有鈎鑷子・無鈎鑷子|鑷子(1)
手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『有鈎鑷子・無鈎鑷子』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。
黒須美由紀
〈目次〉
組織を把持するためのピンセット
鈎がある形状とない形状の2種類がある
鑷子(せっし)とは、組織をつまむ(把持する)ための器械で、いわゆる「ピンセット」のことです。
有鈎鑷子は、先端部に「鈎(=かぎ状の突起)」が「ある」タイプのピンセットです。鈎付きピンセットということで、「コウピン」と呼ばれることもあります。一方、無鈎鑷子は、先端部に「鈎(=かぎ状の突起)」が「ない」タイプのものです。鈎無しピンセットということで、「ムコウ」と呼ばれることもあります。
有鈎は皮膚切開や閉創時に、無鈎は柔らかい組織に対して使用
有鈎鑷子は鈎付きですので、硬い組織をしっかりと把持することができます。把持する対象は、皮膚や皮下組織、筋層や太い靭帯などの組織です。使用する場面としては、このような組織を把持する必要がある手術開始時の皮膚切開や、手術終了前の閉創時がメインになります。
一方、無鈎鑷子は先端に鈎がないので、組織を挫滅させることなく、確実に把持することができます。そのため、粘膜や血管、リンパ節などの柔らかい組織を把持する際に使用されます。また、組織だけでなく、ガーゼや綿球などの衛生材料を把持する際にも使われます。さらに、剥離時にも使われることもあります。
memo鑷子の形状は多種多様
手術室の中にはとても多くの鑷子があります。手術を行う科によって、使用する鑷子が変わることもありますが、「外科」だけでも、ざっと5種類以上の鑷子があります。また、呼吸器外科や心臓血管外科では、特殊な鑷子を使うことがありますし、脳神経外科や眼科などの顕微鏡(マイクロ)を使う手術では、マイクロ用の鑷子を使用します。
それぞれの鑷子の形状や大きさによって、使われるシーンは異なりますので、その違いをしっかりと覚えておきましょう。
有鈎鑷子と無鈎鑷子の誕生秘話
5,000年前の古代エジプトから存在する
有鈎か無鈎かはさておき、鑷子といえる手術器械は、少なくとも5,000年前の古代エジプトに存在していたようです。書籍『イーリアス(ギリシア最古の叙事詩)』には、鉗子と呼ばれる道具を使っていたことが書かれていますが、その用途は鑷子と似ています。
当時の鉗子と呼ばれる道具は、鉄や青銅の細い金属板を中央で折り曲げて両端を合わせ、取り除きたいものを強くつまむものでした。これは、現在の鑷子の原型ともいえる形状ですので、「鑷子=鉗子の原型」とも言えます。 当時の用途は、毛抜きなどに使われていたようですが、この頃は、まだ先端に鈎は無かったようです。
有鈎と無鈎はどちらが先にできたか
時を経て、鑷子は、体内にとどまった石などを摘出するという目的で使われるようになりました。そして異物をしっかりつまむため、先端は鈎のないものから、鈎のあるものに発展していったと推測できます。つまり、無鈎の鑷子が先にあり、その後、有鈎の鑷子が開発されたと考えられます。
その後、1600年代頃になると、鑷子は、「Λ(ラムダ)形鉗子」や「バネ鉗子」などと呼ばれており、その後に「ピンセット」や「セッシ」などと呼ばれるようになりました。
世界初の鑷子は、基部がヘラのような形状
世界初の鑷子は、1674年、Johann Scultetus(以下、Dr.スクルテトス)によって開発されたと言われている「スクルテトスのバネ・ピンセット」です。これは、基部がヘラになっており、軟膏や硬膏を亜麻布に広げられるのに用いられたそうです(図1)。
図1スクルテトスのバネ・ピンセット
また、書籍『手術器械の歴史』では、「眼に刺さるまつげを抜くのにきわめて便利で、女性の美容を請け負う外科医にも役立つ。というのは、とくに宮廷の女性たちはこれを用いてまつげやほかの毛を毛根から引き抜いたからである」という記述があります。
有鈎鑷子と無鈎鑷子の特徴
サイズ
取り扱いメーカーによって違いはありますが、有鈎鑷子は、13cm~23cmのサイズをラインナップしていることが多いようです。表層に近いところで使用されることが多いため、大きめサイズよりは、13cm~15cmが使いやすいサイズとなります。
