アドソン開創器・ベックマン開創器|開創器(2)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、整形外科の手術で使用される『アドソン開創器・ベックマン開創器』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方についてはさまざまな説があるため、内容の一部については、筆者の経験などに基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

アドソン開創器・ベックマン開創器

 

〈目次〉

 

アドソン開創器・ベックマン開創器は、複数の爪を持つ開創器

両側に圧排して術野を確保する開創器

アドソン開創器とベックマン開創器は、創を開いたまま保持しておく開創器です。鈎部分を手術創の両側に掛けて、術野の妨げとなる組織を両側に圧排し、術者の視野を確保します。

 

複数の爪があるため、深い術野や長めの切開創にも対応

アドソン開創器、ベックマン開創器のどちらも整形外科領域で頻回に使用されます。鈎となる先端部分には、複数のが付いているため、やや深い術野や、長めの切開創に対応することができます(図1)。また、筋層まで大きく、しっかりと開いておくことができます。

 

 

図1複数の爪が付いているアドソン開創器

複数の爪が付いているアドソン開創器

 

左右の先端部に爪が付いています。

 

多くのメーカーから製品化されているため、爪の数や広さ、深さのバリエーションがさまざまです。手術創の大きさや術式に応じて、対応することができます。

 

memo爪部分でしっかりと創を開いておくことができる

アドソン開創器・ベックマン開創器は、爪部分のバリエーションが豊富な器械なので、手術の内容に合わせて選択する必要があります。しっかりと創を開いておくことができるので、いわゆる“鈎引き”とよばれるドクターが少ない場合でも大丈夫なケースもあります。

 

アドソン開創器・ベックマン開創器の誕生秘話

アドソン開創器の開発者は、鑷子の開発者であるDr.アドソン

アドソン開創器の開発者として記録が残っている人物は、外科医のアドソン(Alfred Washington Adson:1887-1951)です。Dr.アドソンは、鑷子の開発者として、器械ミュージアムの『アドソン鑷子』でも登場しています。

 

Dr.アドソンは、世界的に有名なアメリカの病院、メイヨークリニックで働いていました。メイヨークリニックでは、1919年に神経外科を設立(診療科の専門性を高めるため)していますが、設立の中心となったのがDr.アドソンでした。

 

ベックマン開創器は、Dr.アドソンの同僚の外科医ベックマンが開発

ベックマン開創器の開発に関わる資料は、残念ながら見つけ出せませんでしたが、その名称から1人の外科医にたどり着きました。Dr.アドソンがメイヨークリニックで働き始めたとき、すでに同クリニックで外科系医師として働いていた、ベックマン(Emil Hessel Beckman:1872-1916)という医師です。

 

Dr.ベックマンは、教員としてキャリアをスタートしましたが、その後医学を学び、細菌学・疫学研究者として活躍しました。当時、ミネソタ州で大流行していた伝染病を終息させたという実績を残しています。

 

臨床医としては、1905年に婦人科領域で手術の経験を積み、1907年にメイヨークリニックに移りました。Dr.ベックマンは、当時開発された「骨折治療用プレート」を熱烈に支持し、骨折などの整形外科領域の手術も行っていたという資料が残っています。

 

Dr.ベックマンとDr.アドソンは、同じ時期に同じ病院で多くの手術を行っていたことから、両者の間では、日常的に各々の手術手技や使用器械について言葉を交わすことがあったと推測できます。筆者は、このDr.ベックマンこそが「ベックマン開創器」の開発者ではないかと考えます。

 

memoアドソン開創器とベックマン開創器に違いはない?

メーカーによっては、アドソン開創器とベックマン開創器を呼び分けているところもありますが、両者の形状に明確な違いはなさそうです。また、メーカーによっては、「アドソンベックマン開創器」という名称になっているものもあります。

 

アドソン開創器・ベックマン開創器の特徴

サイズ

アドソン開創器とベックマン開創器の全長は、アドソン開創器の関節がないタイプのもので20cm程度、ベックマン開創器やアドソン開創器の関節ありのタイプのもので30cm前後のものが、一般的なサイズです(図2)。

 

 

図2アドソン開創器・ベックマン開創器の全体像

アドソン開創器・ベックマン開創器の全体像

 

A:アドソン開創器、B:ベックマン開創器。

 

また、全長以外にも、鈎部分の爪の幅や深さ、爪の数など、メーカーによってさまざまなバリエーションがあります。

 

形状

アドソン開創器とベックマン開創器は、とてもよく似ています。全体像としては、いずれもX型の鉗子のような形状で、ラチェットが備わっており、鈎部分には多数の爪があります(図3)。

 

 

図3アドソン開創器・ベックマン開創器の先端部

アドソン開創器・ベックマン開創器の先端部

 

A:アドソン開創器、B:ベックマン開創器。

 

爪の先端は、鋭タイプと鈍タイプがあります。また、鈎部分までの形状がストレートのもの、彎曲した形状のもの、関節が2つあるものなど、その組み合わせによって多くのバリエーションが存在しています。

