化学療法に伴う皮膚障害
『皮膚科エキスパートナーシング 改訂第2版』(南江堂)より転載。
今回は化学療法に伴う皮膚障害について解説します。
橋爪秀夫
島田市立総合医療センター皮膚科
Minimum Essentials
1医学の分子生物学的解析の進歩により開発された奏効率の高い新規がん治療薬(分子標的薬)による、従来とは異なる皮膚障害が出現しており、新たな対応が必要とされる。
2分子標的薬による皮膚障害は、投与後2~4週間後に出現することが多い。
3分子標的薬による皮膚障害の多くは薬理作用により出現する頻度が高く、用量依存性であることが多い(タイプA)。可能な限り一時的中止や減量によって対応する。「薬疹、中毒疹」で述べた重症薬疹(タイプB)の場合は、薬剤中止と同時に通常薬疹と同様に対応する。
化学療法に伴う皮膚障害とは
定義・概念
現在、癌治療を目的とした新規化学療法がつぎつぎと生み出されている。
癌の増殖や転移の分子生物学的メカニズムが詳しく解明されたことから、新しい抗がん薬は従来のものよりも効果的で、末期癌患者の延命効果を著しく高めている。その多くは、分子標的薬とよばれる上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)受容体阻害薬、マルチキナーゼ阻害薬などである。
これら新規がん治療薬は、皮膚などの生理的に増殖を繰り返す臓器には高率に副作用をもたらすだけでなく、皮膚障害の程度が強いほど延命効果が高いという不思議な現象がみられることがわかっている。
そのため、生命を脅かすような重症薬疹を除き、本薬による皮膚障害はできるだけコントロールされるべきで、Grade2までのものであれば安易に中止すべきでないことが提唱されている(表1)。
表1 有害事象共通用語規準5.0日本語訳JCOG版(CTCAE ver5.0-JCOG)
原因・病態
分子標的薬には、血液脳関門を通過し細胞内に取り込まれる低分子薬と、細胞表面分子に結合する高分子薬(抗体医薬品)とがあるが、それぞれ機能的分子に作用することにより腫瘍増殖や転移を抑える。
したがって、表皮細胞や粘膜上皮などの分裂増殖が起こる場所に作用し、皮膚障害としてさまざまな症状が現れる。薬剤投与後2~4週後に出現することが多い。
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診断へのアプローチ
臨床症状・臨床所見
皮膚の乾燥
四肢を中心に、皮膚の乾燥と亀裂などが出現する(図1)。
ざ瘡様皮疹
顔面、体幹に出現し、瘙痒感を伴うことがある。通常では起こらない被髪部にも生じ、脱毛を伴う場合もある(図2)。
脂漏性皮膚炎様皮疹
顔面皮膚の乾燥とともに、鼻唇溝や耳前部など脂漏部位に紅斑が出現する(図3)。
爪囲炎・肉芽腫
爪周囲の乾燥と亀裂に伴い、軽微な外傷に続発して起こる(図4)。
図4 爪囲炎・肉芽腫
強い疼痛を伴う。爪周囲には小さな傷ができやすいが、創傷治癒機転の際の表皮細胞や間質の増殖を分子標的薬が阻害し、細菌感染を繰り返す。これにより不良肉芽が増殖し、難治な爪囲炎をおこす。
その際に出現する血管拡張性肉芽腫を簡単に肉芽腫とよんでいるが、結核やサルコイドーシスの肉芽腫とは基本的に異なる性質のものである。
手足症候群
従来からフルオロウラシル系抗がん薬によって生じることが知られているが、それに比して明らかに重症な皮膚障害が、マルチキナーゼ阻害薬(スニチニブ、ソラフェニブなど)によって起こる。
投与3~4週後に突然、圧迫を受けやすい部位に紅斑・水疱が出現し、その疼痛のため日常生活が障害されることが多い(図5)。
検査
視診および触診にて、診断は容易である。他疾患との鑑別を要するときは皮膚生検が必要な場合がある。
ざ瘡様皮疹は膿疱を伴うことが多く、膿汁の培養検査では黄色ブドウ球菌が検出されやすい。抗菌薬感受性検査が有用な場合がある。