一方、無鈎鑷子は、13cm~30cm程度のラインナップがあり、18cm~23cmがよく使用されるサイズです。腹腔内や胸腔内など、皮膚からの距離が深くなる部位での操作で使用されることが多いため、有鈎鑷子より長めのサイズが使われることが多くなります。
施設によっては、18㎝程度のものを「中ムコウ」、23㎝程度のものを「長ムコウ」、あるいは「長鑷子」と呼ぶこともあります。
memo有鈎鑷子と無鈎鑷子の使い分け方
有鈎鑷子は鈎付きですので、しっかりと硬い組織を把持することができます。そこで、皮膚や皮下組織、筋層や靭帯などの組織が“つまむ”対象となります。そのため、そういった組織を把持する必要がある、手術開始時の皮膚切開や、終了前の閉創に使用されることが多い器械です。
例えば、消化器外科の手術では、開腹前は有鈎鑷子、開腹後は無鈎鑷子などのように使い分けています。この場合、有鈎鑷子は手の平に収まるサイズ、無鈎鑷子は長めのサイズなど、鑷子の大きさによって使い分けることもあります。
形状
全体の形状はΛ型の器械で、ラチェットはありません。使用者の指先の力で、把持力を調整します。
有鈎鑷子の先端には鈎が付いていて、この鈎が噛み合うことでより確実に組織を把持することができます(図2)。この鈎は3爪(一方に1つ、他方に2つ)や5爪(一方に2つ、他方に3つ)など、把持力を高めるため工夫されているものもあり、それぞれ別の名称があることもあります。
図2有鈎鑷子の先端
無鈎鑷子の先端には鈎が付いていませんが、閉じたときに、先端の形状がキレイに重なっていると、確実に組織を把持することができます(図3)。先端の重なりに大きなずれがあると、しっかりと組織を把持することが難しくなります。
図3無鈎鑷子の先端
また、より安定して把持しておくために、把持面に横溝がついています。より繊細な組織を把持する際の挫滅を防ぐため、把持面の横溝が細かいものや、ダイヤモンドなどの硬い金属のチップ加工が施されることがあります。
材質
他の鋼製小物と同じく、一般的にはステンレス製ですので銀色をしています。外科や婦人科・泌尿器科の開腹手術、あるは整形外科の手術などでは、ステンレス製の有鈎鑷子(短めのもの)と長い無鈎鑷子を使うことが多いです。
例えば、眼科、脳外科、心臓血管外科、胸腔外科、形成外科など、より術野が小さくて繊細な手技を行う時にも「鈎がある鑷子」「鈎がない鑷子」を使いますが、その場合は名称・形状・サイズなどが変わり、材質もチタン製となるものがあります。
製造工程
鑷子の製造工程は、他の鉗子などとは少し違います。作られる工場などによっても細かい点では違いがありますが、おおよそは表1のような工程で製造されていることが多いようです。
表1鑷子の製造工程
① | 材料入荷 |
② | 検品・矯正 |
③ | バネ付け |
④ | 抜き型:おおよその形を抜く |
⑤ | 打ち型:先端の横筋などを型打ちする (④と⑤は、種類によっては数回繰り返すこともある) |
⑥ | マーク入れ:ブランドロゴや医療承認番号を打刻 |
⑦ | 折曲・溶接 |
⑧ | 研削・整形 |
⑨ | 研磨 |
⑩ | 検品・包装 |
製造工程を簡単にまとめると、表1のような10工程になりますが、実際には1つの工程を何度も繰り返すこともあり、医療用の鑷子は、全70工程以上になることもあるそうです。
また、鑷子には医療用や工業用などがありますが、特に医療用の場合は、研削・整形、研磨などの工程を、熟練した職人さんが手作業で行うことも多いようです。このような工程を進めることで、鑷子に命が吹き込まれ、より精度の高い器械になると言われています。
価格
取り扱いメーカーやサイズによって違いはありますが、1本1,000円~4,000円程度です。材質の違いや、形状・サイズの違い、用途によって特殊性がある鑷子になると、数万円するものもあります。
寿命
有鈎鑷子と無鈎鑷子の寿命は明確ではありません。把持していた組織の種類や環境によって、また、使用前後の取り扱い方や洗浄や滅菌の工程での取り扱い方によっても、その使用年数は大きく変わってきます。
