癌患者の困った便秘にオリーブオイル浣腸

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リポート◎化学療法やオピオイドによる「がんこな便秘」に

癌患者の困った便秘にオリーブオイル浣腸

化学療法中やオピオイド使用中の癌患者では、便秘が発生しやすい。通常は下剤で治療するが、中には下剤でもほとんど効果が得られず、いきんでも排便できない「がんこな便秘」に進行するケースもある。下剤で効果が得られない場合、より直接的に排便を促す選択肢がグリセリン浣腸だ。しかしグリセリン浣腸は腹痛を引き起こしやすいという欠点がある。こうした中、医療用のオリーブオイルを使った浣腸が注目されている。

(満武里奈=日経メディカル)

 

癌患者は便秘のリスクが高い。その原因は、(1)食事量の低下、(2)オピオイドなどによる蠕動運動の低下、(3)活動量の低下、(4)痛みによるストレスなど心理的要因――などがある(図1)。 

 

図1 癌患者の便秘のリスク因子

図1 癌患者の便秘のリスク因子

(「余宮きのみ:ここが知りたかった緩和ケア,p.163,2011,南江堂」より許諾を得て転載) 

 

特に便秘を発生しやすいのは、化学療法中で制吐薬を服用している患者だ。

シスプラチン、アンスラサイクリンなど催吐性リスクの高い抗癌剤で化学療法中の患者には、悪心・嘔吐対策のために5-HT3受容体拮抗薬が必須となるが、5-HT3受容体拮抗薬は消化管運動の調節で重要な役割を果たすセロトニン(5-HT)の働きを阻害するため、便秘が必発する。

実際、中等度以上の悪心・嘔吐リスクを持つ抗癌剤を投与中の癌患者を対象にした国内大規模臨床試験では、5-HT3受容体拮抗薬のパロノセトロンを投与した患者において、グレード1の便秘が12.2%、グレード2が4.5%、グレード3は0.7%で発生したことが報告されている(Saito M. et al.,Lancet Oncology 2009;10:115-24)。

 

中でも高齢者は運動量も少なく、水分摂取量も少ないことから便秘を引き起こしやすい。さらに、鎮痛薬として処方するオピオイドで発生する便秘も多い。オピオイドが腸管の蠕動運動を低下させるからだ。

 

便秘は、抗癌剤に対する制吐薬の使用や高齢入院患者、オピオイドの使用――という3つの理由から主に発生する。実際、日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授の勝俣範之氏は、「化学療法中の高齢入院患者ではその半数以上が便秘ではないか」と話すほか、埼玉県立がんセンター緩和ケア科の余宮きのみ氏によるデータでも、同病院の緩和ケア病棟患者の57%で便秘が見られている(2015年度)。

 

下剤で対処できない便秘が存在

こうした癌患者の便秘治療ではまず下剤を投与する。

下剤の選択肢には、

(1)腸蠕動を促進する大腸刺激性下剤(センナ、ピコスルファートナトリウムなど)

(2)浸透圧作用によって腸管からの水分を吸収し、腸内内容物を液状にする塩類下剤(マグネシウム製剤)

(3)便を柔らかくし、腸の輸送能力を促進するルビプロストン(商品名アミティーザ)

――などがあり、便秘の状態に合わせて選ぶ。

 

「オピオイドや制吐薬で腸蠕動運動が低下しているような患者には、腸蠕動を促進する下剤を使用することが多い」と勝俣氏。腹膜播種があり、腸閉塞を来しやすい患者や、腸蠕動促進下剤で腹痛を起こした患者などには塩類下剤を、これらの薬剤で便秘が改善しない場合にはルビプロストンを使用するのが一般的だ。

 

日本医科大学武蔵小杉病院の勝俣範之氏

日本医科大学武蔵小杉病院の勝俣範之氏は、化学療法中の高齢入院患者では「その半数以上が便秘ではないか」と指摘する。 

 

一方で、直腸まで便が移動しているが、水分が抜けて固くなってしまい、踏ん張ってもうまく排出できないような状態になることもある。こうした場合、通常は摘便やグリセリン浣腸を行う。だが摘便で除去できる便量には限りがあり、患者が痛みを感じることがある。また、腸閉塞の一歩手前の状態でグリセリン浣腸を使用すると、腸の蠕動運動を誘発することによる激しい腹痛や腸管破裂が発生する可能性があるため、注意が必要となる。

