「念のため、一応、万全を期すためにお聞きしますが…」|忘れられないカルテ

【日経メディカルAナーシング Pick up!】

加藤勇治=日経メディカル

 

医師なら誰にでも「忘れられないカルテ」がある。

 

後日、冷や汗をかいた症例、奇跡的にうまくいった自慢の症例、「なぜあのとき…」と今でも後悔している症例、などなど。

 

ことあるごとに思いだし、医師としての自分の成長を支え続けている、心に残るエピソードを集めた。

 

50代勤務医(感染症内科)のエピソード

 

教授が同郷だったことから入局した母校の第一内科は循環器と呼吸器を診る診療科。

 

教授は循環器を専門としていたが、研修中の私を指導してくれたオーベンは2人連続で呼吸器を専門としており、関連病院で研修していたときのオーベンも呼吸器が専門だった。

 

循環器内科はカテーテル治療などが広がってきた時期と重なり、外科的なイメージがある。一方、呼吸器内科は気管支鏡のような外科手技も行うが、肺炎結核などの感染症喘息膠原病などの免疫・アレルギー疾患も診るし、人工呼吸器を使う機会もある。

 

私は専門性を持ちつつ、全身を診られる医師になりたいと思っていたから、呼吸器内科を選ぶことになった。

 

子どもの頃、ブラックジャックを読んで、頭から胸部、腹部にとどまらず、全身の手術を難なくこなす姿に感動し、彼は外科医だが私は内科医としてどんな疾患も診られる医師になりたいと思っていた。

 

今、呼吸器を専門としつつ、感染症内科医として楽しく仕事をすることができており、当時の自分の選択は間違っていなかったと思っている。

 

もう15年ぐらい前の話だ。

 

今の施設に勤務する前、私は温泉地にある病院に勤務していた。

 

過去をたどれば陸軍病院だった250床ぐらいの施設で、老朽化は著しく、医師数は20人にも満たず、当直では外科も内科も関係なく全ての患者を診なければならなかったが、自分を成長させるいい機会だったことを覚えている。

 

あるとき50代後半の女性が腹痛を主訴に救急受診した。

 

問診をしたが全く要領を得ない。こんなときはともかく緊急性の高い疾患を除外する必要がある。

 

そこで、腸閉塞を否定するために腹部単純X線を撮影したところ、驚いた。

 

胎児が写っていたのだ。

 

腹痛は陣痛だったのだ。

 

つわりが出たり、生理が止まったり、お腹が大きくなってきて自覚するはずだろうに、患者本人に聞いても、全く心当たりがないという。

 

やや体格が豊かな患者だったのは確かだが、初産婦でもなかったのに。同席していた家族も私と同じくびっくりしていた。

 

陣痛はみるみる強くなり、一定間隔で起こるようになってきた。もういよいよだ。産婦人科はなかったので大至急、近隣の施設に転送した。

 

振り返れば、確かに「妊娠の可能性はありますか?」とは聞いていない。本人の様子を見る限り嘘をついているようには思えなかった。だから聞いていても「(妊娠の可能性は)ない」と言われただろうとは思う。

 

「女性を見たら妊娠を考えろ」と教えられているが、まさかこの患者にも聞く必要があるなんて思ってもみなかった。

 

この経験から、やっぱり女性の患者を診るときは妊娠の可能性を聞けという格言は正しいんだと痛感したが、一方で悩みも増やした。

 

明らかに妊娠の可能性のない患者にはかえって聞くことが失礼になるかもしれないと思うからだ。

 

80代、90代なら聞く必要はないだろう。聞いても笑い飛ばしてくれるかもしれない。

 

60代、70代もまあ聞かなくていいんじゃないかな。むしろ聞いたら白い目で見られるかもしれない。

 

じゃあ50代に聞かなくていいのかと問われれば、この経験をした私は今や不要と断言できなくなってしまった。

 

しかしやっぱり聞くのを躊躇してしまう。

 

「念のため、一応、全ての可能性を考える必要があるので、万全を期すために誰にでも聞いていることなので聞きますが……」。

 

なんだかかっこ悪い言い回しだなと心の中でつぶやきながら、日々診療にあたっている。

 

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

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