シリーズ◎産科診療所での無痛分娩は是か非か|産婦人科医会内で無痛分娩施設の登録制が浮上
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三和護=編集委員
4月以降、無痛分娩時の死亡例や重度障害例の報道が相次いだ。被害者側から診療所での無痛分娩を問題視する声が挙がる中、産婦人科医会では「医師の教育・研修に注力すべき」との考えが広がり、実施施設の登録制が浮上している。
「無痛分娩の麻酔で母子に障害」「普及し始めた無痛分娩で妊婦死亡」「無痛分娩ミスで死亡、麻酔で呼吸困難に」――。
4月以降、大阪府、兵庫県、京都府と、無痛分娩に臨んだ妊産婦と新生児の死亡例や重度障害例の報道が相次いだ。中には民事訴訟に発展した事例や刑事告訴された事例もあった。
さらに、京都府の事例では被害者側が1人医師による診療所での無痛分娩を問題視する声明を発表するなど、日本の産科医療を支えている産科診療所の存在意義を問う動きも出ている。
大阪府の事例では10月6日、無痛分娩時の容体急変に適切な対応をとらなかったため死亡に至ったとし、院長が書類送検された(関連記事)。
産婦人科医会が緊急提言
実は、こうした報道が展開される以前から、日本産婦人科医会では無痛分娩に関連する事故の再発を防ごうという動きがあった。
4月16日。日本産婦人科医会(木下勝之会長)は、広島市で開催された第69回日本産科婦人科学会学術集会で、無痛分娩事故の再発を防ぐための緊急提言(表1)を行った。2010年に始まった同医会の妊産婦死亡報告事業で初めて、産科麻酔が直接の原因と考えられる死亡例が報告されたのがきっかけだ(表2)。
緊急提言では、無痛分娩は通常分娩と異なる管理が求められるとし、無痛分娩を行う際には十分な医療体制を整えることを医療機関に求めた。
【表1】4月16日に産婦人科医会が発表した緊急提言
「無痛分娩を提供する施設では、機械分娩や分娩時異常出血、麻酔合併症などに適切に対応できる体制を整える」
解説:硬膜外麻酔による無痛分娩を選択した産婦では子宮収縮薬や機械分娩が必要となることが多く、通常の産婦の管理とは異なる管理が求められる。また硬膜外麻酔に伴う局所麻酔中毒や全脊髄くも膜下麻酔などの麻酔合併症は、まれではあるが命に関わる合併症である。従って無痛分娩を提供する施設では、機械分娩や分娩時異常出血、麻酔合併症などに適切に対応できる体制を整えることが要求される。
緊急提言に至った理由は、他にもあった。医会の妊産婦死亡報告事業の要である妊産婦死亡症例検討評価委員会の委員長を務める池田智明氏(三重大学産婦人科教授)は、「年明けから、同じような死亡例が複数存在するという未確認情報が入りだした」と明かす。
医会の妊産婦死亡症例検討評価委員会委員長を務める池田智明氏(三重大学産婦人科教授)
加えて、報道機関が動いていたことも、緊急提言の発表を急がせた。無痛分娩時の事故に関する取材の申し込みがあったという池田氏の脳裏によみがえったのは、大野病院事件だった。
2006年2月、福島県大熊町の県立大野病院に勤めていた産婦人科医師が逮捕された。癒着した胎盤を無理に剥離した医療ミスにより患者が死亡したとして、担当医師が業務上過失致死などの罪に問われた。裁判では検察側の緻密とは言えない捜査内容が露わとなり、被告人の医師は無罪となった(参考記事)。
医師の逮捕は大々的に報道され、当初から罪人のように表現するものが大半だった。これを機に、大野病院産婦人科は閉鎖となり、大野病院がある地域の年間200人以上の妊産婦は、遠隔地での受診を余儀なくされた。また、隣接する地域の医療機関は、受け入れられる数を優に超える患者を引き受けざるを得ず、過重労働の中でさらに医師が疲弊していくという負の連鎖が起こった。
