ゲルピー開創器|開創器(3)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、整形外科の手術で使用される『ゲルピー開創器』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方についてはさまざまな説があるため、内容の一部については、筆者の経験などに基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

ゲルピー開創器

 

〈目次〉

 

ゲルピー開創器は先端部の爪が特徴的な開創器

先端にある爪で手術創を開いておく器械

ゲルピー開創器は、切開創や手術創を開いておくための器械です。開創器先端の部分を組織に引っ掛け、視野の妨げになる組織を両側へ押し広げて開創します。

 

開創できる組織は、皮下、脂肪組織までの浅めの組織です。

 

小さな手術創に使用される整形外科用の器械

ゲルピー開創器は、浅めの組織を開創する器械です。開創の大きさは、持ち手のリング部分で調節可能な範囲になるため、切開創が比較的小さな手術創で使用されます。

 

現在では、整形外科用の器械にカテゴライズされていることが多くなっています。

 

爪が組織にしっかりと引っかかるため、筋鈎を使用せずに、術野の展開が可能です。

 

memo先端部の開閉はラチェットで

ゲルピー開創器は、ハンドル部分のリングに親指と人差し指(あるいは中指)を入れ、ぐっと引き寄せることで、先端部分が開きます。先端部分を閉じるときは、ラチェットを外し、リングの間隔を広げます。

 

ゲルピー開創器の誕生秘話

20世紀初頭、アメリカ人医師によって開発された

ゲルピー開創器の開発者として記録に残っている人物は、アメリカ人の医師、Maurice Joseph Gelpi(1883-1939)です。

 

Dr.ゲルピー自身に関する資料などは、残念ながら多くは残っていません。しかし、Dr.ゲルピーの出身校であるチューレーン大学(アメリカ)に、「1911年にゲルピー開創器が開発され、アメリカの医科器械メーカーが製造した」との記録が残っています。

 

産婦人科から整形外科へ広まっていった

Dr.ゲルピーは、産婦人科領域の医師でした。現在、ゲルピー開創器は整形外科領域で使用されていますが、元々は「会陰部の開創器」として開発されたようです。そこからどうやって整形外科領域での使用に移行していったのかは、詳細不明です。

 

おそらく、鈎引き担当を必要としない“自己保持式”の会陰開創器として製品化されたため、小さくて、浅い切開創の手術が多い整形外科領域で、多用されるようになったのではないかと、筆者は推測しています。

 

memoDr.ゲルピーとDr.ドゥベーキーの意外な関係

Dr.ゲルピーが、ルイジアナ州ニューオリンズにあるチューレイン大学医学部に勤務していた時期に、同校には世界中を驚かせる開発をした学生が在学していました。それは、人工心肺装置のローラーポンプを開発し、後に世界的心臓外科医として大きな功績を残したDr.ドゥベーキーです。

 

器械ミュージアムでは、『ドベーキー鑷子』の誕生秘話で解説している医師です。

 

ゲルピー開創器の特徴

サイズ

ゲルピー開創器のサイズは全長が17cm~19cmのものが多く、小さいものでは9cmや13cmといったラインナップがあります(図1)。

 

全長だけでなく、爪の深さや開口部の大きさなどもいくつかの種類があるようです。

 

 

図1ゲルピー開創器の全体像

ゲルピー開創器の全体像

 

先端部が深く曲がっている深曲型。

 

形状

ゲルピー開創器は、リング状のハンドルがある、いわゆる「Χ型鉗子」に近い形状です。鈎部分は鋭利な爪があり、爪の先端は両側へ曲がっています(図2)。

 

メーカーによっては爪部分が鈍タイプのものもあるようです。

 

 

図2ゲルピー開創器の先端部の爪

ゲルピー開創器の先端部の爪

 

爪部分が両側へ曲がっているのが特徴です。

 

memo流れるような曲線が美しいゲルピー開創器

ゲルピー開創器の形状は、ちょっと独特です。ゲルピー開創器を上から見たときは両サイドへ広がるカーブがあり、横から見たときは縦方向にもカーブがあります。この2方向のカーブが、前腕や足関節付近のカーブにぴったり合うのかもしれません。

 

