ジカウイルス感染症(ジカ熱)【疾患解説編】|気をつけておきたい季節の疾患【10】
来院された患者さんの疾患を見て季節を感じる…なんて経験ありませんか?
本連載では、その時期・季節特有の疾患について、治療法や必要な検査、注意点などを解説します。また、ナースであれば知っておいてほしいポイントや、その疾患の患者さんについて注意しておくべき点などについても合わせて解説していきます。
古宮伸洋
日本赤十字社和歌山医療センター感染症内科
〈目次〉
- ジカウイルス感染症(ジカ熱)ってどんな疾患?
- ジカウイルスを媒介するのは特定の蚊
- ジカウイルス感染症の流行地域
- ジカウイルス感染症の臨床症状
- ジカウイルス感染症の処置・治療法
- ジカウイルス感染症を疑ったら?
- ジカウイルス感染症の予防法
- ナースに気をつけておいてほしいポイント
ジカウイルス感染症(ジカ熱)ってどんな疾患?
ジカウイルス感染症(ジカ熱)は蚊に刺されることでウイルスが感染し、発熱などの症状が出る病気です。
ジカウイルスが発見されたのは1947年と比較的古く、アフリカやアジアなどの熱帯地域で小規模な流行が散発的に発生していました。軽症で済むことが多かったため、以前はあまり重要視されていなかったのですが、近年、妊婦が感染した場合に胎児の発達に影響が出ることが判明したため、注目を浴びるようになりました。
2015年ごろからは中南米などで大流行しており、2016年2月にWHO(世界保健機関)が緊急事態宣言を出したことは大きなニュースになりました。日本では国内感染例はなく、海外で感染した輸入例が16例報告されています(2017年3月末時点)。
ジカウイルスを媒介するのは特定の蚊
先に述べたとおり、ジカウイルス感染症は、蚊の媒介する感染症です。まず、ジカウイルス感染症に感染しているヒトの血液を吸った蚊がウイルスに感染し、蚊の体内でウイルスが増殖します。次に、その蚊が別のヒトを刺すことで蚊の唾液中のウイルスが運ばれて感染が拡大していきます。
つまり、ジカウイルス感染症患者のいない地域の蚊はウイルスを保有していません。また、全種類の蚊が関係しているわけではなく、ある特定の蚊(シマカの仲間)の体内でのみウイルスが増殖できます。このシマカの仲間はデング熱や黄熱などの感染にも関係しています。
ジカウイルス感染症やデング熱が熱帯地域の病気なのは、この蚊が主に熱帯地域に生息している蚊であるためです。しかし日本にもこの蚊の仲間であるヒトスジシマカという蚊(図1)が広く生息しているので、夏場にはジカウイルス感染症やデング熱が流行する危険性を秘めています。デング熱は、実際に2014年には東京の代々木公園を中心にデング熱の流行があり、100名以上の患者が発生しました。
ジカウイルス感染症の流行地域
ジカウイルス感染症は、熱帯地域を中心に広い範囲に分布していますが、年によって流行状況が大きく変化しています。そのため、厚生労働省はWHOによる流行地域分類に従い、カテゴリー1と2を流行地域としています(表1)。
2017年3月時点では、ジカウイルス感染症の流行地域は、中南米、カリブ海のほとんどの国々、アフリカの一部の国々が流行地域になっています。日本との人の往来の多いタイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムといったアジアのいくつかの国々も流行国です。流行状況は逐次アップデートされますので、厚生労働省のホームページなどで確認が必要です(2)。
ジカウイルス感染症の臨床症状
ジカウイルス感染症の主な症状は発熱と皮疹ですが、基本的には軽症の病気であり、感染しても症状が出るのは20%程度であると報告されています。
ジカウイルス感染症は、蚊に刺された後、2~12日の潜伏期を経て発症します。発熱は微熱であることが多く、皮疹は痒みを伴う紅斑が全身に出現します(図2左)。また、そのほかにも結膜炎(図2右)や、手足の小関節の関節痛などの症状を起こすこともあります。
図2ジカウイルス感染症による斑状丘疹様の発疹(左)と充血性結膜炎(右)
ジカウイルス感染症が流行する地域には同じように発熱や皮疹を来す病気として、デング熱やチクングニア熱があり、鑑別が難しいのですが、ジカウイルス感染症は、ほかの病気と比べると結膜炎を起こすことが多く、診断のポイントの一つと言われています。ほとんどの場合は2~7日で自然に回復するのですが、いったん回復した後にギランバレー症候群を発症する事例も報告されています。
一番問題となるのは妊婦が感染してしまった場合です。ウイルスが母親の血中から胎児に感染して流産したり、脳の発達に影響を与え小頭症を引き起こすことがあります。2015年に大流行のあったブラジルでは数千人にのぼる小頭症の子どもが出生したと報告されています。
ジカウイルス感染症の処置・治療法
ジカウイルス感染症に有効な抗ウイルス薬はありません。発熱に対して解熱剤(アセトアミノフェン)を使用するなどの対症療法が中心になります。
ジカウイルス感染症の患者が蚊に刺されると、感染が拡大する可能性があるため、虫除け対策が必要です。なお、感染しても無症状なことが多く、知らないうちにウイルスを保有している場合もあるため、流行地から日本に帰国した場合には症状の有無にかかわらず、2週間程度は虫除け対策を徹底することが勧められています。
ジカウイルス感染症を疑ったら?
