつくねでも食いてぇなぁー、と、理想の晩ご飯をはっきりイメージしていたのです。

 

ところが、店を決める段になって、その場にいた一人が言いました。

 

「ピザとかどうですかね? 今日はやっぱり、ワインでしょう」

 

するともう一人が答えました。

 

「いいですねえ、そうしましょう」

 

そこで、私も応じました。

 

「いいですねーピザ。そしたら、店探します!」

 

……あれ? さっきまでの私はどこへ? 「ちょうどチーズ食いたい口になってましたよ笑」なんて、軽口まで叩いていますが。

 

本当は、このときの私は、ピザの食べられるお店を探しながらも、まだ焼き鳥が食べたかったのです。でも、「えーピザはイマイチですよ、焼き鳥にしませんか」とは言いませんでした。

 

どうしても焼き鳥じゃなきゃだめ、というほど、晩ご飯のメニューにこだわっていたわけではなかったですからね。

 

挿絵イラスト。焼き鳥を思いながらピザのお店を探している。

 

今の私の話を聞いて、どう思われましたか?

 

「わかるー、そこは自分出すところじゃないよね」

 

と、共感してくださる方と、

 

「えっもったいない、自分の食べたいものくらい普通に言えばいいじゃん?」

 

と、疑問を呈する方とがいらっしゃるのではないかと思います。

 

 

まあ、晩飯のメニューくらいなら、まだ笑い話ですみます。

 

しかし、これが仕事の話となると、寄せられる「疑問」の数は、もっと多くなります。

 

 

「自分ががまんすれば」

出張の話の続きです。学会で、ある委員会が開かれ、私はそれに出席しました。

 

司会の少し偉い人が言いました。

 

「次の学会で誰かに企画を担当してほしいのですが、どなたかやっていただける方はいらっしゃいませんか?」

 

すぐに手を挙げる人は誰もいません。

 

委員会での仕事は、病院で給料をもらってやる仕事とは違い、基本的にボランティアです。委員会に出席するだけでも面倒くさいのに、この上さらに、次の学会で何かを企画しなければいけないとなると、けっこうな負担ですから、無理もありません。

 

じりじりとした時間が過ぎます。まるで、中学校のホームルームで、次の学級委員に誰か立候補するのを先生がじっと待ち、生徒たちも黙って下を向いていたときのようです。

 

そして私は、学級委員のときと同じように、手を挙げてしまいました。

 

「……やります」

 

幾人かが小さく拍手をします。まあ、喜んでもらえるならいいか。

 

でも、みんなが私の行動を賞賛しているわけではありませんでした。

 

その日の飲み会(先ほどのピザとワインの席)で、こう言われたのです。

 

「君はさあ、『自分ががまんすれば、丸くおさまる』って考えがちだよねー。人より多く仕事を引き受けたり、人一倍遅くまで残って働いていたりするタイプでしょう。だから委員会の仕事も引き受けちゃったんでしょ? まあ、偉いとは思うけどさ、今の時代、それ、よくないかもしれないよ」

 

どういうことでしょう。私が聞き返す前に、もう一人が言います。

 

「そうそう。君ががまんすることで、その委員会は成り立ってるってことだからね? あんまりいいことではないよね。だって、君がいなくなったらすぐに破綻するじゃん」

 

まあ、そうかもしれない。私は同意します。

 

「そうですね。つい、自分でなんとかしようかと思ってしまって……委員会の他の先生たちも、いい方ばかりなので、お役に立てればとも思って」

 

すると相手は困ったように笑いながら、さらにこう言います。

 

「いやいや、責めてるわけじゃないから。他の人は助かってるだろうし。でも、君の人生の責任を取れるのは結局、君だけなんだからね。他人のためだけに働いていると、いつまでも自分のための人生を歩めないよ」

 

私はうなずいて「気をつけます」と言います。

 

一同は私の反応に満足して、「そうそう、だからほら、おいしいものでも食べて。今日は自分のために楽しもう!」と言ってくれます。

 

私は、思ったよりずっとおいしかったピザをもう一切れつまんで、ワインで喉に流し込みました。

 

挿絵イラスト。気まずそうな委員会の場面。

 

どこの世界にも、「軽~くがまんしがちな人」はいると思います。

 