ただし、鑷子は、元々1本の棒状の金属を2つに折る、あるいは2本の棒状の金属のうち片方の端側を接着することで、金属が持つバネの力を産み出しています。鑷子は、このバネの力を利用する器械のため、必要以上に拡げてしまうと、どんなに新しいものでもバネの力は弱くなり、寿命が短くなってしまいます。
また、想定以上の力で物体をつかんでしまった場合も、鑷子自体に歪みを生じさせるため、寿命は短くなります。
有鈎鑷子と無鈎鑷子の使い方
使用方法
有鈎鑷子と無鈎鑷子は、ペンホールド式(ペンを持つような形)で持って使用します(図4)。
図4有効鑷子の持ち方
有鈎鑷子を皮膚縫合に使用する際は、左手で鑷子をペンホールド式に持ちます(図5)。縫合部位(組織)を露出し、縫合針を通しやすくするために、少しテンションをかけて把持しながら縫合を進めていきます。
図5皮膚縫合時の使い方
閉創にスキンステイプラー(ホチキス)を使用する際にも有鈎鑷子が使われます。開いている切開創を密着させてステイプラーで留めていきます(図6)。
図6スキンステイプラー使用時の使い方
無鈎鑷子はさまざまな手術で使用されますが、外科の開腹手術の場合は、主に開腹後の腹腔内操作で使用されます。そのため、成人の手術で短いサイズのものを使用することはほとんどなく、その術野の深さにあわせた長さのものを使用します。
また、無鈎鑷子を利き手で持ち、ガーゼなどの挿入をすることもありますし、利き手で剪刀や持針器を操作する際の固定や補助として、無鈎鑷子を利き手と反対の手で持つこともあります(図7)。
図7利き手と反対の手で持つ(右手が利き手の場合)
類似器械との使い分け
有鈎鑷子と無鈎鑷子は、一見するとその違いはほとんどわかりません。両者の違いは、先端部の鈎の有無だけです。ただ、この鈎の有無により、2つの器械の使い分けは、はっきりしていますし、使用される場面も違ってきます(表2)。
表2有鈎鑷子と無鈎鑷子の違い
有鈎鑷子 |
無鈎鑷子 |
|
---|---|---|
把持力 | 強い。しっかりとした把持力 | やや強い*。繊細かつ安定した把持力 |
使用例 | 組織の把持 | 組織の把持、剥離 |
使用対象 | 硬い組織 | 比較的柔らかい組織。衛生材料 |
使用場面 | 皮膚皮下など表層に近い術野 | 短いものは皮下組織などの浅い術野 長いものは腹腔内など深い術野 |
また、有鈎鑷子と無鈎鑷子の把持力を比べると、一般的には無鈎鑷子の方が把持力は劣るので、皮膚や靭帯を把持するには不向きです。しかし、無鈎鑷子は柔らかい組織を把持することには向いているため、腸管や粘膜組織などを安全に把持することができます。
禁忌
有鈎鑷子は硬い組織を把持するための鑷子ですので、腸管や粘膜などの柔らかい組織を把持することは禁忌です。万が一、有鈎鑷子でそれらの組織を把持してしまうと、組織を挫滅させたり、腸管の場合は穴が開く(穿孔させる)ことがあります。
一方、無鈎鑷子は柔らかい組織に向いた鑷子ですので、皮膚や皮下、靭帯などの硬い組織に使用するほどの把持力はありません。安全に把持しておくことができず手術操作に悪い影響を与えかねませんので、注意しましょう。
ナースへのワンポイントアドバイス
先端部の見比べや、器械盤の上に置く際のルール作りが有効的
同じ長さのものが並んでいる場合、有鈎鑷子と無鈎鑷子を一目で判断することは難しいでしょう。これは、有鈎鑷子と無鈎鑷子に、見分けるための特別な処理として、色が違うなど明らかな違いがないためです。有鈎と無鈎の違いは、先端部にしかありません(図8)。
図8有鈎鑷子と無鈎鑷子の違い
このように、有鈎鑷子と無鈎鑷子を見分けるには先端部を確認する必要があります。ほかにも、取り間違いを防ぐために、器械盤の上での工夫もできます。例えば、“有鈎と無鈎の鑷子は向きを変えて器械台に置いておく”など、ルールを作っておくと、戸惑うことも少なくなり、円滑な器械出しを進めていくことができます。
また、メーカーによっては、鑷子の外側の把持する部分に、横溝の加工が施されていることもあります。
memoルールは必ず共有しよう
