エコノミークラス症候群|震災時に起こりやすい健康問題と予防法[1]
地震などの震災時、特に起こりやすい病気や健康問題があります。平時であれば、それほど問題にならなかったり、すぐに医療機関を受診して軽症ですむものが、震災時にはさまざまな条件が加わり、悪化してしまうのです。
そのため、災害にかかわる医療従事者は、震災時に起こりやすい健康問題にどのようなものがあるかを知り、少しでも早く徴候を見つけて対応する能力や、予防方法を指導できる知識が求められます。
勝見 敦
(武蔵野赤十字病院救命救急センター部長・日本赤十字社災害医療コーディネーター)
震災時に起こりやすい健康問題と予防法[1]
エコノミークラス症候群
[目次]
エコノミークラス症候群とは
どういう症状が出現するか
どういう被災者に起こりやすいか
どうやって予防するか
エコノミークラス症候群とは
エコノミークラス症候群は、下肢などにできた血の塊(血栓)が原因で肺の血管を閉塞し、ショック、心停止などの重篤な症状を現します。
飛行機による旅行者に発症したことでその名称がつけられましたが、2004年の新潟県中越地震で、車中泊の避難者に発生し、この疾患が災害時にも起こることが注目されました。
災害時は日常の活動が制限されてしまいます。その上、車中や避難所などの狭いところに長時間座ったままの姿勢でいると、足の血流が悪くなり、下肢の静脈に血栓ができやすくなります(図1)。この血栓ができた状態を深部静脈血栓症といいます。
下肢にできた静脈血栓が血流に乗って肺血管に飛び、肺血管を塞ぐことでショックや呼吸困難、最悪の場合は心停止を引き起こします。これを急性肺血栓塞栓症といいます(図1)。
災害時、特に女性はトイレ環境の悪化などの理由から、トイレを控えるために水分をなかなか取ろうとしない傾向があります。しかし、水分を取らないと、血液が濃縮され、静脈血栓ができやすくなります。
脱水は血栓形成を一層助長します。
TIPS
・静脈血の流れが悪くなり、下肢に血栓が発生することを「深部静脈血栓症」と呼ぶ。
・血栓が流れて肺の血管を閉塞することを「急性肺血栓塞栓症」(肺塞栓症ともいう)と呼ぶ。
・「急性肺血栓塞栓症(肺塞栓症)」は「深部静脈血栓症」によることが多いので一連の疾患と考えて「急性肺血栓塞栓症(肺塞栓症)」と「深部静脈血栓症」を合わせて「静脈血栓塞栓症」と呼ぶ。
どういう症状が出現するか
1)深部静脈血栓症の症状
症状は大腿から下部の足のむくみ、圧痛、発赤、発熱などの症状が出現します。
また、こういった症状は両足にできることもありますが、片足だけに出現することが多く、その中でも特に左足にできることが多いです(1)。
しかしながら、血栓があっても静脈を閉塞しなければ症状は出ないことが多いので、注意が必要です。避難所などでの診断する場合は、超音波エコー検査などが有用です。
上記のような症状がある、もしくは疑われる被災者がいたら、早期に確定診断が必要となります。できるだけ早く病院に搬送するか検討するために医師に相談しましょう。
2)急性肺血栓塞栓症の症状
血栓が小さければ、症状が出ない場合もありますが、急性肺血栓塞栓症の患者さんの約80%は、突発性の呼吸困難が出現するといわれています(2)。以下に、急性肺血栓塞栓症で見られる症状を挙げます。
・呼吸困難
・胸痛
・不安感
・冷汗
・失神
・動悸
・発熱
・咳嗽
・血痰
どういう被災者に起こりやすいか
エコノミークラス症候群と聞けば、車中泊をしている人に起こりやすいと思われがちですが、避難所で生活している人にも起こります。震災での環境そのものが深部静脈血栓症の発生頻度を上げているのです。
実際に2004年の新潟県中越地震でも車中泊避難を経験せずに避難所にいた人にも血栓が見つかっていますし(1)、ストレスがかかる避難所での生活は、深部静脈血栓症の要因の一つです。
車中泊、避難所泊にかかわらず、以下のような人は特にリスクが上がります。注意して観察するようにしましょう。
・高齢者(60歳以上)
・下肢静脈瘤
・下肢の手術
・骨折等のけが
・悪性腫瘍(がん)
・肥満
・妊娠中または出産直後
・過去に深部静脈血栓症や心筋梗塞、脳梗塞の既往がある
・経ロ避妊薬(ピル)を服用している
・生活習慣病(糖尿病、高血圧、高脂血症等)がある
なお、2004年の新潟県中越地震後に肺塞栓症で亡くなられた方のほとんどが睡眠薬を飲んでいたことがわかっています(1)。
睡眠薬を飲んでいる人や睡眠薬の処方を希望される人にはエコノミークラス症候群のリスク、予防方法について十分説明しておくことが必要でしょう。
どうやって予防するか
下肢の血栓を作らないことが何よりの対策です。そのために、以下のことについて指導しましょう。
1)長時間同じ姿勢にならない
車中で眠るときは、できるだけシートを倒し、フラットにした状態で眠るように伝えましょう。
2)運動(歩行)をする
簡単なのは歩行することです。車中泊の人は、昼間はできるだけ外にいるようにするか、定期的に歩くように促しましょう。
また、車中泊、避難所泊それぞれの被災者に合わせて以下の予防運動などを指導するようにしましょう。
3)弾性ストッキングの着用
弾性ストッキングは下腿を圧迫して静脈の流れを良くする働きがあります。これらの配布もエコノミークラス症候群の予防には有用です。
4)適度な水分を取る
女性は特にトイレの問題から、食事や水分を取りたがりません。しかし、「エコノミークラス症候群とは」で説明したとおり、水分を取らなければ、血液が濃縮され、血栓ができやすくなってしまいます。きちんと水分は取るように伝えましょう。
また、コーヒーやアルコールは脱水を招きやすくなることも伝え、どうしても摂取する場合は、水もきちんと取るように指導しましょう。
[参考]
1)厚生労働省健康局疾病対策課:東北地方太平洋沖地震による救災者のいわゆる「エコノミークラス症候群」の予防について
2)国立循環器病センター 循環器病情報サービス:[46] 急性肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)の話.
3)肺塞栓症研究会
4)日本循環器学会 日本血栓止血学会 財団法人日本心臓財団 肺塞栓症研究会「平成23年3月22日被災地における肺塞栓症の予防について」
【勝見 敦 (かつみあつし) 】
経歴
1985年3月 岩手医科大学医学部卒業
1999年4月 日本赤十字社東京都支部武蔵野赤十字病院救命救急センター 副部長
2009年4月 東京医科歯科大学医学部臨床教授
2011年10月 日本赤十字社東京都支部武蔵野赤十字病院第二救急部長
2013年12月 岩手医科大学非常勤講師
災害医療に関する資格
日本赤十字社医療コーディネーター
日本DMATインストラクター、東京DMAT講師、日赤DMATスタッフ
MIMMSインストラクター
日本集団災害医学会評議員