窒息事故死は誤嚥が半数を占める! 医療事故と訴訟を防ぐポイントは?

生命を扱う臨床現場で日夜働く看護師さんにとって、医療事故や医療訴訟は決して他人事ではありません。
前回は、「転倒のおそれのある患者さんの身体拘束」について紹介しました。
第4回は、「誤嚥によって、患者さんが窒息死してしまった事例」についてのお話です。

 

 

大磯義一郎森 亘平谷口かおり
(浜松医科大学医学部「医療法学」教室)

 

転倒のおそれのある患者さんの身体抑制

 

人物紹介:患者さん(西山くん)、西山くんの母親、西山くんの祖母、ホームヘルパー(真由美さん)、看護師兼社長(咲子さん

 

注意:登場人物の名前は、すべて仮のものです。

 

【実際に起こった医療事故例④:介護サービス中の誤嚥による窒息死

 

中枢神経障害のある西山くん(15歳、男性)は、歩行や起立、自立で座位を取ることが不可能でした。そのため、看護師の咲子さんが代表取締役を務める会社の入浴介助や、食事介助の訪問介護サービスを受けていました。

 

咲子さんの会社の社員で、ホームヘルパーとガイドヘルパーの資格を持つ真由美さんが、西山くんの食事の介助をしていたところ、西山くんは食べ物を喉に詰まらせ、窒息してしまいました。

 

ところが、真由美さんは、窒息しているとすぐに判断できず、窒息物の吸引や心肺蘇生が遅れ、西山くんは死亡してしまいました。

 

注意:登場人物の名前は、すべて仮のものです。

 

先生、先日運ばれてきた西山くんがお亡くなりになりました。
どうやら、誤嚥による窒息が原因みたいなんです・・・

 

西山くんのご家族は医療訴訟を起こすようですね。
誤嚥による事故では、今回のような「死亡」という悲しい結果になってしまうことも多くあります。

 

患者さんも亡くなってしまったうえに、医療訴訟にまで巻き込まれるなんて・・・とっても怖いです。

 

実は、誤嚥事故での医療訴訟には特徴があるんです。
どのような点が問題となるのか、ここで整理してみましょう。

 

〈目次〉

 

医療事故「誤嚥による窒息死」が発生した背景と原因

中枢神経系の障害を抱えた患者さんや高齢者は、嚥下機能が低下して、誤嚥を起こしやすいことが知られています。そのため、誤嚥性肺炎を引き起こして死亡したり、時には窒息死してしまうなど、重篤な結果に繋がりやすい状態にあります。

 

本件の医療事故の背景の詳細や、ホームヘルパーさんや看護師さんの対応を一緒に見ていきましょう。

 

1中枢神経系障害を患った患者さんが食事介助中に急変

中枢神経系障害を患った患者さんが食事介助中に急変

 

中枢神経系障害の西山くん(15歳、男性)は、入浴介助や食事介助といった訪問介護サービスを週2~4回受けていました。ある日、西山くんは、食事をあらかた食べ終わったところで、突然、顔色が悪くなり、呼びかけに応じなくなりました。

 

慌てて、真由美さんは背中を2、3回叩きましたが、この時、西山くんはむせたりすることはありませんでした

 

2家族がてんかん発作だと勘違い、対応が遅れる

家族がてんかん発作と誤診、対応が遅れる

 

真由美さんは、西山くんの異常を別室にいた西山くんの祖母に伝えましたが、祖母はてんかん発作だと考え、座薬を投与しました。

 

しかし、座薬投与後5分を経過しても、西山くんには何の変化もなかったため、祖母は外出していた西山くんの母親に相談しようと考えました。

 

母親が帰宅したのは、西山くんが窒息してから15分後でした。

 

3窒息の原因は食物と判明。看護師の指示で救命措置を開始

窒息の原因は食物と判明。看護師の指示で救命措置が開始

 

