「お金と情報がないから救えない命」を救う来日治療サポート
海外ではけがや疾患があっても治療を受けられない人がたくさんいます。
「お金があれば手術できるのに」「病院に設備があれば助かるのに」という人たちを受け入れ、日本での治療をサポートする看護師の仕事があります。
途上国で貧しい人々を対象に無償の医療支援を行うNPO法人「ジャパンハート」では、来日治療が必要な子どものサポートもしています。
担当看護師さんに、その現実をレポートしてもらいます。
そもそも来日治療とは?
認定NPO「ジャパンハート」は、海外ではミャンマー・ラオス・カンボジアの3カ国を中心に医療活動を行っています。
貧しくて病院に行けない人や医療機関が身近にない人を対象に、農村部への巡回診療や手術活動を行ってきました。
その中で、どうしても現地の設備や体制では対処できない病気やけががあります。
そこでジャパンハートが行うのが、日本で治療し、それを支援する「来日治療サポート」です。
来日治療に決まったシステムはありません。
毎回患者と出会う状況や必要なフォロー、適切な対応が異なり、フローが作れないのです。
世界各地、日本全国であらゆる活動を行うジャパンハートの医療者のうち、最適な人材が患者とその家族をフォローします。
サポート内容は多岐にわたり、複数人でチームを組んで活動します。
担当看護師は患者の家庭環境や経済状況、日本での生活の変化や治療に対する不安など、さまざまな状況を理解した上でのフォローが必須。
団体としては、日本と現地の病院の調整、ビザの取得、広報活動など、看護の枠を超えた「患者を救う」活動が必要です。
今回ご紹介するのは、カンボジアの男の子を救うプロジェクト。
このプロジェクトでは、3つのフェーズで看護師がかかわりました。
それぞれにかかわった看護師3人が、直接レポートします。
フェーズ1:カンボジアでの受診~来日治療までのサポート
治療費がなくて救えない子を見つけ、日本へ
カンボジアの男の子に明らかな異変を発見
その子の名はマカラ。目がくりっとして肌は褐色、カンボジア人らしい男の子です。
しかし、子どもに不似合いなうっすらとした頭が、診療に訪れた人々のなかで彼を際立たせていました。
ジャパンハートでアドバンスドナースとして活動している城戸です。
ミャンマーでの1年間の研修を経て、現在は巡回診療の準備や運営責任者としてカンボジア事業に携わっています。
マカラとの出会ったのは巡回診療の日でした。
強い陽射しのもとで診療活動が始まり、押し寄せる人々を一列に並べます。
3時間ほど経ったころ、マカラの順番になりました。声をかける間もなくお父さんが医師に伝えます。
「3カ月前からどんどんお腹が大きくなっているのです」
服をめくって見せたお腹は一部だけ盛り上がり、触れると硬く、明らかに“異常”でした。
借金をしながらの治療はこれ以上続けられない
3カ月前にお父さんがマカラのお腹の腫れに気付き、首都の病院を受診。
そこでの手術は難しく、まずは抗がん剤での治療を勧められましたが、お金がありません。
両親は近所に頭を下げて借金しましたが、集まったお金は2クール分だけ。
泣く泣く治療を中断したのでした。
両親、親類の誰もがマカラの死を覚悟していたようです。
現地では精密検査もあまりできず、そのクオリティも決して高くはありません。
多くの子どもの疾患の知識や治療経験を持つ吉岡医師(ジャパンハート代表)の判断を仰ぐしかない。
この子を助けたいという思いを、私は抑えられませんでした。
ここで治療できないなら、日本へ連れて行こう
吉岡医師の診察によれば、腎臓がん(ウィルムス腫瘍)の疑いが強いとのこと。
CTの結果や進行状況などから、放置すれば「そう長くない」と判断されました。
そこで「カンボジアで手術ができないなら日本の病院でこの子を救おう」という計画が立てられました。
日本でなら治療ができ、今ならまだ助かる可能性があります。
ラオスやミャンマーの患者の来日治療サポートは昨年も行いましたが、カンボジアからは6年ぶり。
パスポートの取得やビザの申請は手探りに近い状態です。
ジャパンハートの東京事務所では受け入れ可能な病院探しを始め、カンボジア事務所では渡航の手配、寄付を募る手段の模索、現地病院と術後の対応についての調整、と忙しい日々が続きました。
命をつなぐ戦いの始まり
6月の半ば、いよいよ日本へ渡航することに。
