「手術は成功、でも寝たきり…」は医療ミス!?|医療安全の立場から見たフレイル高齢者への介入法

【日経メディカルAナーシング Pick up!】

聞き手:小板橋律子=日経メディカル

 

医療安全における安全とは「許容不可能なリスクがないこと」。どのようなリスクがあるかを医学的介入前に患者に説明し、患者自身に治療を受ける・受けないを決めてもらうことが医療安全の基本となる。

 

医療安全の視点から見たフレイル高齢者への医学的介入の在り方を京都大学の松村氏に聞いた(文中敬称略)。

 


 

ドクターまつむらゆみ氏の写真。94年京都大卒。同大皮膚科講師、検査部准教授を経て、2017年より現職。

 

――まず、医療安全とは本来どのようなものかを教えてください。

 

松村 医療安全(患者安全)というと、投薬ミスや患者取り違えなどを思い浮かべる方が多いと思います。しかし、医療安全はもっと広い概念です。医療安全における安全とは「許容不可能なリスクがないこと」。医学的介入に伴うリスクを理解した上で患者自らの選択を支援することが医療安全の基本となります。

 

また、リスクを「合併症(事象)の発生確率」と受け止めている医療者が多いように思いますが、リスクは本来、事象の発生確率と影響度の積、すなわち、「リスク=事象の発生確率×事象の影響度」で表されます。

 

予備能力がある若年者の診療では、事象の影響度は一般的に低いため、発生確率ばかりが注目されてきたと思います。一方、予備能力が少ないフレイル高齢者では、事象の影響度が大きくなるので、発生確率だけではリスクを評価できません。

 

合併症として出血が生じた場合を考えてみましょう。止血して必要であれば輸液で対応するのが一般的で、若年者ではそれで終わり、悪影響はまずありません。一方、フレイル高齢者は動脈硬化を合併していることが多く、出血による一時的な血圧低下が腎不全や腸管虚血脳梗塞などのさらに大きな合併症につながり、影響度は大きくなります。

 

このようなことから、フレイル高齢者では、「事象の影響度」評価をきちんとプラスし、標準治療ではなく患者の脆弱性を配慮した医療を提供することも、患者安全の視点から重視すべきとの考えが世界的に受け入れられています。

 

「こんな合併症が生じるなんて聞いていなかった」も医療ミス!?

患者自身が様々なリスクを理解した上で医学的介入を受ける・受けないを決めるというのが医療安全の基本的な考え方ですので、「手術は成功したものの、ADLが著しく損なわれ寝たきり状態となった。このような結果になる可能性を患者は理解していなかった」という状況も、医療ミスとなり得ます。

 

これは、投薬を間違えるという明らかな過誤ではありませんが、リスク評価が不十分で、患者とのコミュニケーションも十分ではなかったわけです。すなわち、患者が「リスクを許容する」プロセスが取られていない、そのような意味で医療ミスとなり得ます。

 

別の例を挙げると、医療者側は「この癌は全摘できるか否か」で手術の適応を決めることが多いと思います。癌は全摘できても、手術によってADLが低下し、自宅退院の可能性が著しく低く、そのような結果を患者が望んでいなければ、「許容不可能なリスクがある」状態となります。

 

医療安全の考え方からいうと、これは⼿術適応を考える際のプロセスに問題があったという理解になります。

 

加えて、高齢者では身体機能の低下に起因する事故への配慮もとても重要です。80歳以上では「不慮の事故」の原因第1位は窒息で、第2位は転倒です。高齢者でこうした事故が起こりやすいのは、医療機関内でも変わりません。「手術は成功したのに、入院中に窒息して死亡した」としたら、患者・家族からすれば、「何のための入院・手術だったのか」となってしまいます。術後の回復も見据え、身体機能が衰えないような診療やケアの計画を立てる必要があります。

 