西山くんは顔面蒼白で、チアノーゼが出ていました。そのため、母親はてんかん発作ではないと判断し、119番通報しました。さらに、気道確保をしようと西山くんの口を開けたところ、ロールキャベツのかんぴょうが詰まっているのが見えたため、吸引器でかんぴょうを取り除きました。

 

また、ほぼ同時刻に、真由美さんが会社に連絡をしたところ、咲子さんから、誤嚥による窒息の可能性があるので、吸引と人工呼吸、心臓マッサージをするよう指示されました。真由美さんと母親は、救急隊が到着するまで人工呼吸心臓マッサージを継続しました。

 

memoチアノーゼ

チアノーゼとは、皮膚が、青や紫、暗褐色の中間のような色を呈する状態のことです。

 

チアノーゼは、呼吸器や循環器の異常により、毛細血管中の酸素飽和度が一定以上低下すると生じます。血中の酸素が不足しており、危険な状態です。

 

特に、鼻先や頬、指先、口唇に生じやすいです。

 

4救急搬送されたものの、患者さんは死亡し、訴訟へ

しかし、西山くんは救急搬送されたものの、急変から約1時間後、誤嚥による窒息のため死亡しました。

 

西山くんのご家族は、誤嚥後の対応が不適切だったとして、社長の咲子さんだけでなく、実際に食事介護をしていた真由美さんに対しても、2,000万円の損害賠償請求を行いました。

 

医療事故から学ぶこと ~ 誤嚥の訴訟は急増中! すぐに医師や先輩看護師に相談を

Point!

  • 誤嚥で争点となる監視義務違反は、職種の専門性によって求められる水準が大きく異なります。
  • 誤嚥かどうかの判断に迷う場合には、判断可能な専門職に迅速に相談することで敗訴する可能性は低くなります。

 

求められる医療水準は職種によって異なる

今回の判決の1つの要点として、食物の誤嚥が起きた際に、西山くんがむせなかったことが挙げられます。本来、典型的な誤嚥では、患者さんがむせます。そのため、簡単な講習しか受けていないホームヘルパーの真由美さんでは、むせのない誤嚥に気付けなかったことは仕方ありません。

 

実際に今回の判決では、職種によって求められる医療水準は異なっているとして、真由美さんが誤嚥に気付かず、適切な対処ができなかったことについては過失があったとはしていません。しかし、西山くんが異常な状況である以上、判断が可能な者に、報告・相談する義務があるとして、この点において真由美さんの過失を認めました。

 

看護師の皆さんも同様に、自らの専門性を越えた事故が起きた場合は、無理に一人で解決しようとするのではなく、速やかに、医師や先輩看護師に相談することが重要です。

 

医療関連職には、医師や看護師、理学療法士、介護福祉士など、多くの種類がありますが、専門教育には大きな差があります。
そのため、職種によって求められる医療水準や、判断基準は異なっていることを認識することが重要です。

 

本件の結末 ~ 遺族側の主張が認められ、医療者側に約2,030万円の損害賠償が発生

ホームヘルパーの真由美さんには、直ちに、誤嚥だと気付く義務はありませんが、看護師である咲子さんにはすぐに連絡をするべきでした。

 

そのため、咲子さんへの連絡を怠ったことが西山くんの死亡という結果と因果関係があるため、約2,030万円の損害賠償が発生しました。

 

普段から気をつけている報告や連絡、相談も、とっさの急変の場面に出くわしたら、私もできるかどうか不安になります・・・

 

急変だからこそ、落ち着くことが大切です。
誤嚥は死亡事故につながりやすいので、何としても避けたい医療事故です!
異常事態の際には一人で抱え込まず、連絡を徹底することが必要です。

 

[次回]

第2話:看護師の業務は療養上の世話と診療の補助! 緊急時には例外も

 

⇒『ナース×医療訴訟』の【総目次】を見る

 


[執筆者]
大磯義一郎
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 教授
森 亘平
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 研究員
谷口かおり
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 研究員

 


Illustration:宗本真里奈

 


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