アリス鉗子|鉗子(9)
手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『アリス鉗子』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。
黒須美由紀
〈目次〉
アリス鉗子は消化器外科領域で活躍する把持鉗子
アリス鉗子は消化器の組織を優しく把持する無外傷性鉗子
アリス鉗子は、腸管をはじめ、食道や胃などの粘膜や漿膜(しょうまく)組織を把持するための鉗子です。
鉗子全体のねじ止め部分から先端までの腰が柔らかく、しっかり掴んでいても組織を傷めることが少ないため、「無外傷性鉗子」として分類されることもあります。また、組織に優しいだけでなく、先端部分には細かい縦溝があるため、確実に組織を把持しておくこともできます(図1)。
図1消化器組織を把持するアリス鉗子
アリス鉗子は消化器外科領域の手術で活躍
アリス鉗子は、消化器外科領域での開腹手術で最も使用される器械です。消化管吻合の際には、縫合しやすいように消化管を把持する目的で使用されることが多い鉗子です。
アリス鉗子の誕生秘話
アリス鉗子を開発したのはアメリカ人の男性整形外科医!?
「アリス」と言えば、やはり『不思議の国のアリス』が頭に浮かぶと思います。この有名な児童小説のイメージから、アリスは女の子・女性のイメージが強いかもしれません。
しかし、実際にアリス鉗子の開発に関わったのは、アメリカの男性外科医 オスカー・ハティントン・アリス(Dr.アリス)だと言われています。Dr.アリスが活躍した時代は、現在ほど専門領域が分かれておらず、単に「外科医」か「内科医」かという区別しかなかったようです。
Dr.アリスは専門が整形外科だったため、骨折や脱臼の診断と治療に力を注ぎ、多くの功績を残してきました。整形外科と消化器外科の2つの領域を交差させ、より良い手術を行うために開発と応用を繰り返してきたと、筆者は推測しています。
整形外科領域でも残るDr.アリスの功績
Dr.アリスは、整形外科領域で使用される器械にも、その痕跡を残しています。例えば、以前はアキレス腱断裂に対する手術では、アキレス腱の断端を把持するための専用の鉗子「アキレス腱鉗子」が使われていました。この鉗子の形状だけをみるとアリス鉗子とよく似ています。筆者gは、この鉗子もDr.アリスが開発したものだと推測しています。
memoアキレス腱鉗子は時代の流れとともに消えていった
今日では、アキレス腱の保存療法が進化したことなどから、アキレス腱鉗子が使用される頻度が減ったためか、検索してもみつかりませんが、現在でも手の外科用などで「腱鉗子」と呼ばれるものがあります。腱鉗子の先端の形状は、アリス鉗子とよく似ています。
1902年に発表された腸管吻合法の論文にアリス鉗子が登場
Dr.アリスは、1902年に発表した論文の中で、腸管吻合法として全層吻合を紹介しています。この論文には、直筆のイラスト付きで吻合法が図示されていますが、吻合する腸管を把持する器械として、腸管の両端を把持するアリス鉗子が登場しています。
また、術中での使用例だけでなく、鉗子だけの図も残っています。つまり、この論文が発表された時期には、すでにアリス鉗子は実用レベルのものとして、完成していたということがわかります。
また、残っている文献のなかには、1883年頃に、アリス鉗子が開発されたという説もあります。
memoDr.アリスは直針で腸管吻合を行っていた
Dr.アリスが発表した論文のなかで、筆者がとても興味深く感じたことは、吻合に使用されている針が直針だという点です。
一般的に、現在の腸管吻合では彎曲針を使用しています。しかし、この時代は、非常にデリケートな腸管吻合の手技を、直針で行っていたことがわかります。
アリス鉗子の特徴
サイズ
アリス鉗子の一般的なサイズは、全長が15.5cm~16cmです。メーカーによって異なりますが、全長のラインナップは幅広く、12.5cm~23cmのものなどもあります。
また、先端部分の縦溝の数は、4列×5列が一般的なようですが、こちらもメーカーによっては数種のラインナップがあり、5列×6列や、9列×9列のものなどもあるようです(図2)。
図2アリス鉗子の先端部
形状
全体の形状(仕組み)は、一般的な鉗子類と同じようにΧ型です。ペアン鉗子などのほかの鉗子類との大きな違いは、先端が幅広くなっていて、消化管などの脆弱な組織を確実、かつ低侵襲に把持することができる形状になっていることです。
また、先端部分には、細かい縦溝がついているのが特長です。
材質
アリス鉗子の材質は、ほかの多くの器械類と同様にステンレス製です。先端部分は、超硬チップの加工が施されたものもあります。
製造工程
アリス鉗子が製造される工程は、ほかのΧ型鉗子と同様に素材を型押し、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。
価格
