特定行為研修スタート、救急看護への影響は?|「日本救急看護学会学術集会」より

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特定行為研修が救急看護に及ぼす影響は――。10月16、17日に佐賀市で開催された「第17回日本救急看護学会学術集会」で、10月1日にスタートした特定行為に係る看護師の研修制度(以下、特定行為研修)に関するシンポジウムが開かれ、制度創設に伴い期待される成果や今後の課題などが議論された。

(森下 紀代美=医学ライター)

 

組織において役割に対する共通認識が必要

特定行為研修は、国が定める特定行為区分(21区分)の特定行為(38行為)について、指定研修の受講を修了した看護師が手順書に基づいて実施できるようにするための新たな制度だ。

 

特定行為研修制度創設の背景には、在宅医療の推進がある。シンポジウムに登壇した日本看護協会常任理事の洪愛子氏は、「これまで“グレーゾーン”だった部分が、特定行為研修制度により一部明確になった。同制度を活用し、在宅医療を支えていく看護師が養成されることを期待したい」と語った。

 

日本看護協会常任理事の洪愛子氏

「研修修了者の役割を組織全体で考える必要がある」と話す日本看護協会常任理事の洪愛子氏。

 

同時に洪氏は、「特定行為研修を修了した看護師の活動の場は在宅に限らない。医療機関にもニーズはある」との見解を示した。

 

大学病院などでは「医師が多いから特定行為研修は必要ない」と考える向きもあるが、「医師が自身の専門とする領域以外の情報が不足していたり、診療科間の医師同士の連携が十分でない場合もあり、隙間をつなぐ研修修了者の活躍が期待されることが分かってきた」と洪氏。

そして、研修受講中の支援体制の構築や患者に対する周知内容・方法などの検討は、看護部だけで完結できないことから、「組織全体での取り組みが必要」と語り、研修修了者に期待する役割を組織を挙げて考える必要性を指摘した。

 

 

また、特定行為研修では「行為」ばかりが強調されがちだが、この制度が意味するのは「看護の関わりの中で特定行為も含めた医療を提供することだ」と洪氏。そして、「看護師の専門性を基盤とし、そこに医学的知識・技能が加わることで、早期対応や患者の生活背景を考慮した判断が可能になり、患者のニーズに沿ったより安全で質の高い医療・看護を行うことができる」と語った。

 

国は、2025年までに2桁万人の研修修了者の養成を目標としている。目標の達成には、教育と手順書を充実させることが大きな課題とされている。また当初検討されていた「特定看護師」から「行為ごと」の研修に変更されたことにより、この制度を認定看護師(CN)や診療看護師(NP)がどのように活用するのかも論点となっている。

 

洪氏によると、看護協会は大学や、それに準ずる教育基盤を整えている教育機関に対し、地域のニーズと合わせ、特定行為に関する教育を実践するよう働きかけている。CN養成プログラムの中で特定行為研修を今後どう利用していくのかについては、現在検討中で年度内には方針をまとめる方向だという。

 

「診療看護師=特定行為の実施だけ」にとらわれない医療の提供

国立病院機構災害医療センターのERに診療看護師(国立病院機構での呼称はJNP)として勤務する高以良仁氏は、「特定行為を適切に活用することでチーム医療を推進し、ER診療のさらなる質の向上につながる可能性がある」と話した。

 

同病院は病床数455床で、基幹災害拠点病院であると共に、都内でも有数の3次救急医療施設である。救急車の搬送件数は年間約5000件。近年、2次救急の搬送件数が増加していることから、同病院では2012年5月より、2次救急患者を集約したER部門を開設した。ER専属で特定行為ができるJNPとして配属された高以良氏は、「救急初期診療の効率化」「ER看護師の教育」「危機管理体制の充実」の3つを自身の活動目標とし、日々の業務を実施している。

 

現在、高以良氏が2次救急の現場で行っている特定行為は、救急初期対応における動脈血液ガス採血や橈骨動脈ラインの確保、輸液療法などが中心である。実施する前には、観察した患者状態から特定行為の必要性の判断を含め、指導医へ報告し、指示下で実践している。特定行為を導入する際には、まず指導医の指導下で行い、手技・判断ともに実施可能と判断されたものを診療の中に入れる形とし、段階的に進めているという。

 

国立病院機構災害医療センターの高以良仁氏

国立病院機構災害医療センターの高以良仁氏は、「『診療看護師=特定行為のみを実施する人』ではない」と指摘する。

 

特定行為研修では行為のみが注目されがちだが、高以良氏は「診療看護師=特定行為のみを実施する人」ではないと指摘。特定行為を行う看護師には、「臨床推論に基づき、その患者に本当にしなければならないのか、適応をしっかり判断できること」がまずは重要であり、具体的には「患者にその処置をすることによるメリット、デメリットが説明できる」「行為によるリスク・合併症予防に関する知識を持っている」「手技により生じたトラブル発生時の報告や対応が適切にできる」「医師からの教育、フィードバック受け、適応や行為を振り返る」といったことが求められる。

 

高以良氏は「特定行為を行う看護師が自分の行為に責任を持ち、実際の臨床でどのように応用していくのかが重要。特定行為が適切に活用できれば、チーム医療の推進に貢献する可能性があり、ER診療のさらなる質の向上につながる」と述べた。

 

