私の看護を支える、小さな輝きの思い出
看護師・大学教員
あなたには、看護師を続けることを支えてくれる、特別な思い出はありますか?
Summer passes and one remembers one's exuberance.
――Yoko Ono
(夏が過ぎ、人はあの高揚感を思い出す)
冒頭のオノ・ヨーコの言葉は、人生の中で特別な経験や感情(exuberance:高揚感)が、時間が経っても心に残り続けることを示唆しています。
感情労働の典型、と言われる看護職の仕事は、まさにそうした特別な経験があるからこそ続けられるものなのかもしれません。
つらいことがあっても、看護師を続けられるのは…
若手の頃、私はある上司に「素人に毛が生えたみたいな看護をして」と言われたことがあります。
私はこの言葉にとても傷つき、今でも言われたときの場面やその部屋の明るさ、廊下に出たときの薄暗さを、孤独感とともにありありと思いだすことができます。
そんな傷があっても看護を離れない理由は、臨床にまつわる特別な経験と感情があるからです。
看護にまつわるネガティブな要素を集めて天秤の片方に置いたとき、もう片方に置いてある何かが重い。
その「何か」とは、オノヨーコの言う夏の高揚感――時間を経ても色褪せることなく、まるでその瞬間に戻ったかのように感じることができる、特別な経験と感情だと私は思います。
私にとって「夏の高揚感」のような「特別な思い出」となっている臨床での経験を2つご紹介します。
胸に残り続ける「夏の高揚感」
ひとつは、2次救急に携わっていたときのエピソードです。
当時勤めていた病院は、救急車を断らないことを信条としていました。
2次救急なので、1次の軽傷の方も、蓋を開けてみれば3次対応が必要な方も搬送されます。
私はこの病院で初めて救急看護に携わり、しかも結構へっぽこなスタッフでした。
ある夜勤の日に先輩と私は20台以上の救急車の対応をしました。
休憩室には夕食が手つかずのまま広がり、私自身も最後にトイレに行った記憶もあいまいなくらいに、2人とも疲れ果てていました。
それでも日勤帯業務に支障が出ないように、救急外来の血液がこびりついた床を拭き、とっ散らかった物品を整備しているときでした。
早めに来た日勤帯のスタッフが救急外来に入ってきてすぐに、「たばこ吸っておいで」と言ったのです。
私はたばこを嗜みませんので、この言葉はもう一人の先輩に向けられたものだと思って聞き流して片づけを続けようとしました。
今度は、「原田、たばこ吸っておいで」と名指しで言われました。
先輩と一緒に喫煙できる休憩室に移動し一息ついたものの、先輩がたばこを吸っている間も、疲れ果ててどちらも話すことさえしません。
ですが、しばらくして先輩が「今日はよくやったと思うよ」と労ってくれたときの嬉しさは、たばこの香りと空の色とともに今でも鮮明に覚えています。
過去の傷を癒やしてくれた一言
もう1つは、3次救急に携わっていたときのエピソードです。
3次救急に挑戦したくて飛び込んでみましたが、やはりへっぽこなスタッフでした。
担当患者さんの1人に、遷延性意識障害のお子さんがいました。
親御さんはとても熱心にお子さんのケアに携わられる方で、へっぽこな私がケアに入ることを内心嫌がられているのではと感じていました。
今思えば、自分の技術への自信のなさからくる歪んだ認知でしかありません。
ある夜勤でその方を担当したときでした。親御さんのお一人は医療職で、夜は同室で付き添われていました。
親御さんの希望もあり、体位変換と吸引のときは親御さんにも参加していただき、2人でケアを行います。
この頃にはお子さんの心機能も弱くなってきており、体位変換ひとつ、気管内吸引ひとつであっても大きな影響を与えかねない状況でした。
ですので、私はケアの正確さと親御さんへの緊張で、申し送りのときから嫌な汗が止まりません。
時間になり訪室すると、まずは簡易ベッドで休まれていた親御さんが起きられます。
起こして申し訳ない気持ちを伝えたいのですが、過緊張気味なのでもごもご言っていただけなような気もします。
吸引するときは患者さんに声掛けをするので、親御さんとの会話が一旦止まります。
サクションチューブを手袋に巻き取りながら廃棄をしつつ、モニターでバイタルサインの変動幅を確認しているときに、親御さんが話しかけてきました。
「原田さんは吸引が丁寧で上手だと思います」
今考えれば、親御さんが気を遣ってくださっての優しい一言だったのかもしれません。
ですが、「素人に毛が生えたみたいな看護」という過去に言われた言葉を忘れられないまま、ベテランぞろいの環境の中にいたへっぽこの私にとっては、自分のケアを親御さんに評価していただけたことが心の底から嬉しかったのです。
「小さな花火の思い出」を抱いて
どちらのエピソードもどちらかというと線香花火のような小さなものでで、映画に起用してもらえるような打ち上げ花火級のドラマティックさや華々しさはないかもしれません。
ですが私にとっては、心から看護を選んで良かったという気持ちになれる、特別な経験です。
私たちが看護がつらくなったり、嫌になったりするのも、大きなことが一度起こった結果というよりも、どちらかと言えば小さなことが心の澱(おり)となって溜まった結果なのではないでしょうか。
同じように、私たちが看護の充実感を再確認したり、やっぱり好きだなと感じることは、小さな花火の思い出であり、その花火の思い出は長く私たちの中に残るのです。
看護は対人関係の上に成り立ち、その専門的なサービスは形に残りにくく、夏のように、花火のように一瞬で過ぎ去ってしまうかもしれません。
だからこそ、その特別な経験と感情は、長く私たちの中に留まることができるのです。
いま臨床に携わっている方は、嫌な気持ちにかき消されがちなこの経験と感情を、思い出してみてください。
これから臨床に携わる学生さんへ。こんな素敵な経験が待っている看護を選んだあなたは大変お目が高いと思います。ご自身の目利き力に自信を持ってください。
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岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学学域 教授原田奈穂子
千葉市生まれ。1998年聖路加看護大学(現聖路加国際大学)を卒業後、聖路加国際病院と2次・3次救急の臨床に関わる。2005年、ペンシルバニア大学修士課程に進み、成人急性期ナースプラクティショナー課程を修めた後、ボストンカレッジ大学博士課程に進学。博士2年目の2011年春に東日本大震災が発生し、3月14日に帰国し災害医療支援に従事したことを契機に、国内外の人道支援と支援者支援について実践と研究に取り組む。現在は、2025年5月に東京で開催されるWADEM(世界災害救急医学会)2025の運営委員として、世界中の災害有識者を日本に招致し、災害時の医療と健康支援の更なる発展に繋げるべく準備に当たっている。
編集:横山かおり(看護roo!編集部)
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