病棟で気づきたい敗血症

『エキスパートナース』2015年8月号<「急変」になる前に病棟で見抜きたい!「敗血症」の気づき方>より抜粋。

 

今回は敗血症について説明します。

 

井上茂亮
神戸大学医学部附属病院先進救急医学部門特命教授/外来医長

 

「39℃近い発熱」「ショック」など、重篤な症状が生じる敗血症。
じつは病棟で発症していても、症状が現れにくい患者もおり、見過ごされている場合があるといいます。
いちはやく敗血症に気づくコツと、重症化を食い止めるための対応について解説します。

 

ポイント!

  • 敗血症では、全身に多様な症状が現れる
  • 高齢者では、小児や成人と比べて症状が現れにくいため、徴候を見逃し、重症化してしまう

 

〈目次〉

 

2016年2月 敗血症の新しい定義が発表されました。
敗血症の定義が変更。 臓器障害の有無が重要に

 

敗血症では、感染からショック・臓器障害に至る

敗血症とは、感染によるさまざまな臓器障害(臓器不全)です。

 

字面では、「血が負ける病気」であり、「血が(細菌に)負ける→菌血症?」とイメージしがちですが、決してそうではありません。

 

敗血症は英語でsepsis(セプシス)と呼ばれています。古代ギリシャ時代、sepsisとは、「腐る」「腐る過程」という意味で用いられていました1(pepsis(ペプシス)〈消化〉から語源変化したようです)。「腐る」とは、微生物により有機物が貪食・消化・分解されることです。

 

すなわち敗血症をもう少しくわしく説明すると、「病原微生物による病的な生体反応をきっかけに循環不全に陥り、臓器障害に至ること」、と考えることができます(図1)。

 

図1敗血症

敗血症

 

ちなみに、「菌血症」とは血液中から菌を検出する症状であり、敗血症とは異なります。

 

感染以外の原因もあり、また、多彩な症状が現れる

では、ベッドサイドでは、どのような症状から敗血症を認知できるのでしょうか?

 

私は表1のような症状に特に注意するように指導しています。

 

表1敗血症の“見逃したくない”症状と影響

 

また現在の敗血症国際ガイドライン(Surviving Sepsis Campaign Guidelines 2012、『SSCG2012』)2では、不穏やせん妄などの意識変容、体位変換後のバイタルサインの変化、胸水やCO2の蓄積、手足のむくみなどの、炎症の増悪だけでは説明できない、多彩な臨床症状が敗血症診断の補助的指標として提示されています。

 

もし病棟の患者でこのような症状が出現した場合には、敗血症を念頭に置く必要があります。

 

また、麻酔を伴う手術、脳卒中脳梗塞出血)、悪性腫瘍、外傷や熱傷などは宿主の免疫機能を低下させ、敗血症のリスクを増大させるため、常に気を配る必要があります。

 

高齢者では、症状が若年者と異なるため敗血症を見逃しやすい

現在、「敗血症は高齢者の病気」と呼ばれています。本邦でも爆発的に高齢者が増加しており、敗血症患者が増加することが予想されています。

 

加齢は敗血症の予後不良のリスク要因と言われています3。65歳以上の高齢者が敗血症患者の60%を占め、また、敗血症による死亡患者の80%を占めているという報告もあります4。加齢による免疫機能の低下が、ICU入室後の2次感染率の増加に関係しているとも言われています5

 

高齢者の敗血症の症状は典型的ではないため、その発見は難しいと言われています。

 

血圧低下や全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome、SIRS)の症状を呈していないことも多く、小児や成人と比べて“地味”です。このため初期診療が遅れ、重症化しやすいという特徴があり、特に注意が必要です(図2)。

 

図2高齢者敗血症の特徴

高齢者敗血症の特徴

 

 

高齢者において、成人や小児と異なる場合がある症状について、以下に例を挙げます。

 

1発熱しにくい(低体温)

高齢者は、敗血症に陥ってもあまり発熱しません。

 

通常、感染時には、体は生体内に侵入した細菌の増殖を抑制するため、視床下部の体温セットポイントを37℃から上昇(または低下)させます。つまり成人や小児の重症敗血症では39℃前後の高熱により敗血症が認知されることが多いのですが、高齢者は全身の筋肉量が減少しているため熱産生が困難で、体温を上昇させることができません。

 

また、救急搬送される院外敗血症高齢患者ではしばしば35℃以下の低体温を呈していることもあり、低体温であるほど敗血症の予後が悪いという報告もあります6

 

2ショック症状が認知しづらい

高齢者の多くは、動脈硬化などにより血圧のベースラインが上昇しています。65歳以上の高齢者では、収縮期血圧が110mmHgでもショック(循環不全)という報告もあります7,8。このため、血圧の低下を見逃しやすく、成人と比較してショックの認知が遅れがちです。

 

また、β(ベータ)遮断薬などの内服により、初期のショック症状として重要な指標である頻脈になりにくいこともあります。

 

3意識変容にも気づきにくい

認知症や脳卒中の既往があることが多いため、意識変容(不穏、せん妄、認知機能障害)をもとから呈しています。そのため、敗血症性ショックによって生じた意識変容(不穏やせん妄)を認知しにくいとも言われています。

 

「臓器障害」がこれからの敗血症診断・治療のポイント

以上のような背景を受けて、敗血症の定義に疑問を投げかける数多くの報告がなされています。

 

1992年以来、敗血症については「感染+SIRS」と定義されていますが(図3-①)、この診断基準は感度が高く、また、種類の異なるさまざまな患者が入り混じった“ごちゃまぜ”であるため、新規敗血症治療薬の臨床治験でほとんど効果を得ることができていない状況です9

 

また、今年(2015年)発表されたオーストラリア・ニュージーランドからの敗血症患者11万人を元にした報告では、重症敗血症患者のうち8人に1人がSIRSの診断基準を満たしていないことが明らかになりました10

 

このため、今後は、臓器障害・臓器不全に焦点を当てた敗血症診断・治療(図3-②)が展開されるのではないでしょうか?

 

図3現在の敗血症の定義と臓器障害に焦点を当てた敗血症診断

現在の敗血症の定義と臓器障害に焦点を当てた敗血症診断

 

いずれにせよ、ベッドサイドで患者の変化をつぶさに観察し、「この患者さん、敗血症かな?」と疑うことが重要です。

 

メモ*1SOFA(ソーファ)スコア

sequential organ failure assessment score。重症敗血症患者の臓器障害を簡便にスクリーニングできるスコア(『敗血症で注意したい!「多臓器障害」とその対応』参照)。

 

 


[引用・参考文献]

 

 


本記事は株式会社照林社の提供により掲載しています。/著作権所有(C)2015照林社

 

P.12~「イントロダクション:病棟で気づきたい敗血症」

 

[出典] 『エキスパートナース』 2015年8月号/ 照林社

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