インタビュー|せん妄患者にもユマニチュードを

【日経メディカルAナーシング pick up】

 

夜中に高齢患者が「ご飯も食べられないし、このままでは死んでしまう」などと訴え、ベッドの上に立ち点滴ラインをいじっていた。看護師が発見し声を掛けたところ「何をするんだ」と興奮状態が強くなってしまったという。

 

認知症ケアの新しいコミュニケーション法として注目を浴びるユマニチュード(Humanitude)は、こうしたせん妄状態の高齢患者にも応用できるのではないか――。

ユマニチュードを日本にいち早く導入し、その普及に努めているほか、せん妄の予防プログラムとして欧米・アジアで利用されているHospital Elder Life Program(HELP)の日本の拠点活動を担当する東京医療センター総合内科医長の本田美和子氏に、その可能性を聞いた。

(まとめ:三和 護=日経メディカル)

 

東京医療センター総合内科医長の本田美和子氏

東京医療センター総合内科医長の本田美和子氏

 

―― 日経メディカルの4月号で「特集・日常診療に潜む危険」を取り上げました。

暴れる患者さんへの対処法についても取材したのですが、「せん妄患者が看護師を殴った」という事例(※)がありました。最終的には、鎮静薬を注射し患者を落ち着かせたのですが、このような場合、一体どうするのが良いのでしょうか。

 

※事例

せん妄患者が看護師を殴った

 

夜中に、術後1日目となる、せん妄状態の高齢患者が「ご飯も食べられないし、このままでは死んでしまう。もう帰らなきゃ」などと訴え、ベッドの上に立ち、点滴ラインなどをいじっていた。A看護師が発見し声を掛けたところ、「何をするんだ」と興奮状態が強くなった。

 

妊婦だったA看護師は身の危険を感じ、緊急ナースコールで他の3人の看護師(うち2人は男性)を呼んだ。次々に駆け付けた看護師らが、患者に座るようにと声を掛けるも、患者は従えず、ドレーンも抜去してしまった。A看護師はその場を離れたが、駆け付けたB看護師が腹部を蹴られ、C看護師はこぶしで顔面を殴られてしまった。病棟の看護師だけでは対応困難と判断。夜勤リーダーがコードホワイト(助けを呼ぶための院内放送)を要請した。

 

夜中だったにもかかわらず、医師3人、男性看護師3人、当直師長と事務職員、防災センター職員ら計10人が参集した。医師の1人がリーダーとなり患者に対応。医師は他の患者への影響を最小限にするため、参集者の協力を得ながら、患者をなだめ処置室に移動させた。この段階でリーダーは参集者の解散を宣言。その後、師長が鎮静薬を注射し患者を落ち着かせたという。

 

本田 せん妄は、入院高齢者の5割に起こるという報告があるように、ごく身近な症状です。もちろん急性期医療機関のみならず、長期療養型施設などでもよく遭遇します。とりわけ集中治療室に入院中の術後高齢者においては7割を超えるという報告もあり、今回の症例も術後せん妄の可能性が高かったのではないかと思います。

 

せん妄を経験した患者の予後は不良で、せん妄を起こさなかった患者と比較して、院内死亡率、1年以内の死亡率などが有意に高くなることも知られています。この症例のような興奮状態となる場合にはすぐに周囲は気が付きますが、逆に反応が乏しくなる「低活動性のせん妄」は見逃されていることが多く、的確な診断を早期に付けることが重要です。

 

―― せん妄を起こしやすい人はいるのでしょうか。

本田 せん妄を起こしやすい背景(素因)と、せん妄が起こる契機(誘因)があります。例えば、認知症の患者さん、高齢者、重症な疾患、低栄養、終末期、感覚器障害、寝たきりなどはよく知られている素因です。このような状況にある方々に、痛みや感染、手術による侵襲、便秘、尿閉、睡眠障害、脱水、ライン留置、薬剤投与などがあると、それらが誘因となってせん妄が起きやすくなります。

 

―― せん妄はどうやって診断するのでしょう。簡単ではないと思うのですが?

本田 せん妄は予後不良であり、また対応が十分でない場合には症状の遷延化、重症化を伴います。その点からも早期の診断が不可欠ですが、血液検査や画像診断からは診断はできず、大切なのはベッドサイドでの十分な観察です。この点から、看護師の観察力の重要性が指摘されています。

 

―― そのポイントを教えてください。

本田 この分野の第一人者に、せん妄に関する研究を長年行っている、ハーバード大学のシャロン・イノウエ教授がいらっしゃいます。

 

イノウエ先生は、ベッドサイドでせん妄のスクリーニングができる診断ツールConfusion Assessment Method(CAM)の開発者です。CAMの基本は、せん妄の特徴に着目して

  1. (1)急性の発症で症状が動揺
  2. (2)注意力の欠如
  3. (3)思考の錯乱
  4. (4)意識レベルの変化

の4項目のうち(1)(2)(3)または(1)(2)(4)があればせん妄であると診断します。この方法は信頼性も高く、現在世界中で利用されています。

 

気管挿管などで話すことができない患者を対象としたCAM-ICUや、家族が利用できるFamily-CAMなども派生的に作成され、これらも広く使われています。とりわけ、昨年末にAnnals of Internal Medicineで発表された3D-CAM(3-Minute Diagnostic Interview for CAM-Defined Delirium)は、3分間程度でベッドサイドにおける評価を簡便に確実に行えるものとして評価できると思います(図1)。

 

図1 3D-CAMによるせん妄の診断(Ann Intern Med 2014; 161:554-561)

 

―― 看護師さんや介護士さんでも利用できますか?

