晴嵐荘型ラスパトリウム|整形外科手術器械(5)
手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、整形外科の手術で使用される『晴嵐荘型ラスパトリウム(ラスパ)』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方についてはさまざまな説があるため、内容の一部については、筆者の経験などに基づいて解説しています。
黒須美由紀
〈目次〉
晴嵐荘型ラスパトリウムは肋骨に対して使用する骨膜剥離子
ラスパトリウムの一種で、形状は押しラスパ
晴嵐荘(せいらんそう)型ラスパトリウムは、たくさんの種類があるラスパトリウム(ラスパ)の中の一種です。ラスパトリウムとは骨膜剥離子のことですが、この晴嵐荘型ラスパトリウムは、特に肋骨内面の骨膜全体を剥離するために開発されたと考えられています。
晴嵐荘型ラスパトリウムの形状は、押しラスパです。
肋骨切除術を行う呼吸器外科や胸部外科など使用する
晴嵐荘型ラスパトリウムは、肋骨に対して使用する器械です。そのため、使用する診療科としては、主に呼吸器外科や胸部外科です。
肋骨切除術などで、切除予定部位にある骨膜を剥離するために使用します。その際、切除する予定位置に最も近い部分に対して使用します。
memo晴嵐荘型ラスパトリムは通常のラスパトリウムよりも長い
晴嵐荘型ラスパトリウムをよく見ると、整形外科の手術で使用するラスパトリウムよりも、形状が長くなっています。これは、肋骨の骨面で使用するものとして開発されたためだと考えられます。
晴嵐荘型ラスパトリウムの誕生秘話
晴嵐荘は結核療養のための施設の名前
骨の表面に密着している骨膜を剥離するためのラスパトリウムには、たくさんの種類が存在します。ほかの多くの器械類がそうであるように、ラスパトリウムにも開発に関わったと思われる医師の名前が冠されたものが今も残っています。
しかし、晴嵐荘型ラスパトリウムの「晴嵐荘」という名前は、実は人名ではなく、施設の名前です。この晴嵐荘という施設は、1935年(昭和10年)に日本結核予防協会によって開設された、除役結核軍人向けの療養施設でした。
当時は、陸軍における結核蔓延が深刻な状況でした。除役軍人の受け入れ先が議会でも審議されたほど、大きな問題となっていました。晴嵐荘は、1937年(昭和12年)に国へ移管され、わが国初の国立結核療養所になりました。
その後も、国は結核対策・結核予防対策を講じましたが、戦局がかなり悪化し、医師や看護師、医療器具、医薬品などすべてが不足し、結核対策は停滞しました。入所していた患者さんも退所し、疎開するケースが増え、休廃業する療養所や施設が多くなりました。
結核外科療法の最先端施設として医療を牽引
晴嵐荘では、施設の開設間もない頃から外科手術室が設置されていました。1938年(昭和13年)には、第1回目の手術が行われ、結核治療の最先端をいく施設になっていました。 当時は、手術による結核の治療法を「結核外科療法」と呼んでいたようです。
memoペニシリンが変えた結核手術
結核の手術は、戦後に「ペニシリン」が使えるようになったことで、安全性が向上したといわれています。 現在では、肺結核に対する外科治療は、当時に比べると少なくなっています。しかし、①多剤耐性結核であること、②主病巣が限局しており切除可能なことなど、いくつかの条件を満たす場合は、外科治療(手術療法)の適応になります。
慶應義塾大学医学部教授の前田和三郎先生も、この治療法の先駆者の一人でした。教授という立場にありながら、自ら晴嵐荘に赴いたと言います。前述の手術第1号の症例も、Dr.前田の執刀によるものでした。
国内で混乱が続き、医療の発展が止まってしまっていた戦中戦後の時代、晴嵐荘では途切れることなく手術が続けられてきました。結核治療の先端を進み続けた晴嵐荘では、ラスパトリウムのみならず、晴嵐荘型モデルの医療器械を、今でも多く残しています。
晴嵐荘型ラスパトリウムの特徴
サイズ
晴嵐荘型ラスパトリウムの全長は26cm~27cmです。肋骨を扱うため、整形外科で使用される一般的なラスパトリウムよりも長めのサイズになっています。
形状
鋭く角張った先端部分には強彎(わん)と微彎があります(図1)。
図1晴嵐荘型ラスパトリウムの先端の形状
材質
ほかのラスパトリウム同様、ステンレス製です。
製造工程
素材を型押しし、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。
memoラスパトリウムとエレバトリウムは製造工程も違う
ラスパトリウムは、似たようなシーンで使用するエレバトリウムとは違い、先端が刃物のような構造になっています。製造工程の中でも、この部分の工程は、現在でも職人さんの手作業で行われることが多い工程です。
価格
晴嵐荘型ラスパトリウムの価格は、8,000円程度です。
寿命
晴嵐荘型ラスパトリウムの寿命ははっきり決まっているわけではありません。晴嵐荘型ラスパトリウムは先端部が鋭利で、その形状を利用して骨膜を剥離する器械です。そのため、先端部が使えなくなる状態になると寿命だと言えます。
日頃の使用状況や、洗浄・滅菌の際の取り扱いなどが、寿命に大きく影響します。
