QRS波の高さを見る|心疾患の心電図(2)
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心電図が苦手なナースのための解説書『アクティブ心電図』より。
今回は、心疾患の心電図の2回目です。
田中喜美夫
田中循環器内科クリニック院長
[前回の内容]
〈目次〉
QRS波の高さ
低電位
低電位はどんなときに見られるでしょうか。まず、心室の起電力が低下したとき、電池なら電圧が低下したときです。懐中電灯でも電池が弱くなると暗くなってきますよね。QRS波の成分の大部分は左室由来ですから、左室の力が弱まっている状態、つまり、左室機能不全の状態では、QRS波が低電位となります。
また心臓が胸壁から離れたり、心臓と胸壁の間に電気を通しにくいものがあったりする場合は、心臓の電気のフレが、電極に届きにくくなるので、低電位になります。肥満や気胸、多量の胸水・心嚢水が存在する場合などです。懐中電灯の電池の容量はあっても、遠くを照らすときや霧があったりすると暗くなってしまいますよね。
まとめ
- 低電位は、左室機能不全と、肥満・気胸・胸水・心嚢水を考える
胸部誘導のR波増高不良
今度は胸部誘導のR波だけに注目しましょう。
正常パターンでは、R波はV1から高さを増し、V5で最大になります。S波はV2で最も深くなり、V4以降は消失することが多くなります。
V1~V3の右胸部誘導で、R波が大きくならない所見は、胸部誘導におけるR波の増高不良(poor R progression)といって(図1)、異常所見です。心室筋の活動電位の総和がQRS波ですから、心室筋が障害されて活動電位の総量が減ると、QRS波が減高します。
図1R波の増高不良(poor R progression)の心電図
右胸部誘導のR波は、右室筋と左室の前壁中隔の電位を反映しますから、左室前壁中隔の障害ではR波増高不良の所見となります。さらに障害の程度によっては、増高不良どころではなく、V1→V3に向かってR波が低くなってしまう場合があります。
電極の付け間違いでなければ、この所見をR波の減高(reversed R progression)といい、やはり左室前壁中隔の障害が疑われます。
ほかの原因としては、たとえば、胸部誘導の電極をすべて1肋間上げて記録してみると、R波の増高不良が見られます。これは、心臓を上から見下ろした状態になるので、右胸部誘導V1~V3の電極では,電気信号の逃げていく成分(基線より下:陰性波)が多くなるためです。
同じ理由で、やせた人や肺が膨らんでいる人(肺気腫、慢性閉塞性肺疾患)は、心臓が横隔膜に引っ張られて、心臓が立った状態(立位心)になっているので、正しく電極を付けても、心臓を見下ろすことになり、R波の増高は不良です。
まとめ
- 胸部誘導のR波の増高不良は、前壁中隔の障害、慢性閉塞性肺疾患、立位心を考える
左室高電位
左室肥大
読んで字のごとく左室が肥って大きくなっている状態ですが、人間でいえば肥満体です。はたして肥満は疾患でしょうか。肥満の原因が、たとえばクッシング症候群というホルモン異常なら、この原因が病名であり、肥満は結果として起こる状態です。
左室肥大もそれと同じで、原因としての疾患は、高血圧や大動脈弁狭窄症など圧負荷が左室にかかる場合、心アミロイドーシスなど代謝障害で起こる場合、肥大型心筋症など原因が不明な場合などいろいろありますが、すべて、結果として左室が肥大しているという“状態”を、左室肥大(left ventricular hypertrophy:LVH)といいます。心電図はどうなるでしょう(図2)。
左室が厚くなっていますから、左側に向かう電気信号の量が増えます。都心で使う電力量が、過疎の村で使う電力量より格段に多いのは当たり前で、電力会社は都心にたくさんの電力を供給しますよね。
QRS波は、左に向かう電位つまり、Ⅰ誘導、aVL、V5、V6でのR波が高くなり、また、V1のS波は左室電位を反映しますから、V1でのS波が深くなります。
また、厚くなりますので心室内を電気信号が通る時間、心電図ではQRS波の幅も多少延長します。“多少”では納得できないでしょうが、肥大の程度にもよりますので、0.10秒を超えない程度の多少、という玉虫色の多少です。また、電気信号全体が左側に向かいますから左軸偏位となる場合もあります。
ST-Tは、初期にはT波が平坦となり、肥大が進むとSTの低下とT波の陰転化をきたし、ストレイン型とよばれています。このST-T変化は、形だけを見ますと、狭心症で見られるST-Tとよく似ています。R波の高い誘導で見られること、胸痛発作がないことなどで鑑別します。また、V1、V2ではST上昇が見られることがあります。
左室肥大には基準があります。
- V6あるいはV5のR波の高さ>2.6mV(25コマを超える)
- V1のS波+V5のR波>3.5mV
- V5、V6(ときにⅠ、Ⅱ、aVLも)のST-Tのストレイン型変化