有鈎と無鈎の器械は、向きを変えて器械台に置くことで、取り間違いを防ぐことができます。また、その際、有鈎の器械の先端を手前に向けない(奥側に向ける)ことで、器械出しナースの指(グローブ)に鈎を引っ掛けてしまうことを防ぐこともできます。
なお、取り間違い防止のためのルールは、必ず手術室内で共有しましょう。全員が同じ認識を持つと、手術の途中で器械出しナースが変わったり、ドクターごとに使用する器械が違ったりしても、安心安全な器械出しを行うことができます。
使用前はココを確認
有鈎鑷子、無鈎鑷子ともに、先端の咬み合わせは重要です。特に有鈎鑷子は、先端の鈎が噛み合うことで、組織を確実に把持できますので、使用前には噛み合わせの状態と、有鈎鑷子の場合は鈎部分の欠損がないかを確認しておきます。
術中はココがポイント
器械出しナースは鑷子の先端を持ち、ドクターの親指と人差し指の間に鑷子の背の部分を軽く押し当てるようにして渡します。有効鑷子を渡す時は、鑷子の先端を閉じた状態にしておくことで、器械出しナースの指(グローブ)に鈎を引っ掛けてしまうことを防ぎます。
いずれの鑷子でも、ドクターはペンホールド式に持って使用しますので、渡した後、すぐに使い始められるような状態で渡す必要があります。
無鈎鑷子も渡し方は同じです。長い鑷子の場合も、先端を把持して渡すことで、鑷子が拡がることを防ぎ、ドクターに渡しやすくなります。ガーゼなどを挟んだ状態でドクターに渡す際は、鑷子の先端をしっかり持ち、挟んだ物が落ちないようにしましょう。
使用後はココを注意
有鈎鑷子がドクターから戻ってきたら、まずは先端の鈎に欠損がないかどうかを確認します。欠損があれば術野の確認が必要です。問題が無ければ先端部分のかみ合わせを確認し、生理食塩液を含ませたガーゼなどで、付着している血液や組織を拭き取っておきましょう。
片付け時はココを注意
洗浄方法
洗浄方法の手順は、下記(1)~(3)までは、鉗子類などの洗浄方法と同じです。
(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落しておく
(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく
(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは、鈎が引っかからない場所に置く
鑷子は基本的に、分解することができません。洗浄用ケース(カゴ)に並べる場合は、他の器械と重ならないよう、余裕を持って置きましょう。雑な並べ方をすると、他の器械と重なり合ってしまい、洗浄工程でぶつかるなど、器械に無駄な力がかかるため、バネの機能が落ちてしまうことにもつながります。きちんと整頓して並べるようにしましょう(図9)。
また、鈎が自分の手袋などに引っかからないように注意しましょう。
図9洗浄ケース内での並べ方例(鑷子)
滅菌方法
(1)高圧蒸気滅菌が最も有効的
滅菌完了直後は非常に高温になっているため、ヤケドをしないように注意しましょう。
また、先端が繊細な鑷子の場合は、先端部分を保護するために、シリコンの小さなチューブをかぶせて滅菌することもあります。
- アドソン鑷子|鑷子(2)
- ドベーキー鑷子|鑷子(3)
- マッカンドー鑷子|鑷子(4)
- ダイヤモンド鑷子|鑷子(5)
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[参考文献]
- (1)高砂医科工業株式会社 ピンセット(カタログ).
- (2)C.J.S.トンプソン(著), 川端富裕(訳). 手術器械の歴史. 東京: 時空出版; 2011.
- (3)石橋まゆみ, 昭和大学病院中央手術室 (編). 手術室の器械・器具―伝えたい! 先輩ナースのチエとワザ (オペナーシング 08年春季増刊). 大阪: メディカ出版; 2008.
- (4)幸和ピンセット工業株式会社. 病院用ピンセットカタログ.
[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
元 総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験
Illustration:田中博志
Photo:kuma*
協力:高砂医科工業株式会社