無痛分娩事故の報道が先行し、刑事事件化することにでもなれば、大野病院事件の二の舞になる――。地域の産科医療崩壊を危惧した池田氏は、産婦人科医のオートノミー(職業的自律性)を示すことが大切と判断。緊急提言に踏み切り、「自ら悪いものは悪いと認め、正していく」という医会の姿勢を鮮明に示した。
【表2】産科麻酔が直接の原因と考えられる死亡例
事例:20歳代経産婦。既往歴に特記すべきことはない。無痛分娩希望で妊婦39週に有床診療所に入院した。入院当日に硬膜外カテーテルを留置してから頸管拡張を行った。その後、陣痛が発来したため、院内のマニュアルに従って助産師が硬膜外自己調節鎮痛(patient controlled epidural analgesia:PCEA)を開始した。
開始後1時間経過しても十分な鎮痛が得られなかったため産科医に報告し、その指示に従って助産師が0.2%アナペイン10mLを硬膜外カテーテルから投与した。投与から30分経過しても鎮痛効果不良であったため再度報告し、産科医の指示で助産師が0.2%アナペイン10mLを再度追加投与した。
さらに60分後にも産科医の指示で助産師が0.2%アナペイン10mLを追加投与したところ、産婦は痙攣発作を起こした。
当直医が訪室し、セルシン10mgを静脈内投与した。痙攣は治まったが母体が呼吸抑制による低酸素血症となり、胎児徐脈を認めたため緊急帝王切開を決定した。手術室で全身麻酔を導入後、気管挿管は困難で、母体はショック状態となったが、手術を続行し児を娩出した。その後、母体は心停止となり蘇生に反応せず、死亡確認となった。
委員会評価:有床診療所での無痛分娩中に、局所麻酔中毒による痙攣発作を起こしたと考えられる。緊急帝王切開を決定したが、全身麻酔管理が困難で死亡した事例である。麻酔による局所麻酔中毒や全脊髄くも膜下麻酔は生命に関わる合併症であり、硬膜外麻酔による無痛分娩を担当する医師は呼吸管理や循環管理などを含めた蘇生技術にも習熟しておく必要がある。
無痛分娩は全分娩数の6.1%に
緊急提言を発表後、産婦人科医会は6月に「分娩に関する調査」を実施。現在、結果を解析中だ。調査を実施した医療安全部会によると、1423施設から回答があった(回収率59.5%)。その中間報告は、厚生労働省が8月に設置した「無痛分娩の実態把握及び安全管理体制の構築についての研究(代表者:北里大病院長の海野信也氏)の第1回会合に提出されている。
暫定値ではあるが、全分娩数に占める無痛分娩の件数は、2014年度の4.6%から2016年度には6.1%に増えていた。施設別では、診療所が53%、病院が47%となっている。厚労省の研究班では、実態調査の結果を踏まえ、2017年度末をめどに、無痛分娩の管理体制に関するガイドライン策定などを検討するという。
一方で、産婦人科医会は、日本産科婦人科学会、日本周産期・新生児医学会、日本産科麻酔科学会、日本麻酔科学会などとともに、無痛分娩の安全性を担保する方法について協議する方針だ。
1人医師産科診療所は排除せず
前述の分娩に関する調査では、診療体制への意見も聞いている。例えば、事故の背景にあるとみられる医師不足については、7割の施設が「医師不足がある」と指摘していた。また、対策案の1つである無痛分娩の認定制度には、診療所を中心に反対の声が多かった。これらを踏まえ、産婦人科医会の医療安全部会は、基本的な考え方として、無痛分娩施設の登録制を打ち出すことを検討している。
1人医師による産科診療所が無痛分娩を行うことについては、否定しない方向だ。事故の原因を規模の問題に帰着させず、大規模施設であろうと診療所であろうと提供する医師の教育・研修を深めることに注力すべき、との考え方に立った議論が進んでいる。
<掲載元>
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