消化管出血に投与される経口用トロンビン末は牛乳での投与が必要?
『術前・術後ケアのこれって正しい?Q&A100』(照林社)より転載、Web掲載にあたり一部改変。
内容は書籍刊行当時のもの。
今回は「経口用トロンビン末の投与」に関するQ&Aです。
佐々木剛
大阪市立総合医療センター薬剤部担当係長
編著 西口幸雄
大阪市立十三市民病院病院長
消化管出血に投与される経口用トロンビン末は牛乳での投与が必要?
確実に効果を出すには、牛乳で投与するのがいいです。
〈目次〉
トロンビン末の投与には、なぜ牛乳がいい?
トロンビンは血液凝固因子の1つで、血液凝固過程の最終段階、すなわちフィブリノーゲンに直接作用してフィブリンに変換させます。したがって、トロンビンは出血局所の血液を急速に凝血させ、損傷血管断端を閉塞し、止血させます。
トロンビンの効果が最も高まるのはpH7付近であり、経口的に用いた場合、胃酸(pH1~2)により酵素活性が低下します。人工胃液を用いた実験で、配合時のpHが2.2まで低下した場合は、トロンビンの活性が44%まで低下したとのデータがあります。
よって、食道など胃よりも上部の出血に使用するのであれば、白湯などの体温に近い水で大丈夫ですが(ただし、逆流性食道炎などの胃酸の逆流がある場合は、牛乳などの緩衝液がよい)、胃を含む下部に出血がある場合は、牛乳などの緩衝液によって胃酸を中和する必要があります。
胃酸の中和には、リン酸緩衝液が胃酸の中和に最もよいとされていますが、入手が難しいため、牛乳を使用します。しかし牛乳アレルギーのある患者には使用できませんし、費用(患者負担)の面で問題がある場合もあります。
トロンビン末の投与に牛乳が使用できない場合は?
牛乳、リン酸緩衝液の代わりになるものとして、炭酸水素ナトリウム(重曹)が挙げられます。炭酸水素ナトリウムは医薬品として常備されているので、入手しやすいと思います。
0.5%の炭酸水素ナトリウム溶液(炭酸水素ナトリウム末0.5を100mLの水に溶解)で牛乳やリン酸緩衝液と同じ効果があります。しかし炭酸水素ナトリウムは、消化器系の副作用として、ときに胃部膨満感、まれに胃酸の反動性分泌等が報告されていますので、使用はできる限り少量にとどめ、消化器系の副作用に注意して使用します。
牛乳でのトロンビン末の投与はどのように行う?
牛乳100mLを用意します。胃酸を先に中和しておくために、まずは約50mLを患者に飲んでもらいます。続いて残りの50mLにトロンビン末を溶かし、飲んでもらいます(図1)。
マーロックスⓇ と一緒に服用する方法もありますが、マーロックスⓇとトロンビン末は混合しておくと活性が著しく低下し、またマーロックスⓇを先に服用することで、先に胃粘膜にマーロックスⓇが付着し、トロンビンの効果を下げてしまうことがあるので、先にトロンビンを服用し、15分以上間隔をあけてマーロックスⓇを服用するようにします。
PPI(プロトンポンプ阻害薬)やH2 ブロッカーを服用している患者は、胃酸が抑えられています。しかし、PPI(エソメプラゾールマグネシウム水和物)を5日間服用した場合でも、投与5日目の24時間の胃内のpHが4以上になる時間率が59.8%というデータがあります。トロンビンはpHが6以下になると失活がはじまるとされているので、PPI服用だけでは効果が弱まる可能性があります。
以上のことから、胃酸を確実に抑えて確実に効果を出すには、牛乳などでの服用がよいと考えられます。
[文献]
本記事は株式会社照林社の提供により掲載しています。
[出典] 『術前・術後ケアのこれって正しい?Q&A100』 (編著)西口幸雄/2014年5月刊行/ 株式会社照林社