 

特に、長期間にわたり腸内に便が貯留すると、腸炎を起こして下痢便になる溢流性便秘になることがある。溢流性便秘になった場合、グリセリン浣腸を行うと強い腹痛を引き起こした上に、うまく排便できない事態に陥る(図2)。 

 

図2 オピオイド使用中の癌患者における溢流性便秘

図2 オピオイド使用中の癌患者における溢流性便秘

(「余宮きのみ:ここが知りたかった緩和ケア,p.159,2011,南江堂」より許諾を得て転載) 

 

グリセリン浣腸で対応できない症例にはオリーブオイル浣腸

こうしたグリセリン浣腸で効果が得られない患者や、摘便が難しい患者、溢流性便秘の状態でグリセリン浣腸を使用すると強い腹痛を起こしそうな患者への切り札となるのがオリーブオイル浣腸だ。

「下剤やグリセリン浣腸で強制的に腸を動かしても、便が動かないようなケースでオリーブオイル浣腸は有用」と余宮氏は話す。

 

適応は、

(1)どの下剤を投与しても便秘が解消しない患者

(2)腸閉塞などがあり、腸蠕動運動を避けたい患者

(3)衰弱している患者

――だ。

 

オリーブオイル浣腸のメリットは、グリセリン浣腸よりも刺激が少なく、腹痛を誘発しない点。特に、衰弱しており、体力の消耗を避けたいような終末期の便秘の癌患者に対しては、グリセリン浣腸ではなく、オリーブオイル浣腸を最初から積極的に使用している。余宮氏によると、埼玉県立がんセンターで2014年度に緩和ケアチームが介入した309件の便秘症例のうち、「1割くらいの患者にオリーブオイル浣腸を使用した」。

 

便秘に対するオリーブオイル浣腸は保険適用が定められていないため、埼玉県立がんセンターでは病院の持ち出しで実施している。ただし、医療用のオリーブオイルの薬価は10mLで16.8~26.5円であり、余宮氏は「オリーブオイル浣腸は安価で効果的。グリセリン浣腸が難しい症例にぜひ使ってほしい」と語る。

 

埼玉県立がんセンターの余宮きのみ氏

埼玉県立がんセンターの余宮きのみ氏は、「下剤やグリセリン浣腸で強制的に腸を動かしても、固くなった便が動かないようなケースでオリーブオイル浣腸は有用」と話す。 

 

オリーブオイル浣腸で使用しているのは、医療用オリーブオイル(商品名オリブ油)とカテーテルチップ型シリンジ、ネラトンカテーテル(写真1左)。

 

写真1 オリ―ブオイル浣腸で必要となる材料(左)と実際の手法(右)

写真1 オリ―ブオイル浣腸で必要となる材料(左)と実際の手法(右) 

 

30~50mL/回(~80mL/回)の医療用オリーブオイルをカテーテルチップとネラトンを接続して吸い上げ(写真1右)、就寝前の患者の肛門部に数分を掛けて注入する。一晩停留させ固まった宿便を柔らかくする。停溜させていると就寝ができないという患者に対しては、朝に実施する。

1回の浣腸で便秘が解消するケースもあるが、排便までに1週間ほど掛かるケースもある。基本的には毎日1回のオリーブオイル浣腸を続け、排便したらその後は経口下剤でマネジメントする。

 

余宮氏と連携してオリーブオイル浣腸をはじめとする便秘治療の指導に長らく携わってきた埼玉県立がんセンター看護部看護師の三谷泉氏は、「予命1カ月ほどの患者さんは食べられず、自力排便できないケースが多いが、下剤だけでは不十分で、浣腸が必要になるケースが多い。グリセリン浣腸や摘便では多くの患者が痛みを訴えるため、患者に負担の掛からないオリーブオイル浣腸が重宝されている」と話す。オリーブオイル浣腸を行うことで、直腸内にとどまっていた固い便が乳化作用で柔らかくなり、容易に排便できるようになるという。

 

さらに三谷氏は、摘便ではなく、お手洗い(便所)で排便するという行為の効果を指摘する。「お手洗いで排便できることは健康を示すバロメーターだと思っている患者は多く、『お通じがあることで自分はまだ大丈夫だ』と患者さんが安心する」(三谷氏)。 

