人生会議、いつ誰とどこで何をどう話すの?|アドバンス・ケア・プランニング事始め
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西川満則(国立長寿医療研究センター病院)
厚生労働省は昨年11月、自らが望む人生の最終段階における医療・ケアについて、前もって考え、医療・ケアチーム等と繰り返し話し合い共有する取組みであるACPの愛称を『人生会議』に決定しました(厚労省のウェブサイト)。
また、11月30日(いい看取り・看取られ)を「人生会議の日」とし、人生の最終段階における医療・ケアについて考える日としています。
今回のコラムでは人生会議について取り上げたいと思います。人生会議は、いつ誰とどこで行うのか、何をどう話すのか、そして、なぜ話すのかについて考えたいと思います。
まず、人生会議は誰と話すのでしょうか。厚労省によると「医療・ケアチーム等と繰り返し話し合う」とあります。
直接、医療・ケアチームと話し合う、少し、ハードルが高い気がします。ACPないし人生会議の議題には、将来の医療・ケアの選好を表明するプロセスが含まれていますから、いつかは医療・ケアチームとの話し合いが必要になるでしょう。
しかしその前に、家族と話し合うことも必要ではないかと思います。最近は、血縁の家族がいない方もいらっしゃるので、家族も含めて信頼できる人と話し合う、と表現した方がよいかもしれません。
信頼できる人との話し合いは人生会議に含まれるのか、医療・ケアチームも参加している話し合いのみを人生会議というのか、人によっては異なる意見があるかもしれません。人生会議という言葉、これはACPの「定義に含まれる言葉」ではなく、「愛称」ということなので、人生会議を、誰と行うのかについて、厳密な決まりはないと思うのですが、あえて考えてみたいと思います。
このコラムでは、前者、つまり、家族や信頼できる人との話し合いも含めて人生会議と捉えて考えたいと思います。
人生会議で話す内容は選好と価値観
Pさん(男性)の事例を紹介します。Pさんは60歳代で、7年前に若年性認知症の診断を受けました。認知症が進行する前から、Pさんは妻に何度も「延命治療は受けない」と話していました。Pさんと妻は、時折2人で人生会議をしていたのかもしれません。
議題は、人生の最終段階に向けて、自分の望まない治療を選択するのか、しないのか、自らの選好を表明する、いわゆるリビングウィルです。
なぜPさんは、「延命治療を受けない」と選好を表明していたのか、その理由が明らかにされているわけではありませんでしたが、Pさんの妻はこう言いました。
「この人は、人前でも私には命令口調で、私のすることなすこと何でも口出ししてきた。私のことを大事に思ってくれているのはよく分かるけど、私には自由がなかった。何度、別れようと思ったか分からない。『延命治療は受けない』は、私に負担をかけたくない、と思ったのかもしれないし、私に世話をされるなんてまっぴら、と思ったのかもしれない」
Pさんの妻は、「延命治療を受けない」というPさんの意思表明について、「Pさんらしい」「Pさんの価値観に合っている」。そう感じておられるようでした。
これまでの人生でPさんと妻は、人生会議を何度となく行ってきたのだろうと思います。人生会議の最適な時期は、要介護度が変わるとき、病状が一時的に改善したときなどなど、様々な意見がありますが、「その人たちが話したいと思ったとき」も、最適な時期に含まれると思います。
そこで話す内容については、将来の医療・ケアの選好の表明、そして、その表明の背景にある価値観、これらは人生会議の重要な議題です。人生会議は、医療・ケアチームと話す前に、家族や信頼できる人とするもの、そのように思います。
Pさんの話に戻りましょう。次第にPさんの認知症は進行しました。認知症の周辺症状である行動・心理症状(BPSD)も目立つようになりました。
そしてある日、Pさんは誤嚥性肺炎のため入院されました。肺炎は一時的には治癒するのですが、食事を再開すると、どんなに食事内容や食事方法を工夫しても肺炎を繰り返しました。口から栄養を取ることは難しい状況になったのです。
入院時のPさんの様子はこうでした。気に入らないことがあると、妻にだけ暴言や暴力を振るいました。BPSDでした。妻は、暴言・暴力を受けるとき、不思議な感覚を覚えるようで、こう言いました。
「夫は認知症になる前、命令口調で私に自由を与えなかった。私は夫が怖くて、何度も離婚を考えた。確かに夫は、私を大事にしてくれた。でも私は息苦しかった。怖かった。私は夫から逃げたかった。でも今、認知症の進行した夫は、暴言・暴力を振るうけれど、ずいぶん力も弱くなった。私がいないと夫は生活できない。夫のことをいとおしくさえ感じる。夫は、『延命治療を受けない』と言っていたけれど、私は少しでも長生きしてほしい。これまでは、夫から逃げたいと思ってきたのに、不思議な感じがする」
膝枕での人生会議
Pさんの妻は、Pさんを膝枕し、頭を優しくなでながら「気に入らないことばかりなんだよね。点滴すると嫌なんだよね。でも、もう少し頑張ろう」と言いました。
Pさんは「分かった」と答えました。Pさんは妻に膝枕してもらいながら人生会議をしたのだと思います。人生会議は、妻の膝の上でもできる会議のようです。
しかし、Pさんの「分かった」を人生会議での意思表明としてよいのでしょうか。私個人としては、「よい」と思うのですが、疑問に感じる人もいるかもしれません。
その疑問の1つは、Pさんの「分かった」の意味です。これは直近、あるいは現在のケアプランニングを述べておられます。人生会議はACPの愛称です。ACPの”A”は、”あらかじめ”とか”前もって”という意味です。杓子定規に言うと、Pさんの「分かった」をACPとすることは間違っているかもしれません。
