AI問診は外来の人手不足の救世主となるか?|トレンド◎AI問診「Ubie」の実力を探る
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患者がタブレット端末を用いて症状などに関する質問に回答していくと、人工知能(AI)が問診内容を文章にまとめて医師のパソコン上に出力し、疑い病名もリストアップする――。
既に100以上の医療機関で導入されているAI問診「Ubie」は、予備問診の時間や手間を軽減することで、人手不足と働き方改革の間で揺れる医療現場を救う切り札となるのだろうか。
写真1 長野中央病院の待合室でAI問診を行う患者
朝9時過ぎ、多数の外来患者で混み合う長野中央病院(長野県長野市、322床)の待合室で、来院した1人の患者にタブレット端末が手渡された(写真1)。AI問診「Ubie」の端末だ。
患者が最初に症状を入力すると(写真2)、症状の程度や頻度、発症時期などに関する質問が次々と画面に表示される。これらの質問は、患者の主訴などに合わせてAIが自動生成したものだ。
患者が順に20問程度の質問に回答していくと、数分で予備問診が完了。
結果はAIにより医療用語の文章に変換され、医師のパソコン画面に表示される(写真3)。
この内容はコピーして電子カルテに反映することも可能だ。さらに、回答結果からAIが疑った疾患名の候補が10個表示される(以下、「疑い病名」と呼称)。
写真2 Ubieの入力画面例(実際の患者の入力内容とは異なります。画像提供:Ubie)
写真3 医師のパソコンに表示されるAI問診結果例(実際の患者の入力内容とは異なります。画像提供:Ubie)
必要な場所に必要な医療者を
長野中央病院の内科外来では、2019年4月にUbieを導入。
同院副院長の小島英吾氏は「Ubieの導入により、予備問診まで40分ほどあった待ち時間をほぼゼロにでき、予備問診に忙殺されていた看護師を、看護師しかできない他の業務に当たらせられるようになった」と導入の効果を高く評価する。
今後は内科以外の診療科にも広げる構想もある。
同院がUbie導入を決めた最大の要因は、人手不足に起因する外来の待ち時間の長さだった。
内科外来では従来、3人のベテラン看護師を貼り付けて、症状に応じて診察に必要な情報を個別に詳しく聞き取っていた。
予約枠を朝から昼過ぎまで分散させることで、再診患者の人数は待ち時間が伸びないよう調整できたものの、「予約なしで訪れる初診患者は朝の時間帯に集中するため、予備問診を行う看護師の人手が慢性的に足りず、長い待ち時間をどうしても解消できなかった」(小島氏)。
そこで4月から、初診患者の予備問診を目的にUbieの端末を5台導入したところ、予備問診の待ち時間はほぼゼロに。
しかも、端末を渡したり操作方法を伝えるのは事務職員1人だけで行えている。
待合室担当の看護師は2人とし、再診患者や緊急性のある初診患者の対応に当たっている。空いたもう1人の看護師は、点滴や処置など看護師しかできない業務に専念できるようになったという。
Ubieの導入により、5台分のライセンス費用として月約8万円のランニングコストと、AI問診を補助する事務職員の人件費が必要になったが、小島氏は「病院運営上負担になるほどのコストではない。タスクシフトによって看護師が本来必要な場所に人員を回せたメリットの方がはるかに大きい」と語る。
カルテ入力や追加問診の負担も軽減
Ubieの導入に際しては、高齢者が端末を操作できないのではといった心配や、問診の質の低下を懸念する声も上がっていた。
しかし、小島氏は「実際に使用してみると、高齢者も含め約9割の患者が問題なく操作できる上に、聞き漏らしがないので予備問診の質が向上した」と驚きを隠そうとしない。
入力画面は銀行ATMのような50音順キーボードとなっており、70歳代以下はほぼ全員、80歳代以上も7~8割程度の患者が問題なく操作できた。
操作がままならない一部の超高齢者については、付き添いで家族が同行するのが一般的なため、家族が入力している。
看護師が予備問診を行うのは、緊急を要する症状を示す一部の患者に限られる。
予備問診に要する時間も短縮できた。看護師が行っていた際には10分程度だったが、Ubie導入後は平均で約6分にまで短縮された。
にもかかわらず、「予備問診結果として得られる情報は以前よりかなり増え、追加で医師が質問する項目は多少減った印象がある」(小島氏)。
写真4 長野中央病院の外観
待ち時間が大幅に短くなったことで、患者からもUbieの導入は好評だ。
「対面で聞かれるより答えやすい」「病院ではこういうことを説明すればいいのかという気付きになった」といった声も寄せられている。
もっとも、Ubieは病気に関係のある質問しか行わないため、中には「看護師と病気とは関係のない雑談もしたかったのに」という不満を漏らす患者もいるという。
患者が入力した内容を電子カルテに転記できる機能については、まれに不自然な日本語が混ざっていて修正の必要がある場合もあるものの、全体として医師の負担軽減につながっている。
こうした業務効率化の成果を踏まえ、小島氏は「長野中央病院のように、紹介状を持たない新患が多数来院する中規模病院では、特にAI問診が人手不足解消に有効ではないか」との考えを示す。
「院内でAIや最新機器への心理的抵抗感が少なくなったこともUbie導入の思わぬメリット」だと小島氏は話す。
導入以前にあった懸念を払拭し、AI問診の安定的な運用と一定の業務効率化を達成したことで、院内でAIに対する信頼度が高まり、新たな技術や機器の導入にも積極的な雰囲気が醸成されたという。
「運用を中心的に担っている若手医師たちにとっても、AI問診で自院のオリジナリティを打ち出せていると感じられることで、モチベーションにつながっている」とも語る小島氏は、AI問診によって院内に吹き始めた新たな風を実感している。
