法律家の視点が看護師の仕事をしやすくする?医療機関内弁護士インタビュー
「医療機関内弁護士」という仕事があります。その名の通り医療機関の内部で働く弁護士のことですが、医療者の中でもまだ知る人は少ないのではないでしょうか。でも実は、医療機関内弁護士は、看護師の仕事を今よりもやりやすくしてくれる存在かもしれません。
千葉県にある亀田メディカルセンター(※)に常勤中の医療機関内弁護士 水沼直樹さんにお話をうかがいました。
※亀田メディカルセンターは、亀田総合病院を中心とした医療サービス施設の総称です。
医療機関内弁護士 水沼直樹さん
【目次】
法律家が医療者の味方になるってどういうこと?
―「医療機関内弁護士」という肩書きの方にお会いするのは、初めてです。
水沼 おそらくそうでしょうね。医療機関内弁護士は全国にまだ15人(※)しかいませんから。
こういう職業ができたのも、ここ6~7年のことです。
―医療機関に弁護士さんが常勤するメリットは、どのようなところにあるのでしょう?
水沼 一番のメリットは、いつも院内にいるので気軽に質問や相談ができるところです。
医療者との距離が近い分、「弁護士の視点」を活かし、慣例化されているもののあまり意味のない業務があれば削ったり、あるいは医療安全の面でも対策を講じたりすることができます。
―「弁護士の視点」…ですか。それによって、どのように無駄を削ることができるのですか?
水沼 たとえば、せん妄状態にあって意思疎通のできない患者さんが、カテーテルなどを勝手に抜いてしまうような場合がありますよね。このような患者さんに対して、現場では「ミトン」を使いたいというニーズがあるでしょう。当然、医療者はミトンが身体拘束に当たることを知っていますから、使用時には同意書を取りますし、取るべきです。
でも、法律家の私はこう考えます。「そのような患者さんに、看護師が療養上の世話をする場合など、同意書がなくてもミトンを使用することができる場合があるのではないか」と。
というのも、この状況でミトンをつけなければ、看護師さんは2人がかりで患者さんの体を押さえて処置をすることになります。しかし、緊急性の高い状況であったり、患者さんが意識なく動いてしまって処置ができなかったりする場合に、複数人の看護師が確保できないからといって必要なケアができないのであれば、その方が、むしろ患者さんには不利益が生じてしまう可能性があります。であれば、リスクを冒して一人で対応するより、1〜2分の短時分に限ってミトンを使った方がいい場合もあると考えるのです。看護師の1人が患者さんの四肢を押さえるのとミトンを使用するのとでは、患者さんの行動制限という意味において、質的には異ならないからです。
看護師さんは「同意書がない」ということで躊躇されることも多いかと思いますが、この場合であれば、ご家族からそのことで損害賠償を迫られたとしてもおそらく賠償することにはなりません。だったら、「1〜2分の短時分に限って一時的にミトンを使っても、問題はないのではないか」と判断するわけです。
―たしかに、「法律家の視点」で考えたことによって、看護師さんの仕事がシンプルになった例ですね。
弁護士さんは「訴訟」の専門家だと思っていたので、こうした業務をされているのは少し意外な気もします。
水沼 「医療訴訟」は、一般的には医療機関内弁護士ではなく顧問弁護士の仕事になります。顧問弁護士のいる弁護士事務所には複数人の弁護士がいて、幅広い視野に立って訴訟活動をしています。
ただ、それだけに顧問弁護士にまで話を上げるとなると、医療機関としてはハードルが高い。
その点、私は医療機関内弁護士として医療安全管理委員会にも参加しているので、職員にとっても身近です。
プライベートな相談に乗ることもあるくらいですから。
看護師は、離婚・相続・お金のトラブルが多い?
―プライベートの相談にまでのってくださるんですか?
水沼 私から積極的に働きかけているわけではありませんが、スタッフが師長に相談して、師長から相談されるいうパターンはありますね。
―ちなみに、どのような相談が多く寄せられるのでしょう?
水沼 1番多いのは、「離婚」と「相続」です。あとは、交通事故もよくあります。
それと、これは統計をとったわけではないのであくまでも私の実感でしかないのですが、看護師さんは「消費者金融」や「投資詐欺」などの問題を抱えている人が、他の職種に比べて若干多いように思います。
先日は、交際を始めた相手の男性が貴金属を売っている人で、100万円以上もする貴金属を買ってほしいと言われて、「迷っている」という相談がありました。
―それで、どのようなアドバイスをされたのですか?