- V1、V2のST上昇。
- 左軸偏位になることもある
さて、世の中には実際は太っていないけど、顔が太って見えるとか、服を着ると太って見える(着太り)という納得いかない現象があります。
心電図もR波は高いけれど、実際は左室肥大がないという場合もあります。胸壁が薄い人などは、心臓と電極の位置が近くなって、V5、V6のR波が高くなることがあります。この場合は通常STTの変化はありませんので、単に左室(左側)高電位といいましょう。病的なものではありません。
まとめ
- 左室高電位+ST-Tのストレイン型変化が左室肥大
右室肥大
右室の肥大はどういう状況で起こるのでしょう。本来、右室は薄い筋肉で血液を送り出す先は肺だけなので、左室と違って圧も低くなっています(20~40mmHg)。
この右室に慢性的に負荷がかかると、肥大が起こるわけですが、心房中隔欠損症や心室中隔欠損症などで、血液が右室にたくさん入ってくる容量負荷、肺動脈狭窄、肺高血圧症、あるいは僧帽弁狭窄症でも左房から肺静脈を通して、右室に圧負荷をきたしても右室肥大(right ventricular hypertrophy:RVH)が起こります。
いずれにしても、右室の収縮期圧が慢性的に上昇すれば右室肥大が生じます。
心電図では、左室肥大でV5、V6でR波が増高するように、右側胸部誘導でR波が高くなります(図3)。
右室の興奮波を最もよく反映するのがV1、V2のR波ですから、V1、V2のR波が高くなって、S波の深さを超えてしまいます(R波>S波)。
ただし、幅は広くなりません。またV5、V6で右室興奮を表しているのがS波ですから、V5、V6ではS波が深くなります。
心室を流れる電気信号全体は、右側を向くので、右軸偏位となります。
ST-Tは、V1、V2のR波が高くなった誘導でストレイン型の低下が見られます。
左室肥大と対比して覚えましょう。右室肥大の心電図所見を列挙します。また、心室肥大の特徴を表1にまとめておきます。
- V1あるいはV2のR波増高
- V5、V6の深いS
- V1、V2のST-Tのストレイン型変化
- 右軸偏位のことがある
まとめ
- V1、V2の高いR波+ST-Tのストレイン型変化が右室肥大
QRS波の方向
幅の狭いQRS波で、ヒス束から正常ルートで心室が興奮している場合、
- 電気軸は0°~90°が正常。
軸が右軸偏位、左軸偏位の場合は、次回説明します。
- 移行帯はV2~V5が正常。
移行帯がV2よりも右側(V1方向)にある場合を反時計方向回転、逆にV5より左側(V6側)にある場合を時計方向回転といいます(図4)。
心疾患に伴う所見の場合もありますが、胸部手術後の心臓の位置変化や、疾患のない正常心臓の場合も多くあります。単独で移行帯の異常だけがある場合は、所見として記載するだけで十分です。
Q波
まず復習です。QRS波の開始時に出現する最初の下向きのフレがQ波です。脱分極初期のベクトルの方向によっては、Q波が出る誘導もありますが、正常心臓で見られるQ波は、小文字でq波と表記しましょう。
異常Q波の定義は、
- R波高の1/4以上の深さ
- 幅が0.04秒(1コマ)以上
です。
R波の1/4、幅0.04秒ですから、“異常Q波の4の定義”と覚えましょう。異常Q波は、心室筋の障害を反映しています。正常心でもこの定義に合うQ波が見られることがあります。
aVRは、aVLと対称形で、ベクトルは上下逆向きとなり、Q波から始まることがよくあります。Ⅲ誘導は、心臓の向きによって異常Q波が出ることがあります。
V1、V2は、とくに心臓の長軸が下に向いている(立位心)場合は、最初の興奮ベクトルがプラスにならないことがあります。つまり陰性波のみが出て、QS波となります(図5)。
疾患としては、心筋梗塞による心室筋の障害を反映して見られる異常Q波が多く、その他心筋症や心筋炎などによる心室筋障害でも見られることがあります。心室筋の障害ではない場合は、心臓の位置異常、電極の付け間違いでも見られます。
まとめ
- 異常Q波は心室筋障害を反映し、心筋梗塞で見られる場合が多い
- 心室筋障害以外では、心臓の位置異常や電極の装着間違いでも見られる
MEMO
QRS波のチェックポイント
①幅:3コマまで
②高さ:四肢5コマ、胸部10コマ未満は低電位
V5R波・25コマ、V1S波+V5R波・35コマを超えたら左側高電位
③方向:電気軸は0°~90°が正常。移行帯はV2~V5が正常
④Q波:R波の1/4の深さ、幅0.04秒以上は異常Q波
幅広のQRS波の鑑別
心室起源、上室起源で心室内の伝導障害をきたしている場合(心室内伝導障害)、WPW症候群の3つ。
V1:高さ2.5コマまで、後半の陰性部分をチェック(増高・尖鋭:右房負荷、二相性、深い広い陰性波:左房負荷)
[次回]
本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『アクティブ心電図』 (著者)田中喜美夫/2014年3月刊行/ サイオ出版