「人工呼吸器は外せるのか?」の答えを求めて|なぜ今『救急×緩和ケア』なのか

 

【日経メディカルAナーシング Pick up!】

鵜木 友都(飯塚病院 総合診療科)

 

外すと患者が亡くなることが分かっている状況で人工呼吸器を外すことはできるのか――。

 

この問いは、日本の医療の現場において、チャレンジングなテーマの1つである。一般の人の関心も高く、昨年、NHKのクローズアップ現代という番組において「人工呼吸器を外す時」というテーマで生命維持治療の中止を取り上げたところ大きな反響があったという。

 

今回は、日本における過去の事例、ガイドラインや法律、海外の事情などを通じて、このテーマについて考えてみたい。

 

飯塚病院 総合診療科の鵜木友都氏の写真。

 

日本の臨床現場における実情・過去の事例はどうなっているのか?

筆者自身の臨床経験や周囲の医師の話でも、人工呼吸器を外して看取ったという話は全く聞いたことがない。

 

現在の日本の医療現場では、一度装着した人工呼吸器は安全に外せる状況でなければ外せないというのが一般的な考え方なのだ。

 

さらに、人工呼吸器を外して看取ったことで警察が介入した事案(表11)が過去に発生していることも、一定の影響を及ぼしているのだろう。

 

人工呼吸器を外して看取ったことで警察が介入した事案

表1 人工呼吸器を外して看取ったことで警察が介入した事案

 

介入事案の最初の4件については、塩化カリウムや筋弛緩剤を使用していることから安楽死に該当するかどうかが争われており、今回のテーマからそれるため、本稿では取り上げない。

 

生命維持治療の中止のみで殺人になるのかどうかが争われた最初の事案は、2004年の北海道立羽幌病院事件だった。その後、射水市民病院事件、和歌山県立医科大学付属病院紀北分院事件と続いた。

 

これらの全てを詳しく語ることは紙面の都合上、難しいため、以下では北海道立羽幌病院事件について考えたい。

 

北海道立羽幌病院事件2)
心肺停止後、蘇生した患者の人工呼吸器を外す

事件の概要

2004年2月、90歳の男性が食事の最中に窒息し、心肺停止となったために北海道立羽幌病院へ搬送された。心肺蘇生法により自己心拍は再開したものの、自発呼吸は無かったため挿管され、人工呼吸が開始された。

 

担当医は家族に「死のような状態であり、先は長くない」と説明した。入院の14時間後、血圧低下もみられるようになったため、担当医は家族に「さらに状態は悪くなっている」と説明したところ、家族は治療中止を希望した。

 

担当医は家族の意向をくみ取り、抜管した。その15分後に患者は死亡した。

 

院外での食事中における窒息死だったことから、担当医が異状死として警察に届け出たため、生命維持治療が中止されていたことが発覚した。

 

書類送検はされたものの、人工呼吸器を外したことによって死亡したかどうかの因果関係が証明できないとして、不起訴となった。

 

何が問題だったのか

脳死の判断のための検査が不十分であったこと、呼吸器を外さなくても余命はわずかであったことを家族に伝えていなかったこと、患者自身の意思が確認できていなかったことなどが問題として挙げられた。

 

しかし、一番の問題は、「脳死」や「生命維持治療の中止」の判断を、上司や同僚などに相談することなく担当医1人で行っていたことだった。

 

日本医師会の「医師の職業倫理指針第3版」(当時は第1版が出たばかり)においても「延命治療の差し控えや中止の判断は、主治医1人だけで行うことは適切ではなく、チーム医療として、他の医師や医療関係職種などから構成される医療・ケアチームの見解をまとめたうえで、最終的には主治医が行うべきである」と記載されている。

 

射水市民病院事件、和歌山県立医科大学付属病院紀北分院事件においても、担当医は単独で生命維持治療の中止を判断していた。

 

日本のガイドラインはどうなっているのか

日本においても2007年以降、様々な学会などが指針やガイドラインを発表している。

 

特に、2014年11月に日本救急医学会、日本集中治療医学会、日本循環器学会の3学会が合同で公表した「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン~3学会からの提言~」は参考になる3)