水沼 ご本人も買う前に相談に来たくらいですから、うすうす「おかしいのではないか?」とは気づいているんですよね。実際、交際してすぐに高額な貴金属を若い女性にローンで買わせようとしている状況は普通ではありません。
しかし、その方にとって相手は意中の人ですから、私が、安易に「やめておいた方がいい」と言っても、聞く耳を持ってもらえる可能性は低い。
ですから、そのときには「銀座あたりの貴金属店で同じ値段のものを見てきて、それと同じくらいの価値を感じたのなら話は別だけれど、違うと思ったら買わない方がいいのではないですか?」と、お伝えしました。
このように他の事例と合わせて説明すると、ご自身が置かれている状況に気づき、自ら決断することができるものなのです。結局、彼女は思いとどまりました。
―そうしたエピソード、もっとお聞きしたいところですが…話が医療から逸れてしまってはいけないので、元に戻しますね(笑)。
医療者ならではの「伝聞を鵜呑みにする文化」とは
―水沼さんは先ほど、「医療安全管理委員会」にも参加されているとおっしゃっていましたが、医療安全にはどのように関わられているのですか?
水沼 すでに起きてしまった事故であれば事故調査を行い、事故には至らなかった場合でも、医療安全管理委員会のメンバーとともにインシデントレポートから対策を講じています。
―やはり、そこでも「弁護士の視点」が役に立つということでしょうか。
水沼 事故調査では、ある人が言ったことの裏付けをとったり、調査不足の部分を指摘したりするなど、弁護士の「調査力」が役に立ちます。
これは、私も関与するある医療機関で実際にあった事例ですが、「看護助手が患者さんを搬送中に、あやまって患者さんの足を扉にぶつけてケガをさせてしまった」という報告がありました。
しかし、受傷痕と事故報告にはつじつまの合わないところがあったので調査をしたところ、実は、その患者さんは家にいるときにすでにケガをされていたことがわかりました。
―危なくスタッフの責任になってしまうところだったということですね。
水沼 そうですね。ただ、こうした報告やインシデントを受ける目的は犯人探しではありません。あくまで、「どうしてこのような事実に反する報告がなされてしまったのか?」を分析し、同じことを繰り返さないようにすることが重要なんです。しかし、調査不足によってあらぬ疑いをかけられることがあってはなりませんよね。
この事例では、以下の3つの要因が浮かび上がってきました。
(1)「あの人ならやりかねない」という思い込みが報告者の中にあった。
(2)報告者である看護師が、実際には現場の状況を又聞きして報告していた。
(3)患者さんに認知症があり、事実確認が取りにくい状況だった。
ここで、私が注目したのが(2)です。
この問題には、医療者ならではの「伝聞を鵜呑みにする文化」が背景にあることが見えてきました。
―「伝聞を鵜呑みにする文化」ですか…。たしかに「申し送り」といい、看護師の業務には「伝聞」が多いような。でも、そんなことは今まで考えてもみませんでした。
水沼 多くの医療者もそうだと思います。ですが、法律の世界には「伝聞証拠の禁止」という刑事訴訟上の原則があります。これは、又聞きした供述は原則として証拠にはならないというものです。
たとえば、BさんがAさんに話を伝え、Aさんが、Bさんから聞いた話を報告者に伝えたとします。しかし、そもそもBさんの時点で見間違いがあったり、あるいはBさんからAさんへと伝わる段階で聞き間違いをしていたりすると、AさんがBさんから聞いた話をいくら正確に伝えていると思っていても、Aさんの報告が真実である保証はありません。Bさんに直接聞いて確認しなければ真実とは言えないからです。
この事例では、まさにこうした又聞きの弊害が発生していたのです。看護師さんは、普段の申し送りでもどこかに聞き漏れや伝達漏れ、伝達誤りがないか、という視点を忘れないように心がけることが重要です。
患者の話を「そのまま受け取る」か、「分析する」か
―こう考えると、「弁護士の視点」は調査だけでなく、対策を講じるための「分析」にも役立っていることがわかります。
水沼 はい。弁護士の「分析力」というのは少し独特ですよね。
たとえば、親御さんが小さなお子さんを連れてきて、「50cmの高さの台から落ちた」と医師に伝えたとしましょう。でも、もしもその傷から判断するに、その程度の高さから落ちたくらいではここまでひどくならないと思われた場合、多くの医療者は「虐待なのでは?」という言い方をします。
たしかにその可能性は否定できません。でも、実際に親御さんが高さを計測して言っているわけではありませんから、弁護士である私は、「本当に50cmの高さだったのか?」と分析するわけです。もしかすると、実際には80cmの場所だったのに50cmと言っているかもしれませんから。
また、たとえ本当に暴力的な虐待があったとしても、犯人がご両親であるとは限りませんよね。この時点でわかっているのはあくまで親御さんが客観的な真実を医師に伝えていないという事実なのですから、直ちに虐待があったかどうかまでは確認できません。
弁護士というはこのような分析をして、「事実関係を詳しく調査する必要があるだろうか」というのを判断しているのです。
―医療者には、「患者さんの味方をしてしまいやすい」という傾向があるのでしょうか?
