眼科剪刀|剪刀(3)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『眼科(手術用)剪刀』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

 

〈目次〉

 

眼科剪刀は細部の操作に適したはさみ

刃先が薄くて鋭利なため、繊細な操作を行うことが可能

医療の世界では、「はさみ」のことを「剪刀(せんとう)」と呼んでいます。

 

眼科(手術用)剪刀は、ほかの剪刀類に比べると小さいため、そのサイズに目が行きがちですが、実は刃に大きな特長があります。その特長は、一般的な剪刀に比べ、刃の先端は非常に鋭利で、刃先も薄く細部の操作に優れているということです(図1)。

 

図1眼科剪刀の刃先の特長

 

眼科剪刀の刃先の特長

 

鋭利で、刃先が薄くできています。

 

また名前には、「眼科」とありますが、眼科だけでなく、繊細な操作を必要とされる手術において活躍する剪刀です。

 

虹彩(アイリス)を切除するために発展した器械

医療機器メーカーのなかには、眼科剪刀と同じサイズ(あるいは多少異なるサイズ)の「アイリス剪刀」という名称の剪刀を取り扱っているところもあります。この「アイリス」というのは、眼球にある虹彩のことです。

 

眼科領域では、緑内障に対する手術として、虹彩切除術があります。現在は、レーザーによる手術や、より繊細で特徴的な手術器械もありますが、眼科剪刀やアイリス剪刀は、元々、虹彩を切除するために発展してきた器械ではないかと筆者は推測します。

 

眼科領域以外にも形成外科や皮膚科領域など、活躍シーンは多い

眼科領域での使用はその名前の通りですが、眼科剪刀は、全長が小さく掌に収まるサイズのため、形成外科領域や皮膚科領域などの手術において、小切開された表層で使用されることもあります。また、刃先が薄く切離点にズレがないため、粘膜や漿膜など、薄くて繊細な組織に使用できます。

 

さらに、刃先の繊細さを活かし、眼科や耳鼻咽喉科の手術など、微細な手技中に、糸切りなどで使われることもあります。

 

眼科剪刀の誕生秘話

ドイツ人外科医が、一般的な剪刀をベースにして小さいサイズの眼科剪刀を開発

外科領域が飛躍的に発展していった20世紀初頭頃、やはり眼科領域も時期を同じくして、大きく発展していきました。この発展の過程で、眼科剪刀は、当時、一般的に使用されていた剪刀類をベースに開発されたと筆者は推測します。

 

眼科という診療科が、外科から分かれて専門分野になったのは、1850年に検眼鏡(眼底を診る器械)が発明されたことと、ドイツの外科医(眼科医)のヴォン・グレーフェ(Albrecht von Graefe:1828-1870)が、緑内障治療として虹彩切除術を行ったことがきっかけだと言われています。

 

それまでは、外科用しか無かった剪刀類が、眼科用に小さく改良され、繊細な操作を行えるよう刃先の工夫などが加えられたのが、現在の眼科剪刀の始まりではないでしょうか。

 

繊細な操作を行うときが眼科剪刀の真骨頂

現在の眼科領域の手術は、その多くが顕微鏡下で行われるため(白内障手術など)、眼科剪刀をメインの剪刀として使用することはほとんどないようです。

 

しかし、技術の進歩とともに、手術時間は短くなり、日帰り手術も当たり前になってきました。また、眼科手術は、患者さんの意識がはっきりとした状況下で行われることが多い手術ですので、短時間で素早く、正確な操作が求められます

 

このような環境で行われる手術では、眼科剪刀の威力が発揮されるシーンがあります。例えば、結膜縫合時の糸切りや、網膜剥離手術でのシリコンバンドの形状を整えるなど、小さな動きで、素早く確実に繊細な操作を行うことができれば、患者さんの負担軽減につながります。

 

1950年に行われた角膜移植手術で使用された

わが国で眼科剪刀が使われ始めた正確な時期までは、残念ながらわかりません。

 

しかし、印西市立印旛医科器械歴史資料館に残っている“中村式角膜移植手術セット”には、当時の眼科剪刀などの剪刀類が入っていました(図2)。

 

図2印西市立印旛医科器械歴史資料館に展示されている中村式角膜移植手術セット

 

印西市立印旛医科器械歴史資料館に展示されている中村式角膜移植手術セット

 

(印西市立印旛医科器械歴史資料館にて撮影)

 

“中村式”のDr.中村は、戦後間もなく(1950年)、角膜移植 164例を報告しています。この時代は、アイバンクや、角膜移植に関する法制度が無く、ドナー角膜を入手するのも大変でしたが、これだけの症例を報告していたDr.中村の手術には、眼科剪刀は欠かせない器械だったと考えられます。

 

