スパーテル|鈎(3)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『スパーテル』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

 

〈目次〉

 

スパーテルは術野の状況に合わせて自由に曲げられる鈎

細長くて薄いので簡単に調整が可能

スパーテルは、細長くて薄い板状のヘラのことで、鈎(鉤:こう)の一種です。術野の深さなどに合わせて、自由に折り曲げて使用することができます図1)。

 

図1自由に折り曲げられる薄さ

 

自由に折り曲げられる薄さ

 

施設によっては、「腸ベラ」や「自在鈎」などとも呼ばれ、「腸圧ヘラ(箆)」や「柔軟性腸圧定ヘラ(箆)」などの名称で製品化しているメーカーもあります。

 

腹部臓器を圧排・牽引する際に活躍

スパーテルは、ほかの鈎と同様に、臓器を圧排(術野・視野の確保のために妨げになる臓器を除けること)したり、牽引したりする際に使用します。使用する際には、ほかの器械に接続することなく、人力で鈎引きすることが一般的です。

 

「腸ベラ」という別名からもわかるとおり、腸管を圧排・牽引する際によく使われます

 

スパーテルの誕生秘話

国内では「ヘラ」、欧米では「リボンリトラクター」

スパーテルは、わが国では「腸ベラ」と呼ばれることが多いですが、欧米では「リボンリトラクター」と呼ばれています。リトラクターとは、鈎類や開創器などのことです。リボンとは、細長い形状のことを表しています。

 

このリボンリトラクターを調べていくと、「オクスナーリボンリトラクター」という器械名にたどり着きます。このオクスナーというのは、アルバート・J・オクスナー(Albert John Ochsner:1858-1925)というアメリカ人外科医のことだと、筆者は推測します。

 

ウィーンに留学し、病理学を学んだDr.オクスナー

Dr.オクスナーはアメリカ人ですが、当時の多くのドクターがヨーロッパへ留学したように、Dr.オクスナーも世界の医学の最先端をつき進んでいたオーストリアのウィーンに留学し、病理学を学びました

 

この時期は、外科手術の向上はもちろん、医学自体が飛躍的に発展していた時期と重なります。

 

ヘルニアや虫垂炎治療など、Dr.オクスナーが残した数多くの功績

医学が飛躍的に発展した時代に生きたDr.オクスナーは、数多くの功績を残しています。例えば、「顕微鏡検査の権威」と言われていたこともありますし、病院組織についての文献も残っています。

 

また、臨床では、ヘルニア治療や虫垂炎治療に力を注いでいました。特に、虫垂炎の保存的治療についての文献は、当時、大きく取り上げられ、議論の的になっていたようです。ヘルニアや虫垂炎は小さな切開創で手術を行うため、リボン形状で、薄く、柔軟に曲げられるスパーテルの開発に結びついたのではないかと、筆者は考えています。

 

memoDr.オクスナーとDr.ビルロートには接点がある

Dr.オクスナーがウィーンに留学していた時代、ウィーン大学医学部に切除時の再建法でその名を残すDr.ビルロートが居たそうです。きっと、偉大な外科医から大きな刺激を受け、その後の医学の発展に寄与することとなったのではないか。筆者はそう考えています。

 

スパーテルの特徴

サイズ

成人用の一般的なスパーテルのサイズは、全長で30cm~36cmで、厚さは1.5cm~2mm程度幅は2cm~8cm程度とバリエーションがあります(図2)。

 

図2スパーテルのサイズ

 

スパーテルのサイズ

 

形状

細長く薄い板状で、角は丸くなっていて、圧排・牽引した臓器を傷めないようになっています。

 

材質

スパーテルの多くは、銅とクロムメッキ製のものです。

 

また、メーカーによっては、硬いスパーテルを希望される方用に、ステンレス製の硬めのものも取り扱っています。

 

製造工程

素材を型押しし、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。

 

価格

スパーテルの1本あたりの価格は、メーカーやサイズによっても違いはありますが、概ね2,000円~3,000円です。

 

寿命

スパーテルの寿命ははっきり決まっているわけではありません。折り曲げて使用するものですから、金属疲労のサインには注意を払いましょう。亀裂や破損など、日ごろのチェックは欠かせません。また、洗浄や滅菌の過程での取り扱いにも注意しましょう。

 

スパーテルの使い方

使用方法

スパーテルは、腸管を愛護的に圧排でき、使用者によって自在に折り曲げて使用できるのが、大きな特長です。消化器外科領域では、臓器の圧排やリンパ節郭清時など、さまざまなシーンでスパーテルが使われています。また、婦人科手術では、深部の操作が多いため、腸管の圧排が必要とされることも多く、スパーテルがよく使われています(図3)。

 

図3スパーテルの使用例

 

スパーテルの使用例

 

スパーテルで術野を拡げて、ケリー鉗子で血管の断端を掴んでいます。

 

使用する際は、スパーテルが臓器などに触れる部分(全長の半分程度)に、ガーゼやストッキネットをカバーのようにして被せて使うこともあります。これには、感電防止や、万が一の時の破損対処やスパーテル本体の小さな傷による臓器損傷防止など、多くの意味があります。