水沼 というより、医療者には患者さんの言ったことを「そのまま受け取る」傾向があるのだと思います。
医療者は、時速40キロの車で走行中に事故を起こしたと言う患者さんがいれば、それが「本当は時速60kmだったのでは?」などと、疑いを持つことはありません。
しかし、事故調査などの場合にはそういうわけにはいきません。
―慣例化されていることだけに、そうしたリスクは医療者同士ではなかなか気づきにくいのですね。
水沼 そう思います。
しかし、あることを実行する場合に目的から考えることができると、医療者がもっと肩の力を抜くことができる場面はたくさんあります。
しかし、これまでの教育から「こうでなければならない」と思い込んでしまって、硬直的になっている看護師さんも少なくありません。
上司が問題に気付きにくい?看護師社会
―そうした「看護師」ならではの特徴として、先ほどおっしゃっていたこと以外に水沼さんが気づかれたことはありますか?
水沼 そうですね。看護師さんは、看護部長を筆頭にしっかりと統制がとれていますので、ひとつお願いをすると一気に皆さんに情報が伝わるという良い面があります。
ただ、その反面「上司等に意見をしづらい環境」があるのではないかと思います。
人間ですから誰しも間違えることはあります。しかし、部下が上司に意見しづらい環境だと、上司は「うちの病棟は問題ないのだ」と思って、その間違いに気づくことができなくなってしまいます。
―なかなか、医療者同士では突っ込みにくい話です。
水沼 そこは、私は医療者ではないので言いやすいのかもしれません。
「あいつは弁護士だからわかっていない」というところもあるでしょうが、職種の違う人に言われるなら、「まあ、仕方がないか」ということもありますので。
―こうしてお話をうかがってみると、医療機関内に弁護士がいるメリットはいろいろとありますね。今後は、少しずつ医療機関内弁護士の数も増えてくるのでしょうか?
水沼 費用のかかる問題ですから、医療機関としては、弁護士を雇うなら医療従事者など実務を担う人を増やそうと考えがちでしょう。
そのため、幾つかの医療機関で一人の弁護士を共有するというのも一つかもしれませんね。
医療というのは主力が医療提供であるにもかかわらず、デパートと同じように、いわゆるサービス的な対応を求められるところがあります。しかし、医療者は接遇の教育をそこまで受けているわけではありませんから、その分「文句をつけられやすい素地」があるのだと思います。
弁護士はクレーム対応に詳しいですから、そういう意味でも、まだまだ「弁護士の視点」が役に立つ場面はあると思いますね。
―医療機関内弁護士がいることで、看護師さんたちの負担を少しでも軽くしてくださるといいですね。水沼さん、今回はインタビューにお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
水沼 こちらこそありがとうございました。
【水沼直樹さん】
群馬県出身。東北大学法学部、日本大学大学院を経て、2013年1月より亀田メディカルセンターに勤務。日本に15人しかいない医療機関内弁護士の一人として、主に法人内の法務全般を担当。医療機関の医療安全・医療事故調査などでも活躍している。
所属学会は、日本DNA多型学会、日本法医学会、日本医事法学会、日本がん・生殖医療学会(JSFP)、オートプシー・イメージング学会、日本賠償科学会、日本睡眠歯科学会など。
(※)医療機関内弁護士のいる医療機関(2016年3月30日時点)
大学病院・公立病院・・・7名
民間病院・・・7名
民間診療所・・1名
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