麻疹(はしか)感染が拡大中|看護師が今、知っておきたい麻疹のキホン
みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト副代表
麻疹(はしか)の流行がニュースになっています。2月下旬にアラブ首長国連邦から帰国した便に搭乗していた男性が麻疹に感染していたことがわかり、同じ旅客機の乗客を調べたところ10人の感染が確認されました。
また、3月7日に東京で行われたミュージカルの観客に感染者がいたことが、さらに3月22日にはまだワクチンを接種できない0歳の女の子にまで感染が拡がってしまったことが都内で確認されました。
こうしたニュースを受けて、麻疹の予防接種を希望する人が増加しています。厚生労働省は子どもの定期接種を確実に受けられるようにするため、小児科にワクチンを優先して供給することを指示する通知を出しました。
とはいえ、まだ数十人規模の感染ですし、「そんなに大騒ぎするほどのことなのか」と思う人もいるかも知れません。しかし、専門家がピリピリしているのにはそれなりの理由があるのです。
今回の記事では、なぜ今世界で麻疹の流行が問題になっているのかを解説します。
繰り返す麻疹流行の歴史
麻疹は、紀元前3000年頃メソポタミアの都市から周辺に広がっていったと考えられています。西暦910年にはペルシャの哲学者アル・ラジが「天然痘と麻疹に関する論考」を著しており、「(麻疹は)天然痘より恐ろしい」と記録しています。
日本でも平安時代から江戸時代にかけて「赤斑瘡」や「赤疱瘡」と呼ばれる病気の流行がたびたび記録されており、症状から麻疹のことだったのではないかと推測されています。
麻疹は過去に感染を経験したことがなかった「処女地」に持ち込まれたときに甚大な被害をもたらします。
アメリカ大陸ではヨーロッパ人の到来以前に麻疹は存在しませんでした。1492年にコロンブスがサン・サルバドル島の地を踏んでから、ヨーロッパ人が持ち込んだ病気のため5000万〜1億人いた南北アメリカの人口は10分の1に減少したとされており、麻疹の流行も大きな原因の1つであったと考えられています。
1875年にはフィジーの王様ザコンバウがオーストラリアを訪問した際に、シドニーで麻疹にかかります。ザコンバウと王子達は、帰国後も体調不良を周囲に伝えることなく、100を超える島々から首都に集まった部族長たちと10日間にわたってパーティーを行ってしまいました。そこで感染した人達が各々の住む島に持ち帰ったことで、当時のフィジーの人口15万人のうち4万人もの人がたった3カ月の間に命を落としました。
1951年にはグリーンランドに初めて麻疹が持ち込まれた際、島の南部に住む4262人の住民のうち感染を免れたのはたったの数十人だけだったとされており、この病気から逃れることがいかに難しいかがよくわかると思います。
麻疹の症状・合併症・後遺症とは
麻疹は潜伏期間が長いことが特徴で、感染してから症状が出るまで10日程度かかります。最初の症状は発熱や咳、鼻水などでこれらは数日続きますが、この時点で普通の風邪と区別するのは至難の業です。
その後、一時的に熱が下がることが多いのですが、再度39度を超える高熱とともに発疹が出てくるのが特徴です。一回目の熱の終わり頃に口の中に「コプリック斑」という白色のポツポツが見られると診断がつきやすくなりますが、出現しないこともあります。
子どもが麻疹にかかると、約10人に1人が中耳炎など耳の感染をきたします。また20人に1人が肺炎になることが知られており、子どもが麻疹で命を落とす最大の原因です。他にも1000人に1人が脳炎になるとされており、後遺症が残ってしまう場合があります。
こうした合併症のため、ワクチン未接種の子どもが麻疹に感染すると、5人に1人は入院が必要になり、1000人に1~3人が亡くなるとされています1)。
また、長期的な合併症として亜急性硬化性全脳炎 (SSPE)という病気の存在が知られています。これは麻疹に感染してから数年〜10年程度の潜伏期を経て、知能低下や性格変化が始まり、進行性に脳の機能が障害されて植物状態や死にいたる病気です。
SSPEについてよく知らない人は、0歳の時に病院で麻疹に罹患し、小学校5年生でSSPEを発症した子のお母さんが書いたブログを読んでみてください2)。当たり前の日常が急速に失われていってしまう様子から、麻疹がいかに怖い病気であるかをご理解いただけるのではないかと思います。
麻疹の凄まじい感染力とは…
麻疹が持つもう一つの厄介な性質は、感染力が極めて強いことです。
免疫を獲得していない集団において「1人の感染者が何人に病気をうつしてしまうか」という数値(基本再生産数といいます)を見てみると、
季節性インフルエンザは1.3
新型コロナウイルスの武漢株は2.8
新型コロナウイルスのデルタ株は5.1
新型コロナウイルスのオミクロン株は9.5
しかし、麻疹の基本再生産数はなんと12~18とされており、すべての感染症の中で最も高いレベルにあります6)。
このため、誰も免疫を持っていない状態だと1人の感染者が最低12人に病気をうつし、この12人が次は144人に病気をうつす…というように、凄まじい勢いで感染が拡がっていくのです。
唯一の予防策はワクチン接種
前述の通り非常に厄介な性質を持つ麻疹ですが、感染やワクチン接種で一度免疫がつくと、その効果が長く続くのが救いです。
日本では現在、風疹ワクチンとともに「MRワクチン」という名前で、1歳の時と小学校就学前とで合わせて2回接種します。1回接種では93%の有効性しかありませんが、 2回接種で97%の有効性が得られるとされています7)。
世界中で麻疹のワクチン接種が進んできたことで、以前のように何万人もの人が一気に亡くなるような大流行は見られなくなってきました。下の図は、2000年以降に全世界で麻疹ワクチン2回接種の接種率が上昇するに従い、10万人あたりの新規感染者数が1119人から165人にまで低下してきたことを表したグラフです。
