顕在化する在宅の暴力・ハラスメント
【日経メディカルAナーシング Pick up!】
人工呼吸器を装着した女性患者の自宅における訪問看護。看護師が行うケアを横でじっと見ては、「前のやり方と違う!」といちいち口を挟む夫。
別の日に訪れた妊娠中の看護師には「やることはやっているんだな」とあからさまなセクハラ発言をして、揚げ句には「それでも看護師か」と人格否定の暴言が飛び出す。
男性の理学療法士が訪問すると、今度は「何で妻の胸ばかり触るんだ」とクレーム──。
施設の中で患者の家族がこのような暴言を繰り返せば、今の御時世、さすがに何らかの対応や注意がなされるだろう。
しかし、訪問サービスの現場では、このようなケースが放置、あるいは表面化すらしないこともいまだ珍しくない。
さらには、職員の生命に危害が及んでもおかしくないというケースも起こっている。
精神障害者に対する居宅介護でホームヘルパーの到着が遅れ、刃物を右手に持った利用者が「俺は前科持ちなんだ。キレると何をするか分からないのは知っているよな」とすごむ。
「患者が興奮しても10分ほどで落ち着く」との情報を事前にサービス担当者会議で得ていたヘルパーはその場から逃げることなく、幸いにも利用者をなだめ落ち着かせることができた。
刃物を突きつけられた時点で警察に通報してもおかしくないケースだが、担当のヘルパーはその事実を暴力被害とは認識せず、法人本部に報告することはなかった。
事業所の管理者でもあるヘルパーが本部にトラブルとして報告したのは数日後。刃物を突きつけられたことに対してではなく、その後に何度もかかってくる利用者からの電話にたまりかねてのことだった――。
これらのエピソードは、日経ヘルスケア2019年5月号の特集「医療・介護のクレーム・トラブル最新事情」の取材の中で聞いた、つい最近起こった事例だ。
半数は利用者・家族からの暴力を経験
医療機関の職員に対する暴力・暴言やハラスメント行為については、日経メディカルでも以前から取り上げており、組織全体で対応する体制を整える施設が増えている。
しかし、そうした動きから取り残されているのが、訪問看護や訪問介護など在宅ケアの現場。
事業所における対応体制の不備に加え、訪問する職員の職業意識も手伝い、利用者宅で暴力やハラスメントに遭遇していても、なかなか表に出にくい(表1)。
表1在宅ケアの現場において暴力・ハラスメントのリスクが高まる背景
「訪問看護・介護事業所必携! 暴力・ハラスメントの予防と対応」(監修・著 三木明子、メディカ出版)より改変引用
「病院・施設から在宅へ」の流れの中、訪問看護師に対するアンケートの報告などがここ数年増え、多くの職員が暴力・ハラスメントの経験があるという実態に光が当たり始めている。
2014年に神戸市看護大学の林千冬氏らが兵庫県下の訪問看護ステーションに行った調査では、訪問看護師358人の50.3%が「利用者やその家族などから暴力を受けた経験がある」と回答。
全国訪問看護事業協会も2018年に全国の加盟事業所の看護師3245人を対象に調査を行い、身体的暴力、精神的暴力、セクシャルハラスメントをそれぞれ45.1%、52.7%、48.4%が「経験している」という結果を得ている。
こうした調査を受けて厚生労働省も今年4月、「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」を作成。
その中で2018年度に介護事業所を対象に行った調査結果も掲載し、サービス種別を問わず、半数近くの職員が利用者あるいは家族からのハラスメントを経験していることが分かった。
同マニュアルでは、訪問サービスをはじめとした介護現場のハラスメント対策の推進を自治体に促している。
セキュリティー端末の携行でハラスメントを抑止
例えば、訪問看護や訪問介護に従事する職員の安全を確保するには、2人体制での訪問が有効だ。2人訪問の場合の複数名訪問加算は訪問看護(医療・介護保険とも)、訪問介護で共に認められている。
しかし、その算定には「1人での対応が難しい場合」という条件がつくため、実際には夜間の訪問も基本的に1人で行わせている事業者が大半だ。
同加算は、暴力や著しい迷惑行為が認められる利用者への訪問でも算定できるが、利用者あるいは家族の同意という条件もある。
「あなたが暴力を振るうので、2人で訪問します。その分、負担料も上がります」と説明して同意を得ることは難しく、2人で向かわせる場合も、多くの事業者は同加算を算定していないとみられる。
そのような状況ではあるが、訪問サービスにおける暴力やハラスメント行為への対応をいち早く進めている事業者もあり、上記の日経ヘルスケア5月号特集ではいくつかの事業者を紹介した。
まず共通するのは、どのような行為が暴力やハラスメントなのかを職員に認識させ、被害を受けた場合にちゅうちょなく報告させるという意識付けを行っていること。その前提として、管理者の意識改革が必要となるようだ。
その上で、西宮市社会福祉事業団の訪問看護課では、綜合警備保障(株)が提供するモバイルセキュリティー機器を導入している。
1台の端末で緊急通報、ブザー、GPS による位置検索などが可能で、ガードマンの駆けつけも依頼できるというものだ。
同課では4台の端末をレンタルで導入。夜間の訪問では看護師が首から下げて携行することとし、日中もハラスメント行為などの恐れがある利用者宅を訪問する場合に携行させている(写真)。
利用者の家族から「それは何だ?」と質問された際に、緊急通報装置であることを説明したら、繰り返されていたセクハラ行為がなくなったこともあるそうだ。
月額レンタル料金は1台当たり2000円で、ガードマン駆けつけの費用は1回当たり6000円。
もっとも、2016年の導入以来、緊急通報を行ったケースはないという。
「緊急通報に至らずとも、ハラスメントや暴力の抑止効果が十分期待できる」と同課課長の山﨑和代氏はみる。こうした機器の導入が自治体の助成などで広がれば、在宅ケアの担い手の安全対策は進むとみられる。
数年前に日経メディカルで訪問診療についてのアンケートを実施し、女性医師から寄せられた「夜間に独り暮らしの男性高齢者の散らかった居室を訪問したことがとても恐ろしく感じ、訪問診療から手を引いた」という声が印象に残っている。
在宅ケアの提供体制の整備が急務である中、担い手たちの安全対策にも手を打たなければ、人材不足の悪循環から抜け出すことは難しいだろう。
<掲載元>
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