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治療法および看護の役割
治療
スキンケア
抗がん薬投与患者は高齢者が多く、皮膚の生理的機能が低下していることから、投与前でさえ皮脂欠乏症による皮膚の乾燥状態がみられることが多い。さらに分子標的薬のほとんどは、常にターンオーバーを繰り返している表皮細胞の生理的機能を傷害する。
したがって、あらかじめ皮膚の恒常的生理機能をある程度正常化させておくことは、皮膚障害を予防、すみやかに改善するためには重要なことである。
基本的には、入浴時に皮膚を愛護的に洗浄してから、すみやかに保湿薬を外用することがスキンケアの要点である。洗浄剤は弱酸性のものを用い、タオルやブラシでの激しい洗浄はやめる。
入浴後は10分以内に保湿薬を外用する。塗布量は1FTU(フィンガーティップユニット:人指し指の先端から第一関節までチューブから絞り出した量)を手掌2枚分の面積(体表面積の2%)に塗布するのが適量である。
ざ瘡様皮疹
スキンケアのあと、抗菌薬含有軟膏やざ瘡治療外用薬〔過酸化ベンゾイル(BPO)含有外用薬やアダパレンゲルなど〕を塗布する。程度がひどいときはミノサイクリン内服治療を付加する。
ステロイド外用剤は細菌感染を悪化させる恐れがあるため、当初から用いないほうが良いが、症状が激烈な場合、短期の使用は症状を緩和させる。
脂漏性皮膚炎様皮疹
スキンケアのあと、弱い(weak)ステロイド外用剤にて皮疹をコントロールする。マクロライド系抗菌薬の内服も奏効することがある。
基本的に長期のステロイド外用剤使用は酒さを誘発させるため、最小限の使用にとどめる。
爪囲炎・肉芽腫
正常な創傷治癒機転が起こらないため、通常の爪囲炎・肉芽腫より難治であることが多い。当初から予防のための爪切り指導(角を切り込まない、深爪をしない)をする。
液体窒素療法を行って肉芽腫を小さくしたり、テープ固定してできるだけ爪が皮膚に食い込まないように指導する。
手足症候群
圧迫刺激の強いところに紅斑と水疱が出現する。したがって、本症の出現しやすいマルチキナーゼ阻害薬などの投与時には、皮疹はおよそ投与後1ヵ月以降に出現することを説明し、あらかじめ強い力のかかるような作業や労働は避けるように指導しておく。
紅斑が出現したら、強め(strong以上)のステロイド外用剤塗布、水疱形成やびらんを生じたら抗菌薬含有軟膏塗布後、ガーゼ保護する。疼痛が強く、著しく日常生活を障害する場合は、投薬の中止を考慮する。
看護の役割
治療における看護
化学療法を受けている患者はすでにがん宣告を受け、不安や焦燥感など精神的に不安定であるため、訴えに対して共感をもって聞く姿勢が重要である。
近年上梓されている分子標的薬の延命効果は高いことから、本薬剤の減量や中止は、すなわち命の短縮につながる。また、皮膚障害が強いほど抗腫瘍効果が高いというデータがあることから、できるだけ皮膚障害は生活指導や対症療法でコントロールする必要がある。
その意味で、化学療法に伴う皮膚障害の治療における看護師の役割は医師以上に大きい。
フォローアップ
上記の皮膚障害は薬疹の分類ではタイプAに属するものであり、薬剤そのものの薬理作用によって生じるもので、ほとんど必発であるといっても過言ではない。
重要なのは、治療の項に述べたスキンケアによって皮膚の過度の乾燥や小さな外傷、細菌感染を防ぎ、できるだけ皮膚障害を軽減させることである。
化学療法が始まったら退院時および通院時にも、スキンケアとともに皮膚に対する愛護的な洗浄、爪の切り方などを指導する。
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引用・参考文献
1) 西條長宏:がん化学療法・分子標的治療update 2009,中外医学社,東京,2009
本連載は株式会社南江堂の提供により掲載しています。
[出典] 『皮膚科エキスパートナーシング 改訂第2版』 編集/瀧川雅浩ほか/2018年4月刊行/ 南江堂