 

埼玉県立がんセンターの三谷泉氏

埼玉県立がんセンターの三谷泉氏は、「排便できることは健康を示すバロメーターだと思っている患者は多く、『お通じがあることで自分はまだ大丈夫だ』と患者さんが安心する」と話す。 

 

 

写真2は60歳代の肺癌男性患者のケースだ。

糖尿病の既往があり、もともと便秘症だった。両上腕転移による痛みがあったため、主治医はオキシコンチンを20mg/日を処方。便秘対策として塩化マグネシウムを併用していたが、便秘症状による苦痛が強く入院した。直腸診を行ったが、便に触れない。担当医はレシカルボン座薬を処方したが、使用直後からしぶり腹となり、昼夜を問わず10分おきに手洗いに行くも、水様便が出るばかりだった。4日後には下剤のラキソベロン(15滴)、腸薬のガスモチン(3錠/日)を開始するがしぶり腹は続き、水様便が頻回に出る状態で改善しない。

 

そこで主治医は余宮氏にコンサルテーションした。余宮氏はしぶり腹は溢流性便秘が原因だと判断。X線写真を撮影したところを上行結腸から下行結腸にかけて大腸内に固形便が広範囲に確認された(写真2左)。その後、オリーブオイル浣腸を実施したところ、浣腸から20分後には泥状便とピンポン玉大の便が排出。排便により固形便の減少が見られた(写真2右)。 

 

写真2 60歳代の肺癌男性のX線写真

写真2 60歳代の肺癌男性のX線写真

上行結腸から下行結腸にかけて大腸内に固形便が広範囲に確認された(写真2左)が、オリーブオイル浣腸を実施したところ、20分後には泥状便とピンポン玉大の便が排出。排便により固形便の減少が見られた(写真2右)。 

 

便秘を改善することで悪心・嘔吐が改善することもある。便がたまると腸管内圧が上昇し、漿膜が異常伸展することで迷走神経、大内臓神経を経て、嘔吐中枢が刺激され、悪心・嘔吐を生じる。「オピオイドを開始してしばらく経過している患者が急に悪心を訴えた場合は、必ず排便状況を尋ねることが大切。便秘が原因の悪心は多い」と余宮氏は説明する。 

 

「便秘は、生命に直接影響しないことから他の副作用よりも軽く見られがち。便秘になることで残便感、排便困難感、腹部膨満感、食欲不振、吐き気など2次的な身体的苦痛にもつながってしまう。1時間いきむことで、肺癌や肺転移のある患者だと呼吸困難を起こし、QOLを著しく落とす」と余宮氏は話している。

 

制吐薬を上手に選べば便秘は防げる

制吐剤投与時の便秘は決して当たり前ではない。勝俣氏によると、制吐薬を正しく選べば、便秘を防げるケースがあるという。勝俣氏は「ほとんどの抗癌剤で吐き気ができるが、その程度は抗癌剤の種類によって違う。抗癌剤の悪心・嘔吐リスクに応じて適した制吐療法を選択することが大切だ」と指摘する。

 

  制吐剤の中でも5-HT3受容体拮抗薬は、制吐効果が高い一方で便秘の発生率が高い薬剤としても知られるが、この5-HT3受容体拮抗薬の投与が推奨されているのは中等度以上の催吐性リスクのある抗癌剤だ。だが、勝俣氏によると、軽度催吐性リスクの抗癌剤投与時にも5-HT3受容体拮抗薬が投与され、便秘が発生するケースが見られるという。

 

  日本癌治療学会が2015年に示したガイドラインでは、高度催吐性リスクの抗癌剤投与時には5-HT3受容体拮抗薬+アプレピタント+デキサメタゾン、中等度の催吐性リスクには5-HT3受容体拮抗薬+デキサメタゾン、軽度催吐性リスクにはデキサメタゾンを推奨している。「化学療法時には、悪心・嘔吐を予防するために十分な制吐療法を行うべきだが、便秘を引き起こしやすい5-HT3受容体拮抗薬は必要な患者のみに投与するというスタンスが重要だ」と勝俣氏は話している。

 

 

<掲載元>

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