経験の長い手術室看護師のなかには、このカーブに魅力を感じる方もいるほどです。

 

材質

ほかの鉗子類などと同様にステンレス製です

 

製造工程

素材を型押しし、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。

 

価格

ゲルピー開創器の価格は、メーカーや形状にもよりますが、10,000円~35,000円程度です。

 

寿命

ゲルピー開創器の寿命は、特に決まっていません。その特徴的な形状のため、頻回な使用による負荷などを考慮する必要があります。

 

また、洗浄や滅菌などの過程での取り扱い方も寿命に影響を与えます。

 

ゲルピー開創器の使い方

使用方法

ゲルピー開創器は、鉗子を使用する際のようにリング部分に指をかけ、先端の爪を組織の両側へかけます(図3)。ラチェット式のため、開創の大きさを簡単に調整することができます。また、カーブのある形状のため、運動に関する部位の開創にも向いています。

 

 

図3ゲルピー開創器の使用方法

ゲルピー開創器の使用方法

 

ゲルピー開創器の先端の爪を組織の両側にかけて、創を開きます。
創の大きさは、ゲルピー開創器がラチェット式のため簡単に調整できます。

 

類似機器との使い分け

整形外科領域で同じように使用されるΧ型の鉗子状の開創器には、ほかにもたくさんの種類があります。それぞれ、先端部分に特徴があり、開創できる組織が違ってくるので、組織に合わせて使い分けしましょう。

 

禁忌

禁忌は特にありません。

 

ナースへのワンポイントアドバイス

先端部分に注目して取り間違いを防ごう

自己保持型の開創器には、さまざまな種類の器械が存在します。しかし、持ち手部分の形状は非常によく似ているものの、先端部分には違いがあるため、ほかの器械と取り間違えることはあまり考えられません。

 

ゲルピー開創器自体にも多くのサイズや形状があります。術中は、皮膚切開の大きさに合わせたものを使用するため、術野や切開の大きさから、どのサイズのものを使用するのか判断する必要があります。

 

memo複数本の爪を持つゲルピー開創器に似たアドソンベックマン開創器

ゲルピー開創器と強いて似ているとするならば、アドソンベックマン開創器(整形外科用の開創器)などがあります。しかし、これらの開創器の先端部分には、複数本の爪があり、組織を圧排します。

 

使用前はココを確認

先端部分の爪が欠けたり曲がったりしていていないか、状態を確認しておきます。ゲルピー開創器はこの爪の部分が、軟部組織にしっかりと掛かることで、その役目を果たすため、爪の確認は必須です。

 

術中はココがポイント

器械出しの際は先端の中央寄りを持ち、持ち手のリング部分がドクターの手のひらに当たるように押し渡します(図4)。

 

 

図4ゲルピー開創器の手渡し方の例

ゲルピー開創器の手渡し方の例

 

ゲルピー開創器を閉じた状態で、先端中央寄りを持って手渡します。

 

このとき、ゲルピー開創器は閉じた状態で渡すことが重要です。先端の爪が両側に向けて先端が曲がっているので、開いたままの器械出しは切創事故につながり危険です。

 

使用後はココを注意

ゲルピー開創器が術野から戻ったら、まずは使用前にも確認をした「爪の状態」を確認しましょう。万が一、爪に欠損があれば、術野の確認が必要です。ほかにも爪の角度や形状の不具合などがないか、ラチェット部分のゆがみやゆるみが無いかなどを確認します。

 

問題がなければ付着物などを拭き取っておきましょう。

 

片付け時はココを注意

洗浄方法

洗浄の手順は、ほかの器械類と同じです。

 

(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落しておく
(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく

 

(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは、爪が引っかからない場所に置く

ゲルピー開創器は分解できません。洗浄用ケース(カゴ)に並べる場合は、ほかの器械とぶつからないようよう、余裕を持っておきましょう。また、先端の爪の部分はとても鋭利なため、洗浄かごの網目部分からはみ出すこともあるので、注意しましょう。

 

滅菌方法

高圧蒸気滅菌が最も有効的です。滅菌完了直後は非常に高温になっているため、ヤケドをしないように注意しましょう。

 

 


[参考文献]

 

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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