QRS波の幅と軸を見る|心疾患の心電図(3)
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心電図が苦手なナースのための解説書『アクティブ心電図』より。
今回は、心疾患の心電図の3回目です。
田中喜美夫
田中循環器内科クリニック院長
[前回の内容]
〈目次〉
心室内伝導障害
心室内はヒス束から両脚、プルキンエ線維を順序正しく伝導されるのが正常です。心室内で興奮が正常に伝導されると、幅が狭い(0.10秒以内)、正常軸のQRS波が見られます。
逆にいうと心室内の正常伝導が障害されると、
- 幅が広くなる(QRS幅>0.10秒)
- 軸が異常になる
というわけです。
心室内伝導障害(intraventricular conduction disturbance:IVCD)には、以下のものがあります。
①脚ブロック:QRS幅が広い
・完全右脚ブロック ・不完全右脚ブロック
・左脚ブロック ・非特異的心室内伝導障害
②分枝ブロック:正常QRS幅で軸が異常
・左脚前枝ブロック ・左脚後枝ブロック
脚ブロックと分枝ブロック
脚ブロック(Bundle Branch Block:BBB)は、房室ブロックと同じで、脚で興奮波がブロックされている、つまりは伝導がうまくいっていないという意味です。そういう意味では、疾患ではなく、1つの状態と理解してください。
ヒス束~脚~プルキンエ線維は心室内の高速道路ですから、これらの通りが悪いと心室内は一般道路を通って信号が伝わりますので、興奮の終了までに時間がかかる、つまりはQRS幅が広くなるということを理解してください。
まずは、脚の構造からみましょう。右手で、ピースサインをつくってください。次に親指を出して、3本の指をめいっぱい広げます。そのまま下に向けて心臓に当てれば解剖の完成です(図1)。親指が左脚前枝、人差し指が左脚後枝(この2本で左脚になります)、そして中指が右脚です。前枝と後枝を左脚分枝といいます。
右脚ブロック
右脚ブロック(right bundle branch block:RBBB)になると心電図ではどうなるでしょう。
ヒス束までたどり着いた信号は、中指右脚が通れないので、親指・人差し指左脚を通ってまず、左室を興奮させます。この後その興奮が右室側へ伝わりますので、興奮が終了するまでの時間、つまりQRS波の幅は延長してしまいます。
しかも、素早く左室側へ抜けた信号がダラダラと右室側へ向いてやってくるのでV1、V2(右側胸部誘導)で見ていますとゆっくり向かってくる(陽性の)波ばかりとなって、V1、V2のR波は高く、幅が広くなります。
心室興奮の最初の成分は左脚の中隔枝によって起こる中隔の興奮(V1、V2ではR波)で、引き続き左室を興奮させるメインベクトル(V1、V2ではS波)で、最後に右心室がダラダラ興奮(V1、V2ではR波)ですから、V1、V2ではrsR′型(メインベクトルのs波がはっきりしないR型になることもあります)。
V5、V6(左側胸部誘導)では、通常どおり鋭く細いR波の後に、ダラダラと右側へ去っていく(陰性の)S波が見られ、Rs型です(図2)。
四肢誘導では、Ⅰ誘導、aVLの左向きの誘導が、V5、V6に近く、鋭いR波と幅の広いS波が見られ、全体の方向としては、右に向きますから右軸偏位あるいは右軸偏位に近くなります(図3、図4)。
こう考えましょう。QRS波前半部分は正常QRS波、後半部分が遅れて興奮する右室の伝導です。この遅れる興奮がV1、V2の後半のR′波であり、Ⅰ誘導、aVL、V5、V6の幅の広いS波として出現するのです。
T波は、R波の大きいV1、V2で陰性T波となります。T波は再分極を反映する波で、正常伝導であれば脱分極の進行する方向とは逆向きになり、マイナス電位が去っていくので、R波が大きい誘導ではT波も陽性ですが、脚ブロックや心室性期外収縮、WPW症候群などは正常伝導路を通っていないので、再分極も脱分極と同じ方向に進行し、マイナス電位が進むのでR波が大きい誘導で陰性T波となります。これを二次性の陰性T波といいます。