みんなが困っているときに、自分がちょっとがんばれば、あるいは少し折れれば、解決するだろうと思うタイプ。

 

ちょっと古い言い方ですと、「貧乏くじを引きがちな人」とも表現できるかもしれません。

 

感謝されることもあります。でも、喜ばれるばかりでもないんです。

 

誰かのお願いを引き受けてばかりいると、「自分がない」とか「八方美人だ」とか言われますし。

 

「お前みたいになんでもハイハイ引き受けるやつがいると、上が調子にのっていろいろ仕事を押しつけてくるんだぞ」なんて怒られることも。

 

「なんの得もないのに、積極的に苦労を買って出るなんて、何か下心があるんだろう」と勘ぐられることもあります。

 

逆に、「自分がこうしたいという強い気持ちがなくて、いつもその場の雰囲気に流されているだけの、消極的なやつだ」なんて言われてしまうこともあります。

 

そこまで言われるんだったら、がまんなんかしない方がいいのかもしれません。

 

いつもいつもがまんばかりして、自分の本当の気持ちを押し隠していれば、さすがに疲れちゃうでしょうし。いつか不満が溜まって爆発するかも。

 

 

でも……。私は、周りの人が言うほど、自分をないがしろにしているとは思っていません。

 

先ほどの、焼き鳥の話を思い出してください。

 

飲み会の前、私の頭の中は「焼き鳥しか勝たん」という気持ちであふれていました。誰かがいかにも楽しそうな顔で「ピザ食いてぇな」と言った瞬間、確かに私は自分を消して、「軽くがまん」をしたわけですが、実際、飲み会ではピザがとてもおいしく感じられました。

 

自分の中にあったアイデアとは違った、別のいい結果にたどり着くことができたわけです。

 

これを「自分を押し隠してがまんしている」と言うのは、ちょっと違うんじゃないのかな、と思います。

 

 

もしもあなたが私と似たタイプなら

委員会での立候補も同じです。

 

新しい仕事は面倒だなあと最初は思っていましたが、いざ仕事を始めてみると、周りの人たちのサポートがたくさん得られ、これまであまり交流のなかった委員とも連絡をとることができました。

 

がまんして始めたはずの仕事が、いつしか自分のそれまでの経験と比べても、かなり大きな仕事に発展しました。こういう機会がなければやることもなかったであろう新しい仕事と巡り合えました。

 

最初にエイヤッとがまんしたら、あとは、いいことばかりだったのです。「がまんして要らない仕事を引き受けた」とまとめるのは違う気がするんですよね。

 

もちろん、誰もやりたがらない仕事をがまんしてやって、最終的にロクな目に遭わないこともあります。「がまんの性分」がいつもいつも良い方に転がるとは限りません。

 

ですから、これを読んでいる皆さんに、「まずは言われた通りに、がまんしてやってみろ!」なんてパワハラみたいなことを言いたいわけではありません。

 

ただ、もしもあなたが、これまでに周りの人から、「すぐそうやってがまんするんだから~」とか、「自分を押し殺してばかりいると苦労するよ」みたいに言われてきた人であったとしたら……。つまり、どこか私と似たタイプの人であったら。

 

どうか、ご自身の人生を「がまんばっかりして損な生き方」と、雑に評価しないでください。

 

それは、「常に新しい自分との出会いを狙っている、挑戦的な生き方」かもしれない。

 

いくらなんでも、ポジティブすぎる考え方でしょうか?

 

でも、まあ、普段からがまんしてるんだから、これくらい自分を高く評価したっていいんじゃないかと私は思うのです。それではまた。

 

 

執筆

病理医ヤンデル(市原真/いちはら・しん

病理専門医。1978年生まれ。2003年北海道大学医学部卒、国立がんセンター中央病院(現国立がん研究センター中央病院)任意研修後、JA北海道厚生連札幌厚生病院病理診断科。現在、同科主任部長。医学博士。著書『対比で読み解く超音波画像×病理組織像』(医歯薬出版)、『新人ナースあるあるの森』(日本看護協会出版会)、『病理医ヤンデル先生の医者・病院・病気のリアルな話』(大和書房)、『はじめまして病理学』(照林社)など。ThreadsInstagramブログ

 

編集:烏 美紀子(看護roo!編集部)

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