出典: Measles vaccine coverage vs. measles cases worldwide(Our World in Data)
このように、ワクチンは麻疹に対抗するための唯一の効果的な予防策なのです。
コロナ禍で低下した麻疹ワクチンの接種率
では、なぜ今たった数十例の流行で、専門家たちは警鐘を鳴らしているのでしょうか。
それは、新型コロナウイルス感染症の流行の時期に全世界で病院の受診控えが起きたため、麻疹ワクチンの接種率が低下してしまっているからです。
2020年から2022年までの間に、全世界で予定されていた麻疹に関係するワクチンのうち、6100万回分が延期か中止されたことがわかっています8)。これは日本も例外ではなく、2021年度には過去10年で初めて麻疹ワクチンの初回接種率が95%を下回ってしまいました9)。
麻疹ワクチンの接種率が低下し、免疫を持っている人の割合が下がってしまうと、子どもたちの間で麻疹が流行するリスクが上昇してしまいます。実際に2024年に入ってからオーストリア、フィリピン、ルーマニア、イギリスなどで麻疹の流行が確認されており、CDCは6カ月以上の子どもを国外旅行に連れていく場合には、あらかじめ麻疹のワクチンを接種するよう勧告を出しました10)。
日本では基本的に麻疹の感染は海外から入ってきますので、諸外国で流行が起きている状況は慎重に注視する必要があります。特に、コロナ禍でお子さんのMRワクチンの定期接種を打ち逃してしまった方は、直ちにワクチン接種を受けてほしいのです。
おわりに
有効なワクチンの普及により、麻疹は過去の病気になりつつありました。しかし、コロナ禍でワクチン接種率が低下してしまったため、再度流行のリスクが上昇しているのが現状です。
看護師のみなさんも、ぜひ医療者として麻疹流行の恐ろしさを周囲に呼びかけていただき、感染拡大を食い止めていきましょう。
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参考文献
- 1) CDC. Complications of Measles
- 2) 国立感染症研究所.SSPEの悲惨さと青空の会の思い.IASR. 2015;36:67-68.
- 3) Biggerstaff M, Cauchemez S, Reed C, Gambhir M, Finelli L. Estimates of the reproduction number for seasonal, pandemic, and zoonotic influenza: a systematic review of the literature. BMC Infect Dis. 2014;14:480.
- 4) Liu Y, Rocklöv J. The reproductive number of the Delta variant of SARS-CoV-2 is far higher compared to the ancestral SARS-CoV-2 virus. J Travel Med. 2021;28:taab124.
- 5) Liu Y, Rocklöv J. The effective reproductive number of the Omicron variant of SARS-CoV-2 is several times relative to Delta. J Travel Med. 2022;29:taac037.
- 6) European Centre for Disease Prevention and Control. Factsheet about measles.
- 7) Fell DB, Azziz-Baumgartner E, Baker MG, et al; WHO taskforce to evaluate influenza data to inform vaccine impact and economic modelling. Influenza epidemiology and immunization during pregnancy: Final report of a World Health Organization working group. Vaccine. 2017;35:5738-5750.
- 8) CDC. Global Measles Outbreaks.
- 9) 厚生労働省.麻しん風しん予防接種の実施状況.
- 10) CDC. Increase in Global and Domestic Measles Cases and Outbreaks: Ensure Children in the United States and Those Traveling Internationally 6 Months and Older are Current on MMR Vaccination.
木下喬弘(手を洗う救急医Taka)
みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト副代表。こびナビ(CoV-Navi)副代表。外傷専門医、公衆衛生学修士。2010年大阪大医学部卒。大阪の救命救急センターで9年間勤務した後、2019年にハーバード公衆衛生大学院に入学。日本のHPVワクチンに関する医療政策研究で2020年同大学院卒業賞を受賞。『みんなで知ろう!新型コロナワクチンとHPVワクチンの大切な話』(ワニブックス)など。Twitter、Instagram、YouTube。
編集:烏 美紀子(看護roo!編集部)
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