アリス鉗子の価格は、一般的なサイズのもので、1本あたり4,000円~6,000円程度です。超硬チップ加工されてものの多くは、10,000円を超えます。
寿命
アリス鉗子の寿命は、明確に何年と決まっているわけではありません。どのような組織を把持していたのか、どのように使用していたかなど、術場での使われ方はもちろん、洗浄や滅菌の過程での扱い方やメンテナンスで変わってきます。
アリス鉗子の使い方
使用方法
アリス鉗子は、消化器外科で多用されている器械です。消化管吻合時に、消化管を把持し、吻合しやすくするほか、胃の再建手術時や自動吻合器のサイジングの際に消化管を把持するために使用されます(図3)。
図3アリス鉗子の使用例
類似器械との使い分け
アリス鉗子と似たような用途で使用される器械に、バブコック鉗子があります。バブコック鉗子は、粘膜や漿膜組織を低侵襲に把持する鉗子です。バブコック鉗子の先端の把持部には横溝があり、虫垂切除の際に、虫垂を把持するために使われることがあります(図4)。
図4アリス鉗子と似た用途で使用されるバブコック鉗子
禁忌
アリス鉗子は、軟部組織を把持する鉗子のため、硬い組織に対して使用することは禁忌です。
ナースへのワンポイントアドバイス
先端部をよく確認すれば、ほかの鉗子との判別は容易
アリス鉗子は、ほかのΧ型の鉗子類とよく似た外観ですが、先端部の形状は明らかに異なります。器械出しの際には、先端部分をよく確認することで、簡単に判別ができます。
使用前はココを確認
使用前には、先端部分の噛み合わせや、スムーズに開閉できるかを確認します。図1のようなBOXタイプではなく、ネジ留めタイプのものであれば、ネジの緩みがないかを確認しておきましょう。
また、アリス鉗子の命ともいえるのが、先端に施された複数の溝です。この溝が、すべて均等になっているか、噛み合わせたときに隙間ができていないか、という点もしっかりと確認しておきましょう。
術中はココがポイント
器械出しの際は、先端部を上に向けた状態で、親指・人指し指・中指の3本でアリス鉗子の先端を持ち、持ち手の部分をドクターの手のひらにしっかりと当てるようにして渡します(図5)。
図5アリス鉗子の手渡し方
また、消化管の内腔を把持したアリス鉗子の先端は、「準不潔」という扱いになります。受け渡しの際は、先端部に触らないようにして受け取るか、膿盆などに直接返却してもらいます。
memo準不潔の器械は、清潔の器械と必ず区別して管理する
腸管内腔に触れた器械は、必ず清潔な器械やガーゼ類などと区別して管理しましょう。
管理方法は、膿盆やピッチャーなどを使って区別するなど、施設ごとにルールがあるはずですので、前もって施設のルールを必ず確認しておきましょう。
使用後はココを注意
使用前と同様に、噛み合わせや開閉の具合を確認しておきましょう。また、溝が欠けていなかどうかの確認も必要です。万が一、欠けているなどがあれば、術野の確認が必要です。
また、清潔か準不潔の区別も必須です。この確認があいまいになってしまうと、術後の腹腔内感染のリスクが高まるため、すべての器械類を清潔なものと取り換えることになります。
片付け時はココを注意
洗浄方法
下記(1)~(3)までの手順は、ほかの鉗子類の洗浄方法と同じ手順です。
(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落としておく
(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく
(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは先端の溝が引っかからない場所に置く
アリス鉗子は、基本的に分解することができません。洗浄用ケースに並べる際は、ほかの器械と重ならないよう、余裕を持って置きましょう(図6)。
図6洗浄ケース内での並べ方例(アリス鉗子)
洗浄ケースに雑に並べると、ほかの器械と重なりあってしまい、洗浄工程で金属同士がぶつかり合い、無駄な力がかかることで、鉗子が歪んでしまう危険性があります。また、鉗子に無駄な力がかかることで、金属疲労を起こす可能性も高まりますので、きちんと整頓して並べるようにしましょう。
滅菌方法
ほかの鉗子類と同様で、高圧蒸気滅菌が最も有効的です。滅菌後は、高温になっているため、ヤケドに注意しましょう。
[参考文献]
- (1)高砂医科工業 一般外科手術器械(カタログ).
- (2)石橋まゆみ, 昭和大学病院中央手術室 (編). 手術室の器械・器具―伝えたい! 先輩ナースのチエとワザ (オペナーシング 08年春季増刊). 大阪: メディカ出版; 2008.
[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
元 総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験
Illustration:田中博志
Photo:kuma*
協力:高砂医科工業株式会社