経口中絶薬の登場で広がる選択肢。でも、本当に「女性の負担減」になるの?

 

はじめまして。
宋美玄と申します。丸の内でレディースクリニックやってます。看護roo!のユーザーの皆さんには若い看護師の方が多いとのことなので、医療に関することはもちろん、みなさん自身にも関係する体のことなどを書いていければと思います。

 

 

経口中絶薬が承認されたことで増えた「中絶方法の選択肢」

2023年4月に経口中絶薬メフィーゴ®パックが承認され、ニュースになりました。

 

日本では、今まで妊娠12週未満で人工妊娠中絶(以降、中絶と表記します)を行うには、麻酔をかけて子宮の中の内容物を吸い出す方法(吸引法)、もしくは掻き出す方法(掻爬法)しかありませんでした。しかし、経口中絶薬が承認されたことにより、薬の作用で子宮の中の内容物を剥がし、子宮を収縮させて排出させるという方法を選択できるようになりました。

 

もしかすると皆さんの中には、「中絶ってお腹の赤ちゃんが死んじゃうんだよね?」「その方法が増えたからって喜ぶのはなんだか違う気がする」というふうに感じられた方もいらっしゃるのではと思います。

その違和感はもっともだと思いますので、経口中絶薬についてお話しする前に中絶についてお話しします。

 

中絶は「不測の事態に対処する権利」の一つ

確かに中絶は、お腹に宿った赤ちゃんを生まれてこられないようにしてしまうことです。歴史的にも世界的にも、手放しで認められている訳ではありません。

 

日本では、明治時代に作られた刑法という法律で中絶は禁止されており、それに違反すると堕胎罪という罪に問われました。その後、1948年に優生保護法という法律(現在は母体保護法)で、指定医のもとでのみ中絶が認められるようになりました(現在も堕胎罪自体は存続しています)。

 

諸外国を見ても、例えばフランスでは1975年まで中絶は違法でしたし、アメリカでは1973年に中絶を合法と認めた最高裁判決が2022年に覆ったことで、中絶を受けづらい州が増えています。

 

中絶が自分の身に降りかかることのないものだと思っている方は、「どうしてちゃんと避妊しないのだろう」「相手に毅然とした態度を取ればいいのでは」と思ってしまいがちです。そして「知識がないから妊娠してしまうのでは」と当事者の無知が原因だと決めつけてしまうこともよくあることです。

 

もちろん、正確な知識を持ち、主体的にバースコントロールをすることはとても重要なことです。しかし、産婦人科診療に関わっていると、妊娠を完全にコントロールできるというのは幻想だということを実感します。

 

100%の避妊法は存在しませんし、実際に微細な隙をついて妊娠が成立したという方はとても多いです。また、性暴力による事例もあり、「セックスをしなければいい」というものでもありません。

 

医療従事者としては、中絶に対して自己責任論で捉えるのではなく、不測の事態に対処する権利だという理解をぜひお願いしたいです。

 

日本における中絶の状況

さて、日本における中絶方法ですが、麻酔下の手術により行われてきたというのは前述の通りです。
胎盤鉗子を用いて内容物を取り出したあと、残った内容物を掻き出す掻爬法と、電動(通常は金属製チューブ)または手動(プラスチック製の真空吸引キット)で陰圧をかけることにより、子宮内容物を除去する真空吸引法とがあります。

 

なお、2012年にWHOが『安全な中絶』という手引き1)の中で真空吸引法を推奨し、鋭的な器具による掻爬法はルーチンには行わない旨を提言したことで、「時代遅れの方法」としてメディアなどで取り上げられているのを見たことがある方もいると思います。

 

日本産婦人科医会は令和4年4月の記者懇談会において、中絶手術による合併症は、再手術の必要な遺残が約1/300例、穿孔など重篤な合併症は約1/5000例としています2)

 

また、2012年の調査では、中絶手術全体の施行数は約10万8,148件で、そのうち妊娠12週未満での中絶方法は32.7%が掻爬法、20.3%が吸引法、残りは併用となっていました。しかし、WHOの提言が周知されてきたこともあり、2020年には40%以上が吸引法となっています。

 

ちなみに、「安全性が高くない」としてWHOにルーチンに行うべきではないと言われている掻爬法は、妊娠初期の中絶以外でも、中期中絶や正常分娩後に胎盤や卵膜の遺残があった場合などに施行され、臨床の現場では必要な手技です。この手技により、出血や感染などの合併症が防がれている(もしくは軽度で済んでいる)例が多くあります。決して有害で不要な手技ではないことを医療に関わる方々には知っておいていただきたいです。

 

経口中絶薬メフィーゴ®パックってどんな薬?

