抗癌剤による嘔吐はほぼ制御可能に|残る課題は主観的な症状である悪心への対処

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抗癌剤治療中の患者が洗面台に向かって嘔吐する――こんな光景は制吐療法の進歩で過去のものとなった。残るは主観的な部分が大きい悪心への対処。患者の訴えをいかに評価できるかが鍵になる。

(関本克宏=シニアエディター)

 

抗癌剤を投与されている患者の「つらい副作用」の象徴でもあった悪心・嘔吐に対して、日本癌治療学会が「制吐薬適正使用ガイドライン」を公表したのは2010年のこと。その作成当初より、医療現場での利用状況や制吐効果を評価し改訂版に反映させることが計画されていた。

 

そして2年後に全国のがん診療連携拠点病院における3807人の患者について前向き調査を行った結果では、72%が悪心・嘔吐のスクリーニングを受けていた。このうち高度催吐性リスクの化学療法が施行された患者の83%にガイドラインが推奨する予防的制吐治療が行われ、その84%に嘔吐が認められなかった。

中度催吐性リスクのレジメンでは、患者の91%に推奨する予防的制吐治療が行われ、その84%に嘔吐が認められなかった。

 

制吐薬適正使用ガイドライン

制吐薬適正使用ガイドライン 2015年10月【第2版】 一般社団法人 日本癌治療学会 編 金原出版

 

また医療を提供する側、日本緩和医療学会、日本癌治療学会、日本造血細胞移植学会、日本放射線腫瘍学会、日本臨床腫瘍学会会員の医師、看護師、薬剤師を対象にしたアンケートでは、94%が日常診療でガイドラインを重視していると回答し、90%が有用であると回答していた。

 

欧州でのガイドライン遵守率が30%程度という報告(Annals of Oncology 2012)もある中で、日本における抗癌剤制吐療法のレベルの高さを裏付ける数字だ。

 

制吐薬適正使用ガイドライン初版出版委員会委員長で改訂ワーキンググループ委員長でもある埼玉医科大学国際医療センター包括的がんセンター長の佐伯俊昭氏は、「嘔吐については良好にコントロールできていることが分かった。しかしまだ悪心が残っている。悪心の客観的評価は難しいので、後回しになっていた。真のユーザーである患者からの情報をいかに拾い上げていくかがこれからの鍵になる」と話す。

 

実際、2015年10月に発行されたガイドラインの第2版では、「悪心・嘔吐の適切な評価はどのように行うか」というクリニカルクエスチョンが新設された。そこでは、「適切な悪心・嘔吐の評価においては、医療者と患者の症状の認識は異なるという報告を踏まえ、医療者による客観的評価とともに患者の主観的評価を含めることが必要である」と、現状に対して記述されている。

 

埼玉医科大学国際医療センター包括的がんセンター長の佐伯俊昭氏

埼玉医科大学国際医療センター包括的がんセンター長の佐伯俊昭氏

 

嘔吐と比較して悪心は食欲不振や部不快など類似症状との区別が難しく、また環境的な要因の影響を受けやすいため、評価が難しい。

 

薬剤の臨床試験などで悪心・嘔吐の客観的な評価法は、米国立癌研究所(NCI)が作成した有害事象の評価基準、CTCAE(Common Terminology Criteria for Adverse Events)が一般的に用いられている(表1)。

 

表1 癌治療に伴う悪心・嘔吐の客観的な評価

CTCAE(Common Terminology Criteria for Adverse Events)

 

しかし、「新薬の副作用に関してはフェーズ3のデータくらいしかないことが多いが、臨床試験では薬剤の効果が優先され、副作用に関してはコントロールできれば認めましょうという考え方なので、CTCAEでは悪心と嘔吐を分けない大まかなとらえ方しかできない。悪心の程度がどれくらいなのかは分からない」と佐伯氏。

 

また、患者の主観的評価に関しても、「VAS(Visual Analogue Scale)では何となく分かるが、あくまで『何となく』だ」と佐伯氏は苦笑する。

 

