HPVワクチン接種率が低い理由、知ってますか? キャッチアップ接種世代のあなたに伝えたいこと
木下喬弘 / 木下喬弘 / メディキューCEO / エピタップ代表
みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト副代表
子宮頸がんなどを予防するHPVワクチンのニュースを目にすることが急に増えてきました。これまで接種の機会を逃していた17~27歳※の女性が無料で接種できる「キャッチアップ接種」の期限が2025年3月に迫り、厚生労働省は周知キャンペーンを展開しています。
※2025年3月末時点の満年齢
東京都のウェブサイトにはHPVワクチン専用のポータルサイトが立ち上がり、全国のさまざまな大学で集団接種の取り組みも始まっています。
今回は、なぜ最近になってHPVワクチンの接種を勧める動きが活発になってきているのかについて、そして、なぜこれまで接種率が低いままだったのかについて、歴史的な背景を中心に解説します。
看護師であり、キャッチアップ接種世代であるみなさんはもちろん、多くの方に事実を知っていただく必要がある重大な問題ですので、ぜひ最後まで読んでいただければと思います。
日本でも前向きにスタートしたHPVワクチン
1976年、ドイツのウイルス学者ハラルド・ツア・ハウゼン博士は、「HPV(ヒトパピローマウイルス)が子宮頸がんの原因である」という仮説を発表しました。ツア・ハウゼン博士はその後、子宮頸がんの組織からHPVウイルスのDNAを検出することに成功し、ノーベル医学・生理学賞を受賞します。
2006年以降、子宮頸がんの原因となる2種類のハイリスクHPV(16型、18型)を防ぐ「2価HPVワクチン」と、尖圭コンジローマの原因となる2種類のローリスクHPV(6型、11型)の感染も防ぐ「4価HPVワクチン」が、アメリカやオーストラリアなどで薬事承認されました。
日本では「リボンムーブメント」という女子大生の団体が立ち上がり、子宮頸がん予防の重要性を政府やメディアに訴えかける運動が始まりました。その結果、2009年に日本でもHPVワクチンが薬事承認され、2010年には対象年齢(小学6年~高校1年)の女性は原則無料で接種することが可能になりました。
同時に、製薬会社によるテレビCMなども多数放送され、HPVワクチンは世論に前向きに支持されていきます。2013年4月には定期接種のA類疾病に位置付けられ、対象年齢の女性には自治体からお知らせが送られる制度が始まりました。
しかし、この状況はある日を境に一変します。
報道をきっかけに積極的勧奨が中止
2013年3月に朝日新聞が「子宮頸がんワクチン中学生が重い副反応」というタイトルのスクープ記事を発表しました。東京の女子中学生がHPVワクチンを接種した後にしびれや痛みが全身に広がり、計算能力も低下するなど学校に通えない状況になったという記事でした。
この報道をきっかけに、接種後に同じような症状が出ている女性が全国で複数いることがわかってきます。3月25日には「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会」が設立され、足の痙攣などを映した動画が連日メディアで報じられました。
接種後に体調不良があった女性の声を届ける活動ではありましたが、多種多様なワクチンに反対する議員などが関わることにより、事態はどんどん複雑になっていきます。
4月8日には接種中止を求める嘆願書が厚生労働大臣宛てに提出され、6月14日の厚生労働省の審議会において、多数決により「接種の積極的な勧奨を一時差し控える」ことが決まります。
広まる誤解、無力だった医学界
当時の審議会の決定はあくまで、「エビデンスが集積するまで様子見をする」という判断であったはずでした。実際、「ワクチンを中止すると受け止められないようにする」「長期にわたることがないようにする」といったことが話し合われています。
しかし、週刊誌はHPVワクチンを推進してきた学者や政治家のゴシップをたびたび報じ、日本全国で「危険なワクチンだと認定された」という誤解が広まっていきました。その結果、70%近くあったHPVワクチンの接種率は、1%を切るまでに落ち込んでしまいました1)。
学会などの専門家集団はなんとか接種率を回復させようと試みますが、初動の遅れを取り返すことはできませんでした。日本産科婦人科学会などは2013年12月に「十数年後には日本だけ子宮頸がんの患者が多い国になる可能性がある」と危機感を表明2)しますが、ほとんどのメディアには見向きもされませんでした。
世界保健機構(WHO)も2015年に「危険というエビデンスがない中で行われた政策決定により若い女性をがんのリスクに晒している」と日本を名指しで批判3)しましたが、これも世論を変える効果はありませんでした。
同年12月末には、通称「名古屋スタディ」と呼ばれる疫学調査の結果が発表されました4)。接種した人・していない人で症状の出現頻度を比較するもので、接種後に体調を崩した当事者からの要望で行われた大規模調査でした。
その結果は、調査された24の症状の全てにおいて、HPVワクチン接種との因果関係は認められないというものでした。
つまり、HPVワクチンが危険だという証拠は何もなく、接種の有無に関わらず思春期の女性には一定の割合でこうした体調不良が起きていることがわかったのです(複合局所疼痛症候群などいくつかの疾患の可能性が指摘されています)。