 

詳細は本ガイドラインに目を通していただきたいが、重要なポイントに絞ってここで紹介したい。

 

救急集中治療における「終末期」

今まで明確でなかった“救急集中治療における終末期”について、「集中治療室等で治療されている急性重症患者に対し、適切な治療を尽くしても救命の見込みがないと判断される時期」と定義している。

 

また、その判断基準として、
(1)不可逆的な全脳機能不全(脳死診断後や脳血流停止の確認後などを含む)であると十分な時間をかけて診断された場合、
(2)生命が人工的な装置に依存し、生命維持に必須な複数の臓器が不可逆的機能不全となり、移植などの代替手段もない場合、
(3)その時点で行われている治療に加えて、さらに行うべき治療方法がなく、現状の治療を継続しても近いうちに死亡することが予測される場合、
(4)回復不可能な疾病の末期、例えば悪性腫瘍の末期であることが積極的治療の開始後に判明した場合
――の4つが挙げられた。

 

延命措置への対応

「終末期」に該当する患者に対しては、
(1)患者に意思決定能力がある、あるいは事前指示がある場合、
(2)患者の意思は確認できないが推定意思がある場合、
(3)患者の意思が確認できず推定意思も確認できない場合、
(4)本人の意思が不明で、身元不詳などの理由により家族らと接触できない場合
の4つに分け、意思決定を行っていく。

 

延命措置の選択肢

そして、延命措置をしないという場合においても、
(1)現在の治療を継続するが、新たな治療を差し控える、
(2)現在の治療を減量する(すべて減量する、または一部を減量あるいは終了する)、
(3)現在の治療を全て中止・終了する、
(4)上記のいずれかを条件付きで選択する、
といった4つの方法が記載された。

 

特に、延命措置を減量・中止する場合に関して、
(1)人工呼吸器、ペースメーカー(植込み型除細動器の設定変更を含む)、補助循環装置などの生命維持装置を終了する、
(2)血液透析などの血液浄化を終了する、
(3)人工呼吸器の設定や昇圧薬、輸液、血液製剤などの投与量など呼吸や循環の管理方法を変更する、
(4)心停止時に心肺蘇生を行わない
――といった具体的内容についても言及している。

 

なお、(1)においては、短時間で心停止となることもあるため、状況に応じて家族らの立会いのもとに行うという注釈も付けられている。

 

そして、「患者が救急・集中治療の終末期であるという判断やその後の対応は主治医個人ではなく、主治医を含む複数の医師(複数科であることが望ましい)と看護師らとからなる医療チームの総意であることが重要である」と記載されている通り、やはり1人で決めないことが強調されている。

 

法律はどうなっているのか

生命維持治療の中止を含む患者の事前指示を定めること、その事前指示に従って治療を中止した医師の免責を規定した法律は、今のところ存在しない(原稿執筆2018年8月25日現在)。

 

したがって、生命維持治療中止に関する国や専門職の団体などによるガイドラインはあるものの、それに従って生命維持治療を中止した医師の行為が適法か、適法でないかは不明である。

 

つまり、上記のようなガイドラインに従った適切なプロセスを経たとしても、第3者が警察へ通報した場合には、警察は捜査しないわけにはいかないのである。

 

海外ではどうなっているのか

米国においては、「回復の望みのない患者に,医学的に無益な延命治療をずるずると続けることは非倫理的」という認識が定着し、家族の同意があれば特に大きな問題無く「呼吸器外し」が行われている4)

 

また、このような意思を事前指示として表明しておくことができる、いわゆるリビング・ウィルを規定した法律は、世界で16カ国(カナダの一部州・準州、米国全州・特別区、英国、デンマーク、フィンランド、オーストリア、オランダ、ベルギー、ハンガリー、スペイン、ドイツ、スイス、シンガポール、台湾、タイ、オーストラリアの一部州・特別地域)で制定されている1)

 

前述の通り、日本にはこのような法律はなく、現時点で成立する見通しも立っていない。

 

治療の差し控えと中止に違いはあるのか

最後に、今までの内容を踏まえ、以下の具体例で考えてみたい。

 