今回承認された経口中絶薬メフィーゴ®パックは、妊娠63日(9週0日)までの正常初期妊娠が対象です。ミフェプリストンとミソプロストールという2種類の薬剤がセットになっていて、まずミフェプリストン錠を服用し、36~48時間後にバッカル錠のミソプロストールを服用します。 両方とも服用は医療機関内で行いますが、ミソプロストール服用以降は入院という形で、医療機関内で待機します(理由については後述します)。

 

メフィーゴ®パックの概要

【効能または効果】
子宮内妊娠が確認された妊娠63日(妊娠9週0日)以下の者に対する人工妊娠中絶

【服用方法】
1)ミフェプリストン錠200mg1錠を経口投与する。
2)その36~48時間後、状態に応じてミソプロストールバッカル錠4錠(計800μg)を左右の臼歯の歯茎と頬の間に2錠ずつ、30分間静置する。
3)30分間静置した後、口腔内に錠剤が残った場合は飲み込む。

【適正使用のための留意事項】
・母体保護法指定医師の確認の下で投与を行うこと。
・適切な使用体制のあり方が確立されるまで当分の間、ミソプロストール投与後は医療機関内で待機するため、入院可能な有床施設でのみ使用。

 

この薬剤の成功率は、国内第三相試験ではミソプロストール投与後8時間以内で90.0%、24時間以内では93.3%でした3)。なお、投与しても中絶に成功しない場合は従来の方法での中絶が必要となります。
副作用として頻度の高いものは下腹部痛(15%)、嘔吐(10.8%)で、服用後に子宮出血が見られますが、出血量は吸引や掻爬法よりも多くなっています。

 

前述したとおり、日本では経口中絶薬の服用後は医療機関内での待機となっています。海外では自宅で内服が可能な国もありますが、日本では夜間・休日に出血や腹痛などが見られた場合、24時間対応の婦人科救急となると受け入れ先が大きく制限されていることや、無床診療所で経口中絶薬を処方され、夜間休日は婦人科救急のある高次医療施設が対応するという体制では高次医療施設の負担が大きくなってしまうこともあり、現実的ではありません。

 

そのため、承認から当面は入院という形で経口中絶薬による中絶を行うことになっています。

 

経口中絶薬は成功すれば子宮内操作(外科的処置)を必要としない中絶法ではあります。しかし、終了までに最長24時間の院内待機に加え、中絶に失敗した場合は麻酔下手術を行うのに半日程度の時間を要するため、1泊2日の予定を割かなくてはいけません。また、出血や腹痛などの消化器症状の副作用もあります。

 

経口中絶薬を、体に負担なく簡単に中絶できる薬のように報道されているものも見かけますが、大きな誤解を生んでいると懸念します。また、マスメディアに関わる人や、有識者と呼ばれている人の中にも「緊急避妊薬」と混同していて、「薬局で買えるようになる薬でしょう?」という人も少なくないので、啓発とは難しいものだなと思わされる日々です。

 

中絶に関するお金の問題

中絶については、方法だけでなく費用の高さも問題視されています。
中絶は保険適用がなく、全額自己負担となる自費診療です。手術の場合は、術前検査や麻酔管理、手術手技、術後管理など全てにかかる費用を患者さんが負担することになります。「経口中絶薬ならば安くなるのでは」と期待する人もいるかと思いますが、少なくともすぐにそのようにはならないようです。

 

これは中絶に限らずどのような薬でもそうですが、海外で安全に使われている実績のあるものであっても、日本国内で使用する場合にはPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)の承認を得る必要があります。そのためにはイチから臨床試験を行わなければなりません。さらに、承認にかかった費用は(自費診療の薬剤の場合)薬代に転嫁されるので、薬の利用者負担がその分も増えるという仕組みになっているのです。

 

実際、経口中絶薬を納入した医療機関に聞いたところ、卸値は高価で、これに出血や手術に備えられる医療体制の施設での入院管理料を加えると、少なくとも従来の方法より劇的に安くなるということは当面は難しそうです。

 

 

「女性のため」の選択肢が本当に増えるためには

経口中絶薬が承認され、選択肢が増えたことはとても喜ばしいことですが、利用者にとって副作用や金銭的負担のない夢の薬というわけではないという理解が必要です(海外でも選択する人は約半数と言われています)。

 

しかし、それを理解した上で、今後、多くの人が選択できるようになるために、婦人科救急医療体制が整備され、入院が難しくても経口中絶薬による中絶ができるようになることを望みます。また、手術でも経口中絶薬でも、安全に中絶を行うためには医療体制が必要ですが、それにかかる費用を利用者が全額自己負担しなければいけない現状では、中絶へのアクセスが確保されているとは言えません。実際、費用面から中絶をしたくても諦めるケースを経験したという方もいらっしゃると思います。

 

これについては、中絶の方法とは別に、避妊や中絶に関する医療への公費負担について議論していく必要があります(諸外国では行われています)。

 

また、もう一つ中絶へのアクセスを阻んでいるものに配偶者の同意があります。こちらについても妊娠した女性が自分の体について自分で決定することができない要因の一つとなっているため、撤廃を求める声が上がっています。

 

今回は経口中絶薬と日本の中絶を取り巻く状況についてお話ししました。
予期せぬ妊娠や、妊娠を継続しづらい状況は、突然やってくるものです。看護師のみなさんも、医療従事者として日々の臨床の場でできることに取り組み、医療側だけでは解決できない課題についても理解した上で議論に参加していただけると大変幸いです。

 

 

執筆

丸の内の森レディースクリニック院長宋美玄(ソン・ミヒョン)

産婦人科医 医学博士、丸の内の森レディースクリニック院長。
1976年兵庫県神戸市生まれ、大阪大学医学部医学科卒。2010年に出版した『女医が教える本当に気持ちいいセックス』がシリーズ累計70万部突破の大ヒットとなり、各メディアから大きな注目を集め、以後、妊娠出産に関わる多くの著書を出版。“カリスマ産婦人科医”としてメディア出演、医療監修等、女性のカラダの悩み、妊娠出産、セックスや女性の性など積極的な啓蒙活動を行っている。2児の母。

 

編集:林 美紀(看護roo!編集部)

 

 

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