リウエル|整形外科手術器械(2)
手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、整形外科の手術で使用される『リウエル』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方についてはさまざまな説があるため、内容の一部については、筆者の経験などに基づいて解説しています。
黒須美由紀
〈目次〉
リウエルは骨や軟部組織の除去に使用する丸ノミ鉗子
先端部が丸ノミ状になっている鉗子
リウエルは、「丸ノミ鉗子」という種類の器械です。グリップ部分を握ると先端部分が閉じる構造になっています。また、鉗子の一種のため、組織を把持することができます。さらに、把持部の先端が丸ノミ状になっているため、骨をかじり取ったり(咬除)、軟部組織の除去にも使用します(図1)。
図1先端部が丸ノミ状になっているリウエル
また、リウエルは、「リュエル」と表記されることも多々あります。
整形外科や脳外科領域の手術でよく使用される
リウエルは、骨やその周辺の軟部組織に対して使用するため、整形外科領域や脳外科領域など、骨を操作する診療科の手術では馴染みの深い器械です。
使用するサイズは、使用目的(部位や角度)や術野の状態によって選択します。脊椎や皮膚切開創の小さい手術には、先端の細いものや2連タイプのものが便利です。また、大きいサイズのものは、股関節や膝関節の手術に使用されます。
また、より繊細な操作が可能な2連タイプのリウエルもあります(図2)。
図22連タイプのリウエル(曲型)
リウエルの誕生秘話
リウエルはドイツの医療器械メーカーが開発した!?
リウエルが、いつ、どのように開発されたのか、詳しい資料は残っていません。しかし、リウエル(リュエル)という名前が、どこから来たものなのかを辿っていくと、ドイツの器械メーカーでフランスでも展開していたHerumann Wulfing Lüerという会社に当たります。このメーカーが開発した骨鉗子ということで、「リウエル」という名前が付いたと考えられます。
なお、「Lüer」という綴りは、「ルアー」と読まれることも多いですが、丸ノミ鉗子については「リウエル」や「リュエル」と読まれています。
また、現在も市販されているリウエルには、「リウエル氏」という名称がついています。このことから、リウエルの開発者として、リウエル氏が関わっていたことが推測できます。
リウエルの開発に生かされた銃弾摘出器の技術
18世紀頃、Lüer社は、銃弾を摘出するための新しい器械を開発していました。
また、Lüer社に限らず、18世紀頃の欧米では、銃弾摘出器の開発という流れがあります。この時期に開発された器械には、銃弾を体内で安全に捉えるための工夫が数多く施されています。 この工夫が、リウエルの開発に生かされていると、筆者は推測しています。
通常、ノミという器具は、ハンマーとセットにして両手で使用するため、両方の手がふさがってしまいます。リウエルの先端部にはノミの機能がありますが、片手で骨や軟部組織をかじり取ることができるため、当時は画期的な器械だったと想像できます。
memo国際的に使用される接続方法を開発したLüer社
Lüer社の医療分野における功績は、リウエルの開発以外にもあります。なかでも、有名なものが、「ルアーテーパー」と呼ばれる接続方法です。注射器と針を接続する部分を横から注意深く見ると、わずかですが先細りになっていることがわかります。ルアーテーパーとは、この構造のことを指します。この構造のおかげで、針をしっかり差し込むだけで、接続部分の気密性が簡単に向上します。
現在では、国際的な仕様となっており、医療機器や理化学機器を中心に広く利用されています。なお、形状やメーカーによっては、「ルアーアダプター」「ルアーロック」「ルアーコネクター」などとも呼ばれています。
日本人の医師が開発した2連式のリウエル
現在は骨をかじり取る器械のことを「リウエル」と呼んでいますが、1970年に刊行された器械のカタログ本『医科器械綜合標準カタログ』には、多種のリウエルがその開発者と思しき名前を冠して掲載されています。なかでも、細身で2連式のリウエルには、「前田岩原ヤンゼン」という製品名がついています。
細身の2連式リウエルは、脊椎手術で使われることが多くあります。これは、これまでの先端部分が丸くて大きいリウエルでは、手術中に対応が難しい部位があるため、改良されたと考えられます。「前田、岩原」の名前を残した二人は、医師 前田和三郎氏(1894-1979)と、脊椎外科(特に脊髄損傷)の第一人者であった医師 岩原寅猪氏(1901-1988)のことです。二人は、脊椎脊髄外科に関する領域で多くの業績を残しており、ともに慶應義塾大学の整形外科教授を務めました。
1929年刊行のカタログ本『臨床 醫科器械目録 第壹版』には、『リウエルタイプ』のものと、『エスマルヒタイプ』の2種類しか掲載されていないことから、1920年代後半からのおよそ40年間の間に、新たに開発されたと推測できます。
また、2連タイプのリウエルには、ほかにも「ザウエルブルフ型」と呼ばれるものがあります(図3)。
図3さまざまな形状(型)があるリウエル
リウエルの特徴
サイズ
リウエルのサイズは、全長と先端のノミ部分の大きさで、多くのバリエーションが存在します。一般的な全長の大きさは18cmのものです。メーカーによっては、18cmを中心にして、さまざまなサイズを揃えているところもあります。
形状
リウエルの全体の形状は、ピンカッターやペンチのような形状でグリップ部分内側にバネが備わっています。先端部は、内側が匙のようなくぼみのあるノミの形状になっています(図4)。また、直型と曲型の形状があります。
図4リウエルの先端部
材質
リウエルの材質は、ステンレス製です。
製造工程
リウエルが製造される工程は、ほかの鋼製小物と同じように、素材を型押し、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。
価格
メーカーやサイズにもよりますが、一般的なサイズのリウエル1本あたりの価格は、13,000円~30,000円程度です。