 

材質

アドソン開創器・ベックマン開創器は、ステンレス製です。

 

製造工程

素材を型押しし、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。

 

複雑な形状をしているアドソン開創器とベックマン開創器ですが、基本的にはコッヘル鉗子などのX型鉗子と同様の工程で製造されています。しかし、1件の手術で使用するのは1~2本であること、バリエーションがとても多いことなどから、一度に大量に製造されるものではありません。

 

価格

価格は、メーカーやサイズ、形状の特徴などによって違ってきますが、1本あたり30,000円~60,000円程度です。

 

寿命

アドソン開創器とベックマン開創器の寿命は、はっきりと決まっていません。どのような組織でどのような使われ方をしていたのかはもちろん、洗浄や滅菌の際の取り扱い方にも注意が必要です。また、鈎の先端の爪の状態には注意しましょう。

 

アドソン開創器・ベックマン開創器の使い方

使用方法

アドソン開創器・ベックマン開創器は、大腿骨頸部骨折整復の開創や張竟手術などに使用されることが多い器械です。皮膚切開、大腿筋膜張筋を切開、大殿筋を鈍的に分け、開創器をかけます(図4)。

 

 

図4アドソン開創器(ベックマン開創器)の使用例

アドソン開創器(ベックマン開創器)の使用例

 

股関節の手術中に、アドソン開創器(ベックマン開創器)を使用しているシーンです。

 

メーカーや施設によってアドソン開創器とベックマン開創器が違う

アドソン開創器とベックマン開創器の違いはメーカーによってさまざまです。たとえば、鈎先端の爪の形状の違い(鋭か鈍か)で分類しているメーカーもあれば、鈎部分手前の関節の有無で分類しているメーカーもあります。そのため、同じ開創器でも別の呼び方をしていること、別の開創器でも同じ呼び方をしていることがあります。また、メーカーによっては、同様の開創器を「アドソン・ベックマン開創器」としていることもあります。

 

施設ごとに違っている可能性がありますので、所属する施設での名称を必ず確認しておきましょう。

 

禁忌

禁忌は特にありませんが、爪の先端の形状には鋭・鈍と種類があり、その長さも多種ありますので、対象の組織に合った爪先のものを使用するようにします。

 

また使用する術野の深さに見合った爪のものを選ぶことで、無駄な組織損傷がなく、安全に手術を進められます。

 

ナースへのワンポイントアドバイス

ほかの器械との取り間違いを防ぐためには形状を覚えること!

開創器を取り間違える可能性として考えられるのは、形状の違いがはっきりしていないことかもしれません。施設ごとに呼び方が違っていることもあるため、外観的な特徴や使用範囲、呼び方を、しっかりと確認しておくことが大切です。

 

memo器械台に置く場合は、切創事故に注意

器械台に置いておくときは、鋭利な部分がドクターやナースに触れないよう、爪先を下向きに置くなど、切創事故予防に努めましょう。ただし、下向きに置くと器械台を覆っているリネン(布またはディスポシーツなど)を損傷する危険性があることを覚えておきましょう。

 

使用前はココを確認

アドソン開創器・ベックマン開創器の特徴は、鈎部分の深く広い爪です。この爪に不具合がないかを確認します。また、鉗子タイプの器械ですので、開閉がスムーズに行えるかどうかの確認もしておきます。

 

ラチェット部分に引っ掛かりが無いか、しっかり機能しているかも確認しておきましょう。

 

術中はココがポイント

器械出しの際は必ず先端を閉じた状態にして行います。器械出しの看護師は、中心付近を持ちドクターに渡します。先端が鋭利な場合もあるため、看護師もドクターも切創事故につながらないよう安全に取り扱いましょう。

 

使用後はココを注意

術野からアドソン開創器・ベックマン開創器が術野から戻ったら、まずは使用前に確認した爪の先端の確認をします。欠損や破損があれば術野の確認が必要です。

 

不具合がなければ付着物を拭き取るなどしておきましょう。

 

片付け時はココを注意

洗浄方法

洗浄の手順は、ほかの器械類と同じです。

 

(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落しておく
(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく

 

(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは、鈎が引っかからない場所に置く

アドソン開創器・ベックマン開創器は、分解することができません。洗浄用ケース(カゴ)に並べる場合は、ほかの器械と重ならないよう、余裕を持っておきます。先端部分がしっかり洗浄できるよう、やや開いた状態で洗浄する施設もあります。ただし、ラチェット部分に無理な力がかからないよう、注意しましょう。

 

滅菌方法

ほかの器械類と同様に、高圧蒸気滅菌が最も有効的です。滅菌完了直後は非常に高温になっているため、ヤケドをしないように注意しましょう。

 

アドソン開創器・ベックマン開創器だけで、滅菌パックにいれて滅菌する場合は、滅菌パックが破損しないよう、先端部分を2重にするなどの工夫が必要です。

 

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[参考文献]

 

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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