QRS波の幅が0.12秒(3コマ)以上のものが、完全に右脚は通れないと考え、完全右脚ブロック(complete right bundle branch block:CRBBB)、0.10秒以上0.12秒未満(2.5~3コマ)のものは、多少なりとも右脚は伝導しているとして、不完全右脚ブロック(incomplete right bundle branch block:IRBBB)とよびます。
対策としては、右脚は細い線維で切れやすく、右脚ブロックは、とくに心疾患がなくても見られますが、一応、心疾患の有無を調べて、異常なければとくに問題ありません。
まとめ
- V1、V2での高くて幅広いR波:通常rsR′型またはR波のみ
- QRS波の幅0.10~0.12秒(2.5~3コマ)は、不完全右脚ブロック(IRBBB)
- QRS波の幅0.12秒以上(3コマ以上)は、完全右脚ブロック(CRBBB)
- V1、V2の陰性T波(二次性の陰性T波)
- Ⅰ誘導、aVL、V5、V6に幅が広いS波
- 右軸偏位または右軸に近い電気軸
左脚ブロック
左脚ブロック(left bundle branch block:LBBB)は左脚全体が伝導障害を起こしている状態で、親指前枝、人差し指後枝とも通れないので、信号は、とりあえず中指右脚だけを通って右室側を興奮させます。
左室側へは、一般道でダラダラと伝わりますので、左側(Ⅰ誘導、aVL、V5、V6)では、左脚中隔枝による中隔興奮で出現するはずのQ波は消失して、向かってくる波ばかりとなり、幅の広いR波のみとなります(図5)。右側(V1、V2)では通常のR波出現後はすべての波が左側へ向かって、深くて幅の広いS波が見られrS型になります。
T波は、右脚ブロック同様R波の高いⅠ誘導、aVL、V5、V6で陰性T波となります。軸は難しいところで、正常の全体の電気信号も右から左へ向かいますので、必ずしも左軸偏位にはなりません(図6)。
諸説ありますが、左脚ブロックには完全、不完全の分類がなく上記のパターンでかつQRS波の幅が0.12秒以上(3コマ以上)と定義されます。
対策としては、右脚と違い、左脚は扇状に広がるネットワークでブロックが生じにくくなっています。そのため左脚のブロックは基礎心疾患がある場合がほとんどです。詳しく基礎疾患を検索して、はっきりしない場合でも、定期的に観察したほうがよいでしょう。
まとめ
- Ⅰ誘導、aVL、V5、V6での高くて幅が広いR波(Q波がない)
- QRS波の幅は0.12秒以上(3コマ以上)
- Ⅰ誘導、aVL、V5、V6の陰性T波
- 正常軸が多い
非特異的心室内伝導障害
QRS波の幅が、0.10~0.12秒(2.5~3コマ)で、右脚ブロックのようなV1、V2の高いR波もないという場合はどうしましょう。
QRS波の幅は正常ではないので、正常心電図というには少々無理があります。不完全左脚ブロックといいたいところですが、そういうのはないとクギを刺したばかりですね。この場合は非特異的心室内伝導障害(nonspecific intraventricular conduction disturbance)といいます。
対策としては基礎疾患の有無は調べるべきです。問題がなければ定期的に心電図をみていけばいいと思います。ここまでを表1にまとめておきましょう。
分枝ブロック
分枝は左脚にしかありませんので、左脚前枝ブロック(left anterior hemiblock:LAH)と左脚後枝ブロック(left posterior hemiblock:LPH)を分枝ブロック(hemiblock)といいます(図7)。
分枝ブロックではQRS波の幅は広くなりません(図8)。