寿命
リウエルの寿命は、明確に定められてはいません。術中での使用方法や使用頻度によっても変わってきます。特に骨などをかじり取ることが目的のため、先端部分の形状の変化は、日ごろから確認しておく必要があるでしょう。
また、洗浄や滅菌の過程での取り扱いによっても、寿命に影響することがあります。
memo見落としがちなリウエルの先端部の確認
リウエルは先端のくぼみに組織片や骨片が残りやすい構造の器械です。組織が残った状態で滅菌してしまうことがないように、洗浄前の下処理や洗浄の際、特に注意が必要です。
リウエルの使い方
使用方法
リウエルは、骨をかじり取る器械ですが、骨の周囲の軟部組織をかじり取るために使用されることもあります。
例えば、関節内などに小さな骨棘(とげ)がある場合、観血的な手術によって、この棘をかじり取る手術を行います。また、骨折面をプレートなどで固定する際に、軟部組織をかじり取ることもあります(図5)。
図5リウエルの使用例
また、骨の周囲には軟部組織が付着していますが、観血的な骨折部の整復固定術の際には、骨の表面から軟部組織を切除してから、プレートやスクリューで固定する必要があります。そのため、リウエルを使用して、骨の周囲の軟部組織をかじり取ります。
類似器械との使い分け
リウエルは、特徴的な形状をした器械のため、類似の器械はありません。形状も、よく確認すれば、ほかの器械と間違えることは無いでしょう。
ただし、リウエルには複数のサイズがあり、先端の形状に違いがあります(先細になっているものや、横向きになっているもの、など)。そのため、状況によっては、使いやすい形状のものを選択する必要があります。小さな骨のときは、先端部分が小さく先細のもの、太くて硬い骨なら先端部分が大きなものなど、手術の場面によって使い分けましょう。
禁忌
特に、禁忌はありません。使用する部位や視野、かじり取りたい組織に合った先端サイズのものを選択するようにします。
ナースへのワンポイントアドバイス
術野に合った形状やサイズのリウエルを見極めよう
リウエルと酷似した外観の器械はないため、取り間違えることはないでしょう。
しかし、リウエルには、先端の形状(直型・曲型)やサイズ、全長など、さまざまな組み合わせがあります。そのため、器械出しの看護師は、今、術野で何が進行しているかをよく見て、「ドクターが求めるリウエルはどれか?」を見極める必要があります。常に、術野で起こっていることを観察してください。
使用前はココを確認
グリップ部分を握って、先端部分との動作性に問題が無いかを確認しておきます。
また、グリップ部分にはバネがありますが、そのバネはネジで固定されています。このネジに緩みが無いかを確認しましょう。ネジの緩みはバネの緩みにつながり、正確な操作ができなくなります。
術中はココがポイント
リウエルは、グリップ部分が開いた形が自然な状態です。そのため、器械出しの際は、この状態のまま、ハンドルの部分をドクターの手に当てて渡すようにします(図6)。
図6リウエルの手渡し方例
この際、ドクターがリウエルをしっかり握っていることを確認してください。リウエルは重さのある器械のため、落下すると危険です。
memo使用途中でもリウエルは手元に戻ってくる
ドクターは、リウエルを使用している途中でも、先端内側のくぼみに組織や骨片が溜まるとそれを取り除いてもらうために、器械出し看護師に戻してくることがあります。特に、溜まったものが骨片の場合は、後で植骨に使用することがあるので、「取り除いた組織をどう扱うのか」をドクターに必ず確認しましょう。
使用後はココを注意
術野からリウエルが戻ってきたら、先端部分の組織片や骨片をしっかりと取り除くとともに、使用前に確認した動作性の確認とグリップ部分のバネを留めているネジの緩みが無いかを確認しましょう。問題がなければ次の指示に備えておきましょう。
片付け時はココを注意
洗浄方法
下記(1)~(3)までの手順は、ほかの器械類の洗浄方法の手順と同じです。
(1)手術終了後は、必ず器械カウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落としておく
(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合は、必ず付着物を落としておく
(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは先端のノミが引っかからない場所に置く
リウエルは、分解することはできないため、先端部を開いた状態のまま、洗浄カゴに並べます。しかし、ほかの鋼製小物よりも重量があり、先端のノミの部分は、剪刀類ほど鋭利ではありませんが、刃物として扱われるため、洗浄カゴの置き場所は注意しましょう。また、ほかの鋼製小物とは別の洗浄カゴなどに入れておくのも良いでしょう。
滅菌方法
ほかの器械類と同様に、高圧蒸気滅菌が最も有効的です。しかし、滅菌完了直後は非常に高温なため、ヤケドをしないように注意しましょう。
また、滅菌用のパックに入れる際は、先端部分だけ2重にするなどの工夫も必要です。
[参考文献]
- (1)高砂医科工業 一般外科手術器械(カタログ).
- (2)石橋まゆみ, 昭和大学病院中央手術室 (編). 手術室の器械・器具―伝えたい! 先輩ナースのチエとワザ (オペナーシング 08年春季増刊). 大阪: メディカ出版; 2008.
- (3)C.J.S.トンプソン(著), 川端富裕手(訳). 手術器械の歴史. 東京: 時空出版; 2011.
- (4)東京医科器械同業組合(編). 医科器械綜合標準カタログ. 1970.
- (5)臨床 醫科器械目録編纂所(編). 臨床 醫科器械目録 第壹版. 1929.
[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
元 総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験
Illustration:田中博志
Photo:kuma*
協力:高砂医科工業株式会社
協力:東京医科器械同業組合