在宅医療の新しいかたちを模索「暮らしの保健室」
「医師が説明してくれた治療方針がよく理解できなかった」
「もらった薬の内容が分からない」
「最近、体調に不安を感じる」
生活の中で、“ちょっとした健康相談”をしたいときは誰にでもあるもの。高齢者や一人暮らしであればなおさらです。
そんな思いに寄り添い、応える場所が東京都新宿区の「暮らしの保健室」。開設したのは、看護師として40年以上のキャリアを持ち、20年近く訪問看護に携わってきた秋山正子さんです。施設の特徴、開設にいたるまでの経緯や思いについて、秋山さんに伺いました。
「暮らしの保健室」開設者、ケアーズ白十字訪問看護ステーション代表の秋山さん
看護師が常駐する“地域の保健室”
「暮らしの保健室」があるのは、新宿区内の大規模団地の1階。住民約6000人のうち、およそ半数が高齢者、4割以上が一人暮らしです。
平日の9時〜17時は、予約をしなくても気軽に立ち寄って無料で相談ができ、学校の保健室ならぬ“地域の保健室”としての役割を担っています。
気軽に入れるように外からも中からも見えやすい作り。入り口を含め室内はバリアフリー
木をふんだんに使った室内に入ると、スタッフが温かく迎え入れてくれます。看護師のほか、ボランティア3〜4名が常駐。曜日によっては管理栄養士、薬剤師が相談にあたり、整膚師(せいふし)の施術を受けられる日もあります。
現在、利用者は1日に平均3~5人、60代以上が中心です。相談の内容は健康面から在宅医療、介護まで多岐にわたり、ただ世間話をしていくだけの人もいます。電話での相談も多く、この日は同時に3件の電話に対応する姿も見られました。
カフェか友だちの家のように、リラックスして気軽に話せる空間
傾聴で利用者の不安を整理する
秋山さんをはじめ、相談に対応するスタッフが心がけていることがあります。それは、一方的にアドバイスや情報提供をするのではなく、話をじっくり聞きながら相談者の気持ちを引き出し、一緒に問題点や課題を見つけていくこと。ときには1~2時間かけて話を聞くこともあるそうです。
「2012年4月から2013年1月までの10カ月間に受けた相談603件のうち、113件が傾聴、412件が助言という対応で済みました。このことからも分かるように、話を聞いて、少しだけ気持ちや情報の整理を手伝えば解決するケースがほとんどです。それほど、ゆっくり話を聞いてもらえる場がないということだと思います」と秋山さん。
開設当初から常駐する看護師の小林智子さんは、「暮らしの保健室」での相談についてこう言います。
「とにかく『話したい、聞いてもらいたい』という方が多いと感じます。現在抱えている病気への不安と、5年先、10年先の生活の不安が一緒になってしまい、大きな不安になってしまっている方もいらっしゃいます。そういうとき、私たちはとにかくじっくり話を聞きながら、一緒に不安を整理していって、本当に言いたいことを見つけるようにしています」
看護師の小林智子さん(右)とボランティアスタッフ
相談を通して見えてきた、医療者側の課題
「ここに来ると、相談ができるだけでなく、他の人の話も聞けるので気持ちが楽になった」
「持病があるので、少しでも調子が悪いときはここに来るようになり、以前のように救急車を呼ばずに済むようになった」
利用者からの声をみると、「暮らしの保健室」の存在が人々の安心につながり、支えになっていることが分かります。
一方、多くの相談を受ける中で見えてきたこともあります。
「医師や看護師が、病院で受診する患者さん一人ひとりへの接し方を少し変えることで、解決できることもある」
秋山さんやスタッフは、こうした思いを強くしています。
看護師の小林さんはこう述べます。
「糖尿病や血圧、コレステロールなどの基礎疾患を持った方から相談を受けることが多々あります。こうした方々に対して、病気になる前のことまで遡ってじっくり聞いていくと、過去の生活の中に原因を見出だせることが多いんです。例えば、ある生活習慣をやめることで防げたのではないか、と。『もっと早い段階で気づく人がいて、対策をとれていたら、ここまで症状が進まなかっただろう』という方が多く、残念に思います」
秋山さんは、患者さん一人ひとりをしっかりと見て、接することが大切だといいます。
「私自身も看護師として病棟で勤務してきましたから、医療現場の忙しさは十分に理解しているつもりです。それでも、患者さんを『50歳代のがん患者』というような情報だけで一括りにして見るのではなく、もっと個別の物語を持った一人の人間として接してほしいと感じます。そうすれば、患者さんにかける言葉や、診察で聞く内容も一人ひとり変わってくるはずなんです。それによって病気の原因が別に見つかることもあるかもしれませんし、患者さんの不安をもっと解消できると思うのです」