HPVワクチンの副反応や名古屋スタディについてはこちらも参照
予想と真逆の結果となったことで、HPVワクチンの危険性を主張する団体から批判と抗議が殺到し、名古屋市はなんと解析結果をウェブサイトから削除します。圧力に負けて科学的な真実が捻じ曲げられたことで、HPVワクチンの再開はさらに遠のくこととなりました。
過去の失敗を取り返すために今できること
こうした世論に前向きな変化が見え始めたのは、2020年頃になってからでした。
一つのきっかけは、X(旧Twitter)などのソーシャルメディアで医療従事者が声を上げ始めたことです。科学的に安全性は十分検証されており、諸外国では当たり前に接種されているワクチンが、日本でだけ打たれていないことに危機感を覚えた医療従事者たちが、接種を呼びかける情報提供を行ったことで、少しずつ風向きが変わってきました。
もう一つは、HPVワクチンの接種により子宮頸がんのリスクが大幅に減少するという大規模な研究がスウェーデンから発表されたことでした5)。がんの罹患を減らすという直接的なエビデンスが示されたことで、改めて厚生労働省の審議会で議論されるなど、政策にも影響を与えました。
そうして2021年11月になり、「安全性について特段の懸念が認められない」として、8年ぶりに積極的接種の勧奨が再開されることが決まりました。
科学的な見地からみると遅すぎる決定であり、8年もの間中断されていたために、接種の機会を逃してしまった人が多くいます。つまり、国が正しく情報を伝えていれば接種することができたかもしれないのに、接種の機会を逃して子宮頸がんになってしまうかもしれない人が本当にたくさんいるのです。
こうした方々に補償するため、厚生労働省は2022年4月から2025年3月までの3年間は、1997年度~2007年度生まれ以降の方が無料でHPVワクチンを接種できる「キャッチアップ接種」の制度を作りました。
2024年度は、このキャッチアップ接種の最終年度です。合計3回の接種を年度内に終わらせるためには、遅くとも9月には1回目の接種を始めなければなりません。
しかし、厚生労働省の調査では、対象者の中でキャッチアップ接種の存在自体を知らない人が約50%もいるということがわかっています。この状況に国やメディアがようやく重い腰を上げ、少しずつ情報発信を増やしているのです。
おわりに
子宮頸がんは毎年2,900人前後の女性の命を奪っています。30代までの女性の約1,000人が子宮を摘出しており、その背後には異形成のため治療を受けている人が何倍もの数で存在します。
子宮頸がんの罹患を90%近く防ぐワクチンが無料で打てるにも関わらず、そのことを知らないために接種の機会を逃している人が何百万人もいるというのは、悲劇以外の何物でもありません。
1997年4月2日〜2008年4月1日生まれのキャッチアップ接種対象の女性には、まず正確な情報を知っていただきたいですし、家族や友人に対象者がいる方は、ぜひこのことを教えてあげてほしいと思います。
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参考文献
- 1) Nakagawa S, Ueda Y, Yagi A, et al. Corrected human papillomavirus vaccination rates for each birth fiscal year in Japan. Cancer Sci. 2020;111:2156-2162.
- 2)日本産科婦人科学会ほか,子宮頸がん予防HPVワクチン接種の接種勧奨差控え延長について,平成25年12月26日
- 3) WHO,Global Advisory Committee on Vaccine safety Statement on Safety of HPV vaccines 17 December 2015
- 4)Suzuki S, Hosono A. No association between HPV vaccine and reported post-vaccination symptoms in Japanese young women: Results of the Nagoya study. Papillomavirus Res. 2018;5:96-103.
- 5)Lei J, Ploner A, Elfström KM, et al. HPV Vaccination and the Risk of Invasive Cervical Cancer. N Engl J Med. 2020;383:1340-1348.
木下喬弘(手を洗う救急医Taka)
みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト副代表。こびナビ(CoV-Navi)副代表。外傷専門医、公衆衛生学修士。2010年大阪大医学部卒。大阪の救命救急センターで9年間勤務した後、2019年にハーバード公衆衛生大学院に入学。日本のHPVワクチンに関する医療政策研究で2020年同大学院卒業賞を受賞。『みんなで知ろう!新型コロナワクチンとHPVワクチンの大切な話』(ワニブックス)など。Twitter、Instagram、YouTube。
編集:烏 美紀子(看護roo!編集部)
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