Dr.中村が使用していた剪刀が、国産であるかどうかについては不明ですが、輸入品であっても、日本人の手の大きさに改良され、使用されていたのではないかと、筆者は推測します。

 

memo日頃の丁寧な手入れが、眼科剪刀の能力を活かす秘訣

眼科剪刀は、非常に繊細な操作性が求められる器械です。
器械そのものは精巧にできていますが、術中の取り扱いに注意すること以外に、日常的に行き届いた手入れを行うことが、器械の良さを活かして力を十分に発揮させることにつながります。

 

眼科剪刀の特徴

サイズ

眼科剪刀の全長は、11cm~11.5cmが一般的なサイズです。メーカーによっては少し小さめや、または大きめのサイズのラインナップもあります。

 

形状

全体の形状は、ほかの剪刀類や鉗子類と同様にX型です。刃先は薄く非常に鋭利です。先端部分が真っ直ぐの直型と、彎曲(わんきょく)した曲型(=反型)があります。

 

材質

眼科剪刀の多くはステンレス製ですが、刃先に超硬チップ加工が施されているものや、剪刀全体がチタン製のものもあります。

 

製造工程

眼科剪刀など、剪刀類の製造工程は、鉗子類の製造工程とは少し異なります。作られる工場などによっても細かい点では違いがありますが、おおよそは表1のような工程で製造されています。

 

表1眼科剪刀の製造工程

 

 

指を入れるための「輪」から、先端の刃の刃文までを形作る
「輪」の部分を切削する
はさみの刃の部分にねじれを加え、2本合わせた時に、刃同士が競り合うようにする
刃の部分を3~5段階に分けて、研磨する
焼き入れ処理を行う
さらに輪の部分などを研磨する
支点部分にねじり切りをする
2本のはさみ同士の視点をビスで固定する
特殊な電解液の中で電解処理を行う(温度や時間が決まっている)
輪の部分と刃の部分をさらに研磨して仕上げ加工をする
布を切って、切れ味を確かめる

 

手術器械である剪刀は、切れ味が命ですので、何度も条件を変えた研磨が必要です。さらに、製造する時の気候や温度により、少しずつ条件を変えて電解処理(表面処理)を行うなど、高度な職人ワザが求められる器械の1つです。

 

memo職人が手作りしている日本製の剪刀は精度が高い

日本人はもともと、こういった職人ワザに長けている人が多く、すべてを器械加工で行うのではなく、最後の研磨などの仕上げの処理は、必ず職人の「手作業」で行われていると言われています。
日本製の剪刀は、世界的に見ても精度が高いといわれているのも、国民性があるのかもしれません。

 

価格

眼科剪刀の1本あたりの価格帯は広く、1,000円未満~8,000円程度のものが広く出回っています。

 

しかし、切れ味が良い、さびにくい加工、長持ちする材質など、何らかの優れた特長があるものは、5,000円以上の価格が付くものが多いようです。また、超硬チップで加工されたものであれば、これ以上に高価なものや、チタン製のものであれば、20,000円程度のものもあります。

 

寿命

眼科剪刀の寿命は、明確にはわかりません。繊細な操作に使われる剪刀ですから、刃先の状態から研ぎが必要になることもあるでしょう。また、日頃の術野での使われ方だけでなく、洗浄や滅菌の工程での扱われ方にも影響されます。

 

術野だけではなく、普段の取り扱いにも十分気をつけましょう。

 

眼科剪刀の使い方

使用方法

ほかの剪刀類と同じように、親指と薬指をリング部分にかけて、柄部分に人差し指をそっと添えるようにして使います(図3)。この持ち方によって、ブレない安定した操作・細かい操作を可能にしています。

 

図3眼科剪刀の持ち方

 

眼科剪刀の持ち方

 

親指と薬指をリングにかけて、人差し指は柄部分に添えるように持ちます。

 

眼科剪刀は、小切開表層に近い部位で使われることが多いですが、鋭利で微細な操作が可能なため、外来での処置や、皮膚科や耳鼻科領域でも使用されています。皮膚科専門医が行う疣贅(ゆうぜい:イボのこと)除去では、眼科剪刀の鋭利さを使った技法もあるようです(図4)。

 

図4眼科剪刀の使用例

 

眼科剪刀の使用例

 

眼科剪刀の先端の鋭利な部分を利用して、いぼの塊を剥ぎ起こしています。

 

類似器械との使い分け

眼科剪刀と外観が似た器械はありません。眼科剪刀は、全長のコンパクトさと、刃先の形状から、ほかの一般的な剪刀類とは外観上は、一線を画していると言えます。

 

なお、ほかの剪刀類との使い分けについては、覚えておいたほうがよいでしょう。

 