全勤務帯に必要数の研修修了者の配置を

東海大学医学部付属病院看護部主任で救急看護CNの山崎早苗氏は、2010年に厚生労働省が行った「特定看護師(仮称)養成調査試行事業実施課程」に研修生として参加し、11年から高度救命救急センター(58床)において特定行為の実践に向けて体制を整備してきた経験を語った。

 

東海大学医学部付属病院の山崎早苗氏。

「各勤務帯において、研修修了者を必要な場所に必要数、配置することが必要」と語る東海大学医学部付属病院の山崎早苗氏

 

山崎氏は試行事業において、院内の医療安全管理委員会の下部組織として、看護師特定行為業務試行事業運用分科会を立ち上げ、研修で学んだ特定行為に対する手順書の作成、実践を行った行為の適性や問題点などの検証、特定行為の包括化の検討・承認などに取り組んできた。包括的指示のもとでの自立した特定行為の実践については、指導医師の指導の下で実践を行ってから段階的に独り立ちする仕組みを整え、能力評価は分科会で行うこととした。

 

看護師が特定行為を実施する意義は「包括的なアセスメントを行った上で、医師の到着を待つのではなく、患者が必要とするタイミングで医行為を実施することにある」と話す山崎氏は、事例を紹介した。

 

例えば、人工呼吸器装着患者のウィーニングについて、主治医が「明朝の患者状態と検査結果で抜管する」というケースはよくある。検査結果に問題がなければ、指示通り鎮静薬を中止し患者の状態アセスメントをしながら、手順書に則りウィーニングを進めていく。手順書にはウィーニングを中止する基準、医師へコールをする基準が明確に書かれているため、患者の評価がきちんとできていればスムーズに進めることができる。ウィーニングが順調であれば、その次の段階である抜管へ進めることができる。

 

一方で、抜管は特定行為に含まれていないため、患者は医師の到着を待っている。抜管に向けて鎮静も解除しているため、医師の到着を待たずに患者が自分で気管チューブを自己抜去してしまうケースも出てくる。「抜管は現在、特定行為の項目に入ってはいないが、挿管チューブの位置調整までするのであれば、特定行為研修を修了した看護師がウィーニングをし、抜管の知識・技術も持っておくことで、患者さんはよりメリットが得られるのではないか」と山崎氏は話した。

 

また、適切なタイミングで介入するためには、「特定行為研修修了者が一人しかいなければ、十分な役割を果たせない。各勤務帯において、必要な場所に、必要数配置することが必要」と山崎氏は話した。

 

手順書では「患者の特定」と「病状の範囲」が重要

最後に登壇した佐賀大学医学部附属病院卒後臨床研修センター准教授の江村正氏は、看護師が特定行為を行う上での拠り所となる「手順書」について、解説した。手順書は、医師が診療の補助として特定行為を看護師に任せる際に、指示書として作成するもので、省令で示された6項目、すなわち「対象となる患者」「病状の範囲」「診療の補助の内容」「確認すべき事項」「連絡体制」「報告の方法」を盛り込む必要がある(関連記事)。

 

佐賀大学医学部附属病院の江村正氏

「手順書では『対象患者の特定』と『病状の範囲』が最も重要だ」と指摘する佐賀大学医学部附属病院の江村正氏。

 

江村氏は、全日本病院協会(全日病)の手順書作成事業に関わり、今年度看護師特定行為研修指導者講習会企画責任者である立場から、「手順書では『対象患者の特定』と『病状の範囲』が最も重要だ。これらの設定の仕方によって、特定行為の難易度は劇的に変わる」と話した。

 

例えば、特定行為の一つである「脱水の補正」は、飲水が不十分で点滴を繰り返している在宅患者と、3日間水分が摂取できていない心不全の患者では、判断の難しさが異なる。同様に「抗けいれん薬の投与」についても、けいれんの診断がついているケースと、初回の全身けいれんの患者では、全く異なる。

 

「患者の特定」は特定行為を行う上での「必要条件」であり、「病状の範囲」は「十分条件」、つまり「このような病状の範囲なら看護師の判断で行ってよい」という意味を持つ。「範囲内であれば医師に相談しても行うべきことが変わらない、鑑別すべき病態がほかにないという内容を、手順書に盛り込む必要がある」(江村氏)わけだ。

なお、手順書については、全日病が看護師特定行為研修指導者講習会を委託されるにあたり、標準的な手順書の作成依頼を受け、江村氏らが進めている。

 

手順書を用いて、医師の判断を待たずに包括的指示で特定行為を行う上で、病態のアセスメントは欠かせない。

 

「病態のアセスメントができるようになるには、疾患に関する知識を身につけることや、症状に関する知識を身につけること、疾患と症状と検査・画像異常を矛盾なく結びつけることができることが必要だ」と江村氏は語る。特定行為研修では、判断力を養成するために不可欠な臨床推論やフィジカルアセスメントなどの講義を計315時間受講することが必須となっている。江村氏は、「病態のアセスメントができるようになると、急変を回避できるようになり、回避困難な急変にも早期対応できるようになる。こうしたことも特定行為研修の意義と考える」と述べた。

 

一方で江村氏は、「在院日数の短縮化などの影響で急性期病院の現場は慌ただしく、患者に寄り添うケアが薄れてきているような危惧もある」とも指摘。「救命救急の現場で多忙な中でも看護の心を忘れないでほしい」と呼びかけた。

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

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