「現時点では推奨療法に限界があるということを踏まえた上で、一人ひとりの患者さんに最適なものを考えていく必要がある。ガイドラインには適正使用という名前が付いているが、これはここをミニマムに考えましょうということ」と佐伯氏は話す。と同時に、「皆が納得できる客観的なデータを積み上げて行かなければならない」と今後の課題も挙げる。

 

実際、日本では、がん治療とCINV(癌化学療法による悪心・嘔吐)研究会による前向き研究など、データの蓄積が進められている。

 

(参考記事1)遅発性悪心への対処が課題、CINVの実態調査より【肺癌学会2013】

(参考記事2)胃癌初回化学療法で遅発性悪心は5割以上に発生、多施設共同前向き観察研究【癌治療学会2014】

 

レジメンによって催吐性を評価

ここで確認しておくと、抗癌剤の催吐性は4段階に分類され、「高度」は悪心・嘔吐が患者のほぼ全員に、「中等度」は30~90%、「低度」は10~30%、「最小」は10%未満に発生するリスクをいう。

 

また悪心・嘔吐の出現形態には、抗癌剤投与後24時間以内に出現する「急性」、24時間以降に出現し数日間持続する「遅発性」、制吐薬の予防的投与にもかかわらず発現する「突出性」、そして前回の抗癌剤投与時のコントロールが不十分だった場合に次の化学療法試行前から出現する心理的な「予期性」がある(表2)。

 

表2 癌薬物療法の経過時期による悪心・嘔吐の評価のポイント

 

この予期性の悪心・嘔吐の患者は、かつては20%も存在するといわれていたが、制吐療法の進歩により現在は、予期性嘔吐は2%未満、予期性悪心は10%未満とされる。

 

抗癌剤による急性および遅発性の悪心・嘔吐は、抗癌剤が神経伝達物質であるセロトニン(5-HT)やサブスタンスPを介しての嘔吐中枢を刺激することで起こる。急性の悪心・嘔吐には主に5-HTが、遅発性悪心嘔吐には5-HTとサブスタンスPが主に関与しているとされる。

 

1980年代には消化管運動改善薬メトクロプラミド(商品名プリンペランなど)やステロイドが使用されたが、90年代に入るとオンダンセトロン(商品名ゾフラン)やグラニセトロン(商品名カイトリルなど)といった第一世代5-HT3受容体拮抗薬が登場し、急性の悪心・嘔吐を予防できるようになった。そして遅発性の悪心・嘔吐にも有効な、サブスタンスPとNK1受容体の結合を阻害するアプレピタント(商品名イメンド)が2009年に、第二世代の5-HT3拮抗薬パロノセトロン(商品名アロキシ)が2010年に日本でも承認され、準備は整った。

 

制吐薬適性使用ガイドラインの初版が出版されたのは、ちょうどこの頃である。

 

それまで日本で準用されていた欧米のガイドラインが抗癌剤単剤の催吐性を示していたのに対し、このガイドラインでは用いられる標準レジメンごとの催吐性リスクを掲載するという、日常診療を強く意識したものだった。言うまでもなく癌の化学療法は多剤併用が主流であり、併用により催吐性リスクが増強されるものも多い。

 

そしてこの「リスク分類からみた臓器がん別のレジメン一覧」は、改訂版にも引き継がれた。

 

多職種が連携して対処

その他、最近の癌薬物療法における状況の変化を踏まえ、改訂版では経口薬や外来化学療法に関する新たなクリニカルクエスチョンが新設されている。

 

「経口薬は連日投与が多いので、日々の悪心・嘔吐のコントロールが重要になる。そうすると制吐薬の副作用にも気を付ける必要があるので、補足的に副作用の項目を加えた」と佐伯氏。

 

さらに、「外来化学療法も含めて、自宅でのチェックが重要になる。医師はそこまで頭が回らないので、薬剤師と看護師にもガイドラインの作成メンバーに入ってもらった。3つの職種が力を合わせて、真のユーザーである患者さんのためにガイドラインを役立ててもらいたい」と佐伯氏は話している。

 

 

<掲載元>

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