晴嵐荘型ラスパトリウムの使い方
使用方法
晴嵐荘型ラスパトリウムは、肋骨の骨膜を剥離する目的で開発されました。現在でも、呼吸器外科の器械セットに組み込まれているケースがあります。
使用方法は、肋骨に付着している骨膜を骨端部方向に向けて、押しながら剥離します(図2)。
図2晴嵐荘型ラスパトリウムの使用例
類似機器との使い分け
晴嵐荘型ラスパトリウムと外観が類似している器械は、やはりラスパトリウムです。
使用用途は骨膜を剥離するための器械で同じですが、晴嵐荘型ラスパトリウムが対象とする骨(膜)は肋骨です。ほかのラスパトリウムとは、はっきりと使い分けができています。
禁忌
禁忌は特にありませんが、一般的なラスパトリウムに比べ、全長に対して持ち手までの柄部分が幾分スリムにできています。肋骨(膜)に対して使いやすい形状になっているので、目的外に使用しないようにしましょう。
また、晴嵐荘型ラスパトリウムは、押しラスパです。引きラスパではないので、引きでは使用してはいけません。
ナースへのワンポイントアドバイス
ほかのラスパトリウムとの違いは全長の大きさと持ち手の部分から判断
晴嵐荘型ラスパトリウムは先端部分だけを比べると、ほかのラスパトリウムとよく似ています。しかし、全体を比べてみるとその全長の大きさと、持ち手までの柄の部分に特徴が出ています。
また、肋骨を対象とした器械のため、先端部分もコンパクトな作りになっているので、これらの点に注目しながら、器械出しを行いましょう(図3)。
図3晴嵐荘型ラスパトリウムと一般的なラスパトリウムの形状の違い
使用前はココを確認
晴嵐荘型ラスパトリウムの先端部分を確認しましょう。先端部で骨膜を確実に剥離することが目的のため、先端の鋭利な部分に、欠損や破損などの不具合がある状態では使用できません。
術中はココがポイント
器械出しの際は、一般的なラスパトリウムに同様に、先端の鋭利な部分を自分の(右手の)人差し指側に置き、軽く柄の部分を持ちます。ドクターの右手に、ハンドル部分が軽く当たるように渡すと良いでしょう。
*参考:『ラスパトリウム|整形外科手術器械(4)』
しかし、術野の状況によっては、手のひらに収まるように持って使用するのか、ペンホールド式(鉛筆を持つような持ち方)で使用するのかなど、ドクターの使用方法が変わってきます。そのため、ドクターへの渡し方も違ってくることがあるため、術野の様子をしっかりと観察しておく必要があります。
また、先端の刃の部分が下向きになるように手渡す場合は、器械台やメイヨー台、患者さんにかかっているドレープなどに引っ掛けないよう、十分に注意しましょう。
memo器械台の上に配置する際は破損に気を付ける
晴嵐荘型ラスパトリウムの先端は非常に鋭利であると同時に、大変デリケートにできています。ほかの器械と強く接触して、刃の部分の破損につながらないよう、器械台の上での配置には注意しておく必要があります。
使用後はココを注意
術野から晴嵐荘型ラスパトリウムが戻ってきたら、まずは先端部分の確認をします。万が一、欠損や破損があった場合は、術野の確認も必要になります。先端の刃の部分は、この器械の命とも言える部分ですので、常に確認が必要です。
問題がなければ付着物などを拭き取っておきましょう。
片付け時はココを注意
洗浄方法
洗浄の手順は、ほかのラスパトリウムの手順と同じです。
(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落しておく
(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく
(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは、ほかの器械と重ならないように置く
ほかの器械と重ならないよう、余裕を持って置きましょう。雑な並べ方をすると、ほかの器械と重なってしまい、洗浄工程で金属同士がぶつかってしまいます。結果的に、全体のゆがみやキズ、刃の部分の破損などにつながりやすくなりますので、きちんと整頓して並べるようにしましょう。
滅菌方法
ラスパトリウムと同様に、高圧蒸気滅菌が最も有効的です。滅菌完了直後は非常に高温になっているため、ヤケドをしないように注意しましょう。
- ピンカッター|整形外科手術器械(1)
- リウエル|整形外科手術器械(2)
- エレバトリウム|整形外科手術器械(3)
- ラスパトリウム|整形外科手術器械(4)
- ⇒『器械ミュージアム』の【記事一覧】を見る
[参考文献]
- (1)高砂医科工業 骨ヤスリ、骨膜起子、骨膜剥離子(カタログ).
- (2)石橋まゆみ, 昭和大学病院中央手術室 (編). 手術室の器械・器具―伝えたい! 先輩ナースのチエとワザ (オペナーシング 08年春季増刊). 大阪: メディカ出版; 2008.
[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
元 総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験
Illustration:田中博志
Photo:kuma*
協力:高砂医科工業株式会社