一人の人間として接することが大切だという秋山さん
イギリスの「マギーズ・センター」をイメージ
病棟勤務を経て看護教育に従事してきた秋山さんは、末期がんの姉を主に在宅ケアで看取ったのをきっかけに、1992年から訪問看護に携わってきました。その後、2001年に「ケアーズ白十字訪問看護ステーション」を設立します。
長年、訪問看護に携わる中で感じたのは、「1カ所で生活の中のさまざまな相談ができ、適切な機関へとつないでもらえる場が必要」ということでした。
医療機関の相談支援室や、地域包括支援センターなどがあっても、手が回らない、患者の気持ちが十分に反映されていないといったケースが多いと思われたのです。
また、そうした相談の場で、「在宅療養という選択肢もあることを伝えたい」という思いもありました。
秋山さんがイメージしたのは、イギリスの「マギーズ・キャンサー・ケアリング・センター」のような機関でした。この通称「マギーズ・センター」は同国内に15カ所、大きな病院のすぐそばにあります。がん患者や家族、周囲の人が無料で相談できる、家庭的な雰囲気の場所になっています。
秋山さんは2009年にこの機関を視察して以来、「日本にもマギーズ・センターのような場所が必要だ」と訴え続けてきました。すると2010年11月、あるシンポジウムに参加していた女性が、空き店舗を安い賃料で貸し出すことを申し出てくれたのです。
その後、厚生労働省の「在宅医療連携拠点」モデル事業に応募。全国10カ所のうちの1カ所として採択されたことから運営費の目処もつき、2011年7月に「暮らしの保健室」が開設されました。
運営主体は秋山さんが代表を務めるケアーズ白十字訪問看護ステーション。同センターの看護師のほか、2名の看護師が正規のスタッフとして在籍しており、さらにボランティア40名が活動を支えています。
介護や在宅医療に関する本、ボランティアスタッフや地域の人の手作り作品が並ぶ
全国に広がる「暮らしの保健室」
この7月で開設から3年。口コミで訪ねてくる人、以前に利用した人に連れて来られる人など、利用者は年々、増えています。
「来ていただくことによって、一人暮らしの方のひきこもりも防止できるので、さらに認知度を高めていきたいと思います。ひどい状態になってから来る場所ではなく、ご近所の井戸端会議から心配な人に気づき、地域包括支援センターなどにつないでいける、地域のハブの役割を果たしていきたいですね」と秋山さん。
毎年、夏に行っている「熱中症・脱水予防講座」
3年の間に、「暮らしの保健室」がきっかけとなって、町内会で健康づくりの集まりが開催されるようになりました。このように、住民の自主的な活動にもつながっているのも、嬉しい変化だといいます。
また、月に1回は、医師や地域連携室の看護師、薬剤師、地域包括支援センター職員などとともに、相談事例や他機関との連携事例に基づく勉強会を開催。情報の共有や専門職同士の連携強化をはかっています。
ミニキッチンもあり、イベントに使用されることも
現在、日本各地に「暮らしの保健室」のような施設を開設しようとする動きが広がっています。名古屋市の「なごやか暮らしの保健室」に続き、7月末には佐賀県の小城市に「まちの保健室」がオープンする予定です。
「見学に訪れる方も多く、これから全国にこうした施設が増えていくことを期待しています。こうした活動は、決して場所がない、人が足りないからできないことではありません。今ある場所、人をどう活かしていくかだと考えています。今後は『マギーズ・センター』のように、がん患者やその家族への相談支援の場所を増やしていくことを目指しています」
「暮らしの保健室」を訪れる人たちの相談内容から見えてくるのは、病院では疑問や不安を口にすることができず、遠慮している患者さんたちの姿です。
こうした場所で相談をする人たちの声からは、看護師にとっても気づかされる点が多いのではないでしょうか。
<取材協力>秋山正子さん
秋田県出身。1973年聖路加看護大学卒業。産婦人科病棟で勤務後、大阪や京都で看護教育に従事。1990年にがんの姉を自宅で看病したのを機に、1992年から東京・新宿で訪問看護に携わり、2001年に「ケアーズ白十字訪問看護ステーション」設立。2011年7月に「暮らしの保健室」開設。
暮らしの保健室(運営主体:ケアーズ白十字訪問看護ステーション)
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