ほとんどは高速道路を通りますから、電気信号が心室に行き渡るまでの時間は、正常と変わりありません。では何が変わるかというと、電気軸が変化します。
図9を見てみましょう。
左脚前枝がブロックされると、左室へは、後枝のみから信号が入ります。そして前枝が本来担当していた領域には、心室の右下から左上に興奮が伝導します。したがって、全体の興奮ベクトルは左上を向くので軸は-30°以上の高度な左軸偏位になるのです。時計でいうと3時が0°で、反時計方向がマイナスで、左軸側、時計方向がプラスで右軸側ですから、-30°以上の左軸偏位というと、時計では2時よりも反時計側の軸ということです。
左脚後枝ブロックではどうなるでしょう(図10)。
今度は前枝から左室に入って、後枝の領域は前枝側からですから、電気軸は左上から右下に向かい、右軸偏位となります(図11)。
+110°を超えるような高度な右軸偏位では左脚後枝ブロックを考えましょう。ただ、右室肥大など右軸偏位をきたすような疾患があると左脚後枝ブロックは診断が難しくなります。左脚後枝は太いので切れにくく、左脚前枝ブロックが圧倒的に多いことを付け加えておきます。
分枝ブロックでは、肢誘導に小さなQ波や深いS波が出現することがありますが、個人差が多いので、軸だけを頼りにしてください。
左脚分枝ブロックの心電図は、
- QRS幅は正常
- 左脚前枝ブロック:-30°を超える高度な左軸偏位→よく見られる
- 左脚後枝ブロック:+110°を超える高度な右軸偏位→まれ
となります。
対策としては基礎心疾患に伴うこともありますが、基礎疾患がなく、単独で見られる場合はとくに病的意義はありません。
2枝ブロック、3枝ブロック
心室内の伝導障害が複合した状態が2枝ブロック、3枝ブロックです。
2枝ブロックは、右脚ブロックに、左脚前枝ブロックか左脚後枝ブロックのいずれかが合併したものです。後枝のほうが障害を受けにくいので、右脚+左脚前枝ブロックがほとんどです。
つまり2枝ブロックは、
- 右脚ブロック+左脚前枝ブロック(高度の左軸偏位)→多い
- 右脚ブロック+左脚後枝ブロック(高度の右軸偏位)→少ない
というわけです。
2枝ブロックでは、左脚後枝のほうが丈夫なので、左脚後枝ブロック合併のほうがより重症と考えましょう。
では、3枝ブロックとはどんなブロックでしょう。右脚、左脚前枝、左脚後枝すべてブロックされてしまうと、心室に興奮が伝導されないことになり、これは完全房室ブロックです。
心室内ブロックの場合、3枝ブロックとは、2枝ブロックに加えて1度または2度房室ブロックの所見があるものです。
復習しますと、1度房室ブロックはPQ間隔が一定でかつ、5コマ(0.20秒)を超えるもの、2度房室ブロックは、P波の後のQRS波が1拍だけ脱落するものですね(ほとんどはモビッツⅡ型の2度房室ブロックです)。この房室ブロックの所見が2枝ブロックに加えて見られれば3枝ブロックです。この場合の房室ブロックはヒス束近傍の障害と考えてよいと思います。
また、前枝+後枝を2枝と考えると、左脚前枝ブロック+左脚後枝ブロック=左脚ブロックとなるので、左脚ブロック+1度または2度房室ブロックを3枝ブロックとするテキストもあります。
つまり3枝ブロックは
- 右脚ブロック+左脚前枝ブロック+1度または2度房室ブロック
- 右脚ブロック+左脚後枝ブロック+1度または2度房室ブロック
- 左脚ブロック(前枝+後枝ブロックと考えて)+1度または2度房室ブロック
というわけです。
対策としては、基礎心疾患はある場合もない場合もありますが、いずれにしても心室内の伝導が広範に障害され、首の皮一枚でなんとかつながっているような状態です。いつ完全房室ブロックになってもおかしくないので、厳重な警戒をしましょう。
***
ここで、心臓内の刺激伝導系の伝導障害をアクティブ心臓病院看護部に例えて、総復習しましょう。