しかし、ケアプランニングとACPは連続的だと思うのです。切り離して考える方がむしろ不自然です。愛称という位置付けの”人生会議”ですから、柔軟に考えて、直近、あるいは現在の医療・ケア選択をしている、Pさんのケアプランニングとしての「分かった」を、人生会議の議事録に載せてもよいのではないかと思います。
認知症があっても人生会議
もう1つ、ACPの一般的な定義と関係した疑問を持つ方がいるかもしれません。ACPの一般的な定義や解説は以下のように表現されています。
「ACPとは、患者さん本人と家族等が医療者や介護提供者などと一緒に、意思決定能力が低下する場合に備えて、あらかじめ、今後の医療や介護について話し合うことや、意思決定ができなくなったときに備えて、本人に代わって意思決定をする人を決めておくプロセスを意味する」
この定義や解説によると、意思決定能力が低下する、あるいは意思決定ができなくなったときに備えてするのがACPです。ですから、Pさんの「分かった」という言葉は、明らかに意思決定能力が低下した後のものなので、杓子定規にはACPとはいえないかもしれません。
しかしPさんは、ある程度、自分の意思を示すことができているのも事実です。確かにPさんと妻との間には、意思決定能力に差があります。妻の説得や誘導の上での、Pさんの「分かった」という発言のようにも思われます。しかしPさんは、妻の説得や誘導があったとしても、心から自分の意思で、「分かった」と回答されているようでした。
個人的な見解ですが、Pさんの「分かった」のように、ある程度、意思決定能力が低下した後の本人が、家族や信頼できる人からの善意の説得や誘導を受けたとしても、本人の意思がしっかり反映されているとき、その本人の意思表明は、人生会議の議事録に掲載されるべきではないか、そう思います。
人生会議では、「理」だけでなく「情」も行き交う
少し、話が長くなりました。もうこのあたりで、今回のコラムを終わりにしようと思うのですが、人生会議の重要な参加者を忘れていました。
その参加者は、医療・ケアチームです。Pさんと、Pさんの妻の、点滴に関する意向のズレについて、医療・ケアチームも関わるため、人生会議に参加しました。
Pさんは、当初、点滴に関する医療選好として、「延命治療を受けない」「点滴をしたくない」、そう述べられていました。一方、Pさんの妻はというと、「少しでも長生きしてほしい」「点滴を頑張ろう」、こう言いました。
ある時、妻はある医療者に相談しましたが、その医療者は「点滴はしません。本人の嫌がる点滴はしません。奥様の意見ではなくて、ご本人の意見が優先です」と言いました。それ以降、Pさんの妻は、その医療者との人生会議を避けるようになりました。
時に正論は人を傷つけます。この医療者の言葉は、理屈の上では正しいです。厚労省による「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」にも、本人による意思決定が基本、そのように書かれています。
しかし、人生会議において重要な心構えがあります。人生会議では、「理」に沿った考え方が重要ではありますが、その周囲に、絡みつき、まとわりつく、人々の気持ち、「情」が交わされるのです。良い、悪い、といった物差しでは測れない、情が行き来するのです。その場所が、人生会議なのです。
本人も、家族も信頼できる人も、医療ケアチームも、時には、「情」の中でもがきながら、会議を進行させます。我々医療・ケアチームは、人生会議に参加するとき、このことを肝に銘じておく必要があります。
「情」に始まり、「情」に終わる。その間では、「理」に沿って考える、これが重要です。最初と最後は「情」なのです。「理」とは、ACPや倫理についての基本的な知識です。学びの機会や複数の教育プログラムも開発されています。しかし、「情」を支えるためには、聴くことを中心にした、経験知の蓄積が必要なように思います。
ACPは、取ったり書いたりすることではなく、「情」を酌んだり、聴いたりするものかもしれません。これは、人生会議に参加する上での、重要な心構えではないかと思います。医療・ケアチームは、このことを心に留めたいものです。
天に召されたPさんと、妻
しばらくしてPさんは天に召されました。亡くなる少し前、Pさんは、「一生懸命、世話してくれてありがとう」、そう妻に話したようです。
これが、人生会議の最期の言葉でした。Pさんの妻はその言葉を聞いて、少し心が温かくなったようです。
ACPの有用性に、(1)本人の意思が尊重されること、(2)残される家族の心が和らぐこと、などなどが挙げられています。「一生懸命、世話してくれてありがとう」というPさんの言葉、少し心が温かくなった妻、人生会議のおかげかもしれません。
今回のコラムでは、人生会議を、いつ、誰と、どこで、何を、どう話すの、なぜ話すの、について取り上げました。この人生会議という愛称が、広く市民に知れ渡り、当たり前の言葉として、普及していくことを切に願っています。
【お知らせ】
2019年9月14~15日に名古屋大学で開催する日本エンドオブライフケア学会第3回学術集会のホームページができました。筆者による学会長挨拶も載せてあります。
第3回学術集会では、生活の場から発信する、ACPを取り上げ、人生会議の経験知を集約した学術集会にします。病院や在宅の医療関係者だけでなく、市民や行政の方、介護現場で市民生活に寄り添う方、救急隊などの救急医療に携わる方、ACPだけではなくエンドオブライフケアに携わる様々な業種の方、全ての垣根を取り払います。ぜひ、ご参加ください。名古屋の地で会いましょう。
<掲載元>
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