タンザニアの妊産婦を救いたい!国際医療の現場に生きる助産師・マガフ範子さん【2】

前回まで

助産師のマガフ範子さんは、アフリカ大陸・タンザニアにある、病院の分娩室に派遣されました。

 

そこで待っていたのは、日本よりも劣悪な医療環境と、目の前で妊婦さんが亡くなっていくという厳しい現実。助産師として、「妊産婦死亡を防ぐためには、分娩介助よりも事前の妊婦健診こそが重要だ」と、妊婦健診活動に力を入れることを決意します。

【第1回】妊産婦を救えない厳しい現実

 

 

第2回:妊産婦死亡阻止のための2つの活動

 

助産師の仕事と、保健事務所の仕事

イプリ保健センターの待合室

 

タンザニアの北西部に位置するタボラは、大都市ダルエスサラームとは違い、特に医療が行き渡らない地域。

マガフさんは赴任先の「イプリ保健センター」において、2つの役割を担いました。

 

1つ目は、臨床助産師として、イプリ保健センターで行った「妊婦健診活動」。

 

妊婦健診を中心に、5歳未満の子どもの体重測定や予防接種、HIV検査。加えて、産褥(さんじょく)ケアなどのアフターケアも行いました。

 

「WHO(世界保健機関)では、出産前に最低4回の妊婦健診を推奨しているのですが、私が赴任した当初、タボラ州の妊婦さんは多くても1~2回しか健診にやってきませんでした。そのなかでも2回目に来てくれる妊婦さんはまれで。

 

加えて、妊婦さんが何人来ているのか、という記録も残されていませんでした。ここでは妊婦健診が定着していないのだと思い知らされましたね」

 

そこで、マガフさんは週に1度、村々への訪問診療も行い、妊婦健診率の向上に努めました。

 

たくさんの妊婦さんがマガフさんの健診を待っています

 

「タボラは交通網も発達していなくて、すべての妊婦さんがイプリ保健センターまで来ることはできませんでした。だから、私から行くことにしたんです。

 

元々、イプリでは、村々を訪れる『アウトリーチ』と呼ばれる活動で、子どもの予防接種や体重測定などを行なっていたので、そこに妊婦健診のプログラムを足してもらいました」

 

マガフさんがイプリ保健センターを離れるまでの約3年間で、妊婦健診受診率は約10倍(2007年:258人→2009年:2,325人)、5歳未満健診受診率はなんと約16倍(2007年:506人→2009年:8,416人)に増加しました。

 

アウトリーチにおける妊婦健診の様子。妊婦さんに胎児心音を聞いてもらっています

 

2つ目の活動は、管轄の保健事務所のコーディネートをすること。

 

週3日、助産師としての臨床活動を行うかたわらで、週3回、コーディネーターとして保健事務所で活動しました。

 

マガフさんがイプリ保健センターに赴任した当初、外来患者数や分娩数、妊婦健診数などのデータが残っておらず、それは管轄するほかの8つの医療施設でも同様の状態でした。

 

「どういう患者さんが保健センターに来て、そしてどういう看護を行ったのかがわからず、継続的なケアも、現地スタッフ間の情報共有もできなくて。また、管轄内のそれぞれの医療施設が抱える問題も不透明な状態でした。

 

だから、それらをまとめた資料があれば、課題も明確になるし、問題も解決しやすくなるかなって考えたんです」

 

そこでマガフさんは、患者さんの記録や、近隣の医療施設の運営状況や課題について定期的にまとめた「年間報告書」の作成にとりかかりました。

 

年間報告書を作るにあたっては、それぞれの医療施設を自分の目で見て、現場で働く職員の声も盛り込む必要があると感じたマガフさん。

 

そこで、3か月に1度、イプリ保健センターの他に管轄している8つの医療施設を1箇所ずつ、実際に訪問する「スーパービジョン」と呼ばれる活動も行いました。

 

まず、現地の担当者と直接話をしながら、課題をヒアリングします。施設で働く医療者などの確保や、薬剤・医療物品などを確保しました。

 

同時に、外来患者数や妊婦健診数、分娩件数などのデータを3か月ごとに集計し、年間報告書にまとめていきました。

 

また、管轄している医療施設の連携強化を図るために、各医療施設の妊婦健診を実施しているスタッフを集めて、母子保健に関するセミナーを開催なども行いました。

 

アウトリーチで訪れた村の人々と

 

タンザニアで知った「命の強さ」

貧困や医療機関の未整備など、日本の常識が通じないタンザニアでの経験を経て、価値観が変わったとマガフさんは言います。

 

「例えば日本なら、貧血が疑われる妊婦さんがいれば、すぐに採血をして確認することができます。だけど、タンザニアには採血するお金がない妊婦さんばかりなので、採血をせずに、妊婦さんの脈、、目、舌をしっかり見て、フィジカルアセスメントをするしか方法がないんです。そこにエビデンスはありません。

 

でも、だからと言って、『エビデンスがないから看護しません』なんて、目の前で苦しんでいる患者さんに言えない。極限の状況の中では、自分の見たもの、感じたものを強く信じることも大切だと気づかされました」

 

また、あらゆるものが不足しているタンザニアにいたからこそ気づけたこともあったとか。

 

それは、「命の強さ」です。

 

「あまり日本と比べてばかりでも仕方がないのですが、タンザニアの病室には、室温を管理する機能がありません。保育器もないし、あっても電力不足で使えません。

 

だから、元々の熱帯気候を利用して、ただのベッドがあるだけの部屋の窓を閉めきって中を温め、「天然の保育器」を作って・・・。そこで、お母さんたちがしっかりとカンガルーケア(赤ちゃんを母親の乳房の間に抱いて、裸の皮膚と皮膚を接触させながら保育する方法)を行なうんです。

 

すると、赤ちゃんって、それだけですくすくと大きくなるんです。ほかにも、手洗いだって清潔管理だって足りてない。だけど、元気に育つ赤ちゃんもたくさんいる。『赤ちゃんって、強いんだな』って痛感しました」

 

生まれたばかりのダマス君を優しく抱きかかえながら、マガフさんはそう話してくれました。

 

【第3回に続く】野菜作りで妊婦さんの鉄分補給!?

 

【看護roo!編集部】


【目次】

(1)妊産婦を救えない厳しい現実

(2)妊産婦死亡阻止ための2つの活動

(3)野菜作りで妊婦さんの鉄分補給!?

(4)活動中の給料や休日、今後の目標

 

【マガフ範子(なおこ)さん】

助産師。大学卒業後、3年半の病院での臨床経験、さらに大学院での2年間を経て、JOCS(日本キリスト教海外医療協力会)に入職。2007年9月から海外派遣ナースとして、アフリカ大陸にある、タンザニア・タボラ州にあるイプリ保健センターに赴任。妊産婦死亡率を下げるために、妊産婦への検診活動や産褥ケアなどの母子保健活動を行った。約3年間の任期を終え、2010年11月に帰国し、JOCSを退職。その後結婚をし、現在はボツアナ共和国在住で、2児の母。

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