発熱、皮疹を来す疾患は麻しん、風しんなどのウイルス感染症や薬疹など多くあり、症状だけではジカウイルス感染症と区別することは困難です。やはり、一番重要なのは問診で、最近、熱帯地域などのジカ熱の流行地への渡航がある場合はジカウイルス感染症を疑う必要があります。国内で感染した事例の報告はまだありませんが、本人に渡航歴がなくても、周囲に渡航歴のある方がいないかなど、患者周囲の状況も確認することも必要です。
一般の検査機関ではジカウイルス感染症の検査診断はできないので、疑われる場合には保健所を通じて、国立感染症研究所や地方衛生研究所にPCR検査などを依頼します。日本感染症学会のホームページにはジカウイルス感染症協力医療機関のリストが掲載されていますので、必要があれば専門家に相談してください(4)。
ジカウイルス感染症の予防法
ジカウイルス感染症に対するワクチンはまだ開発段階であり、利用できません。そのため、流行国に渡航する際には虫除けスプレーの利用や、長袖長ズボンを着用するなど、予防は、蚊に刺されないようにすることが一番重要です。
なお、通常は、日本で蚊に刺されたからといってジカウイルス感染症を心配する必要はありませんが、蚊が媒介する国内の病気としては日本脳炎があります。
上述したように、ジカウイルス感染症は妊婦の感染が一番心配されるので、厚生労働省は妊婦の流行地への渡航は控えるように呼びかけています。
また、蚊から感染する事例がほとんどですが、性行為でジカウイルス感染症が感染した事例がいくつか報告されています。厄介なことに、患者の精液からは数週~数カ月に渡り、ウイルスが検出されることが分かっています。流行地域から帰国した男女は、症状の有無にかかわらず、少なくとも6か月、パートナーが妊婦の場合は妊娠期間中、性行為の際にコンドームを使用するか、性行為を控えることが推奨されます。さらに、稀ではありますが、血液を介した感染の可能性もあるため、流行国から帰国後4週間は、献血を控える必要があります。
「発熱+皮疹」を主訴に受診された患者にはぜひ渡航歴の有無を確認してください。今や海外へ渡航することは別に珍しいことではなく、逆に日本に来る外国人旅行者の数も年々増加しています。感染症は人の移動とともに移動するものですから、海外で感染した患者が日本の医療機関へ受診することは十分に考えられます。ジカウイルス感染症だけでなく、「発熱+皮疹」を来す疾患の中には感染性が高いものや、重症化するものもあります。
例えば、麻しんは感染性が非常に高い病気ですが、現在、日本で報告されている流行事例はすべて海外での感染者を発端としています。海外で流行している病気を疑う患者が来院した場合、渡航歴があって初めて鑑別に挙げることができます。自分の病気が渡航に関連しているとは考えていない患者もいらっしゃいますので、医療者側から渡航歴に気を配り、早期発見につなげることが大切です。
[参考文献]
- (1)国立感染症研究所ホームページ:ヒトスジシマカ.(2017年5月1日閲覧)
- (2)厚生労働省ホームページ:ジカウイルス感染症の流行地域.(2017年5月1日閲覧)
- (3)国立感染症研究所ホームページ:蚊媒介感染症の診療ガイドライン(第4版).(2017年5月1日閲覧)
- (4)日本感染症学会.ジカウイルス感染症協力医療機関一覧.(2017年5月1日閲覧)
- (5)WHO ホームページ:Microcephaly.(2017年5月1日閲覧)
[監 修]
辻本登志英
日本赤十字社和歌山医療センター 集中治療部長 救急部副部長
芝田里花
日本赤十字社和歌山医療センター 副看護部長 救命救急センター看護師長
[Design]
高瀬羽衣子