本田 できます。例えば、見過ごされやすい「低活動性せん妄」などは、日常的に接する看護師さんらがまず最初に気づく可能性が高いです。3D-CAMが普及していけば、早期診断に結びつく可能性は高まると思います。

 

3D-CAMとその利用方法については、Hospital Elder Life Programのサイトに無料公開されています。

Hospital Elder Life Program(HELP)というのは、イノウエ先生がお始めになった、ボランティアによるコミュニケーション介入でせん妄の予防をするプログラムです。ピッツバーグ大学は、このプログラム導入によって、せん妄発症率が4割減った、と報告しています。さきほどのサイトには詳しいプログラム内容も紹介されています。

 

―― ユマニチュードは認知症の患者さんとのコミュニケーションを円滑に行うための技法と理解しています。せん妄の患者さんにも応用は可能なのでしょうか?

本田 まず申し上げたいことは、ユマニチュードは「認知症の患者さんのため」に限ったものではありません。小児科や救命センター、外科など医療・介護の場において広く利用できるコミュニケーション技法です。

せん妄のマネジメントで最も重要なのは、診断より、治療より、予防です。

ユマニチュードは知覚・感情・言語による包括的なケア技法ですが、言語・非言語によるメッセージを継続的に発し続けると同時に、ケアの対象者からのメッセージも同様に受け取る技術を含みます。これは、せん妄の予防にも有効だと思います。

 

―― せん妄患者さんが看護師を殴ったという事例(※)ですが、「患者をなだめ処置室に移動させた」とあります。ユマニチュードにも「なだめる」という技法が含まれるのでしょうか?

本田 なだめる、という言葉はこちらの意向に添った行動を相手に求める意味を包含しているように感じます。

ユマニチュードのケアで基本となる考え方の1つは「強制しない」ことです。なだめるのではなく、相手がとっている行動の理由を尋ねることからコミュニケーションを始めれば良かったのではないかと思います。

 

せん妄患者さんが看護師を殴ったという事例では、具体的にどのようなアプローチがとられたのか、その詳細が分かりませんので何とも言えませんが、例えば、夜中の出来事と紹介されていますが、夕方や消灯時間の前に何らかの変化が既に生じていた可能性は高いと思います。そこでの対処が可能だったかどうかや、看護師さんはどの位置から、何と言葉をかけたのか、危ないと思いとっさに患者さんの腕をつかんだりしていなかったか、など検討できる要素はたくさんあると思います。

 

せん妄状態にある患者は、状況が正しく理解できないことから不安になっています。こちら側の理屈で説明してもその内容は相手に届きません。そのような状況下でいきなり腕をつかまれたらびっくりしてしまいます。「何をするんだ」と興奮状態が強くなったのは、患者さんにとっては防御反応だったとも考えられます。

 

―― 「ユマニチュードは学べば誰でも習得できるテクニック」とうかがいました。せん妄患者へのユマニチュード的アプローチを考える上で参考になる事例はありませんか?

本田 DVD「ユマニチュード」に登場する事例を紹介します。

娘さんが認知症の母親を散歩に連れ出そうとしたとき、娘さんが母親の後ろから話し掛け、いきなり触られた母親が怒ったように拒絶するシーンがあります。ユマニチュードに関するアドバイスを受け、それに従ってコミュニケーションに臨んだところ、今度はうまく散歩に行けました。

 

DVDでは、このケアの創始者であるマレスコッティ先生が、まずは母親の視野に入ることをアドバイスしています。母親の正面に行って彼女の眼の高さに自分の姿勢を合わせ、彼女に向かって微笑んで、近寄って、「長く、近く、見つめてください」と続けています。あらゆる前向きな言葉を掛けるようにともアドバイスしました。そうしてから「一緒に散歩に出ないか」と聞いてくださいと言っていました。

 

―― 母親は実の娘と認識できていないようでしたが、最後は安心して出かけたように見えました。

本田 相手が娘だから散歩に行ったのではなく、自分の目の前にいる人が、とても心地良いコミュニケーションをとったのでその誘いに応じたと考えられます。すべてにこのまま応用できるとは限りません。しかし、基本のコミュニケーションアプローチを、その順番を意識しながら行うことで、たとえせん妄患者であっても、解決の糸口となる可能性は高いと思います。

 

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

Aナーシングは、医学メディアとして40年の歴史を持つ「日経メディカル」がプロデュースする看護師向け情報サイト。会員登録(無料)すると、臨床からキャリアまで、多くのニュースやコラムをご覧いただけます。Aナーシングサイトはこちら

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