手術と長期入院を快く受け入れてくれた国立岡山医療センターと関係者、ボランティアスタッフ、寄付を募ってくれた人々の後ろ盾のもと、命をつなぐ挑戦が始まりました。
フェーズ2:日本での手術・治療サポート
医療的ケアよりも大切なこととは
異国で治療を受ける彼の橋渡し役
マカラの手術と日本での化学療法のサポートを担当した橋本です。
大学病院などで勤務後、2013年よりジャパンハートの国際長期看護研修に参加しました。
マカラの来日治療サポートでの私の役割は、カンボジアと日本の医療状況の違いを踏まえた、患者と家族、通訳、医療機関の橋渡し。
入院生活のサポートをはじめ、医療者ではない通訳の説明に違いがないか確かめたり、医師に簡単な単語をゆっくり繰り返し使うよう伝えたりします。
マカラの体を理解した上で治療や薬などの判断を助けなければなりません。
日本での治療がはじまる
マカラとお父さん、カンボジアのジャパンハートスタッフの女性通訳の来日が決まりました。
全員が初来日で、日本の文化や病院を知らない人にとっての入院生活は困難が予想されます。
6月15日、長旅を終えた3人が空港へ到着すると、すぐに入院先へ移動。
取材、術前検査、生活の準備など慌しく時間が過ぎます。
マカラは初めての日本に物怖じせず、明るく好奇心旺盛。
「手術は怖くない、病気が治ったら学校へ行きたい」と落ち着いて答える彼と、控え目に感謝の言葉を繰り返すお父さんの姿に、彼らが安心して治療に集中できる環境を整えようと強く思いました。
パンツを履いていない!? コミュニケーション・ギャップ
2日後の6月17日、マカラの腫瘍は腎臓とともに取り出され、手術は無事に終了。
転移はなく、引き続き化学療法が始まります。
カンボジアからの患者受け入れは約6年ぶり。
言葉の壁や食事、習慣の違い以上に、細かなコミュニケーション・ギャップを埋めることが必要です。
文化が違うと清潔観念も違います。
到着早々、診察のためにマカラのズボンを下ろすと、なんとパンツを履いていません。
彼の住む田舎では特別なことではありませんが、ここは日本。
慌てて購入しました。
口腔内の清潔に使う歯ブラシにも慣れていないため、病院で丁寧に指導してくれました。
食べ慣れないものが多い日本での食事管理
特に細やかな対応が必要だったのが食事。
高熱や吐き気が強い時期に食欲が落ち、一時期マカラは明らかに痩せました。
日本の食事が苦手なのか、抗がん剤のせいか、原因を探って対処しなければなりません。
治療が順調でも栄養をとれなければ命に関わります。
病院に配慮していただき、彼が食べられる果物を常備したり、通訳と一緒に食材を探してカンボジア料理を作ったりしました。
患者の身近な医療者である看護師として、患者や家族の立場に立って行動することが私の基本姿勢です。
外国人である彼らの代わりに意見や要望を伝える役割があります。
ある日、鶏肉を塩茹でして持っていくと、マカラは大喜び。
あまりの喜びように不思議に思いました。
鶏肉は日本では安価ですが、カンボジアでは高価。
通訳が遠慮して言いだせなかったのです。
自らの境遇を謙虚に受け止める彼らを、しっかりサポートしようと改めて思いました。
故郷から離れた場所で治療するということ
3週間の術後化学療法を終え、無事に退院が決まりました。
カンボジアで投与する薬が手に入るか調べたり、現地病院へ渡す検査データや正式な書類をそろえたり、帰国後の準備をします。
退院の7月15日、病院のロビーには、治療にあたった医師や看護師、マカラの困難な立場に心を寄せてくださった人たちの姿が。
人々が彼を通じて心を合わせたチームとなったようで印象的でした。
患者さんとご家族に「治療を受けて良かった」「関わってもらって良かった」と思ってもらえることは、どんな経過をたどるとしても等しく大切だということを改めて感じました。
医療者にとっても次へのエネルギーとなり、お互いにとって幸福なことです。
フェーズ3:帰国してからのサポート
「治療できる情報が得られない」カンボジアの医療事情
帰国後は化学療法がスタート
マカラの帰国後の治療サポートを担当した岡崎です。
日本で12年看護師として勤務し、2014年に国際長期看護研修参加に参加しました。
現在はカンボジア在住で活動しています。
マカラと出会ったのは、私がカンボジアに降り立ってすぐ。
日本での治療が決まると、手術を終えて帰国した後の化学療法に備え、自宅や家族の環境の確認や渡航前までのサマリー作成を行い、慌しく日本へ送り出しました。