まず、大ボス洞結節総師長周辺。総師長は規則正しい周期で命令を出しているのに、心房管理室に伝わらない“洞房ブロック”がありましたね。
心電図では、PP間隔は洞周期で、出現していますが、ときどきP波が抜けてしまう。抜ける前後のPP間隔は洞周期の2倍~整数倍になります。これは、総師長は洞周期で命令を出していますが、心房管理室に伝わらない分だけP波が抜けるためです。1回だけ伝わらなければ洞周期の2倍、2回連続で伝わらなければ2拍分のP波が抜けて、PP間隔は洞周期の3倍になります。
洞結節総師長には問題ないのですが、結果的に心房に命令が伝わらずP波が出ませんから、洞不全症候群と同様に対処します。
次に、心房管理室と心室病棟のつながり、房室伝導を考えてみましょう。この部分の命令伝達がうまくいかない状況は“房室ブロック”といいますね。
房室結節副総師長は、心房管理室所属で命令を集めて心室に伝える役割ですが、疲れやすいという特徴があります。1度房室ブロックと2度房室ブロック(ウェンケバッハ型)は、主に房室結節副総師長の体調によるもので、温かく見守るだけでよいでしょう。
房室結節副総師長と病棟のつなぎ役はヒス束病棟師長です。心房管理室からの命令を、房室結節副総師長経由で心室病棟に伝達する重要な役割です。
ヒス束病棟師長の調子が悪いと大変です。心室病棟に命令が伝わらなくなって、病棟の循環業務が滞ってしまいます。最も重症なのが、管理室の命令が完全に遮断された“完全房室ブロック”、その前段階は“高度房室ブロック”、前兆が“2度房室ブロック(モビッツⅡ型)”です。
最後に心室病棟内での伝導障害を考えてみましょう。
ヒス束病棟師長からは、右脚主任-プルキンエリーダーへ申し送りがされて、右室班のスタッフが働きます。もう1つの伝達ルートが、ヒス束病棟師長から左脚主任へ、さらに左脚前枝副主任・左脚後枝副主任の両系統からプルキンエリーダー、スタッフと申し送られる左室班があります。左脚主任は健康で、右脚主任に比べて切れにくく、また前枝と後枝では、後枝のほうが丈夫です。
右脚主任がサボると、右室班の命令は左脚-左室班経由で申し送られますから、業務に時間がかかる、つまりQRS波の幅が広くなります。
左脚主任はめったにサボりませんが、病気になるとさすがにお休みですから、申し送りは右室経由で時間がかかり、やはりQRS波の幅が広くなります。左脚前枝・後枝副主任は、単独で休んでも、業務時間(QRS波の幅)は延長しませんが、業務の順序(QRS波の電気軸)が変わります。
問題は、インフルエンザなどで複数のお休みがあった場合です。両脚主任が同時に休むと心室病棟に命令が届かず“完全房室ブロック”ですね。右脚+左脚前枝または後枝のお休みも多少危険、これに加えてさらに上流の房室ブロック(1度、2度)があると、かなり危うい状況です。要の左脚主任は2人分ですから、これに房室ブロックが加わっても危険ですね。
心室病棟に命令が伝わなければ、スタッフ自らが命令を出して業務を行う“補充調律”という機能が働かないと、循環業務停止という恐ろしい状況です。
まとめ
- 洞結節-心房間:洞房ブロック→洞不全症候群と同様に対応
- 心房-心室間:房室ブロック→モビッツⅡ型、高度、完全房室ブロックは病的
- 心室内:以下のとおり
右脚ブロック→よく見られる。単独では心配なし
左脚ブロック→まれ。心疾患があることが多い
左脚前枝ブロック→よく見られる。単独では心配なし
左脚後枝ブロック→まれ。単独では心配なし
2枝ブロック→右脚+左脚後枝ブロックはとくに注意
3枝ブロック→高度、完全房室ブロックに移行する危険が高い
[次回]
本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『アクティブ心電図』 (著者)田中喜美夫/2014年3月刊行/ サイオ出版