肺サーファクタントとRDS|呼吸
看護師のための生理学の解説書『図解ワンポイント生理学』より。
[前回の内容]
今回は、肺サーファクタントとRDSについて解説します。
内田勝雄
山形県立保健医療大学名誉教授
Summary
1. 肺胞上皮細胞にはI型細胞(扁平肺胞細胞)とII型細胞(大肺胞細胞)がある。2. I型細胞はガス交換に関与し、II型細胞は肺表面活性物質(肺サーファクタント)を産生する。
3. 低体重出生児に起こりやすい新生児呼吸窮迫症候群(RDS)は、肺表面活性物質の不足が原因で起こる。
4. RDSの治療に人工肺サーファクタントが使われる。
〈目次〉
肺表面活性物質(肺サーファクタント)の働き
肺胞は両側の肺で約3億個あるといわれる。1つの肺胞を球とみなすと、半径がそれぞれで異なるいくつかの球が管でつながっているとイメージできる。これを、ごく単純化していくと、半径が異なる2個の球が管でつながったモデルができる。
図1のように2つの肺胞AおよびBの半径をそれぞれrAおよびrB、表面張力(surface tension)は一定でTとすると、ラプラスの関係式から、rA > rBならば、PA < PBで小さい肺胞Bがつぶれる。残った大きい肺胞Aもさらにより大きい肺胞につながっていて、つぶれるという連鎖で、結局、肺胞が機能しなくなる。
図1より小さい肺胞の虚脱
ラプラスの関係式
半径rの球の表面張力をT、球の表面内外の圧差をPとすると、
P=2T/r
という関係が成り立つ。これをラプラスの関係式という。
この式から分かるように、表面張力Tが一定ならば、半径rが大きいほど球内外の圧差Pが小さくなり、球はつぶれにくい。
しかし、肺表面活性物質(肺サーファクタント)があると、小さい肺胞ほど表面活性物質の密度が高くなるので、AおよびBの肺胞の表面張力をそれぞれTAおよびTBとすれば、TA > TBとなる。したがって、PA < PBとならず、小さい肺胞もつぶれない。
表面活性物質
液体には表面積を最小にしようとする性質がある。同一体積ならば、球形のとき表面積が最小になる。そこで、液体には表面に沿って球形を形成するような張力が働く。これが表面張力(surface tension)である。コップから溢れる水が丸く膨らんだり、シャボン玉が球形になるのも、表面張力の働きである。
液体に溶質が溶けると、この表面張力が減少する。表面張力が減少することを表面活性といい、そのような性質をもつ溶質を表面活性物質(サーファクタント surfactant)という。特に表面活性が強い溶質を界面活性剤とよび、その代表的なものが石けんである。
新生児呼吸窮迫症候群(RDS)と肺サーファクタント
肺実質を構成する肺胞上皮細胞(alveolar epithelium cells)には、肺胞壁の約95%を占めるI型肺胞上皮細胞と、約5%を占めるII型肺胞上皮細胞とがある。I型肺胞上皮細胞はガス交換に関与し、II型肺胞上皮細胞は肺サーファクタントの産生を行う。
肺サーファクタントは妊娠35週以降につくられるので、35週未満の低体重出生児では肺サーファクタントが不足して肺が広がらなくなる危険がある。
ラプラスの関係式から分かるように、Tが大きければPも大きいので、そのような球を膨らませるには大きな力が必要になる。しぼんで張りついた風船を膨らませるのが大変なのと同じで、肺もしぼんでしまうと膨らませるのが大変である。
出生時に肺サーファクタントが不足して重篤な呼吸不全(respiratory failure)に陥るのが新生児呼吸窮迫症候群(respiratory distress syndrome of the newborn:RDS)であり、前述のように低体重出生児で発症する危険が高い。日本では、低体重出生児の死亡原因として最も多い疾患で、新生児1,000人あたり2~5人の割合で発症している。
人工肺サーファクタント
RDS は早産による低体重出生児の最も多い死亡原因であったが、牛の肺から採取した人工肺サーファクタントが開発されて死亡率が激減した(人工肺サーファクタントの開発に貢献した岩手医科大学小児科の藤原哲郎名誉教授は、1995年度のキングファイサル国際医学賞を受賞した)。人工肺サーファクタントは、1987年に承認され、商品名「サーファクテン気管注入用120mg」として販売されている(田辺三菱製薬)。
NursingEye ARDS(急性呼吸窮迫症候群)とRDS
ARDSは、急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome)の略とされるが、肺水腫(pulmonary edema)の一型であり、RDSとは直接関係ない。重篤な呼吸不全で低酸素症状(hypoxia)をきたす点は類似しているが、両者は原因が異なる疾患である。RDSが肺サーファクタントの不足に起因するのに対し、ARDSは外傷等による肺血流低下で凝集した血小板(platelet)がヒスタミン(histamine)などを分泌し、その結果、毛細血管透過性が亢進し、肺水腫を起こすことが原因となる。
ただし、肺胞内の体液貯留により、II型肺胞上皮細胞の肺サーファクタント産生能が低下するので、2次的には RDSと同様な障害が起こる。
※編集部注※
当記事は、2016年8月28日に公開した記事を、第2版の内容に合わせ、更新したものです。
[次回]
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本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『新訂版 図解ワンポイント 生理学』 (著者)片野由美、内田勝雄/2015年5月刊行/ サイオ出版