症例:COPDの急性増悪を繰り返している80歳の男性


ADLは半介助で、認知機能低下があり介護施設に入所している。肺炎を契機としたCOPD急性増悪で、救急搬送された。

 

SpO2は酸素マスク5Lで85%、呼吸数は26回/分、血液ガスではpCO280mmHgと高CO2血症があり、2型呼吸不全の状態だった。NPPVで1時間経過をみてみたがpCO2は84mmHgと改善なく、むしろ呼吸状態は増悪傾向だった。挿管・人工呼吸器管理を行わなければ、救命は難しい状況である。

 

担当医は「人工呼吸器を装着しなければ亡くなる可能性が高いですが、一度付けたら場合によってはずっと外せない可能性があります。その場合は、気管切開といって首に孔を開けて管を通す処置を行います」と説明した。

 

家族は突然のことで戸惑い、悩んだ末に「かなり高齢だし、管につながれて生きていくのは嫌だと昔、本人が言っていたから、挿管はしないでよいです」とのことで、患者は看取り目的で入院となった。

 

このような症例は案外、皆さんも経験しているのではないだろうか。米国や英国では、治療の中止と差し控え(不開始)の間に、倫理的にも法的にも差はないという考え方が定着している1)

 

しかし、日本では「治療の中止」は“作為”とみられる傾向にあるため、本症例のように、挿管したら助かるかもしれないが、抜管できなくなるのも困るため、そもそも挿管しないという「治療の差し控え」を選択する家族も案外いるのではないだろうか。

 

こういう場合、「Time-Limited Trial」という考え方が良い対応につながるので紹介したい5)

 

治療奏功する可能性が低いことが見積もられた場合で、治療を差し控えることも検討したが決めきれないケースなどで、一定の期間(罹患している疾患により違う)集中治療を含む治療を行ってみて、うまくいくかを検討する手法のことである。

 

治療が奏功しない、あるいは悪化していると判断した場合には、治療の中止と症状緩和へシフトする。

 

こういう選択肢が提示されれば、「救命治療の過剰な差し控え」や「不本意な延命治療」は減るかもしれない。本症例においても、Time-Limited Trialについて提示されれば、挿管を家族は希望したかもしれない。

 

以上、「人工呼吸器は外せるのか?」というテーマで、生命維持治療の中止に関して考察した。

 

誤解してほしくはないが、本稿は決して生命維持治療の中止を推奨しているわけではない。

 

生命維持治療の中止が妥当な状況で、適切なプロセスを踏めば、現行法においてもそれは可能であるという事実を紹介したものである。

 

ただし、決して1人でその判断をしないこと、医療チームと本人・家族とで繰り返し話し合い、合意を形成するというプロセスが非常に大切であることを強調しておきたい。

 

また、救急の現場で侵襲的治療を開始するのか、差し控えるのかについて本人・家族がどうしても決められない場合、“Time-Limited Trial”という方法が有用であり、参考にしていただきたい。

 

■参考資料

1)朝日新聞デジタルアピタル「終末期医療を考える」
2)立命館大学生存学研究センターホームページ
3)救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン〜3学会からの提言~
4)週刊医学界新聞第2605号続アメリカ医療の光と影第47回
5)TimothyE.Quill,JAMA.2011;306(13):1483-4.

 

第3回救急×緩和ケアセミナーのお知らせ


『救急×緩和ケアセミナー』の第3回を11月23日に、飯塚病院で開催します。今回のテーマは「高齢者の救急を考える」です。

 

緩和セミナーの告知

 

救急医、精神科医、総合内科医、看護師が、それぞれの立場から高齢者の急性期医療と緩和ケアについて講演します。これからの医療に必要な、高齢者医療を考える上で学びになるような企画を用意してますので、ぜひご参加ください!

 

プログラムの詳細や参加申し込み方法については、以下をご覧ください。

https://ameblo.jp/iizukapc/entry-12399805072.html

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

Aナーシングは、医学メディアとして40年の歴史を持つ「日経メディカル」がプロデュースする看護師向け情報サイト。会員登録(無料)すると、臨床からキャリアまで、多くのニュースやコラムをご覧いただけます。Aナーシングサイトはこちら

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