「説明を尽くしたのに敗訴」のなぜ◎特集◎医療訴訟の落とし穴《動向編》
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三和 護=編集委員
かつての説明義務違反が問われた裁判では、医師が説明を怠っていたことが主な争点だった。しかし、この10年の医療訴訟を見ると、説明義務が変質し、「説明を尽くしたのに敗訴する」という事例がまれでなくなっている。
「医師はしっかり説明したというが、患者・家族はそんな説明は聞いていないと訴える裁判が目立つ」。こう話すのは、医療側の弁護活動を展開する仁邦法律事務所(東京都新宿区)所長の桑原博道氏だ。その例として、同氏は以下のような事例を挙げる。
「入院継続は拒否していない」
下の「裁判例1」は、急性心筋梗塞の患者を退院させ、再入院後の死亡を招いた過失があるとされた事例だ。
経緯はこうだ。患者は40歳代。自宅にいて胸痛と呼吸困難に襲われ、救急搬送となった。対応した医師は「急性心筋梗塞の疑い」とカルテに記載し、入院を指示した。
翌日、被告病院の医師は、冠攣縮性狭心症と診断し、治療を開始。その後、患者は退院したが、再び胸痛と呼吸困難に襲われ、被告病院に運び込まれた。その翌日、心原性ショックにより死亡した。
被告側は「医師が冠動脈造影検査と入院の継続を勧めたが、患者はこれを拒否した」と主張。原告側は「患者が拒否したのは侵襲的な検査であって、入院の継続を断ったわけではない」と反論。真っ向から対立した。
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次のケースは、ある大学病院の事例だ(裁判例2)。
患者は初診時に70歳代だった男性。喉の違和感と声のかすれから近隣病院を受診。
その後、1年近くの間、被告病院の外来で経過観察が行われた。声のかすれが増強したため、顕微鏡下生検などの検査を実施。結果、咽頭癌と診断され、放射線治療と咽頭全摘手術を経て、その4年後に咽頭癌で死亡した。
被告病院の医師は、「経過観察の早い段階から生検の必要性を説明し、忙しいからと検査を渋る患者に、再三、生検を勧めたが、患者が拒否した」と主張した。
これに対し原告側は、「生検を勧められたことも拒否したこともない」と反論した。
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最後は不整脈がある心房細動の患者に対する抗凝固療法が不十分だったとして、医師の過失を認め7800万円余の支払いを認めた事例だ(裁判例3)。
この裁判では、退院によるリスクを十分に説明していたのかが、争点の1つとなった。
被告側の主張はこうだ。「医師は、入院してヘパリン点滴を受けた方がよいと説明した。しかし失業中だった患者は、早く退院したいと返答。それでも医師は、再度、入院継続を勧めたが、患者の退院希望は変わらなかった」。
これに対する原告の反論は、「医師から脳梗塞発症の恐れや抗凝固療法の必要性について、一切説明を受けていない」だった。
裁判所は「医師が退院のリスクを説明した証拠がない」とし、被告の主張を退けた。
望まぬ結果に納得いかず
以上の裁判例ではいずれも、医師の説明の記録がないと認定されたことが敗訴につながった。では、記録があれば被告側が勝訴したのだろうか。
「たとえ記録があっても、説明自体が分かりにくければ、その点が問題とされる恐れはある」と桑原氏は語る。
説明義務を争点とする医療訴訟は、1990年代から増えていた。当時の医師側敗訴例を見ると、ほとんどは説明自体が行われていないものだった。
ところが、ここで取り上げた裁判例は3例とも、医療側から見れば「説明を尽くしたのに、医師の指示に患者が従わなかった」事案だ。患者の希望を聞いて次善の策を取ったものの、望まなかった結果に患者・家族が「あのとき医師は説明してくれなかった」と訴え出るという構図だ。患者の希望を受け入れたことが、あだになってしまったといえなくもない。
桑原氏は、類似の裁判は今後も増えるとみる。説明の記録を残すことはもちろんだが、ただ説明して良しとするのではなく、患者が納得したことを確認した上で同意を得るという一連の手順が、今まで以上に求められる時代になったのは間違いない。
<掲載元>
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