 

なお、カバーとしてガーゼを使用する際には、ガーゼカウントの対象になります。スパーテル使用中の術野への脱落も考えられますので、使用には注意が必要です。

 

memo腹腔鏡下用のスパーテルはサイズが豊富

近年、多くの診療科で腹腔鏡下手術が行われています。このため、腹腔鏡下手術でも使用される腹腔鏡下用のスパーテルも存在します。これは、組織の愛護的圧排を目的としているため、さまざまなサイズのバリエーションがあるのが特徴です。

 

類似器械との使い分け

スパーテルと類似した器械はありませんが、鈎類には、さまざまなものが存在します。表1に、最もポピュラーな鈎類を紹介しますので、その用途や特徴を覚えておいてください。

 

表1スパーテルとその他の鈎類の特徴

 

 

  対象となる組織 形状の特徴 使い方
スパーテル 腸管など 細長い板状
角に丸み
人力で鈎引き
(ある程度の重みがあるため、切開創に引っ掛けておくこともある)
筋鈎
(扁平鈎)
皮下・筋層 鈎部分が直線的 人力で鈎引き
開創器に接続可
2双鈎・単鉤
(多双鈎)
皮膚・皮下 鈎部分が釣り針状
先端は鈍・鋭両方あり
人力で鈎引き
開創器に接続可
鞍状鈎
(腹壁鈎)
皮下・筋層・腹膜にわたる腹壁 鈎部分が半円状
角に丸み
人力で鈎引き
開創器に接続可

 

禁忌

禁忌は特にありません。使用時の注意点としては、スパーテルにガーゼを巻き付けて使用する場合は、術野への脱落に注意しましょう。

 

ナースへのワンポイントアドバイス

術野に必要なサイズを見極めることが大切

スパーテルは外見に特徴があるので、ほかの器械類と取り間違えることはないでしょう。

 

しかし、それぞれのスパーテルのサイズには違いがあるため、手術の進行具合をよく観察し、術野に必要とされているサイズはどれなのかを見極めることが求められます。

 

使用前はココを確認

項目「寿命」でも解説しましたが、スパーテルは術野に合わせて自在に折り曲げられることが、最も大きな特長です。そのため、スパーテルに亀裂や破損が入っていることもあり得ます。術中、使用しているスパーテルに破損がないよう、使用前には必ず、亀裂などの破損につながるサインを見逃さないように確認しましょう

 

亀裂や破損があるスパーテルは、術野には出してはいけません。

 

memoスパーテルは生理食塩水で濡らしておく

筆者が実践していたちょっとしたコツの中に、器械出しの前に、生理食塩水でスパーテルを濡らすというワザがあります。

 

これは、スパーテルが乾燥していると、スパーテルと術野の組織が接着してしまい、組織を損傷してしまうことがあるためです。これを防ぐため、スパーテルは生理食塩水で濡らしてから器械出しを行っていました。

 

術中はココがポイント

ドクターは手渡されたスパーテルですぐに鈎引きをするため、ナースは、術野の深さに合わせて、スパーテルを折り曲げた状態で器械出しすると良いでしょう。

 

例えば、折り曲げる角度や位置がわからない場合でも、スパーテルのおおよそ真ん中辺りを軽く曲げた状態で渡せば、ドクターは大きな力をかけずに最適な角度や位置に折り曲げることができます(図4)。

 

図4スパーテルの手渡し方

 

スパーテルの手渡し方

 

スパーテルの真ん中辺りを軽く曲げて渡すのがポイントです。

 

なお、ドクターから「曲げなくて良い」と言われた場合は、折り曲げずに渡しましょう。

 

ドクターからスパーテルが曲がった状態で戻ってきた場合は、特に指示が無い限りは、そのままの形状で置いておきます。次に使用するときは、そのままの形状で渡すか、伸ばした状態で渡すのかは、ドクターに確認すると良いでしょう。

 

使用後はココを注意

ドクターから戻ってきたスパーテルに、破損や亀裂がないかを確認します。問題がなければ次の指示に備え、付着物を拭いておきましょう。

 

亀裂などが見つかった場合は、術野に出してはいけません。

 

片付け時はココを注意

洗浄方法

洗浄方法の手順は、ほかの器械類の洗浄方法と同じです。

 

(1)手術終了後は、必ず器械カウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落しておく
(3)感染症の患者さんに使用した後は、あらかじめ付着物を落とし、消毒液に一定時間浸ける
(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは、鈎類をまとめて置く

 

滅菌方法

高圧蒸気滅菌が最も有効的ですが、滅菌完了直後は、非常に高温になるため、ヤケドに注意しましょう。

 

[関連記事]

 


[参考文献]

 

  • (1)高砂医科工業株式会社 鉤類(カタログ).
  • (2)石橋まゆみ, 昭和大学病院中央手術室 (編). 手術室の器械・器具―伝えたい! 先輩ナースのチエとワザ (オペナーシング 08年春季増刊). 大阪: メディカ出版; 2008.

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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