耳鳴は難聴の代償反応、治療は脳リハで|耳鳴診療ガイドラインを取りまとめた慶應義塾大学の小川郁氏に聞く
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耳鳴に関する日本初の診療ガイドラインとして、日本聴覚医学会は今年5月、『耳鳴診療ガイドライン2019年版』を発行した。
耳鳴を訴える患者は、高齢化やストレス社会を背景に増加の一途をたどっている。
ガイドラインを取りまとめた慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科教授の小川郁氏に、耳鳴患者への対応法を聞いた(文中敬称略)。
――耳鳴に関するガイドラインは、海外でも、最近になってまとめられるようになったようですね。
小川 耳鳴の有病率は国内外でとても高いことが知られています。人口の15~20%が「耳鳴を感じたことがある」との疫学研究が発表されています。
ただし一昔前までは、耳鳴を加齢現象の1つと受け止めて、医療機関を受診しない患者が多かったため、医療現場で問題になることは今より少なかったようです。
ただ最近は、耳鳴を自覚した人の20%程度が来院する、すなわち「臨床的な問題」になっています。
それは海外でも同じで、2014年に米国でガイドラインが公開された後、ドイツやオランダなどでも発表されています。
それらの動きも受ける形で、今回、日本のガイドラインを取りまとめました。
耳鳴の大半は、難聴に伴って生じます(表1)。ただし、中には、何らかの疾患がベースにあって耳鳴を生じることがあります。そのため、ガイドラインでは、診療の進め方をアルゴリズムで示しました(図1)
表1耳鳴の原因疾患(出典:『耳鳴診療ガイドライン2019年版』)
図1耳鳴の診断アルゴリズム(出典:『耳鳴診療ガイドライン2019年版』)
まず、問診などで拍動性の有無、持続性の有無などを確認し、局所診察と聴覚検査を行います。
拍動性がある場合、動脈もしくは静脈の器質的な疾患が原因となっている可能性が高く、それらの疾患を治療することで随伴症状として生じている耳鳴の治療効果も期待できます。
一方、患者数が最も多いのは、非拍動性で難聴を伴うものです。
音を認識しているのは脳であり、伝音、感音を問わず難聴によって音の入力が不足すると、脳は音への感度を上げて対応しようとします。その結果、耳鳴が生じます。
すなわち、耳鳴というのは、難聴の代償反応なのです。
――実は、私も耳鳴があります。私の耳鳴は、ときどき「キーン」と高い音がするのですが、その高さの音が聞こえにくくなっているということですか?聞こえにくいから、脳がチューニングし直していて、そのときに生じるのが耳鳴である、と。
小川 そのような理解でよいと思います。脳というのはとてもよくできていて、音があってもそれを「聞かない・聞こえない」状態にもなりますし、逆に、何かの音に注目すれば、それがちゃんと聞こえるようになります。
例えば、今、エアコンの音がしますが、こう言って、エアコンの音に注意を向けたから、脳が認識するわけですよね。それまでは、無視しているので、聞こえなかったでしょう。
難聴の代償反応として生じている耳鳴に対しては、そのような脳の機能を活用する「脳のリハビリテーション」で対応するのが基本です。
まず、難聴があれば、補聴器を使い、音の入力を回復させます。そうすると、脳の音への感度が下がってくるので、耳鳴も気にならなくなります。これが耳鳴に対する音響療法です。
音響療法というのは、耳鳴をマスキングしない大きさの音、すなわち耳鳴より少し小さめの音を環境音として流しておくというものです(図2)。
そうすることで、「脳の順化」を導きます。脳の順化とは、音があるのに、その音を認識しないようになることを指します。
図2音響療法の環境音 静寂時の耳鳴(左)、豊富な環境音下の耳鳴(右)(出典:『耳鳴診療ガイドライン2019年版』)
――音を聞くのは脳であり、その脳には可塑性があるので、それを活用して治療するということですね。
ガイドラインでは、耳鳴の発生・増悪のメカニズムを患者にきちんと説明することを「教育的カウンセリング」と呼び、その重要性を強調しています。私自身、このガイドラインを読んで、耳鳴がなぜ生じるのかがよく分かって安心しました。その結果なのか、耳鳴も気にならなくなったように思います。
小川 患者さんにきちんと説明すると、それ以上の治療を望まないことが多いですね。耳鳴の発生メカニズムをしっかり説明し、納得してもらうことが、耳鳴診療の要になります。
ガイドラインには、「耳鳴そのものに対する治療」と「耳鳴の苦痛に対する治療」があると記載していますが、治療のメインは、「耳鳴の苦痛に対する治療」になるでしょう。
難聴の裏返しとして生じている場合、難聴が治せない場合は、耳鳴も治せません。しかし、耳鳴に伴う苦痛は、教育的カウンセリングにより取り除くことができます。
――薬物療法の位置付けはどうなりますか?
小川 内耳機能の改善を期待する薬剤として、ビタミン製剤や血流改善薬、血管拡張薬、副腎皮質ステロイド、漢方薬など、耳鳴に伴う苦痛を軽減する薬剤として、抗けいれん薬、筋弛緩薬、抗不安薬などがありますが、薬物療法単独での治療効果は低いことが知られています。
薬を処方することは安心感の処方にもつながりますので、薬物療法をうまく組み合わせつつも、耳鳴への不安を解消するようきちんと説明する。教育的カウンセリングを実施していただきたいと思っています。
きちんとした説明をせずに薬だけ処方するのは、お勧めできません。
――読者の中にも、耳鳴を有する方が少なくないと思います。耳鳴患者を代表して、もう2点、質問させてください。耳鳴は悪化しませんか。また、ストレスがあると耳鳴は増悪するものなのでしょうか。
小川 耳鳴を自覚する患者のうち来院するのは、2割程度という話をしましたね。逆を言えば、残りの8割は病気と受け止めず、来院もしていないわけです。
そのような方々がどうなっていくかというと、「だんだん、気にならなくなる」そうです。脳の順化が自然に進むのでしょうね。
もちろん、これは難聴の代償反応として生じている耳鳴の場合です。耳垢が原因となっている場合であれば、耳垢の除去で耳鳴は治ります。
ですので、きちんと診察してもらうことは大切です。その上で、難聴がベースにある耳鳴と診断されたのであれば、その予後は「徐々に気にならなくなる」です。
ストレスとの関連についてですが、感覚器というのは敵から身を守るために進化したものですよね。
そのため、感覚器の感度というのは、交感神経系と非常に密接に関連しています。
特に聴覚は、24時間、寝ている間であっても身を守るために働いています。
となると、ストレスが高い、すなわち緊張状態であれば、音への感度が上がり、耳鳴もそれに合わせて強くなる、というのは分かりますよね。
難聴を伴う耳鳴患者さんの多くは、教育的カウンセリングで満足されますが、不安が強かったり、うつ状態を伴うような患者さんでは効果が不十分なことがあります。そのような患者さんには、認知行動療法が有効とのエビデンスがあります。
ただし現在国内では、認知行動療法の訓練を受けた耳鼻咽喉科の医師はほとんどいませんし、精神科でも、耳鳴に不安やうつ状態が密接に関連することへの理解はあまり進んでいないようです。
ですので、今後の課題としては、耳鳴に対して認知行動療法を実施できる耳鼻咽喉科専門医を育成したり、精神科の先生方の理解を得られるよう活動していきたいと考えています。
――痛みを感じるのは脳なので慢性疼痛にも認知行動療法が有効と聞きますが、耳鳴も脳が関連するので認知行動療法が効くのですね。本日は、個人的な疑問にもお答えいただき、ありがとうございました。
<掲載元>
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