規模や患者数次第で効果が見えづらい場合も
写真5 川越救急クリニックの外観
現時点でUbieを導入している医療機関の大部分を占めるのは診療所だが、そうした待ち時間が短い傾向にある医療機関では、長野中央病院のケースほどは業務効率化の効果が目に見えづらいとの声もある。
川越救急クリニック(埼玉県川越市、写真5)では、2018年からUbieを導入したが、副院長の木川英氏は「問診に要する時間は多少短縮できたが、院内での勤務時間の低減や人員配置変更にまでは至っていない」と指摘する。
夜間・休日の救急診療に特化した川越救急クリニックでは、ほぼ毎日午後4時から翌朝まで外来患者を診療しており、救急車による搬送も受け入れている。
従来は紙の問診票を患者に渡していたが、現在は自力で来院する初診患者の8割程度に対してUbieによるAI問診を行っている。
残りの2割は、自力での入力がままならない緊急性の高い症状を訴える患者などだ。
Ubie導入後も業務の大幅な軽減にまでは至らなかった理由として、木川氏は「スタッフの負担としては、紙の問診票を配って患者に書いてもらうのと大きくは変わらない」点を挙げている。
同院での予備問診は、2人のスタッフが受付業務と並行して行っている。このため、予備問診の時間を多少短縮できても、うち1人を別の業務に当たらせることは難しく、院内での働き方の変化にまでは結び付かなかった。
また同院では、スタッフ2人が問診票を配る従来の体制でも、比較的スムーズに予備問診を進められていた。長野中央病院のケースと比較して、予備問診までの待ち時間が元々短い傾向にあり、予備問診が待ち時間の長時間化に与える影響も小さかったため、問診票からAI問診に切り替えても待ち時間が大幅に短縮することはなかったわけだ。
このため、患者にとっても導入に伴う効果が見えづらかったとの見方だ。
そのため木川氏は、Ubieの導入について「多数の新患の診断を次々に行う必要がある大規模な病院では有用に思えるが、患者数が少ない診療所ではそのメリットは限定的ではないか」との考えを示す。
相当数の患者とそれに対応する一定以上の規模の医療スタッフ体制がある方が、AI問診による業務効率化の効果を実感しやすくなるというわけだ。
AIによる診断結果はまだ「参考程度」
Ubieのもう1つの“ウリ”である、AIが疑い病名を提示する機能についてはどうか。
小島氏は「10個提示される疑い病名の中に実際の病名が含まれているケースは多いが、あくまでもまだ参考にする程度のもの」と評価。
木川氏も、診断の参考に利用しているに過ぎない。
疑い病名がどの程度の割合で医師による診断と合致するのかといったエビデンスも、まだ十分確立していない。
各医療機関での診断結果のフィードバックによってデータが蓄積していくことで、AIによる診断精度が向上したり、さらなる高機能化が進むことを期待する声もあるものの(別掲記事)、現状では過大な期待は禁物だ。
長野中央病院で聞いた「Ubieに今後期待したいこと」
・成本壮一氏(外科)
今後診断精度がさらに高まり、患者が自宅で入力すれば来院時には既にカルテが出来上がっているといった機能が実装されれば、もはや病院で問診を行う時代は終わるかもしれない。
・杉本州氏(内科)
患者がどの症状を特に強調しているのか、その重み付けができるようになればより正確な診断につながると思う。患者の表情をAIが読み取ってくれれば理想的だが……。
・小林哲之氏(救急科)
救急外来でも有効に活用できるように、AIで患者の重症度評価も行えるようになってほしい。24時間パフォーマンスが落ちないAI問診は、将来的には夜間救急外来の負担を軽減する救世主になり得る。
「見落とせない疾患」を思い出させる
ただ、木川氏は、Ubieが導き出す疑い病名は「その症状から『この疾患を見落としてはならない』といった重要な病名を思い出させてくれる」とも評している。
木川氏が経験したケースとして、右下腹部痛を訴えて来院した青年男性の例を挙げる(関連記事〈記事全文をご覧いただくためには「日経メディカル」の会員としてのログインが必要です〉)。
消化器症状や発熱、右下腹部圧痛などが認められなかったこの患者に対して、Ubieが提示した疑い病名の1つに「皮膚の異常」があった。
木川氏が詳しく診察すると、右下腹部に発疹が認められ、最終的に「帯状疱疹」と診断した。
このような事例はあまり多くないとしつつも、木川氏は「こうした一見忘れがちな疾患や、見落とすと危険な疾患が少しでも頭をよぎる意義は大きい」と語る。
実際にその疾患だった場合はもちろん、念のため確認して危険な疾患の可能性を除外できることは、医師にも患者にもメリットになる。
木川氏は「専門性の高い医師が開業した場合には、AI問診の疑い病名が特に助けになるのではないか」との見解を示す。
例えば、循環器内科に高い専門性を有する医師が営む診療所にも、腹痛を訴えて来院する患者は少なくなく、中には前述の例のように帯状疱疹が原因という場合も起こり得るからだ。
AIによる疑い病名の精度については、「まだデータの蓄積が十分ではなく発展途上だが、この1年で精度が向上してきた実感はある」(木川氏)。
日々全国の医療機関で蓄積されるデータを学習することで精度を上げていくAI問診の力を借りることで、将来的には「診療所でも、開業医の専門外の分野を含め、医療の質の底上げができるのではないか」と木川氏は展望を語る。
現時点では、AI問診が救うのは中規模病院の人手不足が主となりそうだが、将来的には、地域医療の質を底上げするためのツールとして威力を発揮する日が訪れるかもしれない。
<掲載元>
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