医療安全の観点からすると、このような予測されるリスクは、患者・家族に対して事前によく説明しておかなくてはいけません。それをせずに、コミュニケーションが足りなかったと判断されれば、医療安全上の対応が不十分ということになります。

 

こんな例があったと経験の共有を

――医学的介入による合併症を広くとらえた上で、それらをきちんと説明すべきということですが、患者にはどのように説明したらいいのでしょうか。

 

松村 私は、自分の経験として話せばいいと考えています。

 

例えば手術の説明をする際、「あなたには他に治療がなく、この手術をしなければ死亡に至ります」と説明すれば、多くの人が「できる限りのことをやってください」と反応します。

 

このようなときには、医師が自分の経験として語り、「あなたと同じように○○を合併した患者さんで、治療後、元気に⾃宅に帰られた⽅の経験もありますが、治療は成功してもその影響で体が弱ってしまい、⾃宅に帰ることが難しくなったという患者さんもおられます」とお話し、具体的にイメージを伝えるという方法が必要かと思います。

 

あるいは「この治療によって、この機能は保てるかもしれませんが、他の機能が低下してしまうこともあります」と説明してもよいと思います。「〇〇のリスクが△△%発生する」と聞いても、それによって自分がどういう生活になるのか分からなければ、患者さんの考えと医療者の考えにギャップが生じます。

 

――本人の意思が確認できない状況で、家族が治療を強要するようなケースもあると聞きます。

 

松村 家族が治療を強く望む場合、なぜそのような医学的介入を希望するのか、その理由をまずはしっかり聞いてください。病気のイメージは人それぞれなので、中には誤解されているご家族もいます。どう受け止めて、どう考えているのかを、しっかり聞き出して、もし誤解があればそれを解いてあげてください。

 

手術後にADLが低下するとどういうことが起こるのかを想像できないご家族も少なくありませんから、しっかりと説明してイメージさせてあげてください。

 

例えば、ADLが低下して自宅に戻れなければ、急性期病院から療養型病院に転院する必要があります。その転院先は、どこにあってご自宅からどれくらいの距離になりそうかなど、医療資源の制限、介護や経済的な負担も含めて具体的に説明するといいと思います。

 

医学的に考えて治療介入することの害が明らかに利益よりも大きい場合には、患者・家族が要望しても医療者はきっぱり断っていいと思います。

 

その治療介入で、ある程度良くなる可能性がある場合には、良くならなかった場合に何が起こり得るのかを事前にしっかり説明し、理解してもらった上で治療介入すべきです。一番良くないのは、何の事前説明もなく、治療介入後に十分回復しないというパターンです。

 

米国では、明らかな過誤だけでなく、標準に満たない医療や治療適応の判断ミスも医療ミスに含めています。そのため、年間の死因統計では、心臓病(61.1万人)、癌(58.5万人)に次ぐ第3位が医療ミス(25.1万人)です。日本ではこのような統計がないので、実際にどれほどの“医療ミス”があるのかは分かりませんが、「本来手術すべきではなかったのに手術を行い、様々な合併症が生じて死亡した」といった、後から考えると医療ミスと判断できるケースが、多数存在するように思います。

 

患者は医師に遠慮するものです。「提案してくれた、この治療を断ると先生が気を悪くするのではないか」と思い、希望を言えない患者はまだまだたくさんいます。しかし、よく聞けば、患者は皆、自分の意思を持っています。医師は常に聞く姿勢を保ち、患者の意思を尊重してください。

 

これはまさに、シェアード・デシジョン・メイキングです。特に、リスクが高いフレイル高齢者ではシェアード・デシジョン・メイキングの実践が、医療安全でも目標になると思っています。

 

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

Aナーシングは、医学メディアとして40年の歴史を持つ「日経メディカル」がプロデュースする看護師向け情報サイト。会員登録(無料)すると、臨床からキャリアまで、多くのニュースやコラムをご覧いただけます。Aナーシングサイトはこちら

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