手術を受けなければ余命数カ月と診断された彼は、多くの協力を得て日本で手術を行い、カンボジアに戻ってきました。
まず食べたいふるさとの味は? 「ポンティアコーン!!」
空港で約1カ月ぶりにマカラと会って抱いたのは「痩せたな」という印象。
7歳の子が知らない土地や言葉、食事に囲まれ、大きな手術を行い、化学療法まで……。
言葉にできない苦労が想像できます。
ですが、たくさんの苦労を乗り超えた彼は私に会うとすぐに笑顔を見せました。
何が食べたい?と聞くと「ポンティアコーン(アヒルの卵蒸し)!!」と満面の笑み。
自宅に戻る前に術後のケアを依頼していた「国立カルメット病院」へ行き、担当医師へ手術が無事終了したことを報告。
カンボジアでも化学療法を行うことが決定しました。
化学療法中は治療のサポートのほか、本人や家族へ感染予防の生活指導も行います。
治療費を負担するだけでなく、私たちがいつも気にかけていることを知ってもらい、安心してほしいと思います。
マカラは毎週金曜にバスで2時間かけて通院することになりました。
お母さんは妊娠中なので付き添いはお父さん。
将来の夢は医者になって日本に行くこと
次の金曜、マカラは「元気ですか?」と日本語で話しかけてくれました。
治療中も「大丈夫です」「痛くない」と、覚えた日本の言葉を話します。
治療前に採血を行い、その後点滴を行いますが、彼は一度も泣かず勇敢に治療に挑んでいました。
日本に同行した通訳が入院中に撮影した写真をプレゼントすると、それを見ながら「たくさんの友達ができたんだ!」と教えてくれました。
そんな彼の夢は、
「医者になって日本に行く」こと。
目をキラキラさせて語っていました。
国からの支援も知らない「通信手段がない」田舎の現実
7月28日に帰国後の化学療法が終了。
時折吐き気があったものの、大きな副作用もありませんでした。
帰国した日は痩せたという印象でしたが、体重も元に戻りつつあり、毎日友達と遊びまわっているようです。
マカラが受けた化学療法は募金と国からの支援で賄われました。
検査や治療代、交通費で毎回100$近くかかります。
カンボジアの平均月収は100~200ドルといわれていますが、これは首都プノンペンの労働者を含めた数字。
国民の大部分を占める農家の収入は数十ドルです。
カンボジアでのがん治療は、収入の少ない農家にとって非常に高額。
治療を受けられる病院も限られ、大部分が首都にある大病院です。
実はカンボジアには貧しい人が無料で治療を受けられる制度がありますが、それを知らない人が大勢います。
先日、マカラの治療の付き添いでジャパンハートの現地スタッフとカルメット病院に行きました。
そこには無料で入院・治療できる病棟がありますが、それを話すと「そんなところがあるんですか?」と驚きの声が。
医療にかかわるスタッフでさえこの状態です。
通信手段が限られた環境ではなおさらでしょう。
「お金がなくて治療を受けられない」をなくしたい
お金がなく、治療を受けられない。そんなマカラのような子をひとりでも救いたい。
私ひとりでは無理ですが、たくさんの人の協力で彼の命を救うことができました。
現在ジャパンハートでは、がん治療を誰でも受けられるよう、そしてポルポト政権時代に破壊されたカンボジアの医療を変えるという大きな問題にチャレンジしています。
■城戸一行(フェーズ1)
都立病院勤務後、2014年よりジャパンハート国際長期看護研修参加。国内の離島やミャンマーで医療活動を行う。現在はアドバンスドナースとしてカンボジア事業に参加している。
■橋本千明(フェーズ2)
大学病院勤務後、青年海外協力隊に参加。2013年よりジャパンハート国際長期看護研修に参加する。研修中はミャンマー、カンボジアでの医療活動や、国内の離島で地域医療活動を行う。
■岡崎晃子(フェーズ3)
社会保険病院、大学病院で12年の勤務後、ジャパンハートの国際長期研修に参加。国内の離島やミャンマー、カンボジアで医療活動を行う。2015年5月よりカンボジア在住看護師として活動中。
■特定非営利活動法人 ジャパンハート
2004年に代表の吉岡秀人医師が設立した国際医療ボランティア団体。カンボジア、ラオスなどでの医療支援や医療者育成支援、緊急災害支援など、さまざまな支援活動を行っている。海外の難病の子どもの治療を日本で行う「来日治療サポート」もそのひとつ。
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