例えば、現在、眼科剪刀は、基本的にマイクロ(顕微鏡)下では使用しません。マイクロ下で行う手技としては、眼科剪刀のサイズは適さないため、現在はマイクロ下専用の剪刀類が使用されています。もし、マイクロ下の手術中に眼科剪刀を使用するようなシーンがあれば、ドクターは一度、マイクロから目を離すことになります。その間、ドクターの目は術野に集中していませんので、看護師は術野にも気を配っておきましょう。

 

また、アイリス剪刀もマイクロ下では使用しません。これは、現在、虹彩切除術はマイクロ下で行うため、マイクロ下用の全く別の形状をした「虹彩剪刀」というものがあるからです。そのため、眼科剪刀の形状に似たアイリス剪刀で、実際に虹彩を切除することはほぼありません。

 

禁忌

眼科剪刀は、刃先が薄く非常に繊細です。そのため、硬い組織に対しての使用は、刃先の破損につながるため禁忌です

 

ナースへのワンポイントアドバイス

眼科剪刀とほかの剪刀類との取り間違いを防ぐために

眼科剪刀と、ほかの小さなサイズの剪刀類は、取り間違える可能性があるかもしれません。しかし、眼科剪刀は、その鋭い刃先と、スリムで小ぶりなサイズに特徴があります。この特徴をしっかりと頭の中に入れておくと、取り間違いを防ぐことに役立ちます。

 

また、眼科剪刀が、一般的な外科手術などで使用する剪刀類(例えば、メイヨー剪刀やクーパー剪刀)と一緒に、同じ器械盤の上にあることは、ほぼありません。これは、手術の対象となる術野や臓器のサイズが違うためです。

 

しかし、手術前の器械組みの段階での取り間違いは有り得ます。そのため、普段から器械類の形状やサイズ、使用用途などを頭の中に入れておくと、間違いに気づきやすくなります。

 

使用前はココを確認

ほかの剪刀類と同じように、まず刃こぼれなどの刃先の損傷や、ネジ留め部分に緩みがないかを確認をします。また、刃がスムーズに開閉できるか、確認しておきましょう。

 

術中はココがポイント

メイヨー剪刀など、ほかの剪刀類と同じように器械出しをします。刃は必ず閉じた状態にして、ネジ留め部分を持ちます。眼科剪刀の持ち手がドクターの手のひらに収まるように渡しましょう(図5)。

 

図5眼科剪刀の手渡し方

 

眼科剪刀の手渡し方

 

刃を閉じた状態でネジ留め部分を持ち、ドクターの手のひらに剪刀の持ち手が収まるように手渡します。

 

memo事故防止のための管理に特に気をつけよう

眼科剪刀はほかの剪刀類に比べ、非常に繊細な剪刀です。特に、刃こぼれには注意が必要です。そのため、ほかの器械類との接触を避けるように管理する必要があります。器械盤の上の置き方にも工夫しましょう。
また、刃先が非常に鋭利なため、切創事故に繋がらない器械出しや管理を心がけましょう。刃を閉じた状態で器械出しを行うのは、このためです。

 

使用後はココを注意

眼科剪刀は非常に繊細な剪刀のため、まずは刃先の破損(刃こぼれなど)が無いかを確認します。ネジ留めタイプの場合は、ネジの欠落が無いかを確認します。眼科手術や皮膚科手術の場合、ネジが身体の内側に落ち込むことはほぼ無いかもしれませんが、万が一ということもあるので、ネジは必ず確認しましょう。物理的な破損がある場合は、術野の確認が必要です。

 

また、ネジの緩みや開閉についてもチェックしておきます。問題が無ければ、ドクターの次の指示に備えて、血液など付着物を生理食塩水ガーゼで拭き取っておきましょう。

 

片付け時はココを注意

洗浄方法

下記(1)~(3)までの手順は、ほかの剪刀類の洗浄方法の手順と同じです。

 

(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落しておく
(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく

 

(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは刃の先端が引っかからない場所に置く

眼科剪刀を洗浄用ケース(カゴ)に並べる場合は、ほかの器械と重ならないよう、余裕を持っておきましょう。刃の先端が彎曲している場合は、先端部分を上側に置き、カゴに引っ掛けないように置きます。

 

眼科剪刀を使用する手術は、非常に微細な器械を使用していることが多いため、場合によっては、眼科剪刀の方が、ほかの器械よりも大きい場合があります。また、大きめの器械を並べる洗浄カゴではなく、専用のトレイやケースなどを使用するところもありますので、施設で使用しているケースを確認しましょう。

 

雑に並べると、ほかの器械と重なったり、金属同士が洗浄工程でぶつかってしまうと、無駄な力がかかって、器械が歪んでしまう原因になるため、きちんと整頓して並べるようにしましょう。

 

滅菌方法

ほかの剪刀類と同様です。高圧蒸気滅菌が最も有効的でが、滅菌完了直後は非常に高温になっているため、ヤケドをしないように注意しましょう。

 

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[参考文献]

 

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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